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ソードアート・オンライン -旋律の奏者-

作者:迷い猫
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アインクラッド編
平穏な日々
  紅色の策略 01

 「期待してるなら悪いけど、ヒースクリフは説得に応じないよ」

 エギルさんのお店を出た僕は、隣を歩くアスナさんにそう言った。 アスナさんもアスナさんで同じ結論に達していたようで、反論も不審がることもなく頷く。

 「それともうひとつ。 キリトは負ける」
 「……断言しますね」
 「ヒースクリフは負けないって言った方が正確かな。 ヒースクリフは負けない。 絶対にね」

 どうやらこちらに関しては少なからぬ期待をしていたようで、僕の断定的な口調に眉をひそめる。

 とは言え、それは確実な未来だ。
 何もキリトに期待していないわけではないけど、今回に限って言えば相手が悪すぎる。 短期決戦になればあるいは、とも思わなくはないけど、こうしてデュエルに持ち込んだ以上、あの男が油断するはずもない。
 初撃決着のデュエルなので、最初に一撃を与えた方が勝つ。 それでも実力が拮抗しているプレイヤー同士だと、初撃決着モードがその字面の通りの結末になることなんて稀だ。

 強攻撃の先制。
 ハイレベルプレイヤー同士の戦いになれば、いきなりソードスキルを使うことは論外だし、そもそも使ったところで絶対に当たらない。 ソードスキルは強力な持ち札ではあるけど、絶対の切り札にはなり得ないのだ。 どれほど強力な攻撃だろうと万全の体勢であれば対処は容易だし、対処してしまえば硬直が待っているのだから、それは当然のことだろう。

 例外はあるとは言え、初撃決着デュエルの基本は削り合い。 先に相手のHPを半分以下まで落とした方が勝ち。 たまに油断して強攻撃で決着がつくこともあるけど、それが基本形だ。
 そして、ヒースクリフのHPは絶対に半分以下にならない。
 なら、結果は予想するまでもないだろう。

 「これでキリトは血盟騎士団入りが決定したわけだけど、アスナさんからしたら嬉しい誤算だったのかな?」
 「べ、別に、そんなこと、ありませんけど……」

 徐々に萎んでいく声は図星を指されたからか。. 俯くアスナさんの横顔は気まずさと嬉しさが同居していた。

 まあ、これはアスナさんを責められないだろう。
 挑発に乗ったのはキリトだし、負けるのもキリトだ。 ヒースクリフにしたって挑発しただけだし、彼の筋書きを正確なところまで掴んでいるわけではないけど、75層なんて中途半端な現時点で負けることはできないのだろう。 納得はできないけど理解はできる。

 「そりゃ、好きな人と一緒に同じギルドに入れるって言うのは嬉しいけど、でも別に負けて欲しいわけじゃなくて、ただ一緒にいたいと言うか……」
 「アスナさんアスナさん、心の声がだだ漏れですよ」
 「わ、忘れなさい!」
 「了解しました、副団長殿」

 茶化す僕と顔を真っ赤にして怒るアスナさん。
 そう言えば、こんな感じが昔のスタンダードだったっけ。 なんて感慨に耽りながら、頭の片隅では別の思考を組み上げていく。

 考えるのはもちろん、キリトの彼女さんであるあの人のことだ。
 キリトが血盟騎士団に入れば、あの人はその意味を誤解しかねない。 かと言って事情を正確に説明できるほどキリトの対人スキルは高くないし、そうなれば最悪、誤解したまま身を引くなんて笑えない事態が起こるだろう。
 ヒースクリフの説得もキリトの勝利も諦めている僕だけど、いくらなんでもそれを傍観していることはできない。
 僕から説明することも可能ではあるけど、さすがにそれは僕の仕事ではないし、そもそも首を突っ込むわけにもいかないことだ。

 「アスナさん」
 「なんですか!」
 「ちょっと考え事しながら歩くから、ギルド本部までのナビはよろしくね」
 「え、あ、はあ。 それは構いませんが……」

 色よい返事とはいかないけど、それでも了承してもらった僕は、そのまま思考に没頭するべく、意識を自身の内面に向ける。

 (血盟騎士団への入団がキリトの意思によるものではないと伝える状況の案を検討開始……)
 (ヒースクリフの思惑に沿い、血盟騎士団の利益に繋がる状況の案を検討開始……)
 (最終目標はあの人が誤解しない状況)
 (キリトにとって不本意だと知らせることが大前提)
 (ヒースクリフを頷かせるためには、彼らの利になることが大前提)
 (僕がデュエルに介入する)
 (却下)
 (デュエルが始まる前にヒースクリフを圏外で闇討ちする)
 (返り討ちが関の山。 却下)
 (あの人に事情を包み隠さず説明する)
 (そこまで直接的な干渉はルール違反。 却下)
 (血盟騎士団への入団がキリトの意思によるものではないと伝える状況の案を検討終了)
 (ヒースクリフの思惑に沿い、血盟騎士団の利益に繋がる状況の案を検討終了)
 (案を実行する策を検討)
 (目には目を)
 (歯には歯を)
 (挑発には挑発を)
 (挑発は僕の趣味)
 (挑発は僕の特技)
 (今後の方針を決定)
 (挑発)
 (挑発)
 (挑発)
 (挑発)
 (挑発に決定)





























