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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十五章 忘却の夢迷宮
  第四話 混沌の朝食場

 
前書き
 ……m(__)m

 ―――エタってないよ。
  

 

「―――良し、いい味だ」

 口の中に広がる汁物の味に一つ頷いた士郎は、傍に用意していた皿の中に完成したスープを注ぎ始めた。底の深い皿に注ぐスープは薄い茶色をしており、具材はじゃがいもやキャベツの姿が見える。鼻を撫でる懐かしい香りに、士郎の頬も思わず綻ぶ。
 士郎が鼻歌でも歌いかねない様子で注ぐその正体。
 そう味噌汁である。
 何故、味噌がない筈の異世界であるハルケギニアに味噌汁が?
 その答えは単純明快であった。
 ないなら作ってしまえ、である。
 この世界(ハルケギニア)には、名前が違うだけで元の世界にある食材に似たような食材が多くあった。その中に大豆があった事から、士郎の主夫魂と日本人魂に火が付いたのが約一年前。士郎が食堂の親父と仲良くなった後の事である。魔法学院料理長という料理界ではトップの地位に立つ親父の力の協力の下、取り掛かった味噌づくりが、つい先日完成したのだ。
 元の世界と色々と勝手が違った事から、完璧とは言えない結果だったが、十分に味噌と言えた。
 先の見えない膠着状態の戦場において、食事は貴重な娯楽の一つであった。本格的な戦闘が始まってはいないが、戦場にいるというだけで見えないストレスはある。普段と変わりがないように見えるが、見えないだけで本人も知らないうちにそういったものは溜まってしまうのだ。戦場に慣れた士郎ならばともかく、修羅場の数を見ればそこらの傭兵よりも数多くくぐり抜けてきたルイズたちであるが限界はある。
 それを解消するに一番なのは、やはり食事である。
 それも美味ければ美味いほどいい。
 美味い物を食べている間は、どんな時であっても良いものだ。
 色々と悩みがあるだろう面々の事を考えながら士郎が味噌汁を皿に注いでいると、

「おはようございます、シロウさん」
「ジュリオか」

 背後から声を掛けられた。
 士郎は振り返る事なく皿に味噌汁を注いでいる。

「こんな朝早く何の用だ?」

 お玉を鍋の中に戻した士郎は、エプロンの前掛けで手を拭きながら後ろを振り返った。

「見ての通り朝食の準備をしているんだが、急ぎじゃなければ後にしてもらえるか」
「嗅ぎなればい香りですが、それは一体?」

 ジュリオの質問に、士郎は腕を組みながらチラリと背後に並ぶ味噌汁入りの皿を見下ろした。

「味噌汁だ」
「ミソシル?」
「ま、少し風変わりなスープといったところか」
「へぇ……美味しそうですね」
「ん、そうか」

 鼻をヒクつかせながらどことなく物欲しそうな顔をするジュリオに、思わず士郎は頬を緩めた。

「余裕はまだあるからな。欲しいならお前も食べてくか?」  
「いいんですか?」
「ああ、構わないが……面倒は起こすなよ」

 一瞬だけ視線に鋭いものを混じらせる士郎だが、直ぐに小さく肩をすくませるとジュリオのために新しい皿へと手を伸ばした。

「ええ勿論、といいたいのですが、それはまた今度にしておきます」
「……なら、何の用だ。さっきも言ったが、皆の朝食の準備で急いでいるんだが」
「ええ、わかっていますよ。ですから、直ぐに終わらせます。そう時間を掛けるものではありませんから」

 手にとった皿を元の位置に戻しながら士郎が振り返ると、そこには頭を下げたジュリオの姿があった。

「なんのつもりだ」
「あなたに対ししてしまった事への謝罪です。やむを得ない状況だったとは言え、手荒な手段に出てしまいました。改めてこの場で謝罪し―――」
「―――やめろ」

