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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第五十話 自由惑星同盟に行ってきます!

帝国歴486年5月2日――。

 第三次ティアマト会戦の戦功より、ラインハルト・フォン・ミューゼルとイルーナ・フォン・ヴァンクラフトは大将に昇進した。両者の大将昇進は様々な意味での異例ずくめの事だった。まず、二人とも若い。特にラインハルトは19歳での大将昇進であり、帝国では皇族を除いて前代未聞の事であった。また、20代前半で、しかも女性の大将もまた前代未聞のことである。世間では「スカートの中の大将」と「スカートの大将」が誕生したといたるところで話題になっていた。
 軍部も苦々しく思っていたが、二人の実力(そして何よりコネクション)を無視できなかったのだった。
 二人の大将昇進に伴い、それぞれの艦隊に属する指揮官たちも昇進した。

 大将になったからと言って人事権はまだ行使できない。だが、中将の時と同様マインホフ元帥とアレーナの強力なバックアップによって、二人には比較的それが可能だった。一つには両者が欲する人材は悉く貴族や正規艦隊の連中からは異端児扱いされていて、比較的容易にスカウトできることがあげられる。

 原作ではラインハルトは一時軍務省高等参事官として艦隊指揮官から外されるのであるが、この現世においては、彼は引き続き正規艦隊司令官として一翼を担うこととなった。

 ミュラー、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ワーレン、アイゼナッハは少将に昇進した。それに伴って指揮する艦隊も1万隻から15000隻に増えた。艦隊拡充に伴い、ラインハルトはあらたにルッツ、メックリンガー、ビッテンフェルトを登用したが、一つだけかなわなかったことがあった。キルヒアイスが昇進しなかったことである。ラインハルトは怒り、軍務省人事局に掛け合おうとした。

だが、これに関してはイルーナたちから「一緒に昇進してしまうと、離れ離れになってしまうわ。大佐であるからこそあなたの副官としてそばにいられるのよ。」と諭され、また、キルヒアイス自身も「昇進は望んでいません。わたくしはラインハルト様のおそばにいられることこそが何よりのものなのです。」と言ったために、ラインハルトは妥協したのだった。    
また、ケンプ、ケスラーを招致しようとしたが、これは所属が異なっていたため実現しなかった。しかしながら双方の交誼は何年も前から行われており、ラインハルトはいずれ元帥府を開ける地位になれば必ず二人を招致することを硬く誓っていたのである。


