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ソードアート・オンライン -旋律の奏者-

作者:迷い猫
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アインクラッド編
平穏な日々
  紅色の策略 02

 「うー、眠いですよー」
 「無理して起きてなくてもいいのに。 眠いなら家に帰る?」
 「帰らないですー。 お兄さんの晴れ舞台を見逃すわけにはいかないですよー」
 「まあ、見れるのは負け犬として這い蹲るキリトだけどね」
 「おい待て! 俺が負ける前提なのか⁉︎」
 「キリト君はこっち!」
 「はい、すいません」
 「あはー、お姉ちゃんは張り切ってるですねー」
 「さすがは恋する乙女」
 「あなたたちは黙ってなさい!」
 「怒られちゃったです……」
 「乙女って怖いね」
 「あー、もうっ‼︎」
 「なあ、恋する乙女ってどう言うことだ?」
 「キリト君‼︎」
 「は、はい‼︎」

 やばい、めちゃくちゃ楽しい。

 ここはコリニアにあるコロシアム。
 観客席から観戦するのも悪くなかったけど、それをすると知らない人が周りのせいでアマリがあまり喋らなくなってしまうので、それならばとキリト側の控え室に顔を出したのだ。
 で、冒頭のやりとりである。

 アスナさんはキリトに神聖剣のレクチャーをしていたらしく、僕たちはそこに乱入した形だ。
 絶対にない可能性とは言え、アスナさんはキリトを勝たせようとしているらしい。 そうなれば自分の恋を妨げる結果になるわけだけど、その辺りは踏ん切りがついたのか、あるいは保留することにしたのか、とにかくそこに迷いはない。
 まっすぐで純粋なアスナさんのことだから、キリトに負けて欲しくない一心なのだろう。 いやはや、本当に可愛らしい。

 「まあ、アマリの方が可愛いけどね」
 「ですです? いきなりどうしたですか?」
 「アマリは可愛いなーって」
 「照れるですよー」
 「よっ、世界一の美少女」
 「えへー」
 「天使が霞むほどの愛らしさ」
 「へへー」
 「さすがは僕の妻」
 「それはさり気ない自分褒めです」
 「バレたかー」

 ちなみに僕は徹夜だ。 完全徹夜で略して完徹。
 普段の3倍のテンションでお送りしていまーす、っと。

 さて、あまり悪ふざけが過ぎるとさすがにまずいだろう。 僕たちを見る2人の視線が既に凄いことになっているので、この辺りが潮時だ。

 「で、キリト。 二刀流は使うの?」
 「いや、使わないよ。 こんな場所じゃ使えないだろ?」
 「隠すつもりならそうだろうね」

 まあ、勝てないことに変わりはないので、わざわざ公衆の面前で披露する必要もないだろう。 キリトは目立ちたくないと言う性格と、それから手の内を晒したくないと言う現実的な判断だろうけど。

 と、そんなやりとりをしていると、控え室の扉から控え目なノック音が響いた。

 「どーぞー」

 誰何を発するでもなく、気楽に出されたキリトの入室許可。 僕としてはもう少し警戒してもいい気がするけど、そもそもここはキリトの控え室だ。 文句を言うわけもなく、まして止めることもできない。

 「えっと、キリト。 その……ご飯を持ってきた、よ?」

 果たして、扉から現れたのは気弱そうな少女は、控え室にキリト以外がいることに驚いたのだろう。 首を傾げた体勢のまま固まった。

 肩辺りで揃えたやや藍色がかった黒髪。 困ったような垂れ目と右目の下にある泣きぼくろ。 淡い青色の落ち着いた雰囲気の服の上から羽織る紺色のマント。 アスナさんのような華もないけど、その分厳しさも一切ない柔和な顔立ち。
 そこにいたのは、僕にとっての恩人であり、ギルド《月夜の黒猫団》のメンバー、サチさんだった。

 「お、サンキューな、サチ。 ……って、どうした?」

 事態を理解していないキリトがまるで危機感なく首を傾げるけど、いかに我が兄とは言えそれは空気が読めていなさすぎると苦言を呈したい。

 狭い控え室の中。 いるのはキリトと僕とアマリ。 ここまではいい。 サチさんとは仲が良いので、僕が結婚知っていることを知っているし、今もアマリとは手を繋いでいるので誤解のしようもなくアマリを僕の妻と認識するだろう。 そこで問題になるのがアスナさんだ。
 アスナさんは当然のことながら今日も血盟騎士団のユニフォームだ。 そもそもアスナさんは超が付くほどの有名プレイヤーだから、サチさんだって知っているだろう。 そして、キリトが一昨日、一緒にパーティーを組んだと言うことも、多分知っている。 もっと言うなら、昔は一緒に行動していたことも。

 さあ、事実を色々と誇張して今の状況を説明しよう。

 元カノとの密会中に今カノ襲来。
 しかも、元カノとの復縁の噂まで。

 ……自分で言っといてなんだけど、これは些か修羅場すぎる気がしなくもない。
 なんとなくでも状況を察したらしいアスナさん(多分、『ご飯を持ってきた』のくだりで気がついたはずだ。 やれやれ、勘が冴えているのもこうなると考えものだ)の顔は若干引き攣っているし、サチさんはサチさんで硬直から復帰したけど困った顔のまま俯いてるし、明らかに微妙な空気が流れている。

