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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第四章 誓約の水精霊
  幕間 傷跡

 
前書き
 誓約の水精霊篇はこれで終わりです。


 今回の話しはグロ有り、エロ有り、欝有りです。



 それでは本編をどうぞ。 

 




 
 それは傷跡……


 彼の身体に……


 心に……


 無数にある傷の一つ……


 どれだけ時が経とうとも……


 決して癒えない……


 今なお血が流れる……


 傷跡…… 

 






 ぎらつく太陽が地表を焼き、時折吹く風は熱を孕み、砂を巻き上げる。見渡す限りの砂丘が広がる中、一人の男が倒れていた。ボロボロのスーツから覗く肌から血が流れ、黒いスーツはさらにどす黒い暗い色に染まっている。微かに男の肩が上下していることから、まだ男は生きていると思われたが、それも時間の問題だろう。
 このまま……だったのならば。

 


 見えているのか見えていないのか、微かに開いた目で空を見上げる男の顔に影が差した。空には雲一つなく、周囲にも影を差すようなものはない。では、太陽の光を遮るのは……。

「生きてた」

 男が視線を動かすと、そこには一人の少女が立っていた。太陽を背にして立つ少女の肌は、この辺りの者にしては白かった。彫りの浅い顔立ちと、曇った夜空のような黒い瞳は日本人を思わせる。

「飲んで」

 腰に下げていた水筒を掴み、少女は男の口元に持っていく。流れ込んでくる水を、男はゆっくりと嚥下する。少女は男のペースに合わせ、水筒の傾きを調整している。

「っ……すま、ない。助かった」
「いい」

 喉が潤い、声が出るようになった男は、命の恩人である少女に御礼を言うが、少女は素っ気なく返事を返す。十二、三歳ぐらいだろうか? 起伏の少ない、百五十センチ程度の身体と、冷たさを感じさせる程に整った顔つきは、まるで日本人形のようだ。
 素っ気ない態度ではあるものの、少女は男が血を流しているのに気付くと、黙々と治療を始める。近くに停っている駱駝から瓶と布を持ってくると、瓶の中身を染み込ませた布で男の体を拭いている。

「……っ」
「我慢」

 傷に染みるのか、少女が布を男の身体に当てる度に、男が小さく呻き声を上げた。それを少女は、顔を向けずに注意する。黙々と治療する少女の姿に、男は戸惑い気味に声をかけた。

「そ、その。ありがとう」
「……」
「あ~……この傷は……」
「……」
「その……」
「……終わった」

 男の声に何も答えることなく、少女は治療が終わったことを男に告げると、駱駝に向かって歩き出した。去って行く少女を確認すると、身体に力を入れ、男は立ち上がろうとしたが、上手く身体に力が入らず、うつ伏せに砂の上に倒れてしまう。

「っ……っぅ」
「……乗って」

 頭に影が差すのを感じ、男がのろのろと振り返ると、そこには、駱駝に乗った少女が男に手を差し出していた。男は一度大きく息を吸い、再全身に度力を込め起き上がると、少女の手を掴んだ。少女はその細い体を思わせない力強さで、男の身体を駱駝の上に引っ張リ込む。何とか駱駝の上に乗れた男が、前に乗る少女を見ると苦笑いを浮かべた。

「意外と力持ちなんだな」
「……」
「色々とすまない……それで、この駱駝はどこに?」
「私の家」

 振り返らず、抑揚のない声で答える少女。

「そ、そうか……それで君は」
「……ユキ」
「え?」
「私の名前」
「そうか……ユキ、か……綺麗な名前だな。俺の名前は――」


 栄養状態が悪いのか、環境が悪いのか、少しパサついているが、それでも十分艷やかと言える黒髪を揺らしながら、振り向く少女を見下ろし、男は言った。


「――衛宮士郎だ」 












 頭上に振り上げた鍬を、硬く乾いた地面に打ち付ける。水分が全て抜け、コンクリートの様に硬い大地を、まるでビスケットの如く易々と男……士郎は耕していく。振り上げては振り下ろす、振り上げては振り下ろす。雲一つない空に昇る日の光は、直接士郎の身体に降り注ぎ、容赦なく身体を炙っていく。止めどなく流れる汗を時折拭いつつ、士郎は荒れた大地を耕す。
 どれだけそれを続けていたのだろうか、太陽の位置が変わる頃、士郎は鍬を転がし、近くに転がる岩の上にどっかりと腰を落とした。

「ふううぅ~……あっつ」

 ぐったりと蒼い空を見上げ、溜め息のように息をつく。岩の影に置いていた水筒で喉を潤すと、もう一頑張りと膝に力を入れ、立ち上がろうとすると、

「おお~い……」

 熱でゆらゆらと揺れる陽炎の向こうから、一人の少年が声を掛けながら歩いてくる。士郎の目の前で、少年は足を止めると、水でも浴びたのかと思うほどぐっしょりと汗で濡れた顔を上げる。息を切らし、肩を上下に揺らしながらも、士郎を見上げる顔は満面の笑顔を浮かべている。

