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蒼き夢の果てに

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第7章 聖戦
  第160話 崇拝される者

 
前書き
 第160話を更新します。

 次回更新は、
 2月8日。『蒼き夢の果てに』第161話。
 タイトルは『魔将ダンダリオン』です。

 

 
 真っ直ぐに伸びた長大な回廊。等間隔に存在する明かり取り用に設けられた窓に映る外界は現在、夕暮れの赤から夜の蒼へと移り変わる狭間の時間帯。何もかもが蒼く染め上げられる景色は、真冬と言う季節に相応しい冷たい場所へとその相を移していた。
 無機質な――鏡の間から出て、王太子用の控え室へと続くこの回廊は、霊的な、魔術的な攻撃に対しての防御には優れているのだが、俺自らが関わった時間的に言うと流石に装飾にまでは手が回らず、他の重要な……部外者の目に触れやすい回廊と比べると少し見劣りのする装飾に抑えられた……一言で言って仕舞うと非常に殺風景な空間と成っている。
 もっとも、其処はソレ。中世ヨーロッパ風剣と魔法の世界の中のトップレベル、ガリア王家や多くの官吏が暮らす宮殿でもあるので、地球世界二十一世紀の学校や官公庁などで見慣れた実用一点張り、何の捻りも飾りもない空間と比べる事は出来なかったのだが。

 一応、俺個人の意見としては適度な……ある程度の金を掛けた事が理解出来る場所。しかし、ハルケギニアの貴族たちの感覚で言うのなら、明らかに手抜きだと感じる回廊。
 其処をゆっくりと進み行く三人。外界からの雑音はなく、吐く息は少し白くけぶる。
 ハルケギニア的な感覚で言うのなら妙に明るい空間。そう、照明に関しては最初に手を掛けたのだが、流石に全館冷暖房完備と言う訳に行かなかったこの宮殿。荘厳な、と表現される鏡の間から出た回廊には何処かから忍び込んで来たむき出しの、真冬に相応しい冷気が蟠っている。
 そのような真冬の高緯度地域に相応しい冷気に覆われる廊下の白い壁に背中を預け、人待ち顔でただ佇む少女が一人。

 身長は百四十センチ台前半。おそらくタバサよりも少し低い。長い……自らの腰の位置を越え、膝の後ろ近くまである長い黒髪。ハルケギニアでは何故か精霊王に人気の高い地球世界の西宮に存在するとある高校女子の冬の制服。
 この世界的に言うと彼女とかなり近い存在、土の精霊王妖精女王ティターニア(弓月桜)のような楚々とした佳人とは違う。更に言うと水の精霊王湖の乙女ヴィヴィアン(長門有希)の持つ妙に作り物めいた無機質の美でもない。栴檀(せんだん)は双葉より芳しい。そう言う類の、五年後、十年後を予想するとさぞかし艶やかな美人へとなるのだろう、と感じさせるタイプの美少女。瞳には――何故か俺を射抜かんばかりの強い光を浮かべている。
 ……と言うか、何故、何時も何時も、俺は彼女に睨まれなければならないのだ?

「何や、来て居たんかいな、崇拝される者ブリギッド」

 来ていたのなら、さっきのカブ頭との戦いの時に手伝ってくれたって良かったのに。
 少し恨みがましい口調で話し掛ける俺。もっとも、これはやや芝居掛かり過ぎの台詞かも知れない。
 何故なら――

「オマエがあんな小物臭い奴を相手に手古摺(てこず)る訳はない」

 むしろ何故、直接戦う前に無力化して仕舞わなかったのか。
 かなり不機嫌そうな雰囲気を発しながら、答えを返して来る崇拝される者ブリギッド。
 ……そう言えばコイツは俺が炎の契約者に相応しい人間かどうかを見極める……とか、何とか言っていたか。
 もっとも、本当は契約を交わす方法を聞いてたじろぎ、グズグズしていた所為で同じくハルケギニアの精霊たちの王と言うべき存在の湖の乙女(水の精霊王)妖精女王(土の精霊王)に先を越される事となって仕舞ったのですが。
 そう考えながら、その瞬間、ラグドリアン湖の異常増水事件を解決した際の彼女の妙な――少し挙動不審と言える態度を思い出し、危うく笑みを漏らしそうになる俺。
 しかし、俺の発して居る気配に対しては少し鈍感な面もある彼女なのだが、それでも流石に表情に出て仕舞うと、彼女の事を笑ったとばれて仕舞う恐れもある。そう考えて、慌ててしかつめらしい表情を取って見せようとした……。
 ……のだが……。