 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは自身の艦隊の拡張に伴い、指揮官を確保することにした。女性指揮官の積極的な登用を図るべく、フィオーナ、ティアナを引き続き両翼の指揮官として任命する一方で、前世からの転生者であるレイン・フェリルを引き続いて副官に、同じく転生者でイルーナの同期であるジェニファー・フォン・ティルレイルを参謀長に、そしてあらたに女性士官学校の出で、いつぞや自分たちにケンカを吹きかけてきたルグニカ・ウェーゼルを准将として迎え入れた。さらにアレーナ・フォン・ランディールの前世での盟友であるエレイン・アストレイア准将を指揮官として招致した。
 なお、ラインハルトからは自身の艦隊司令官を融通しようかと言われたが、イルーナは断った。ラインハルト陣営にはラインハルト陣営の指揮官が座っているのが最も望ましいからだ。
 こうしてみると、女性によって運用される史上初めての艦隊という色合いが出来上がっていた。
 大将となると、中将よりもさらに待遇が良くなるのは当然であるが、その中に皇帝陛下に対する謁見を許される身分になるのである。ラインハルトはそういうわけで、初めて公式の場において皇帝フリードリヒ4世と一対一での対面を許されたのだった。
 ある爽やかな朝の時間、黒真珠の間において、ラインハルトはただ一人皇帝陛下の前に片膝をついて首を垂れていた。その内心における激情と憤怒を、精一杯押し殺して。アレーナとイルーナたちからはこの謁見の前に再三「ラインハルト、お願いだからこらえてね。ここで感情を表にさせば今までの苦労は全部水の泡よ。」と言われ、キルヒアイスからも「ラインハルト様、ここはおこらえください。」と言われ、本人もよくわかっているつもりであるが、本心を韜晦するのはなかなか骨が折れるものなのである。
「ほう、ずいぶんと立派になった物だな。初めてそちと対面したのは、幾年前だったか。」
フリードリヒ4世は目を細めた。そばには幾人かの近習がいるほかは広々とした黒真珠の間には誰もいなかった。
「9年前にございます、陛下。」
ラインハルトは努めて平板な声でそう答えた。
「そうか、そちの姉が余のもとに来てから、それくらいたつか。年月が立つのは早いものじゃな。」
一瞬ラインハルトは自制をこらえるのに苦労した。「早いだと!?」ラインハルトの胸の内には怒りの波が数十メートルの高さに達し、大津波となって胸郭を圧迫し続けていた。「早いだと?!」とラインハルトは煮えくり返る心の中で叫んでいた。
(こちらは姉を貴様に奪われてから、一日たりともそれを忘れたことはなかった!!一日たりともだ!!ここまで来るのでさえ、ずいぶんと長い思いを・・・・人生の大半を過ごした気でさえいるというのに!!それを早いと言うのか!?)
ラインハルトが応えずにいると、皇帝陛下は「ところで。」と話題を変えた。
「大将となると、様々な気苦労があるだろう。そちはまだ若い。少しでも重荷を減らしたく余から何かできることはないかと思っておるのだが、どうか?」
「ありがたきお言葉、もったいのうございます。そのお言葉だけで充分でございます。(わたくし)はただ陛下に忠実でありたいと思っております。」
皇帝陛下は軽い笑い声を上げた。何故かラインハルトはそれを聞いて身震いした。皇帝陛下の声に不快さを覚えたのではない。一瞬だったが、何もかも見透かされているのではないか、そんな気持ちにさせられていたのだ。

「あの皇帝陛下には気を付けるのよ、ラインハルト。一見凡庸なように見えてその実本心を韜晦なさっているところがおありなのだから。」
イルーナがいつになく厳しい調子でくぎを刺したことをラインハルトは思い出していた。

そうだ。俺はこんなところで終わるわけにはいかない。何よりそんなことをすれば、姉上が、キルヒアイスが、アレーナ姉上が、イルーナ姉上が悲しむことになる。俺を叱ってここまで導いてくれた人たちが悲しむ。俺をよりどころにしている部下たちを路頭にさらすことになる。そうラインハルトは思い、ぐっと拳を握りしめてひたすら皇帝陛下の謁見に耐え続けた。
「では、そちの功に報いるにささやかな物を余から送りたいと思う。そちが気に入るかどうかはわからぬがな。」
???とラインハルトはいぶかしげに心持皇帝陛下のほうに視線を移す。もちろん失礼のない様にであるが。
「はっはっは。気になるか。では、控えの間で儂の近侍から言伝を受けるが良い。」
フリードリヒ4世は立ち上がり、侍従たちに助けられて奥に退いていく。謁見はそれで終わりだった。
ラインハルトは黒真珠の間を出るまで表情を変えなかったが、控えの間に出たとたん、息を大きく吐き出していた。
「大丈夫だった?」
軽い笑いを含んだ声がする。顔を上げると、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトが大将の制服上衣と黒いスカートを履いて、ラインハルトに微笑みかけていた。軽く左手を腰にあてがって。ステンドグラスから差し込んできた一条の朝の光が彼女の全身を美しく染め上げている。一点の絵。そうなりそうな光景だとラインハルトは思った。
「あぁ、イルーナ姉上でしたか。驚かさないでください。それにしてもいつここに?」
彼女は軽やかな足音を控えの間――紫水晶の間――にひびかせて歩み寄り、
「私はあなたの前に謁見を受けたのよ。ほんの数分だけだったけれど。そこでささやかな贈り物があると皇帝陛下から言われたわ。」
幸い今日の控えの間は、珍しいことに人がいない。ラインハルトとイルーナの二人だけである。あらゆるものの中心であるノイエ・サンスーシのそのまた中心点にしては奇妙なことだった。だが、案外それは当たり前なのかもしれない。大きな台風ほどその中心の眼となる部分は、晴天に満ち溢れ、穏やかな天候となるものだから。
「イルーナ姉上もですか、それにしてもいったい何なのだろう?」
考え込んでいるラインハルトはふと顔を上げ、こちらを穏やかな眼差しで見守っている相手に気が付くと苦笑した。
「その様子だとイルーナ姉上はもう答えを知っておいでのようですね。」
「ええ。おそらくはね。でも、それはあくまであなたたちの世界の知識があるからわかることなのよ。」
「では、あえて聞きますまい。楽しみというのは先に聞いてしまうと、無味乾燥な味に早変わりしてしまいますから。」
ふふっとイルーナが微笑んだとき、カツカツという足音がした。二人が振り返ると、一人の侍従が立っていた。前置きを一切置くことなく、
「皇帝陛下からのお言葉です。謹んで聞かれますように。」
頭を垂れた二人に無味乾燥な声がふってきた。
「皇帝陛下におかれましては、ラインハルト・フォン・ミューゼル大将、イルーナ・フォン・ヴァンクラフト大将に、専用の旗艦をお与えなさる。詳しくは軍務省に出頭して聞くように。益々の武勲を期待する。以上となります。」
侍従はそれだけ言うと、二人の前から離れていった。顔を上げた二人は遠ざかる背中を見送っていたが、
「旗艦・・・・。」
ラインハルトはその言葉をかみしめるようにしてつぶやいた。これまでラインハルトが搭乗していたシャルンホルストは旗艦には違いなかったが、銀河帝国の標準戦艦の改良程度にしか過ぎなかったし、シャルンホルスト型は今では分艦隊旗艦レベルにまで普及しているので珍しくはなかった。
それが今回は、専用の旗艦である。どんなものなのかはわからないが、皇帝陛下に所有権があるとはいえ、半永久的に乗り主のものとなるのだから、嬉しさも層倍になるというわけだ。