「シロウ。姉ちゃんのお弁当持ってきたから飯にしよう」

 膝に片手をつきながら、少年はもう一方の手に持った、所々染みが目立つ布で包まれた弁当を差し出した。無邪気な笑みを向ける少年に、士郎も笑顔で返事をする。

「ああ、そうだなマモル。お昼にしようか」
「よっしゃ!」




 士郎が耕していた畑もどきの近くに生える木の木陰に移動し腰を落す。マモルと向かい会うように座った士郎は、差し出だせれた弁当を受け取る。目の前に座るマモルは、士郎に弁当を渡すや否や、自分の弁当を開き、早速食べ始める。貪るように食べるマモルの様子が微笑ましく、思わず顔を緩める。日に焼けた浅黒い肌、黒い髪に黒い瞳。彫りの浅いその顔つきから、日本人に思えるが、それは半分当たりだそうだ。マモルと言うこの少年は、ユキの双子の弟で、現地人と日本人とのハーフと言うことだ。
 母親は現地人で、父親が日本人だそうだ。物心ついた頃には、既に父親はいなかったそうだが、母親が父親から教わったという日本語から、二人の名前を付けたそうだ。

「美味いな」
「ああ、やっぱ姉ちゃんの飯は美味い」
「ユキはどうしてる?」
「ん? さあ? 仕事の準備じゃねえの」
「そう言えばユキは何の仕事をしているんだ?」
「さあ? 俺も知らないんだよ。たまに夕方ぐらいに村の方に行っていることしか……。聞いてもいつもあんな調子で黙ってるし」

 弁当の中身を口に入れるのを止めると、悔しそうな顔をして家のある方角に顔を向けるマモル。

「村に行く時はいつも一人で行って、俺は留守番してろって言うんだぜ。全く俺はガキかって」

 二人は双子だが、余り似ているところは少ない。黒い髪と瞳。彫りの浅い顔立ちという、日本人のようだというところが似ているだけで、他は全く似ていない。例えば、姉のユキは、身長が百五十に届くか届かない華奢な身体つきであるが、弟のマモルの身長は百七十を軽く越え、百八十に届こうかという士郎と何ら遜色はない。また、過酷な環境の下、農作業に従事していたことから、服から覗く腕は細いがしっかりとした筋肉が付いている。

「農作業も、十分立派な仕事だぞ」
「けどよぉ、姉ちゃんが村に行ったら、かなり稼いで帰ってくるんだ……俺だって……」

 悔しそうに顔を歪めるマモルの視線は、自分の足に向けられていた。足を投げ出すように座るマモルの片方の足は、膝下から先が、木の棒で出来ていた。簡単な義足を憎々しげに見つめているマモルに、士郎は問いかける。

「村に行った時、仕事を探したりしないのか?」
「……姉ちゃんが嫌がるんだ」
「嫌がる?」
「そうなんだよ。村に行くこと自体が嫌がるんだよ。何も言わないんだけど、ただじっと見つめてくるんだ。めっちゃ泣きそうな目でよ……あの姉ちゃんがだぞ……」

 溜め息を吐きながら、乾いた地面に顔を向けたマモルだったが、すぐにガバっと顔を上げると、士郎に詰め寄っていった。

「な、なあシロウ。シロウもいっつも夕方から家を出るだろう。何してんのか分かんないけど、俺も手伝うか――」
「駄目だ」
「まだなにも言ってねぇじゃねえか」
「どうせ手伝うから金を払ってくれとでも言うつもりだっただろう」
「グッ……へーへー分かりましたよ。どうせ何も出来ないガキの俺は、一人家でお留守番してますよ」

 不貞腐れたマモルは、士郎から顔を逸らして愚痴を言い始めた。どう機嫌をとろうかと士郎が考えていると、またも、勢いよく顔を士郎に向けたマモルは、その白いはをきらりと輝かせながら、楽しげに笑い掛けた。

「まっ、気が変わったら教えてくれよ」
「……考えとく」
「よっしゃっ! ならさっさと仕事を始めるか」
「そうだな」







 とある目的でこの国に来た士郎が、行き倒れたところとをこの家の主であるユキに助けられ、もう一週間が過ぎた。士郎が連れて行かれた家は、一番近い村まで十キロもある、木が一本も生えていない乾いた大地が広がる中に、ポツンと一軒だけ立てられた小さな家であった。最初は直ぐに出ていこうとした士郎だったが、助けられた御礼をしなければと思ったが、手持ちの金は少なく、御礼となる物も特にない。ならばと、労働力で返そうと手伝いを始めたのだった。
 そんな士郎の本日の手伝いは……。