 ビクリとジュリオの身体が跳ねたが、頭は上げない。頭を下げたまま視線だけを士郎に向ける。

「怒るのは最もです。しかし―――」
「そうじゃない」

 ジュリオに向けていた視線を外し、朝食の準備を再開を始める士郎。話を遮られたジュリオは、士郎の声に怒りの様子が見えない事を訝しげに思いながらゆっくりと顔を上げていく。

「怒っていない、と」
「まあ、いい気がしないが、ただそれだけだ」
「自分たちのしたことですが、かなり手荒な方法を取ったと思っていますが」 
「確かにな」

 サラダを大皿に盛り付けながら士郎は小さく頷いた。

「だが、謝るのなら俺ではなくルイズ達の方だろう。俺をダシに良いように使っていたみたいだが」
「そうですね」

 悪びれもなく肯定するジュリオに、サラダを盛り付ける士郎の手が止まる。

「……“聖地”の回復か」
「ええ。それがわたしたちの―――いえ、ぼくたち信徒全員の夢です。だから、そのためになら、ぼくたちはなんでもします」

 鋭く、決意を秘めた声と共に強い視線を向けてくるジュリオに、士郎は微かに笑みを含みながら頷いて見せた。

「ああ、よく知っている」

 瞬間、ジュリオの背に寒気が走った。
 
「―――っ」
 
 別に強い口調で責められたわけではない。
 鋭く刺すようにきつい言葉を向けられたわけでもない。
 憎しみや怒りが篭った激しい何かがあるわけではない。
 しかし、それには何かがあった。
 それなりに修羅場といったものを潜ってきたジュリオでさえ、息が詰まるような圧力。
 氷の刃が背を撫でたかのような、恐ろしい程に冷たく鋭い痛みにも似た寒気。気付けば全身に鳥肌が立ち、身体は震えていた。
 じっとりとした汗が浮いた掌を服の裾で拭いながら、ジュリオは粘つく唾を飲み込み口を開いた。

「よく、知っている、と……それは」
「どうやら俺は色々と宗教関係者には縁があるようでな。本当に色々(・・)と世話になったものだ」

 背中を向けて顔が見えないが、それでも分かる程明らかに悪い意味で世話になっていた事を伺わせる声音に、ジュリオは引きつった笑みを浮かべてしまう。

「お前たちがどういった理由で“聖地”とやらを狙っているのかは知らんが、下らない理由で起こすのならば、こちらにも考えがあるぞ」
「……既に“聖戦”は始まっていますが」

 細めた目で探るような視線を士郎に向けるジュリオ。
 士郎が何をしようとも、既に“聖戦”は始まってしまっている。
 聖地の奪還のためサハラ(エルフの国)へと攻め込んではいないが、それも時間の問題である。“聖戦”自体は教皇が宣言した時から始まっているのだ。始まってしまった“聖戦”は、普通の戦争よりも終わらせる事は難しい。通常の―――人間同士の戦争は、いざとなれば交渉など話し合いで一時的にでも終わらせる事は可能だ。しかし、“聖戦”―――聖地を奪還するためのこの戦争の相手は、人間ではなくエルフである。交渉は人間同士と同じようにいくわけがなく。また、“聖戦”を掲げている事から話し合い自体を最初から念頭においてはいない。
 一度始まれば、どちらかが戦争を続けられなくなるまで終わらない狂気の戦争―――それが“聖戦”である。
 それをどうにかできるというのか?
 普通ならば絵空事。唯の大口としか受け取れない。
 だが、それを口にした相手が問題である。
 これまで様々な奇跡としか呼べない事態を引き起こしてきた男なのだ。
 安易に聞き逃すことはジュリオには出来ないでいた。

「なに、終わらせる方法がないわけじゃない。色々とやりようはある」
「……嘘を言っているようではありませんね」

 肩をすくませながら後ろを振り返り、軽い口調で冗談めかしく口にする士郎だが、ジュリオを見つめる瞳は全く笑っておらず恐ろしいまでに真剣な光が宿っている。瞳に宿る剣呑な光に気付いたジュリオは、気付けば本能的に重心を落としいつでも動きやすくする。