 さすがの僕でもこのタイミングでの対面は予想外だったので、どうアクションを起こすべきか迷う。
 けど、この場にはモンスターだろうと空気だろうと、全てを纏めて吹っ飛ばす達人がいることを忘れてはならない。

 「えとー、この人、誰ですかー?」

 コテンと首を傾げて問うアマリに答えたのは、空気が読めない我が兄ではなく僕だ。 と言うか、キリトは視線で黙らせてある。

 「うん、えっと、じゃあ紹介するね。 この人はサチさん。 《月夜の黒猫団》って言うギルドのメンバーで、僕にとってはお姉さんみたいな人」
 「は、初めまして。 サチです……」
 「サチ姉。 こっちは僕の妻のアマリ。 《惨殺天使》って言った方が通りがいいかな?」
 「むー、そんな可愛くない名前は却下です。 ども、フォラスくんの愛する妻、アマリですよー」
 「……で、こちらはギルド《血盟騎士団》副団長、《閃光》のアスナさん。 おっかないけど実は優しいツンデレさんだから安心して」
 「その紹介は甚だ不本意ですが、初めましてアスナです。 フォラスさんは後でお話しがありますので覚悟しておいてください」
 「ツンデレさんは不本意かな?」
 「不本意どころか事実無根です。 私はあなたにデレた覚えはありません」
 「ああ、なるほど。 妹にはデレデレだと」
 「どこを聞いたらそうなるんですか!」
 「いや、聞いたらって言うか、今までのアスナさんを見てたら」
 「そんなつもりはありません!」
 「お姉ちゃんは私が嫌いなのですか?」
 「そ、そんなこと言ってないでしょ!」
 「とまあ、こんな感じでシスコンだから」
 「フォラスさん!」

 こう言う時の姉妹の連携は僕でも感心してしまう。
 僕の意図を瞬時に汲み取って、悪ふざけのテンションに合わせてくれる如才なさ。 きちんと姉妹仲を強調しつつ、さり気なくキリトを無視して話しを進めることでキリトとの関係を暗に否定する戦略。
 まあ、そんなことを言うと浮気の言い訳が上手いみたいに聞こえるけど、それはそれ。 あまり気にしないで行こう。

 と言うか、キリトとサチ姉とアスナさんとの関係が微妙にさせまいと、知らない人がいる中で会話に入ってきたアマリはやっぱりお姉ちゃんっ子だ。 こう言う連携プレイも、そう言えば久し振りに見た気がする。

 「ところでサチ姉。 他のみんなは?」
 「あ、うん。 先に席を取ってるって。 ほら、人が凄いから」
 「そんなことより、メシくれよ。 もう腹ペコだ」

 本当に空気の読めない馬鹿(キリト)がそう言うと、サチ姉は苦笑しながら布で包んだ箱を手渡す。
 キリトとは違って視線や空気に敏感なサチ姉のことだ。 僕たちが誤魔化しにかかっていることもお見通しなのだろう。 それでも何も言わないのは、やっぱり一緒に戦えないと言う引け目があるからだと思う。 肩を並べて戦えるアスナさんは、サチ姉にとってのコンプレックスで、だからこそ何も言えない。
 それでもそんなことを考えているとキリトに悟られたくない一心で気丈に笑ってみせるサチ姉は、やっぱり優しくて弱い。

 「キリトはそればっかり。 朝もいっぱい食べたのに」
 「それはそれ、これはこれってな。 お、サンドイッチか」
 「軽めにしたほうがいいと思って」
 「ありがとな。 んじゃ、頂きます」
 「はい。 召し上がれ」

 アスナさんに遠慮してなるべく甘い空気を出さないよう、サチ姉は笑って、それからアスナさんを正面から見据える。
 咎める色でも、責める色でも、まして嫉妬の色でもない、ただただ申し訳なさそうな色が揺らぐ瞳をアスナさんに向け、すぐに俯いた。

 「あー、サチ姉。 みんなが待ってるんじゃないのかな?」
 「え? あ、うん、そうだね。 じゃあ、もういくね……」
 「うん。 また近いうちに遊びにいくから」
 「待ってる。 じゃあ、キリト」
 「ふぉあ?」

 頑張って。
 小さな声で短く言い残したサチ姉は、アスナさんとアマリに一礼してから控え室から出ていった。

 「……フォラスさん」
 「その話しは後でね」
 「はい……」

 微妙な空気が流れる中、いよいよデュエルが始まるようで、キリトとヒースクリフを呼び出すアナウンスが辺りに響く。
 観客たちの怒号のような歓声がコロシアムを揺らし、周囲の空気が塗り変わる。

 「さて、出番だな」

 最後のサンドイッチを飲み込んだキリトが、手を払いながら立ち上がる。
 表情に余裕はない。 けれど、ワクワクしているのが手に取るようにわかるほど、その双眸は爛々と輝いている。

 「戦勝報告を期待してるですよー」
 「無茶はしないでね」

 背に吊った漆黒の愛剣、エリュシデータの柄に軽く触れ、大きく息を吐くと、キリトはそれぞれの声援に押されて一歩踏み出す。
 僕がその背にかける言葉はただひとつ。

 「いってらっしゃい」

 キリトの返事もたったの一言だった。

 「いってくる」

 そうして《黒の剣士》は控え室から出ていった。 
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