「……うん。なかなか。どうだユキ。これが日本の肉じゃがという家庭料理だ」
「……おいしい」
「そうか」

 相変わらず無表情のユキだが、微かに口の端が緩んでいるように見える。士郎は隣に立つ自身の胸にも届かない位置にあるユキの頭に手を置くと、ぽんぽんと軽く手を当てた。

「……何?」

 疑問符を浮かべ、上目遣いで士郎を見上げてくるユキから目を逸らさず、士郎は目を細め笑い掛けた。

「いや、可愛いなと思ってな」
「……馬鹿」
「お、おい、ユキ」

 士郎の手を頭を振って払うと、ユキは士郎に背を向け離れていく。置き場を失った手で頬を掻きながら、士郎が首を捻っている、後ろから呆れたような声を掛けられた。

「何やってんだよシロウ」
「マモルか」
「もうちょっと、言い方を考えろよな」
「言い方って」

 マモルの言っていることが分からず、士郎が腕を組むと、手で顔を覆ったマモルが、溜め息をつく。

「はぁ~……。姉ちゃんにあんな顔させたってのに」
「あんな顔?」

 手を顔から離すと、マモルはニヤニヤとした笑みを士郎に向けた。

「顔真っ赤だったぜ」
「え?」

 予想外の言葉に、戸惑う様子を見せる士郎に背中を向けたマモルは、ユキが去っていった方向に歩いていく。未だ戸惑いが抜けない士郎に、マモルは口の中で小さく呟く。

「朴念仁め」

 




 




「ユキ、どうかしたか?」

 砂丘の彼方へ、赤く輝く太陽が沈んでいく。赤光を受ける華奢な身体は、まるで全身から血を流しているかのようだ。その光景が余りにも美しく、恐ろしく……胸が騒ぐ。不安を紛らわせるように、士郎はユキに声を掛けたが、その声は微かに震えていた。

「……シロウは」
「ん」
「シロウは、何をしにここに来たの?」
「ユキ?」

 振り返りもせずユキが返事をしたた内容は、今まで一度も聞いてこなかったものだった。あの日、ユキに助けられた日から十日は経つが、その間、士郎がこの国にきた理由や、倒れていた理由もユキは何も聞かなかった。
 それが……何故……?

「ちょっと調べものがあってな」
「……そう」
「どうかしたか?」
「……シロウはいつまでここにいるの?」

 ユキの声はいつもの如く平坦だが、不安気に揺れている。それに士郎は気付いていたが、指摘することなく士郎は答える。

「そうだな……あと、二、三日くらいかな」
「……調べものが終わるの?」
「まあ、そういうことだな」
「……そう」

 今にも消えてしまいそうな程、儚い様子を見せるユキの姿に、そこにいるのを確かめるように、士郎が手を差し伸べる。手が触れたユキの身体は、その名の如き雪のように冷たかった。
 士郎の手が触れると、まるで電気を流されたかのように、びくりと震えるユキ。それでも、士郎に振り返ることはなく、沈みゆく太陽に顔を向けている。

「……どうした」
「……仕事がある……帰ろう」
「お、おい」

 士郎の手を振り払うことなく、ただ、その場から離れることにより、士郎の手から逃げ出したユキは、結局士郎に振り返ることなく、家に向かって歩いていく。
 しかし、後ろを向く一瞬、士郎の目に入ったユキの顔は、

「……ユキ」

 泣いていた。
 
 




 
  


 ユキが自分の家に士郎を泊めること対し、士郎に一つだけ約束をさせた。それは、決して夜に村にいかないということだった。何故そんなことをと士郎は頭を捻ったが、やはり、何も浮かぶものはなく。ただ、黙って頷き了承した。
 しかし、今士郎はその約束を破って夜の村にいた。


 そもそも士郎が元々この国に来たのは、とある魔術師を探すためであった。その魔術師は封印指定の魔術師であり、分かるだけでも、千人を越える人間をその実験で殺していた。派手な実験をいくつも行っているにもかかわらず、全く隠す気のない行動から、随分と昔から魔術協会から追われていた魔術師であった。その魔術師がこの国にいるという情報を魔術協会が手に入れ、探索を士郎が請け負った。正確には時計塔で学んでいた、士郎の師匠でもある遠坂凛が命じられたのを、士郎が代わりに受けたのだ。何故、遠坂がそんな命令を受けたのかは知らないが、遠坂に危険な目を合わせたくないことや、外道な魔術師を放って置けるわけがないとのことから、半ば無理矢理、士郎が顔を突っ込んだのだ。
 遠坂はいい顔はしなかったが、必ず無事で戻ることを約束させた後、渋々了承した結果、士郎は今この国にいるのだ。




 この国に着き、とある村に訪れると、士郎は食屍鬼(グール)となった村人に襲われた。並みの食屍鬼(グール)ならば軽く返り討ちに出来るだけの実力派あったのだが、襲ってきた食屍鬼(グール)は普通ではなかった。姿形行動はただの食屍鬼(グール)であったが、その動きや行動は明らかに食屍鬼(グール)ではなかった。何とか撃退には成功したが、食屍鬼(グール)の数が多く、致命傷はないが血を流しすぎた結果、砂漠の上で力尽きてしまった。 
 その後、死にかけていたところをユキに助けられ、さらには家に泊められた士郎は、家の手伝いを終えた夕方から魔術師の探索を行ったが、結果は芳しくなかった。しかし、いつまでもユキの世話になるわけにもいかず、そろそろ出ていこうと思った士郎だが、最近ユキの元気がないことから、最後の恩返しと、どうにか元気にするため、これまで色々とやってみたが結果は良好とは言えなかった。
 特にユキが村から帰ってくる時の顔色が悪いことから、村に原因があるのではと考えた士郎は、約束を破ることを心苦しく思いながらも、ユキのためだと、日が落ち、ユキが村に行くのを後をつけて行ったのだが……。