「ああ。そうなればお前たちも困るだろ」
「ええ、それは勿論……それで、つまりあなたはどうしろと」

 ジュリオは苛立ちを露わにした声で責めるように口調で士郎に言い放つ。

「……理由は何だ」
「理由?」
「何故、そこまで“聖地”の回復に拘わる」

 ジュリオに改めて向き直った士郎が一歩前へと出る。距離があるにも関わらず、物理的な圧力を感じジュリオが一歩後ずさった。しかし、すぐに気を取り直すように顔を左右に振ると、見下ろしてくる士郎の視線を真っ向から睨みつけた。

「“聖地”は始祖ブリミルが降臨された土地で、ブリミル教徒にとって最も重要な土地であるから―――と言ってもあなたは納得はしませんよね」
「建前はいい。お前も、あの教皇も何かを隠している事は分かっている。だが、それが何なのかが分からん」

 睨むように強い視線を向けるジュリオの様子を観察しながら、士郎は追い詰めるように少しずつ間合いを詰めていく。

「さっきも言っただろうが、俺は宗教関係者には縁があった、とな。文字通りの狂信者も、私欲に動く俗物も、誰よりも現実を見据えた現実主義者にも。そしてお前たちには現実主義者だ。エルフと戦争になる“聖戦”の危険性や不利益の事は十分に理解しているはず。なのに何故、それを押してまで“聖戦”に拘わる。何故だ? “聖地”に一体何がある?」
「……今、それをあなたに言ったとしても無駄でしょう」

 苦しげに息を吸いながら僅かに視線を下げるジュリオに対し、士郎は大きく一歩前へ出る。ジュリオとの距離は手を伸ばせば届く距離であった。士郎がその気になれば、容易にジュリオを組み伏せる事が出来る距離である。

「何故、そう言い切れる」
「無駄ですから。この場であなたに伝えたとしても、どうにもならない(・・・・・・・・)どうしようもない(・・・・・・・・)。それに、信じてくれる可能性もない。何せ目に見える証拠がまだ(・・)ありませんので」
まだ(・・)、だと」
「ええ。今はまだ(・・)その時ではありません」

 強く断定する口調のジュリオの言葉。顔を上げたジュリオは手を伸ばせば触れる程の距離に立つ士郎に驚くことなく毅然とした態度で向き合う。

「これ以上は無駄なようなだな」
「そのようですね」

 くるりと未練など全くない様子で士郎に背中を向けるジュリオ。そして一歩歩きだそうとするジュリオの背中に、士郎の鋭い声が掛かった

「なら、さっさと帰る事だな。隠れてタイミングを図っているそこの鳥も一緒に」
「―――」

 前へと向かう足が宙でピタリと止まる。

「何を企んでいるかは知らんが、厨房は動物厳禁だ。朝食の一品にされたくなければ、連れて帰ることだな」
「―――ええ、わかりました。やはり、あなたは一筋縄ではいかないようだ」

 前へと出すことなくその場に足を下ろしたジュリオは、何の表情も浮かんでいな顔で肩ごしで士郎をチラリと見た。

「はっ……俺なんてまだまださ。まあ、一応忠告しておくが、もう俺たちにちょっかいはかけない方がいいぞ」
「それは警告ですか」

 若干警戒を含めながらジュリオが問いただすと、士郎は頭痛を堪えるように額に手を当てながら空を仰いでいた。

「いいや。親切だ。下手にちょっかいをかけてあいつの逆鱗に触れたら互いに嫌な目に合いそうだからな」
「あいつ、ですか? それは一体誰の事を?」

 士郎でも恐る相手。想像も出来ない難敵を思い、ジュリオが大きく喉を鳴らし士郎の返答を待つ。
 ゴクリと蠕動した喉が音を立てると、士郎は神妙な顔を頷かせながらある人物の二つ名を告げた。