 しかし、その取って付けたような表情は返って崇拝される者に不審に思われる。咄嗟にそう考え直し――

「流石に()()()()の相手……と言う表現では、実際に戦った相手に失礼過ぎるかな」

 少なくとも最期の攻撃だけは流石に見るべき物があったと思うぞ。
 まるで武人と言うか、剣豪と言うか、とにかく人格者っぽい台詞を口にして見る俺。
 発せられた言葉の内容だけを聞いたのなら。

 但し――

 但し、表情は明らかに笑いを殺した表情で。普段に比べると五割増ほどには格好の良いはずの台詞を、その表情がぶち壊している、と言う状態に。
 相変わらず、少々姑息な手段。……なのだが、しかしこれならば、嗤われた相手が崇拝される者なのか、それとも死地に跳び込んで来た挙句に、あっさりとキューと言わされて生きたまま捕らえられて仕舞ったお笑い芸人の方なのか分からないでしょう。

 そう、このハルケギニアに再召喚から使い魔契約、その後に顕われた伝説上の聖女の託宣。この一連の流れの最後に現われた的外れの闖入者。本人が言うには神に選ばれた英雄様らしい……のだが、一体何処の神様に選ばれたのかさっぱり分からない万年ヤラレ。ジャック・ピエール・シモン・ヴェルフォール卿は……。
 大体、どうして其処まで自信満々で敵の本拠地に乗り込んで来られるのか。
 まして俺の持っている知識から言わせて貰えるのなら、シモンと言う名前を持つ魔術師(マグス)が宙に浮かんだ段階で負けが確実だと思うのだが。
 地球世界で最も読まれた本に書かれた内容を知っている者からすれば。

 つい先ほど行われた戦闘シーンの追想。
 そもそも、シャーマン系の能力などハルケギニア世界出身の人間相手なら未だしも、地球世界でならそれほど珍しいと言う特殊能力でもない。それこそ女王卑弥呼……いや、こんな俗称に等しい呼び名では失礼極まりないか。姫巫女以来、日本でも当たり前のように何人も現れている特殊能力者。
 当然、麻生探偵事務所のメンバーの中にも二人居たので、何度も模擬戦などで戦った経験のある能力。おそらく、あのジャック・ヴェルフォールは地球世界で俺に対して稽古を付けてくれたあの二人の女性よりは弱かったと思う。
 あの二人は、俺の術の師匠や、綾乃さんと共に高校時代には多頭龍の封印に成功し、麻生探偵事務所々員として関わったコンピュータから送り込まれた魔物に因る密室殺人事件からも始まった這い寄る混沌の暗躍した事件、その後の地脈の龍事件でも中心人物として活躍したふたりでしたから。
 故に……。

「確かに結果は瞬殺だったか」

 少し肩を竦めて見せながら、そう答える俺。今度は苦笑を浮かべて。尚、気分的に言うのなら、かなりうんざりした気分だったのは言うまでもない。
 何故ならば、この手のヤラレ役の典型のような奴の相手をさせられるのに正直、飽きて来ましたから。少なくとも俺は戦闘狂(バトルマニア)などではないし、まして弱い者イジメをして気分が晴れるようなゲスでもない。
 ハルケギニアに最初に召喚されてから現われた人間レベルの敵のパターンに則り、自信満々の口上から始まり、先手を取っての攻撃開始。しかし、その自信に満ちた攻撃が一切通用しない事に驚き――
 最後は俺やその他大勢を巻き込んでの自爆攻撃もお約束のパターン。
 確かに今回は何が起きるのかは分からなかった。特に最後の場面、彼のジャック・ヴェルフォール卿が最後に唱えた呪文はクトゥグア関係の呪文だったと思う。流石に狂気に彩られた伝承に語り継がれている状態……例えば最低でも星辰が整わない限りクトゥグア本体の召喚は難しいでしょうが、その代わりに炎の眷属を召喚されるだけでもかなり危険な事と成ったのは間違いない。
 それも術者に残された最後の能力。自分の生命を糧にした最期の魔法は、奇跡に等しい現象を起こしたとしても不思議ではなかったので……。

 もっとも、その部分に関して言うのなら、今回は今までの経験が物を言ったのは事実。彼奴が最初に炎系の術を行使したので、呪詛返しとして海神系の霊気で周囲を満たし、晴明桔梗で奴……ヴェルフォールの呪力の流れを阻害。最後に点穴を打ち込んで、術の行使自体を完全に防いだ後に奴の最期の攻撃だったので問題はなかった。……と思うのですが。
 今までのこの手の展開では、最終的に自爆に等しい全力攻撃が不発に終わった後に、その術者の魂を糧として非常に厄介な邪神が顕現。
 その後、顕現した邪神を相手に大立ち回りと言う、パターンばかりでしたから。