 士郎は今、自分が目にしている光景と耳にしているものを信じられずにいた。

 ――――っ……ぁ……ぃぁ……っぁぁ――――

「こ……これ、は……いや……ま、さか」

 壁の向こうから聞こえるのは、最近で随分耳に慣れた少女の声。

 ―――――ぃ……ぅぅ……ぁぁ――――

 押し殺しているがこの声は間違いなくユキの声であり……響く粘着質な音と、微かに匂うこれは……。

 ――――――ぃ……ぁ――――――

 室内から聞こえる声は複数有り、ユキ以外の声は男の声だ……それも、複数の……。

 ―――はは、やっぱり身体が小さいとキツくていいな―――

 ―――金のためにここまでやるとはねぇ―――
 



 小さく……優しく……儚げな……その名の通り雪のような少女は……士郎の目の前で身体を売っていた。 
 





 気付いた時、士郎はユキの小さな身体を胸に抱き、村から遠く離れた川縁に立っていた。両手に抱えたユキの身体には、所々に白いもので汚れている。士郎から顔を背け、小刻みに身体を震わすユキの様子に、士郎は歯を食いしばり溢れだそうとする感情を押さえつける。そっと、ユキを地面に下ろすと、士郎はユキに背を向けた。

「……身体を」
「……」

 背後で水音が聞こえる。川の水を手ですくい、身体を清める音が聞こえる。

「……っ……ぁ」
「ユキ?」

 何か聞こえた気がした士郎は振り返ることなく、ユキに声をかける。

「シロウだけには……知られたくなかった」
「……すまない」

 喉の奥から絞り出すように、士郎が謝ると、ユキは震える声をかけてきた。

「汚い……よね」
「なっ、馬鹿を言うな! ユキが汚い? そんなはずがあるかっ!!」

 静寂に包まれた闇の中、その声はどこまでも轟く。ユキは士郎の大音声に一瞬息を飲んだ。 

「っ……ほ、本当?」
「当たり前だ」
「……」

 躊躇なく答える士郎に、ユキは寒さではない理由で身体を震わせる。

「なら……こっちを見て」
「え?」
「こちらを向いて」

 嘆願するようなユキの声に、士郎はゆっくりと振り向く。そこには、膝まで川に入ったユキが、生まれたままの姿で立っていた。青ざめた月から降り注ぐ、冴々とした月光に照らさたユキは、目を逸らすことが出来ないほどに美しかった。

「綺麗だ」
「っ……嘘でも……嬉しい」
「嘘じゃない」
「ぁ」

 川に入り、水を掻き分けながら近づく士郎を、ユキは縋るような目で見上げてくる。士郎はそんなユキを、壊れ物でも扱うように優しく抱きしめた。

「ユキは綺麗だ」
「シロウ」

 士郎の胸に飛び込んだユキは、離れたくないとばかりの強さで、士郎の身体に手を回す。士郎もそれに応えるように、ユキの白い肌の上に手を回す。

「……幻滅した?」
「いいや」
「……借金があるの」
「借金?」

 士郎の胸に顔を押し付けたまま、ユキは独白を始めた。

「私が昔、病気になった時に使用した薬代と、マモルの足の治療代……」
「薬代と治療代? 村の者にか?」
「違う……たまに村に来る医者……」
「そいつに?」
「そう……あの仕事も、その医者に……。家族がいない私達には、頼れる人なんて誰も……」
「……そう……か」

 それ以降黙り込んでしまったユキの身体を、士郎は力を込め一度強く抱きしめる。一瞬だが、苦しいほどの力で抱きしめられたユキは、戸惑いを浮かべた顔で士郎を見上げると、強い意思を感じさせる士郎の目とぶつかった。

「シロ、ウ?」
「日本に来るか」
「え?」
「マモルと一緒に日本に来るか」
「え?」

 士郎の言っている意味が分からず、ユキはただ疑問の声を上げるだけだ。目を大きく見開き、まじまじと士郎を見上げるユキの頬を、士郎は優しく撫でる。

「日本には俺の家族がいるんだが、問題がなければ、そこに来ないか?」
「家族って?」
「そう、だな……妹のような姉と言うか、姉のような妹と言うか……ん~なんと言ったらいいか?」
「……そう」

 首を捻りうんうん唸る士郎の様子を首を傾げ見上げていたユキが、一瞬、クスリと笑った気がした。

「で、どうだ?」
「で、でも、借金が」
「俺が払う」
「そ、それは……」
「ユキには命を助けてもらったからな。気にするな」
「は、払えるの?」
「まあ、今は手持ちがないが、こうみても、それなりに貯金はもっているんだ。だから借金のことは気にするな」
「……シロウ」
 