イルーナはラインハルトの夢想するような横顔を姉がプレゼントをもらった弟を優しく見守る時のような表情で見つめていた。


* * * * *
ところが、この話には少々裏がある。当初イルーナにブリュンヒルトが与えられるという話になっていたのだ。それをアレーナから聞かされ、二人は慌てて四方八方に手を回し、ブリュンヒルトをラインハルトに回すように仕向けたのだった。最新鋭艦を受け取った時のラインハルトの喜びようは推して知るべきである。
それを見た二人は「やっぱりラインハルトにはブリュンヒルトがお似合いね。」と楽しそうに笑いあった。

旗艦は皇帝から与えられるのだが、この世界の場合少々異なる。仮に艦がまだ改良できる場合には自分でカスタマイズすることができるのだ。

イルーナにあたえられたのは、菖蒲色の気品あふれる旗艦だった。形としてはOVAで登場したニュルンベルク級に近いものだったが、艦の大きさは1,2倍ほどである。
イルーナは艦隊旗艦のスペックに強力な高速通信システムを搭載し、敵の妨害電波をものともしない通信機能を要求、さらにこちらから強力な電磁妨害システムを展開できる機能をオーダーした。さらに高速性と機動性を求め、防御力については前面傾斜装甲とミラーコーティングによって艦自体の重さを軽減、側面装甲については剥離可能な構造にすることで、修理を容易にするようにさせた。
ワルキューレに至っては36機搭載可能と、軽空母並である。
この大艦隊戦略旗艦の名前は、ヴァルキュリアという。ワルキューレの単数形であるこの名前は、「戦死者を選定する女」として知られている。