「―――“あかいあくま”さ」











「―――くしゅん」

 トリステインの関係者に用意された宿舎の中の一室に、遠坂凛の小さなくしゃみの音が響いた。

「あれ、風邪ですかミス・トオサカ」

 鼻先を指先で撫でながら凛が小首を傾げると、隣りに座って金貨を数えていたギーシュが心配気に声を掛けた。

「違うわよ。この感じは……誰かが噂でもしているわね」
「え? そんな事わかるんですか?」

 凛の後ろで山盛りになった本を抱えたレイナールが驚愕の声を上げる。しかし凛は小さく肩を竦めると鼻で笑った。

「なに本気にしてるのよ。そんな事わかるわけないでしょ。ただの冗談よ」
「……い、いや。ミス・トオサカが言ったら冗談に聞こえないですよ」

 折り重なって数々の本の山脈を形成している部屋の片付けをしていたギムリが、引きつった笑みを浮かべた。
 
「あの~そろそろ朝食の時間なんですが」
「そう? まあ、確かに小腹が空いてきたわね」

 揉み手をしながら凛に近づきてきたマリコルヌが、媚びへつらった笑みを浮かべ窓の外へと視線を向けた。窓の外から微かに陽の光が差し込んできている。マリコルヌの言葉に机の上で開いていた本から顔を上げると、凛は小さく唸り声を上げ熟考した後、こくりと頷いてみせた。

「おお、やっと休憩か……」
「あ~……やっと解放される」
「腹は減っているが、それよりも眠りたい」

 凛の許可の声に、ギーシュたちから歓喜の声が上がる。その様子を頬を掻きながら見ていた凛は、眼鏡を外すと椅子から立ち上がった。

「今日の朝食は士郎に頼んだから、寝てたら全部食べられるわよ」
「えっ!? 本当ですかっ!」
「おおっ、これは本当に楽しみだっ! よっしゃ! まずメシを食ってから寝るぞ」
「あっ! ちょっとギムリっ。そこだけは先に片付けてってああ~もうっ! 待てってっ!」

 ほぼ徹夜状態であったにも関わらず、元気よくバタバタと外へと出て行くギーシュ達の後ろ姿を腕を組みながら眺めていた凛は、口元に苦笑を浮かべながらポケットからタバコの箱を取り出した。

「ま、一応これで一通り調べてみたわけだけど……流石にこの短い間じゃ殆んどわからないわねぇ……」

 ぽりぽりと後頭部を掻きながら、凛は片手で器用に箱から一本だけタバコを取り出し口に咥える。箱をポケットに戻すと、突き出した人差し指に小さな火を灯し、咥えたタバコの先に火を点けた。

「ふぅ~……あ~まったく本当に調べれば調べるほどわからない世界ねここは……」

 紫煙を吐き出しながら凛は先程まで読んでいた本へと視線を落とす。
 凛がこの世界に来てから様々な手段で手に入れた数多くの資料の中で、唯一といっていい当たり(・・・)

「あっちでの調査と矛盾はない。だから間違いではないと思うけど……はぁ、ほんと勘弁してよね」

 一吸いだけしたタバコを口から離し握り潰す。握り締めた拳の隙間からゆらりと白煙が一筋だけ上り、タバコは跡形もなく燃え尽きた。
 タバコを握りしめていた手を開き軽く払いながら凛は机の上に置かれた本へと背を向けると、肩越しにその本の表紙へと目を向けた。
  
「“魔法”が“魔術”へと変わり、“神話”や“伝説”が“中世”や“現代”に切り替わった空白の期間―――“ミッシングリンク”、か」

 一体どれだけの年月を超えてきたのか、下手に触れればそのまま崩れてしまいそうなレベルの状態の本である。百年や二百年じゃきかない、数千年の歴史を思わせる半ば化石化しかけている本。
 その表に刻まれた文字。
 それは、この世界―――ハルケギニアに住む者では読むことの出来ない文字で書かれていた。
 六割は解読が不可能な状態であったが、その“文字”が読める者であればこう読むことが出来るだろう。