 目尻から溢れる涙を、士郎はそっと指で拭ってやると、安心させるように、満面の笑みを向けた。

「来るか?」

 士郎の言葉に俯いたユキの顔から、次々に涙の粒が落ちていく。
 どれだけ時間が経ったのだろうか、涙の雨が止む頃、ユキはゆっくりと顔を上げた。

「はい」

 士郎に向け、ハッキリと返事を返したユキの顔には、空に昇る月が恥じ入り雲に隠れるほどに……



 とても美しい笑顔だった。









 
「士郎の国か」
「お前たちの父親の国でもあるんだぞ」
「そうなんだけどねぇ。まっ、姉ちゃんがどうしてもって言うからしょうがないか」

 夕焼けを背中に受けながら、士郎とマモルは帰路についていた。二人で畑仕事を終え、並んで帰るのもこれが最後になる。明日になれば、マモルとユキは日本に飛び立つ。
 既に準備は済ませた……ちょっと日本に帰るのが怖いが……。

 なんやかんや言っているが、マモルは満更でもない顔をしている。素直じゃないマモルの様子を横目で確認した士郎は、微かに星明かりが見え出した空を見上げた。

「悪くない国だぞ日本は」
「楽しみにしとくよ」

 にやにやとした顔で士郎を見上げると、マモルは歩く速度を上げた。目の前を、若干早足で歩くマモルから、微かに鼻歌が聞こえる。どう見ても楽しみにしているマモルに対し、士郎が何かを言おうと口を開くと、目の前を歩くマモルが急に立ち止まった。
 
「どうしたマモル?」
「何だアレ?」
「ん? あれは……まさか」

 マモルの視線の先には、黒い煙が立ち上っていた。夜空に変わる直前の空を、どす黒く汚していくそれは、後から後から途切れなく立ち上っていく。

「な、なあ。あの方向って」
「村のある方向だな」

 黒煙の昇る方角にあるものを思い、顔を顰めた士郎は、マモルの肩に手を置いた。立ち上る黒煙に、マモルも何かしらの不安を抱いたのか、微かに震える瞳で見つめてくる。不安気に揺れる目を抑えるように、マモルの肩をしっかりと掴む。

「マモル、ユキと一緒に俺が帰るまで家で待っていろ」
「お、おいシロウっ! あんたはどうするって……ちょっ、待てよ!」

 手を伸ばし、士郎を呼び止めようとするマモルに応えることなく、士郎は騒ぐ胸に急かさえるかのように、黒煙が上がる方角に向かって駆け出した。








 赤、朱、赫、紅……

「なっ……これは」

 赤く……視界の全てが燃えていた。

 村が……燃えていた。 
 
 轟々と家が、家畜が、畑が、車が……そして、人が燃えていた。
 悲鳴は聞こえない。ただ、燃え朽ちた建物が倒壊する音と、炎が燃え盛る音しか聞こえない。

「誰かっ! 誰かいないかっ!」

 肌を炙る炎を気にかけることなく、生存者がいないか士郎は声を張り上げながら村を駆け回る。しかし、目に見えるものは、黒焦げた死体だけ、生者の姿はどこにもいない。生者の姿は……。

「こいつは……まさか」

 唐突に足を止めた士郎は、燃える家屋の影からよろよろと現れた男に対し、全身に力を込め、身体の状況を戦闘態勢に移行させた。

 ―――アアァァ……―――

 のろのろと歩む男は、ゆっくりと士郎にその焼け爛れた顔を向ける。男が向ける恨みまがしい目は、まるで血を固めたかのように、真紅に染まっていた。生者ならば、気を失うほどの激痛を感じるはずの火傷を負いながらも、全くそれを気にする様子は見受けられない。意志を感じられない目。口から覗く鋭く尖る牙。
 これが何なのかは、よく知っている……。

 これは……こいつは……。

食屍鬼(グール)

 両手をゆっくりと開き、撃鉄を落す。

「――――投影、開始(トレース・オン)

 手の平に馴染む、ずっしりとした剣の重みを感じた士郎は、地を蹴り駆け出す。牙を剥き襲い掛《グール》かろうと手を伸ばす食屍鬼(グール)の腕を干将で切り飛ばすと、莫耶で倒れ掛かってくる食屍鬼(グール)の首を切り落とす。

「これは一体どういう事だ。何故食屍鬼がこんなところに……まさか、いるのかあいつが」

 日が落ち、辺りは既に闇に落ちている。しかし、皮肉なことに、村は家屋を燃やす炎に照らされ明かりに困ることはない。手に持つ干将・莫耶から血を垂らしながら、士郎が足元に転がる食屍鬼(グール)を見下ろしていると、呻き声を上げながら食屍鬼(グール)が集まり出してきた。

「考えてる暇はないか」

 憎々しげに顔を顰めた士郎は、干将・莫耶の血を振り払うと、集まってきた食屍鬼(グール)に向かって駆け出した。






 斬っても斬っても現れる食屍鬼の群れから抜け出した士郎は、肩を激しく上下させながら、まだ火の手が届いていない家屋の壁に寄りかかっていた。火がついてはいないとはいえ、周りは燃え盛る炎に囲まれていることから、背にした壁は燃えるように熱い。しかし、士郎は壁から身体を離すことなく、必死に息を整えている。途切れなく流れる汗を拭いつつ、決して油断することなく周囲の警戒をしていた。