また、ラインハルトもイルーナも艦隊司令官でありながら共に最高幕僚会議常任委員の肩書を持つこととなった。

* * * * *
数日後――。
「ついにここまで来たわね。」
郊外にあるカフェでのんびりとお茶をしながらアレーナが珍しく感慨深そうに言った。そばにはフィオーナとティアナがいる。ほんの少しの時間だったが、忙しい合間を縫ってプレイべートの時間を楽しんでいた。
「ラインハルトが大将、そしてあなたが大将になって、私たちがそれを支える。10年も前に話していたことがいよいよ現実になってきたというわけか。」
アレーナはカップに口を付けた。
「ラインハルトが元帥になって帝国全土を掌握するまでは、まだまだ気が抜けないわ。例の対ラインハルト包囲網のこともあることだし。」
イルーナはくぎを刺した。対ラインハルト包囲網も貴族、軍人、官僚がベーネミュンデ侯爵夫人の下に集結していて勢いがある。これを防ぎとめるのは容易ではない。イルーナとアレーナは相談し、ひそかに皇帝陛下を間接的に動かして、ベーネミュンデ侯爵夫人にアンネローゼを害するなとくぎを刺させた。一か八かの賭けであったが、皇帝陛下が直接ベーネミュンデ侯爵夫人に諭したのがきいたのか、あれ以来アンネローゼの身辺に危害が及ぶことはなくなっている。だが、それもいつまでもつかはわからなかった。なにしろ先日の第三次ティアマト会戦ではラインハルトが襲われかけたのだ。ラインハルトたちはノルデン少将らの身柄を軍の憲兵隊に引き渡したものの、それっきり音沙汰はなかった。捜査中であるという通り一辺倒の答えしか返ってこないのである。ベルンシュタイン中将が憲兵隊を掌握しているので当然と言えば当然のことと思えた。露骨すぎるが。
「彼らはまだあきらめてはいないのでしょうか?」
フィオーナの言葉に、
「あきらめないでしょ。事はもうベーネミュンデ侯爵夫人の問題ではないのよ。ラインハルトと私たちにホサれた人が皆『同志』としてあそこに集まっているんだもの。」
と、ティアナ。その隣でアレーナが、
「そうなればなったで、此方には都合がいいんじゃない?一か所にまとめておいて気を見計らってまとめて掃討すればあっさり片が付くわ。」
とあっさりと言う。それは最後の最後の手段にしておくべきね、とイルーナは言った。彼女にしてみれば、こちらの体制はまだ弱いのに対し、敵には有力貴族が後ろ盾になっている節がある。彼らを叩くことは、その背後にある「眠れる獅子」を目覚めさせることになり、さらなる苦戦を強いられる。わずか2個艦隊程度の戦力ではあっさりとこちらはすりつぶされてしまうだろう。
せめてラインハルトが元帥として18個艦隊のうち半数以上を掌握した時点で対決に乗り出すべきだとイルーナは思っていた。

また、ここにきてイルーナはいよいよオーベルシュタインを登用することを決意した。既に人事局のコネクションを通じて、遠回しに手配をしだしている。オーベルシュタイン大佐は現在情報部分析3課というあまり日の当たらない部署で情報分析と整理に当たっており、僚友たちからもあまり相手にされていない人物だった。
イルーナがそれを切り出すと、フィオーナは心配顔で、
「でも、考えたくはないですが、オーベルシュタインは教官をラインハルトの代わりにするかもしれません。万が一教官とラインハルトが敵対することになったら、どうしますか?」
「その前にあっさりとこちらの手の内を明かすわ。」
イルーナは言った。
「私はラインハルトを輔弼するために昇進している。彼はいずれ帝国全土を掌握し、劣悪遺伝子排除法などという悪法を始末して改革に乗り出し、宇宙を統一する。そんな趣旨のことを彼には話します。オーベルシュタインがそれを聞いて協力すればよし、しなければしないで私の傘下で一大佐として仕事をしてもらうだけよ。私の監視の下で。」
「なるほどね、敵に優秀な人材を取られる前に、自分で確保するのがベターなのか。毒は蓋をして密封してしまえば、害をなさないしね。」
アレーナが感心したように言う。ふと、彼女は周りを見まわして、イルーナ、フィオーナ、ティアナにそっと声をかけた。
「車に戻りましょうか。例の密談始まったみたいよ。ここではなんだから車の中で聞きましょう。ティアナ。」
フィオーナがすばやく立ち上がって会計を済ませ、ティアナたちを追って店の外に出た。ティアナの運転するラウディ7000はすばやく走り出した。どこか人目のつかない郊外に行くのである。