 それでも――

「今回の事件も無事に終了と言う事か」

 他の場所。例えば、バトル・オブ・ブリテンならぬ、バトル・オブ・ガリア。つまり、侵攻して来たゲルマニア空軍とマジャールの飛竜騎士団との戦いや、西薔薇騎士団が強襲したヴェルフォールの実家の男爵様との戦いの経緯などは未だ分かりませんが、それでもリュティスで起こされる予定だった城門の奪取から、市内に火を放つ計画はすべて失敗した公算が大きい。
 確かに俺の感知能力はそれほど高いとは言えない。しかし、このヴェルサルティル宮殿内の衛士の発して居る気配にそれほど差し迫った物が混じる事もなく、更に、遠くに感じて居る市井に暮らす人々の気配も大きな火気に侵されている雰囲気はないので、そう考えたとしても間違いではないでしょう。

 未だ再召喚された今日と言う日が終わった訳ではないのだが、それでも少しぐらいの休養は必要。
 大きく、ため息にも似た吐息をひとつ漏らしながら、そう考えを纏める俺。
 この後、一度控えの間に戻り、それなりに身形を整えた後、再び大広間へと赴かなければならないのです。俺が召喚出来た事を祝う晩さん会からパーティへとなだれ込む為に。

 そう考えてから、目の前で少し不機嫌そうな表情で俺を見つめている女子小学生に視線と意識を戻す俺。
 そして――

「今回の件ではブリギットにも心配掛けたみたいやな」

 すまなんだな。
 今日の間にどれだけの相手に言わなければならないのか分からない台詞を口にする俺。確かにルルドの吸血鬼騒動の時の事を思い出すと、流石に名づけざられし者の能力で異界に送り出される事を防ぐのは難しいかも知れない。
 少なくとも今まで経験した前世で、あの事件に対応する吸血鬼事件に直接、這い寄る混沌や名づけざられし者が関わって来た事はなかった。
 ……と言うか、奴らがこのハルケギニア世界に直接関わっている事が分かるタイミングは今回の人生が一番早い。……と思う。
 それでも、絶対に防ぐ事が出来なかった事態だったか、と問われると、それほどの差し迫った事態ではなかったと思う。あの場だけでも何とか回避する方法はあったはず。
 例えば咄嗟に形代に呪いを集めて、俺の方は虎口を脱する方法だってあったと思う。

 しかし――

「べ、別にオマエの事なんて心配していないんだからね!」

 今日ここに来た理由だって、盟約を交わしているガリアの状況を見るついでに立ち寄っただけ、なんだから……。
 最初の方は勢い良く、立て板に水状態でスラスラと話しているのに、最後の方は何故かごにょごにょと非常に聞き取り難い言葉で話す崇拝される者。
 当然、視線は俺から外れて虚空を彷徨する。

「そ、そもそもオマエが異世界に放り出された事を私が責める訳がない」

 それに、と短く続けた後に、そう続ける崇拝される者。流石に先ほどの台詞だけでは普段通りのギリギリ感しか醸し出していない、明らかに発せられた言葉とは真逆の事実しか存在しない事が丸分かりだと言う事に気付いたのか、少し声のトーンを下げ、落ち着いた高位の精霊らしい雰囲気を演出しながら。
 まぁ確かに、初めから心配していないのならば責められる謂れはない。
 ……と言うか、少しぐらいは心配してくれても罰は当たらないんじゃないですか。

 自らの評価が自分で考えていたほどには高くなかった事に、表面上は分からない……気付かれないようにしながら、それでも小さくない落胆と言うヤツを味わっている俺。
 流石にこれは恨み言でしかないのだが、あんた確か俺の事を、契約を交わすに相応しい人間かどうかを見極めると言ったよね、と問いたい気分だと言えば分かり易いか。

 それとも――

「あの夜、私がもう少し早く魔獣や鬼どもを処理出来ていれば。――もう少しオマエの所に早く辿り着けて居れば、邪神どもの思い通りになどさせなかった」

 それとも、彼女にも地球世界の記憶。外見的特徴や、発して居る雰囲気が瓜二つの存在。地球世界の二十一世紀初めの西宮で暮らしていた相馬さつきの記憶があるのか。
 その記憶に従えば、一時的に俺がこのハルケギニア世界から消える可能性がある事に気付く可能性はあると思うけど……。
 そう考え掛けた俺の思考を簡単に否定して仕舞う崇拝される者の台詞。