「くそっ、生き残りはいないか」

 首を激しく振り、吐き捨てるように声を漏らす。息が整いだすと、士郎は気持ちを切り替える様に息を大きく吐く。壁から背を離し、士郎は村から脱出するため足を動かそうと――




「しろ、お?」



 燃え崩れた家屋の影から、小柄な人影が現れた。
 こちらに気付いたのか、微かに顔を上げた少女は、何かを求めるように手をのろのろと差し出してくる。
 

 顔を伏せ、ゆっくりと歩いてくるその少女は……
 


「し、ろお」


 

 黒い髪……日に焼けているがそれでも十分白い肌……



「おねが、い」



 分厚い雲が晴れ、綺麗な星が輝きだしていた瞳は……赫く、紅く鈍く輝き……


「ころ、して」



 死徒となったユキが……そこにはいた。







 頭がグラグラと揺れている。煙が目に掛かったのか、前がよく見えない。だからだろうか……目の前にユキに似た少女がいるように見える。ユキに似た少女は、今にも倒れそうな様子で、こちらに向かって歩いてくる。何かを求めるかの様に手をこちらに伸ばし、必死に声を掛けてくる。
 聞こえる声は煙で喉がやられたのか、微かにかすれている。かすれているその声も、ユキの声によく似て……ッッ!!




 違う……違う、違う違う違う違う違う違う違う違うッ!!



 ユキが……ユキがこんなところにいるはずが……っ!!

 

 なん、でだ……何でだっ……何でだッ!!




  先程整えた筈の息が荒れる。落ち着いていたはずの心臓が激しく脈打つ。燃え盛る炎の海の中、音を立て激しく呼吸をしているせいか、口の中の水分が抜け、喉がカラカラに乾く。ひりつく唇を動かし、ゆっくりと目の前にいるそれに声を掛ける。

「ユ、キ、か?」

 士郎の声が聞こえたのか、ユキは足を止めた。 
 僅かに目が見える程度しか上げていなかった顔を、ユキはゆっくりと上げていく。辺りに煙が漂ってはいるが、十メートル程離れた位置で立ち止まったユキの顔を見間違えるわけもなく。華奢な身体に身に付けた服も、服から伸びる腕や足、顔も煤で黒く汚れている。

 いや……違う……

 煤はそんなにドス黒く……赤黒くはない……

 あれは……煤なんかじゃない……

 あれは……

 血だ……


「どうして……ここに」

 士郎が喉の奥から絞り出すように声を出すと、泣き笑いのような顔を一瞬浮かべたユキは

「……殺して、シロウ」

 囁くように小さな声で訴えかけ……士郎に襲い掛かっていった。
 土を空に巻き上げ、たった一歩で十メートルの距離を踏み潰したユキは、熱された空気を裂きながら、振り下ろす右手を士郎の脳天に叩き込もうとする。赤い髪を数本犠牲にし、ユキの攻撃を避けると、一旦距離を取るため、後方に飛ぶが、ユキは影のように張り付き離れない。

「なっ」
「……」

 先程までの食屍鬼とは比べ物にならない動きをするユキに、士郎は驚愕の声を上げる。先程の苦しげな様子は消え。初めて会った時を思い出す、感情の見えない瞳で逃げる士郎を捉える。初めて会った時と違うのは、瞳の色が黒ではなく赤いと言うことだ。

「くそっ」
「……」
  
 次々と腕を振るい、士郎の命を狙うユキ。それを体捌きで避け、両手に持つ剣で受け、時に逸らし、躱していく。未だ一撃も身体に当たらないが、腕が振るわれる度に少しずつ士郎の身体に傷が刻まれる。異常な速さで振るわれる拳は空を裂き、発生したカマイタチが紙一重で避ける士郎の身体を少しずつ削っていく。音を越える速度で動くユキの動きは、もはや食屍鬼とは言えない。時間が経つにつれ、士郎の顔に焦りの色が帯びる。

「ユキっやめろ! 一体どうしたっ! 一体何があったっ! ユキッ!」
「……」

 必死にユキに呼びかける士郎の声に、ユキは顔を微動だに動かすことなく淡々と腕を振るう。いくら呼び掛けても全く変わらないユキの様子に、次第に追い詰められる士郎。今の士郎の腕では、このユキを殺さず止めることは不可能であった。いや、それどころか倒せるかどうかも怪しい。避けた腕が地面に突き刺さると、微かに地が震える。その余りの威力に、細い枝を思わせる腕が、ハンマーよりも破壊槌を思わせた。一撃でもまともに喰らえば確実に殺される凶器は、段々と身体に近づいていく。避ければ身を削られ血が吹き出す。逸らせば剣を持っていかれそうになる。受ければ体ごと吹き飛ばされる。

 まるでバーサーカーだ。

 かつて戦ったことのある最強の存在を思い起こさせる程の姿に、知らず口の中に溜まった血を飲み下す。ごくりという音が妙に耳に障り、眉根に皺を寄せる。

「ユキっ! ……俺が……分からないのか……」

 脳天を叩き潰そうと振り下ろされる拳を逸らしたことから、ユキの小さな拳が、地面を貫き肘先まで埋まってしまい一瞬出来た隙で距離を取った士郎が、声を張り上げる。
 しかし、全身から血を流しながら、必死に訴え掛ける士郎だったが、能面ように全く変わらない表情で近づいてくるユキに、何の変化も見受けられない。