 「ほう。 これは珍しい客人だ」

 55層の主街区、グランザムにある血盟騎士団本部。 その最上部に位置するヒースクリフの執務室を訪ねた僕とアスナさんを見て、いけ好かない聖騎士様はそう言った。

 「まさかとは思うが、君も血盟騎士団に入るつもりかね?」
 「まさか。 僕は入らない。 今回はちょっとお願いがあってきただけだよ」
 「ふむ。 まあ、かけ給え。 お茶を淹れよう」
 「あ、団長。 それは私が……」
 「客人をもてなすのはホストの仕事だ」

 上司にお茶汲みをさせるわけにはいかないと判断したアスナさんをあしらって、悠々とお茶(とか言いながらコーヒーだ)を用意し始めたヒースクリフ。
 この男の揺るがないところはアスナさんも理解しているのだろう。 それ以上は何も言わずにソファーに座った。

 ちなみに僕は既に座っている。 ヒースクリフに対して遠慮は無用だと言うことはこれまでの付き合いで学んだことだ。

 「さて、君たちの用件はキリト君が血盟騎士団に入ることかな?」
 「僕がそれ以外でここにくると思う?」
 「つまり、抗議をしにきた、と?」
 「それこそまさかだよ。 何を言っても無駄でしょ?」
 「……ふむ。 舌戦では分が悪いな。 君の望みを言い給え」

 ひょいと肩を竦めてみせるヒースクリフだけど、そこにユーモラスさはない。 あるのは底知れぬラスボス感だけだ。 まあ、それこそこの男には相応だろう。

 コトリと目の前に置かれたコーヒーを飲んで、僕は小さく息を吐いた。
 ここから先が僕の仕事だ。
 検討した案をそっくりそのままヒースクリフに承諾させる。 妥協点はない。

 一応、アスナさんには説明しておいたけど、それでもやっぱり不安なのだろう。 僕の隣で身を固くしたまま動こうとしないでいる。

 「今回のデュエルを大々的にやって欲しい」

 ヒースクリフは短く「ほう」とだけ言い、無言で先を促した。

 「イベントにして欲しいって言えばわかりやすいかな? イベント。 それこそ、アインクラッド中に轟くような、そんなどでかいイベント」
 「ふむ」
 「デュエルは明日。 開催場所は昨日アクティベートしておいた75層の主街区、コリニア。 転移門広場に隣接したコロシアムがあったから、そこを利用。 今から情報屋をフルに使って宣伝してもらうとして、入場料を取れば血盟騎士団の財政的にもウハウハでしょ? ついでにあなたの最強の称号が不動のものになるわけだし、一石三鳥だね」
 「……君はキリト君が負けると思っているのかな?」
 「そっちは確定だよ。 あなたは絶対に負けないでしょ? 少なくとも現時点では」

 含みを持たせた笑顔を向けると、ヒースクリフはあっさり頷いた。
 もう少し焦ってくれるかとも思ったけど、そこはさすがの聖騎士様。 焦りも動揺も見られない。

 「では、そのように手配しよう。 情報屋への依頼料はこちらで持つ。 アスナ君」
 「は、はい!」
 「ダイゼン君を呼び給え。 彼と細かい話しを詰める」

 はい、ともう一度生真面目な返答をすると、そのまま部屋から出て行ってしまう。
 ダイゼンさんと言うのは、確か血盟騎士団の経理担当のプレイヤーの名だ。 団長の前で緊張していたアスナさんは気づかなかったみたいだけど、ギルドメンバーを呼び出すつもりならメッセージで事足りる。 呼び出すのだから礼儀を重んじる、なんて情緒溢れるメンタリティーはこの男に限って持ち合わせていないだろう。

 つまりは人払いがしたかったのだ。 僕と話しをするために。

 「さて、今回はどう言った思惑かな?」
 「別に。 ただ、このまま放置すると面倒なことになりそうだって、それだけだよ。 まあ、あなたが馬に蹴られて死ぬぶんには構わないんだけど、ことはそれだけじゃ済まないだろうしね」

 説明を求めるヒースクリフを適当にあしらう僕。
 わかってもらう気はないし、そもそも全ての理由を話したところでヒースクリフには理解できないだろう。
 誰かの恋を応援するなんて、そんな人間的な感情、この男に理解できるはずがない。

 まあ、この策が成功すれば、僕はアスナさんの恋路を邪魔したことになるので、馬に蹴られるのは案外、僕なのかもしれないけど。

 当分は馬っぽいモンスターと夜道には気をつけよう。

 冗談めかして思考を打ち切った僕は、そのままソファーに沈み込んだ。





























 ダイゼンさんとの折衝を終えた僕は家に帰り、アマリの寝顔で癒されてから心を鬼にしてアマリを起こした。 キュートなアマリの起き抜けのハグを受け止めてから夕ご飯を食べて、それから予定通り75層のフィールドで狩りを始めた。
 家に帰ったのは昼間。
 それでも今日は決戦の日なので寝るわけにもいかず、可愛い寝息を立てるアマリを背負って、僕は75層に向かう。

 アマリを背負うたびにドギマギしているのは内緒だ。 
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