 その差四十センチ。頭ひとつ分よりも更に距離のある高さから少女風の姿形、及びメンタリティを持つ炎の精霊王を見つめる俺。
 当然、少しの驚き。そして、ある意味、否定的な感情。
 有希、それにタバサについて少し生真面目すぎる、そう感じた事があるが、この娘に関してもそう言う気質が強かったと言う事か。何もかも他人の所為にして自分は悪くない。そう言う風に開き直る人間に比べるとかなり好感を持てる態度だと思いますが……。
 ただ、ここはそのような真っ直ぐな生き方が通用する世界ではない。そんな甘っちょろい世界ではないとも思うのですが。
 中世ヨーロッパ風の剣と魔法のファンタジー世界と言うのは。

 彼女の言葉を表面上だけで聞き、内容を深く考えようともせずにそう断じ掛ける俺。しかし、直ぐに心の中でのみ首を横に振る。
 何故ならば、単純にソレが彼女の気質だけに由来する物ではない可能性の方が高いと思ったから。他の、もっと深い所に別の理由がある可能性に思い至ったから。

 元々女神ブリギッドと言う存在は長女と言う神性を持つ女神。それに、もしも彼女が相馬さつきの転生体なら、さつきもまた姉と言う属性を強く持った存在……滝夜叉の転生。
 どうも、彼女に取って俺……武神忍と言う人間は、放って置くと何を仕出かすか分からない、弟のような立ち位置に居るのでは……。何のカンの、と言いながら、彼女の心の中で俺の事を他とは少し違う、やや特別な相手として認識しているのでは……。
 単に精霊と契約を交わす事の出来る、ハルケギニアでは希有な術者と言うだけではない相手として……。

 そう言えば、確か彼女はアラハバキ召喚事件の際にこう言わなかっただろうか。
「そもそもあんたは危なっかしい」……と。この台詞はあの時、咄嗟に出て来た台詞と言う訳ではなく、常日頃から彼女がそう感じていた事なのでは……。

 成るほど、そうか。短くそう呟く俺。そして、少しの笑み。
 これは普段、彼女に見せる笑みとは少し違う笑み。彼女やハルヒに見せる笑みは、少しだけ性格が悪いと表現される笑みの方が多いのだが、今回は――

「な、何よ。急に笑い出したりして――」

 あまり見た事のない俺の表情に、矢張り少し……ドコロではない挙動不審に陥る崇拝される者。
 表面上は狼狽えている。そう言う気配を強く発している。しかし、その内側に割と強く好ましい……と言う気配が隠されている。……様な気がする。
 少なくとも悪い感覚ではない。

「いや、ただ俺の事をちゃんと気にしてくれていた。
 それが分かっただけで今は十分。そう思っただけ――」

 異世界から戻って来たばかりで、流石の俺も忘れられているんじゃないかと、多少は心配していたから。

 ありがとうな、意味不明の感謝の言葉を口にした後に説明を少し付け加える俺。
 当たり障りのない答え……と言うには少し歯が浮くような台詞かも知れない。もっとも、この台詞だけでは何が何だか彼女には分からないでしょう。
 先ほど俺が彼女の言葉から早合点して、俺の事を契約者として相応しいか見定める、などと言って置きながら心配もしてくれないのか、……と心の中でのみとは言え、少しがっかりした事は。

 ただ、分かった、と言うか、気付いた事がひとつ。そう言えば地球世界のさつきの方も、どうも俺の事を年上と感じていないような気がしていたのだが、その答えがもし、先ほど掴み掛けた答えと同じ物ならば……。
 白の詰襟の右のポケットに忍ばせた紅い宝石……地球世界の有希が別れ際に渡してくれた指輪を握りしめる俺。
 確かに崇拝される者が地球世界の相馬さつきの転生体である、と言う確実な証拠はない。崇拝される者の発して居る気配と、さつきのソレが似ている。外見が瓜二つ。俺の周りには転生者が集まって来る事が多い、などの状況証拠はあるのだが……。

「なぁ、崇拝される者。見て貰いたい物があるんやけどな」

 そう言った後、彼女の答えを待たずにポケットから出した右手を彼女の目の前に差し出す俺。
 その時、その場に存在する三人の少女たちから、それぞれの置かれた立場……転生元がどの時代の俺と関わったのかが類推出来る感情が発せられた。

 一人目の湖の乙女からは懐かしさと、そして納得と言う感覚。
 二人目のタバサからは……微妙な感覚。何かを、記憶の深い部分から何かを思い出そうとしている事がありありと分かる気配。