 もう……無理なのか……

 歯を砕かんばかりに噛み締め、ユキを見詰める。大地に捕らわれた腕を振るい、大量の土砂を巻き上げながら自由の身になったユキは、ゆっくりと赤く輝く目を士郎に向ける。最近になってようやく笑顔を見せてくれるようになった顔は、先程から凍ったかのように全く動かない。
 ……剣を握る両手から力が抜けていく。
 
 どうしようも……出来ないのか……。

 身体を前屈みにするユキ。その姿はまるで、大型の肉食獣が襲い掛かろうと力を込めているように見える。ぎりぎりと空気が軋みを上げるのを感じる。剣を構えなければならないと、死ぬだけだというのに、どうしても腕が上がらない。

 俺に……ユキは斬れない……

 土煙を上げ、迫るユキの姿がまるでスローモーションの様に見える。

 殺せるわけがない……

 振りかぶる腕の先には、諦めたように俯く士郎の顔。

 ユキは……

 音を置き去りに迫る指先が……

 ……家族だ

 止まった。


「ユ、キ」

 額の皮一枚貫いた指先から、血が一雫垂れる。目の前のユキは、顔を垂れているためどんな顔をしているのか見えない。一雫の希望に縋る様に、恐る恐ると士郎が尋ねると、ユキは顔を上げることなく応えた。

「……ころ……して」

 しかし、返ってきた言葉は、士郎をさらなる絶望に落とす。
 
「……ころ、して」

 途切れ途切れに訴え掛ける声は、湿った何かを喉に詰めたかのようにくぐもった声だ。壊れたレコードの様に同じことを繰り返すユキ。 

「ころして」

 顔を上げたユキの顔は、滝の様な汗と涙、様々なものでドロドロに汚れた顔を見せるユキの目は、血の様に赤い瞳が褪せる程の涙を流していた。苦し気に荒い呼吸を繰り返すユキは、士郎と視線が合うと、強い決意が篭った目で、自分の望みを訴える。

「殺してッ! シロウッ!!」

 文字通り血を吐きながらのユキの訴えを、顔が歪む程歯を食いしばりながら、士郎は首を振り拒否する。士郎が拒否を示すのを見ても、ユキは諦めることなく自身を殺すよう士郎に訴え掛ける。

「もう……無理な、の……止められない……お願い……シロウ」 
「殺せるわけないだろ……お前を……」
「……私は……もう……ダメ……シロ、ウが私を殺し、てくれないと……他にも、人を殺して、しまう……」
「……それ、でも……俺は」



 

 ―――――目の前に、ユキに重なる様に天秤が見える
 
    片方の皿には美しい宝石が一つ
 
    片方の皿にはただの石が数十重なっている

 
    圧倒的な数の差があるにもかかわらず、天秤は未だ釣り合っている
 
    ゆらゆらと揺れているが、未だ決定的な傾きはない――――――





 ユキの言葉を聞きながら、士郎は頭の中で必死にユキを救う方法を考えている。しかし、どれだけ考えても救う方法が思い浮かばない。それでもと、士郎は必死に考える。ユキを救うための方法を。

 だが……


「わた…………私に……マモルを殺させないで……っ」

 
 悲鳴を聞く。

 ガチガチと歯を鳴らしながら牙を剥き、ダラダラと流れる様々なもので顔を汚しながら縋るような目を向けるユキの、喉の奥で消える様な悲鳴を。それを最後に、ユキはまたも仮面を被る様に表情を消すと、皮一枚で止まっていた指先を進ませようと力を込め出す。 
 


 ユキの指先が頭蓋骨に触れ、


 ―――――士郎の目の前で、ただの石が載っている皿に、小さな宝石が載せられた
 
    不安定だが釣り合っていた天秤が傾き出す
 
    大きく、眩しいほどの輝きを見せる宝石が、暗い闇の中に落ちていく
     
 
    選ばれ
 
    天秤が崩れるように消えていく
 
    天秤が消える一瞬
 
    天秤を持つ男の姿が見えた
 
    それは、光を宿さない瞳を持つ赤い男だった――――――――

 


 
 燃える炎に炙られ揺れる夜空に、黒い小さな丸い月が昇る。



 月は黒い月光を迸らせていた。細い線の様な月光がくるくると回る月に合わせ回っている。



 一瞬にして夜空に昇った黒い月は、同じように一瞬にして地に沈み始めるが……




 黒い月は彼方に沈むことなく……




 ……士郎の足元に落ちた。




 何時しか星空を塞ぎ始めた雲から、ポツリポツリと雨粒が落ち始めた。次第に強くなる雨足は、天を突くばかりに燃え上がっていた炎を次第に弱めていく。叩きつける勢いで降り始めた雨により炎が静まると、辺りには様々なモノが焼け焦げた臭いが漂い出す。