「“いずれ来るだろう世界の終わりについての考察”……まったく嫌になるわね。そういうのは私の領分じゃないっていうのに」






 



「こら美味いこら美味いこら美味い―――」
「んっ、んっ、ん……っはぁっ! いや~最初はどうかと思ったけど、慣れたら結構癖になる味だね」
「ミソシル。うん、気に入ったよっ! シロウさんお替わりはあるかな?」
「ちょっとあんた達食べ過ぎでしょ。こっちの分も少しは考えなさいよ」
「あ、そ、その……し、シロウさん。わたしにもお替わり……いえ、やっぱり……で、でも……」
「シロウッ! まだまだ足りません。このパンをもう一切れ、いえ二切れ……ええいっ一斤まるごと持ってきてくださいっ!!」
「ちょ、ちょっと何よっ! それわたしのよっ! あ~もうっ! キュルケッ! あなた人の事言えないじゃないっ! なに人のもの取ってるのよっ!! って、あ~っ?! アルトっそれわたしのっ! 勝手に食べないでよっ! こらっ返しなさい!」
「ルイズ。食事場は戦場と同じです。隙を見せれば(食事)が取られかねませんよ」
「…………もぐもぐ」
「あら、タバサ? あなた相変わらず良くそんな苦いもの食べられるわね。ほら、これ美味しいわよ」
「って、あ~もうっ! キュ~ル~ケ~ッ!! だからそれわたしのだって言ってるでしょっ!!」

 士郎たち水精霊騎士隊に貸し出された宿舎の一階には、小さな酒場があり。酒と軽食が出されていただろうその酒場は、今や小さな食堂と化していた。料理長は勿論衛宮士郎である。士郎一人が作ったとは思えない量の料理をずらりと並ぶ中、思い思いの席に座った飢えた少年少女たちが我先にと料理を口にしていた。若干一名見た目は兎も角少女とは言えない者もいたが。ガツガツと文字通り聞こえてくるような光景を目にしながら、士郎は巻き込まれるのを恐るように、ルイズたちから見えない奥まった位置で賄いに作ったサンドイッチを口に運んでいた。

「……美味いものでも食べて少しでも心が癒せればと思ったんだが、これじゃ本末転倒だな」
「ま、子供は元気が一番でしょ」

 笑えばいいのか怒ればいいのかわからなくなって頭を抱えそうになっていた士郎の前に、湯気を立てる紅茶を置きながら隣に座る影があった。

「若干一名子供とは言えない人物がいるんだが」
「セイバー、ね……ま、いいんじゃない? 実際はどうあれ見た目は子供だし」
「それセイバーの前で絶対に言うなよ。この前口を滑らせたら鞘付きだが、デュランダルで殴られたからな」
「あんたは何やってるのよ……」
 
 士郎の隣に腰掛けた凛は、長い足を組みながら士郎特性のパンを一斤そのまま食べ始めているセイバーを見ると、呆れているのか責めているのか判然としない視線を士郎に向けてきた。

「そうは言ってもだな。俺が五、六歳ぐらいの子供にお子様ランチを作ったのを見て自分も食べたいとか言って来たんだぞ。思わず『子供か』と言ってしまってしょうがないだろ」
「……ま、まあ。そういうこともあるわね」

 反撃とばかりに士郎がジト目で睨みつけると、焦った様子で視線を外した凛は、士郎の前に置かれた皿の上にあるサンドイッチに手を伸ばした。

「ん、また腕を上げたんじゃない?」
「料理の腕がそう簡単に上がるようなもんじゃない。凛もわかってるだろ」
「ま、ね……」
「…………で、俺に何の用だ?」

 無言でサンドイッチを口に運ぶ凛に、士郎は湧き上がる不安を隠すように若干上ずった声を上げた。

「用って訳じゃないけど……ちょっと小耳に挟んだことで聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」

