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死者の誘い

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1部分:第一章


第一章

                    死者の誘い
 ポーランドの話である。長い戦乱と苦難の歴史を持つこの国の首都ワルシャワ。今この街は民主化の後の経済の活性化に沸き立っていた。
 街には物が溢れ着飾った人々が歩いている。共産主義であった時とはまるで別の街だった。その日はクリスマスで至るところで賛美歌が聴こえてきた。
「天におわします神は」
 神父の声も聞こえる。この国はカトリックが主流だt。だから神父が話しているのだ。人々は神父達の声を聴きながら聖なる夜を過ごしていた。
 ポーランドは美しい娘達が多い国としても知られている。スラブ系の白い肌に黄金色の髪、澄んだ湖の色の美少女達が可愛らしい服を着て至るところで明るい笑顔を見せている。この国が生んだ偉大な科学者キュリー夫人もまた美人として有名であった。だからこの国に美女が目当てで来る者も多い。
「いやあ、いい国だよここは」
 黒い髪に目の彫の深い濃い顔立ちの男が上機嫌でワルシャワの街を歩いていた。
「こんなに美人が多いなんて」
「満足した?」
 ブランドものの赤いスーツとコートで決めている彼の横にはそのスラブ美女が一人。彼に抱かれて歩いていた。白いコートに青い上着。長いスカートもまた青である。濃い顔の男が長身なのに対してその美女は小柄だった。どういうわけかスラブ系は男は大柄な者が多いが女は小柄な場合が多い。彼女もそうであった。
「勿論だよ」
 男は何かえらく訛りの強いポーランド語で答えた。
「イタリアでもこんな美人はいないよ」
「またそんなこと言って」
 イタリア男の女好きは有名である。だからこのポーランド女も笑ってそれを受け流しているのだ。
「他の国でも言ってるのじゃないの?」
「まさか」
 それは図星だったが聞き流した。
「もう僕はポーランドに首ったけさ」
「本当かしら」
「本当だよ。だからここにね」
「じゃあジュリアス」
 このイタリア男の名前だ。名をジュリアス=スコラという。女の名前はエミリア=ベルカ。勿論このポーランド、それもこのワルシャワの出身である。
「ずっとここにいる?」
「それよりも僕は君がイタリアに来てくれることを望むね」
「あら」
 エミリアはジュリアスのその言葉に笑みを作った。
「それはプロポーズということかしら」
「さて」
 ここはわざと誤魔化した。
「僕はイタリアがいいところだから誘っているだけだよ」
「言うわね」
「イタリア男は来る者は拒まずなんだ」
「それは違うでしょ」
 エミリアは笑って言い返す。
「自分から寄って行くんでしょ。花の周りを飛び回って」
「そうかな」
 また誤魔化す。
「ママが言っていたわ。イタリア男は皆ドン=ジョヴァンニだって」
「きついお言葉」
 モーツァルトのオペラの主人公で稀代の女たらしである。だがオペラの中で実際に女性を陥落させているかどうかは昔から議論になっている。キルケゴールまでそれに加わっている。そんなことは序曲でわかるだろう、あの官能的な序曲は何だ、という者もいる。だがそれにしては劇中の彼はどうにも逃げ回ってばかりなのだ。実に慌ただしい。それを見ていると本当に女性を陥落させているのは不安になる。おそらく劇中では一人も陥落させていないのだろう。そうとも思える。
「じゃあポーランドの女の子は?」
「皆淑女よ」
 これははっきり言えばハッタリだ。皆が皆そうではない。
「ママだってそうだったし」
「イタリア男を知ってるのに?」
「それはそれ、これはこれよ」
 都合の悪いことを忘れてみせるのはどの国でも同じだ。
「身持ちのいいママなのよ」
「少なくても結婚してからは、だね」
「そういうこと。わかったかしら」
「よおくね」
 ジュリアスは笑みを浮かべてそれに頷いた。
「じゃあこれから何処に行くの?身持ちのいいポーランドのお嬢さん」
「何処へでも」
 少なくとも身持ちのいい返事ではなかった。
「貴方が行きたい場所よ」
「それは困ったね」
 ジュリアスはエミリアの言葉を受けてその端整な顔に笑みを作った。
「これだけ奇麗な街だと何処に行くか迷うよ」
「そうでしょ、奇麗でしょ」
 その言葉がどうやらエミリアの琴線に触れたようである。

 
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