 ――――――シロウ……私の名前のユキってどう言う意味?――――――

 ――――――冬という季節に空から降る……氷の結晶のことだ―――――

 ――――――こおりのけっしょう?……こおり?……――――――

 ――――――そうだな……白い小さな綿菓子みたいなものだ――――――

 ――――――……わたがし? ……よく分からない……――――――

 ――――――ん~……まあ、とても綺麗で、儚く、冷たい……小さな白い粒だ。それが空から降ってくるんだ――――――

 ――――――……そう……綺麗なの――――――

 ――――――ああとても綺麗だ……いつか、見れるさ――――――





 暗く黒い世界……

 動くモノはなく……

 ――――ぁぁぁぁ――――

 ただ焼け焦げた瓦礫のみが広がる……

 ――――アアアアアアア――――

 煙漂う焼け焦げた村には、ただ耳を叩く雨音だけが響き――――

 ――――アアアアアアアアアァァァァァァァ――――

 黒く塗りつぶされた世界に、男が一人立っていた。



 両手をダラリと垂らし、全身を雨で濡れそぼらせながら、男は闇が固まったかの様な空を仰ぎ見ている。雨音かと思われた、黒く染まった世界に響くそれは、男の叫び声であった。喉よ裂けろとばかりに響く男の叫びは――――

 嘆きの慟哭か

 憤激の怒号か

 哀惜の悲鳴か……

 ただ……死んだ世界に……響き……消えた……
 








  
 地獄を歩む亡者。
 その男を見る者がいれば、その言葉がまず浮かぶだろう。
 弱まった雨足は強くもなく、また、弱くもなく……ただ、不快なだけであった。視界を邪魔にしないギリギリの雨のベールは、燃え落ちた村を僅かに隠す。時折ベールの切れ目から、足を引きずるように歩む黒尽くめの男の姿が見えた。その姿はまるで幽鬼。目を離せば消えてしまいそうな程、余りにも存在感が薄い姿は……しかし、一目見た瞬間。背筋を凍らせ、言いようのない不安を掻き立てさせる。
 視界の端々に焼け焦げた死体が転がる、死が充満する世界を、黒い男……士郎は歩いていた。




 ――――――ユキは何か夢とかあるのか?―――――

 ――――――別に……特にない――――――

 ――――――そうか……――――――

 ――――――マモルと一緒に居られたらいい――――――

 ――――――そうか――――――


 今にも崩れ折れそうな程、よろめきながらも歩く士郎は、口の中で何かをブツブツ呟いている。

 虚ろに揺れる瞳は、何を見ているのか……


 ――――――シロウはあるの?――――――

 ――――――何がだ?――――――

 ――――――夢――――――


 震える腕をゆっくりと持ち上げる士郎……
 

 ――――――……夢……か――――――

 ――――――あるの?――――――

 ――――――まあな……――――――

 ――――――それは……何?――――――

 ――――――……正義の味方だ――――――


 それは……誰かを助けるために伸ばされた手のようであり……
 

 ――――――正義の……味方? 何それ?――――――

 ――――――そうだな……困っている人や助けを求める人を救う者のことだ――――――

 ――――――人を……救う? シロウはそれになりたいの?――――――

 ――――――ああ――――――

 ――――――……そう……――――――


 何かを求めているかのようであり……

 
 ――――――やっぱりおかしいか――――――

 ――――――いいえ……そう……正義の味方……――――――

 ――――――どうかしたか?――――――

 ――――――シロウ――――――

 ――――――何だ?――――――

 ―――――正義の味方は……助けを求める人を救うのよね……―――――

 ―――――ああ――――――

 ―――――そう……シロウなら……きっとなれる――――――

 ―――――……そうか――――――

 ―――――……なって……――――――

 ―――――ん?――――――


 救いを求めるかのようでもあった……






 ―――――正義の味方に……なって……シロウ―――――

  























   
  

 闇の中に沈む小さな家屋に、士郎が倒れ込む。男は死んだようにピクリとも動かない。不意に士郎の指先が動いたかと思うと、士郎はゆっくりと床に手を付き身体を起こす。壁にしがみつきながら立ち上がると、シンと静まり込む家の中で士郎は声を上げた。

「ま、もる……マモル……ッ……マモルッ! どこだっ!」

 壁に手をつき、灯りのない中を進みながら、士郎は必死に呼びかける。

「マモル……マモルッ! マモルッ!!」

 しかし、その呼び掛けに応える者はなく……

「どこだっマモルッ!! どこにいるマモル――ッ!!」

 ただ虚しく響くだけであった……。














 



 

 ただ……見ているだけしか出来なかった
 

 手で触れることも


 声を掛けることも出来ず


 ただ……見ていることしか


 彼の苦しみを


   怒りを


   嘆きを
  

   悲鳴を


 ただ……見ているだけで……


 身体が


 心が


 凍え


 凍っていく彼に


 せめて一時だけでもいい


 一瞬だけでもいい


 温めてあげたい



 あたしの微熱は


 きっと


 そのためにあるのだから 
  







 
 

 
後書き
 今回のお話は実験的なものでもあります。

 一応続き物みたいな感じなので、いつか続きが出るかもしれません。

 それでは、次から馬鹿話も復活。新しい章に入ります。

 お読み下さいましてありがとうございました。

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