 カップに伸ばしかけていた手を止めると、士郎は隣に座る凛に視線を向けた

「あんた。この前随分と変なものを見たそうね」
「変なものを見たって……一体何のことだ?」

 変と一言で言われ、士郎はそれが何の事かはわからず首を捻る。すると、凛は額を人差し指の先でつつきながら口を開いた。

「“夢”、よ“夢”」
「“夢”?」
「そ、あのブリミル教だか何だか知らなけど、そんな奴らにあんたが間抜けにも捕まっている間に見たっていう“夢”のことよ」
「……よく知っているな。と言うか誰から聞いたんだ?」

 その“夢”について、士郎は限られた人物にしか伝えていなかった。その中で、最も可能性の高い人物の姿が頭に浮かぶと同時に、凛は半分程紅茶が残ったカップを軽く揺らしながら離れた位置で未だに騒いでいる一人の少女へとチラリと視線を向けた。

「そりゃ、決まってるでしょ。あんたのご主人様よ。良かったわね。あんな可愛い子の“使い魔”になれて」
「目が笑っていないぞ」

 視線をルイズから士郎に変えた時、自分を見つめる目が何の光も反射しない闇を湛えていたのを士郎は気付いた。思わず硬い笑みを返しながら、凛の視線を遮るように顔の前で片手をふるふると振った。

「当たり前でしょ。ま、それは今はいいわ。それよりも、あんたが見たっていう“夢”について詳しく聞かせなさいロリコン」
「ロリコンって」

 聞き捨てならない言葉に思わず口の中でその単語を呟く士郎を、凛はジト目で睨みつけた。

「否定できるの? あんたには色々(・・)と前科もあることだしね。通報されないだけ感謝しなさい」
「……アレ(・・)は俺が悪いのか?」
「ああいったことは大抵は男の方が悪いのよ」
「理不尽だ」

 二人が共有するかつてあった苦い記憶を思い出し、凛は苛立ちを、士郎は罪悪感を顔に浮かべた。

「はいはいその話は今はどうでもいいのよ。いいから、あんたが見たっていう“夢”について詳しく話しなさい」
「お前から言ってきたんだろ。はぁ、まったく何でさ……それにしてもやけに“夢”に拘るが、何かあるのか?」

 話を切り替えるように二人の間で軽く手を振った凛は、急かすように手を叩きながら士郎に話の続きを催促する。

「いいからまずは話なさい。詳しいことについては確証を得てからよ」
「……この世界に来たのは俺を連れ帰るためだけということじゃないのか……」

 未だこの世界に来た理由について詳しく聞いていなかった士郎は、何かを隠している凛の様子に声の調子が思わず硬くなってしまう。しかし、凛は士郎の様子を気にする姿を見せることなく唇に人差し指を当て不敵な笑みを返した。
 
「それもまだ秘密よ。それとも何? 自分だけの為に来なかったのが不満なのかしら?」
「そんな訳ないだろ」
「それはそれでムカつくわね」
「理不尽過ぎる」

 勝手で理不尽なセリフに、思わず士郎は両手で顔を覆って天井を仰いだ。しかし、当たり前であるがそこには的確なアドバイスをしてくれる人物も塞いだ気分を晴らしてくれる青空の姿もなかった。

「今更なに言ってるのよ」
「……それを自分で言うか」

 何のこともない当たり前のことのように、苦悩を示す士郎を凛が呆れた様子で見つめていた。

「で、話を戻すけど、“夢”について詳しく教えなさい。私があの子から聞いたのは“夢”でブリミルに会ったっていう程度しかないのよ」
「……ま、別に話すのは構わないが」