* * * * *
 ラインハルト、イルーナ、両名の栄達を苦々しく思っていた一同は同時刻、ベーネミュンデ侯爵夫人邸に集結して協議を繰り返していた。
「大将だと!?」
シュライヤー少将が憤懣やるかたない顔をしている。
「あの孺子と小娘が大将だと!?反吐が出るわ!!」
「姉に対する皇帝陛下のご寵愛で成り上がった孺子に、女性士官学校とかいう異端の設立の実績を作るために上にのし上がった小娘が大将とは・・・・世も末ですな。」
フレーゲル男爵がかすかに皮肉交じりな笑みを浮かべながら言う。もっともその内心はドロドロにたぎったマグマが渦巻いていた。何しろベルンシュタイン中将の仕向けた暗殺者がまたもや失敗したのである。フレーゲル男爵は散々にベルンシュタイン中将を罵倒したが、これはのれんに腕押しだった。相手は謝罪した後に沈黙するばかりだったからである。それにフレーゲル自身も暗殺計画をベルンシュタインに突き放すようにゆだねた言動をしたこともあって、それ以上責めるのは一片の良心が許さなかったのだった。
 しかしいつまでも「失敗しました。」で終わらせるわけにはいかない。
「閣下、もはや手をこまねいている場合ではありませんぞ。暗殺なりなんなり、強硬手段をもって彼奴等を排除いたしましょう。」
エルラッハ少将が言う。この新参者は中将昇進への梯子をラインハルトらに奪われてしまったのだと思い込んでこの包囲網に加わっていた。軍務省の筋から、次の人事異動で中将に昇格して正規艦隊司令官に内定するという話を受け取り、有頂天になっていたところにラインハルトらが滑り込んできたのである。そう思っていた。
「そう急くな。暗殺は先日・・・いや、これまで悉く失敗しておる。それに金髪の孺子、プラチナ・ブロンドの小娘はああ見えて兵士たちからの人気は高い。また先日のティアマト会戦で敵を翻弄し撃破した英雄として我が帝国も利用してもいるところなのだからな。」
「では!!」
激昂した空気が立ち上ろうとした時だ、
「だが、あの孺子・小娘一人ではどうにもできぬのではないか?あの孺子と小娘がここまでのし上がったのも、それぞれに優秀な部下たちがいたからこそ。それらを切り離し、敵地に送り込めば、奴らが死ぬのは造作もない事ではないか。」
ベーネミュンデ侯爵夫人がうっすらと笑いながら口を開いていた。居並ぶものは一斉に侯爵夫人に目を向ける。
「侯爵夫人のおっしゃる通りです。」
フレーゲルが言う。
「また、そろそろマインホフ元帥にもご引退願い、エーレンベルク閣下に軍務尚書の椅子に座っていただくのが望ましい時期に来ておりますな。考えてみれば、あの孺子、そして小娘の栄達にはマインホフ元帥の存在が一役買っております。」
「あのジジイめ。あのような好々爺の顔をしおっているが、やることなすことは油断ならんわ!」
一人の貴族が苦々しげに吐き捨てる。それにうなずきを返したフレーゲルは、
「そこで、私から叔父上、そして軍の上層部に働きかけ、ある提案をしようと思うのです。」
「ほう?それは?」
居並ぶ列席者が身を乗り出す。
「マインホフ元帥、そして彼奴を自由惑星同盟と称する反徒共に和平交渉の使節として派遣するのです。」
居並ぶ者が一斉に驚愕の顔をした。150年間も戦争を繰り返してきた敵国に使者を送る!?
「自由惑星同盟は先般までの会戦で大兵力を消耗しています。ここで降伏勧告を送るのは一つのタイミングとして良い時期だと喧伝するのです。」
シュライヤー少将が説明する。どうやらフレーゲルだけの案ではなかったらしい。
「しかし、同盟が降伏に応じるか?」
先ほどの貴族が疑問を呈する。
「降伏に応じるか否かは問題ではありません。むしろ同盟が降伏を拒否すれば、望ましい。任務失敗の責任を取って使節責任者たるマインホフ元帥を辞任させ、彼奴をも連座させて放逐すればいいだけの事・・・・。」
フレーゲルの眼が光る。
「なるほど!」
「それならば!」
「彼奴等も逃げることはできまい!」
「むしろ同盟に殺させればいいのだ。」
「うむ。我々の手を汚さなくても済む。」
居並ぶ列席者は一斉にうなずき合う。
「善は急げだ。こうしている間にも好機を逃すかもしれんぞ。」
列席者から上がったその声に一同は大きくうなずいて賛同を示した。
「では、叔父上らに協力を仰ぎ、そのようにとり計らいましょう。彼奴等を始末すれば、そうなれば後は我々の天下というわけですな。」
フレーゲルが冷たく笑った。