 そして最後の一人は……。

「これは――」

 少し寄り目にしながらマジマジとその指輪を見つめる崇拝される者ブリギッド。何かを必死に思い出そうとする人間特有の気を放つ彼女。
 ブリギッドが()()なら、この指輪は二人の絆を示す貴重なアイテム。この指輪を見せる事に因り、今まで思い出さなかった何かを思い出す切っ掛けになる可能性は高い。そして逆に言えば、これを見せても何の反応も示さなければ、彼女は地球世界のあの娘でない可能性の方が高くなる。

 その時、蛍光灯の明かりを受け指先に存在する小さな宝石が紅い光を放つ。
 それは本当に小さな輝き。俺の鼓動が産み出した偶然の出来事。
 その瞬間、それまでとは違う色が彼女の黒い瞳に浮かんだ。そして、それと同時に強く発する感情。

 郷愁、追憶の情、ノスタルジー。遠く過ぎ去って仕舞った数々の想い出たち。
 様々な感情の渦。言葉に成らない言葉。傍にいるだけで、……彼女が発して居る気配を強く感じるだけで、何故か目頭が熱くなってくる強い思い。
 しかし――
 しかし、その中には矢張り、負に類する感情は存在しない。

「これは彼奴にあげた火避けの指輪!」

 ようやく思い出したか、この頓痴気(トンチキ)め。
 ……と、心の中でのみ罵ってみる俺。……なのだが、おそらくこれは的外れ。現実的に言えば、相馬さつきに取って武神忍と言う存在は、長門有希に取っての、弓月桜に取っての俺よりも軽い存在だった、……と言うだけの事。
 ただそれでも、一度の人生で関わるだけで終わるほど小さい存在でもなかった。そう言う事だと思う。

「この指輪を持っていたと言う事は、オマエは――」

 火避けの指輪。俺の異世界同位体が相馬さつきより貰い受け、そのまま長門有希に装備。その後、羅睺星(らごうせい)の黒き炎を完全に無効化する事に成功。
 この事により、羅睺星に一瞬の隙を作らせ、奴の封印に成功する。

 これが今、俺の指先に存在する指輪。俺と相馬さつきの絆を示す呪的なアイテム。

 炎の精霊王である崇拝される者ブリギッドの感情が高ぶる事により、周囲の小さな精霊……。主に炎の精霊たちが活性化。その結果、高緯度地域の冬に相応しい冷気に染まっていたはずの大気が、今では春の装いを纏う。
 気合いを入れ直すには少しヌル過ぎる気もするが……。

 少し心の中だけでの苦笑。但し、表情に関しては厳しい物のまま。

「さつき、頼みがある」

 大きく息を吸い込み、体内を巡る気の総量を上げる。まるでこれから戦いに赴く直前の如き龍気の高まり。

「仲間が捕らえられている。そして俺は彼女らを助け出したいと考えている」

 確かに、彼女らは自らの意志であちら側。世界を虚無に沈めようと画策している連中の元に居る可能性もある。
 しかし、自らの意志ではない可能性もある。
 もし自らが望んで、そのような危険な真似を……下手をすると世界自体が消えて終いかねない真似を為しているのなら、友としてソレを止めなければならない。
 そしてもし、自らの意志などではなく、何モノかに強要されているのなら、何としてもその場から助け出す。

 世界を救う事になど興味はない。世界を誰が支配しようとも、俺には関係ない。確かに、自らが暮らす世界なのだから滅びられると多少は困るし、様々な神や仙人たちが危惧するように、この世界が滅びれば他の近い関係のある世界に悪い影響が出る可能性もあると思う。
 しかし、それよりも俺に取って重要なのは矢張り、俺と絆を結んだ相手の事。
 彼女たちが救いを望んでいるのなら、求めているのなら、何とかして助け出したい。

「さつきにもそれを手伝ってほしい」

 オマエさんにならば背中を安心して預ける事が出来るから。
 そう言いながら、右手を差し出す俺。但し、それは有希やタバサ、それに弓月さんに差し出す時の形ではない。

 それは――
 俺の事を睨む……いや、まるで睨んでいるように見えるだけで、彼女は睨んでいる心算はない。ただ、見た目の想像以上に彼女は人付き合いが苦手で、彼女からしてみると強い瞳で見つめているだけに過ぎない状態。
 ……だと思う。

 二人の間で打ち鳴らされる手の平と手の平。ハイタッチの形で交わされる約束。
 そしてこの時、本当の意味でのガリアと炎の精霊との間に友誼に基づく契約が交わされたのでした。


 
 

 
後書き

 ようやく、長い引きをひとつ片付けた。
 それでは次回タイトルは『魔将ダンダリオン』です。
 
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