* * * * *
ラウディ7000の革張りシートの席で4人は顔を見合わせた。
「また随分と思い切った手をうつわね、敵も。ヘルメッツだからってバカにはできないか。その脳みそをもうちょい別な方面に使えないのかなぁ。」
アレーナがしらっという。
「感心している場合じゃないわ。これは問題よ。表立って指令されれば私たちは断ることはできない。失敗していると目に見えてわかっていても『皇帝陛下の勅命』を盾にされれば、私たちは逆らえないわ。」
イルーナが言う。と、アレーナがフフン、と鼻で笑った。
「どうかなさったのですか?くしゃみ?」
「違うわよ、フィオーナ。いい加減ボケるのはやめなさい。(フィオーナの顔が赤くなった。)そうじゃなくてね、奴らもまだまだ甘いってことなの。」
「というと?」
「ティアナ、奴らが皇帝陛下の勅命を盾にするのなら、こっちも皇帝陛下の勅命を盾にするのよ。先制パンチよ。使節の派遣団長をブラウンシュヴァイクに、副団長をリッテンハイムに、随行委員をあいつらに挿げ替えちゃえばいいじゃないの。そうなるように世論(この場合は有力貴族や軍上層部、官僚機構だけれど)を誘導するのを忘れないでおけば、それが後押ししてくれるってわけ。」
なるほど!という目を三人はする。
「そしてティアナ、最悪マインホフ元帥やラインハルトが使者であったとしても、奴らも同行させてやるのよ。それも大物をね。小物だと切り捨てられるけれど、さすがに係累が同行しているのであれば、片方だけの罪を鳴らすことはできないでしょう?」
というわけで早速おじいさまにお話しして先手を打つことにするわね、とアレーナは言った。
「ティアナ、そういうわけだから、急いでマインホフ元帥のところに車を飛ばしてくれる?ただし、スピード違反で引っかからないように気を付けて。」
「じゃあしっかりしがみついてくださいよ、急ぐときの私の運転、荒っぽいですから!」
その言葉が終わらないうちにタイヤをきしませて急発進したラウディ7000はものすごい排気音を上げた。みるみる速度が200マイルを突破し、道に林立する「あらゆるもの」が風のごとく後ろに飛び去っていく。
「ティティティアナ!!ちょちょっちょちょ飛ばしすぎじゃない!!??」
後ろの席でフィオーナが叫んだが、ティアナは「大丈夫大丈夫600マイルまでは私の動体視力で余裕だから!」と言ってやめない。それどころかますます速度を上げる。その間アレーナは端末でマインホフ元帥と連絡を取っていたが、ほっと安堵した顔になった。
「大丈夫みたい。まだいらっしゃるわ。急いで手を打てば何とかなる。」
アレーナは端末を握りしめていた。


 間一髪の差だった。マインホフ元帥邸に到着したアレーナはイルーナとラインハルトを伴って、今にも出省しようとしていたマインホフ元帥に対してすべての事情を打ち明けた。マインホフ元帥は驚愕し、かつ憤怒して憤ったが(その大部分はベタかわいがりにかわいがっているアレーナの『友達』が襲撃されかけたことに対する憤りである。)、早速矢継ぎ早に回線を開いて部下たちに指令した。すなわちそういう話が持ち上がってきたと気に備えての軍上層部の世論形成を行わせるためである。統帥本部総長のワルターメッツ元帥にも協力を仰いだ。彼も盟友が死地に送られる企みがあることを知ると、直ちにマインホフ元帥に同調する構えを見せた。
 マインホフ元帥は、ワルターメッツ元帥と共に直ちに宮廷に赴き、リヒテンラーデ侯爵に面会を求めた。宇宙艦隊司令長官を伴わなかったのは、ミュッケンベルガーが既に対ラインハルト包囲網に取り込まれつつあったからである。
官僚機構に対しては、アレーナが動いた。かねてから知っているエルスハイマーやレーゲル、シャウフトと言った中堅官僚に接触して事情を打ち明け、根回しを依頼したのである。特に外務省と宮内省に対しての根回しは周到かつ綿密を極めた。
貴族社会に対しては、ブラウンシュヴァイクやリッテンハイム侯爵の影響があり、あまり近づけなかったため、触れることはしなかった。どのみち貴族がマインホフ元帥とラインハルトらを使節に押したところで最終的には皇帝陛下の御裁断があるからである。


 翌日――。
 ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムがリヒテンラーデ侯爵のもとにやってきたときには、すっかりマインホフ元帥やアレーナたちの根回しは済んでいたのである。
「両人とも何の御用ですかな?」
リヒテンラーデ侯爵は突然の大貴族の来訪に苦虫をかみつぶした顔をして出迎えていたが、腹の中では笑いをこらえかねていた。手ぐすね引いて待っているクモの巣の中にまんまと獲物が突っ込んできたと思ったからである。
「リヒテンラーデ侯爵、実は帝国貴族、いや、帝国枢密院と帝国議会代表としてある提案をしにまいった。」
「ほう?」
ブラウンシュヴァイクは帝国枢密院の議長であり、リッテンハイム侯爵は帝国貴族議会の議長である。帝国貴族議会が下院に該当するのに対し、枢密院は上院の役割を果たす。枢密院は帝国最高顧問として皇帝を輔弼する責務を持ち、皇帝にのみ責任を持つ。貴族議会については、3年に一度貴族のみの選挙によって選出され、皇帝と貴族に対してのみ責任を持つ。つまり完全に平民を度外視した制度である。
「我が帝国軍はここ数年連戦連勝、反徒共に手痛い打撃を与えておる。今こそ全面攻勢の時ではないか?」
「これはブラウンシュヴァイク公のお言葉とも思えませぬ。ここのところの連戦続きで、物資も兵員も減少しているのは我が帝国も同じこと。これ以上の戦争継続は、貴族社会から税金を徴収しなくてはできぬところに来ておりますぞ。」
ブラウンシュヴァイクもリッテンハイムもとたんに苦虫を噛み潰したような顔になった。貴族にとって特権をはく奪されること、それをにおわされることは何よりも嫌いなことだからだ。
「それほど国庫はひどい状況なのか?平民たちから搾り取ればいいではないか?」
「平民は数の上では多く存在しますが、何よりその財産が少なく、増税したところで反発を食うだけの事。何の足しにもなりませんぞ。」
そうあっさりとはねつけられては、ブラウンシュヴァイクもリッテンハイムも返す言葉がない。だが、この拒絶こそが彼らの次へのステップだった。そしてそれはリヒテンラーデ侯爵も待ち望んでいる展開なのである。
「そうか、であれば卿は全面攻勢には賛成しかねると、そういうことでよろしいか?」
「臣の意見を聞きたいということであれば、そうお答えいたしますが。」
「そうか、ならばリヒテンラーデ侯爵、いっそ同盟に対し使者を送り、降伏勧告若しくは一時の停戦交渉をすべきではないか?」
「なんですと?!」
驚愕した顔を作りながら、リヒテンラーデ侯爵は笑いをこらえるのに必死だった。
「そうだ、突拍子もないことだと卿は思うかもしれないが、コルネリアス1世の親征においても降伏勧告の使者は何度も派遣されておる。また、同盟と帝国が停戦合意に達した時期(恒久的な和平は悉くにぎりつぶされたが、軍事上財政再建上の理由で一時短期間停戦をしたことはこれまで何度かあったのだ。)の前後には必ず両者の間で使者が行き来しておる。今回の事、そう目くじら立てて驚くことのほどでもあるまい。」
「なるほど・・・・。」
リヒテンラーデ侯爵はじっと考え込んでいるそぶりを見せているが、無論これは演技である。いらだってきたリッテンハイム侯爵が、
「いかに!?どう思われるか?我らは皇帝陛下の御名代としてふさわしい者を派遣すべきであると思っておるが――。」
「なるほど、そうであったか!だからこそブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯、お二方が来られたというわけですな。」
理解したと言わんばかりに感嘆を声に乗せたリヒテンラーデ侯爵の言葉に両者は一瞬ニヤリと顔を見かわした。思うツボにはまったぞ、というわけである。
「では早速に皇帝陛下に取次ぎをいたしましょう。いや、たいしたものですな、それでこそ貴族の長、大貴族にふさわしいお心がけというものです。」
『は!?』
両人とも一瞬何を言われたのかわからない顔をしていた。
「ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯が自ら使者を務められると皇帝陛下がお知りになれば、さぞお喜びになられましょう!では、これにて失礼仕る!」
リヒテンラーデ侯爵は老人とは思えぬ速度で二人に背を向けて去っていく。一瞬棒のように固まっていた二人が、リヒテンラーデ侯爵が何を言っているかを理解した瞬間――。

ええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?!

という顔をしてダッシュしだした。「あのジジイに黒真珠の間に入られた瞬間、我らが使者ということにされてしまうではないか!?」と悟ったからである。マインホフ元帥とラインハルトら孺子どもを使者にするつもりが、反対に自分たちが使者になる。こんなバカなことがあってたまるか!!というわけである。

「ままままままままま待てッ!!!!待ってくれ!!!」
ブラウンシュヴァイク公が声を上げ、リッテンハイム侯ともども懸命にあえぎながら追っかける。日頃運動不足で召使共に何から何までさせているのがバレバレの走り方である。二人は懸命に追いすがろうとしたが、タッチの差でリヒテンラーデ侯爵は黒真珠の間に入り、二人は黒真珠の間手前の大扉で、警護していた衛兵たちにブロックされてしまった。
「ええい!!そこをどけ!!どかんか!?儂がブラウンシュヴァイク公と知っての狼藉かッ!?」
「そこをどけ!!皇帝陛下に一大事、火急の用があるのじゃ!!」
ブラウンシュヴァイクが怒鳴りつけ、リッテンハイム侯が無理やりにも通ろうとするが、能面のような衛兵たちは無表情に二人をいなし続けていた。



それからしばらくして、ランディール邸にて――。
■ アレーナ・フォン・ランディール
あはははは!!!思った通りに事が進むって、久しぶりに味わったけれど、なんて気持ちいいのかしら!!あのブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵が慌てふためいて黒真珠の間にダッシュ、衛兵に突っ込んで弾き飛ばされた様を盗撮カメラの映像で見たけれど、笑いが止まらなかったわ。い、今、お、思い出しただけで、もう駄目!!あっはっはっは~~!!!ああおかしい!!!ひ~っひっひっひ!!お、お腹が苦しいわ・・・!!
はぁ・・・はぁ・・・。と、とにかくこれでブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の派遣は決まったわけで。後はヘルメッツのフレーゲルとシュライヤー、そしてエルラッハあたりをぶち込めば万事とりあえずの片はつくってわけね。ベルンシュタインは孤立したところをじっくりとろ火にかけてあぶり倒せばいいもの。
後はこちらに被害が及ばないように細心の注意を払えばいいわけね。マインホフ元帥、ラインハルト、そしてイルーナ。この三人とフィオーナ、ティアナ、そしてキルヒアイスたちが巻き込まれなければ、万々歳というわけ。
ま、でも敵は最後のあがきでラインハルト、イルーナを随員にするかもしれないわね~。そうなればなったで対策もあるから大丈夫だけれど。
最後まで気は抜けないけれど、ラインハルトが元帥になるまでの辛抱だわ。いずれ門閥貴族たちとの戦いは避けられないけれど、どうにかして短期決戦で終わらせたいものね。できれば、あの人たちがラインハルトたちに期待していたことが、あの人たち自身に起こればいいのだけれど、どうなるかな。
 
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