 最初から黙っておくようなものではない。だから士郎は渋ることなく凛に覚えている限りの“夢”の内容について説明を始めた。



「ふ~ん……“初代ガンダールヴ”が“エルフ”だった、ね……まあ、そちらの方は正直どうでもいいわ。私としては“ガンダールヴ”がオーガでもオークでも別にいいけど。問題は―――“李書文”よ。本物なの?」

 “夢”の話を聞き終えた凛は、“夢”の中で最も気になっていた部分について説明を求めた。聞き出そうとしているのは士郎が見た“夢”について。通常ならば、ただの“夢”の出来事にそこまで神経質になるものではない。例えそれが魔術師であってもそこまでの食いつきはないだろう。
 しかし、凛は何処までも真剣であった。

「ああ、あれは間違いなく“李書文”だ」
「……李書文は本人が写真嫌いだか何だか知らないけど、近代の人物の割に顔も姿も詳しいことはわかってないのよ。なのにあんたは証拠も何もなく、ただ“夢”で見ただけのその人物が本物だと言うの?」
「どうも妙な確信がな……証拠はないが、まず間違いないだろう」
「……正直その男が本物でも偽物でも構わないわ。問題はそいつが“守護者”だという点よ」

 凛は士郎の“夢”の話を聞いた時、最も気になった。と言うよりも、最も重要な点について言及した。

「その前に凛は俺が見た“夢”が唯の“夢”だと思わないのか?」
「あんたはそれが唯の“夢”だと思ってるの?」

 “夢”について、士郎はそれがただの夢なのか、それとも過去の何かに関わるものであるか未だ確たる実感がなかった。しかし、実際に士郎にとって、あれが本当にただの“夢”であるとは言い切れなかった。

「いや、それはないが―――」
「理由はそれだけで十分よ。あんたの勘は頼りになるからね」
「信じてもらえるのはいいが……何の確証もないままでは」
「ああっ! もうごちゃごちゃ五月蝿いわね。そんなに言うなら確かめて見ればいいでしょっ!」

 ドンッ、とテーブルに拳を叩きつけた凛は、ズビシッ! と士郎に人差し指を突きつけた。

「確かめると言うが、どうやってだ?」
「なに言ってるのよ? あんたの相棒とやらは“初代ガンダールヴ”の剣だったんでしょ? そいつに聞けばいいじゃない」
「……あ」

 腕を組み首を捻る士郎に、凛は小首を傾げながら『何でそんな当たり前のことを聞くのよ』とばかりに心底不思議そうな顔をする。そんな凛の言葉にやっとその理由について思い至った士郎は、思わず、と言った様子で言葉を漏らした。

「なに? 忘れていたの?」
「……さ、最近は色々と忙しかったから、な」

 思いっきり視線を泳がせる士郎に、凛は思わず出そうになった溜め息を飲み込んだ。

「それはいいけど……デルフリンガーだったかあんたの“自称相棒”とやらは今何処にあるのよ」
「デルフなら料理の邪魔になるからとそこの壁に立てかけて……」

 凛の言葉に士郎は、今朝料理に掛かる前にデルフリンガーを立てかけていた場所へと視線を向けた。すると、カチャカチャと独特の金属音が聞こえてきた。

「なんですかい? “自称相棒”の俺に何かようですかい?」
「……剣が拗ねるなよ」

 誰が聞いても機嫌を損ねてすねている声を上げるデルフリンガーに、士郎が呆れた声を上げる。

「拗ねたくもなるぜ全くよう。いっつもほったらかしにするくせにこういう時だけ声を掛けてくるなんて」
「まるで都合の良い女ね」
「おう。わかるかい姉さん」
「こちらとしては人ごとに見えないし」

 同情を示す凛に、デルフリンガーは喜びの声を上げる。凛は腕を組んだ姿で深く頷きながら士郎をジロリと睨みつけた。
 士郎は明後日の方向を見ながら紅茶を飲んでいる。

「そりゃこんな相棒が恋人なら色々と心配だろうな」
「多分あんたの想像以上だと思うけど……ま、それはいいとして、で、結論から聞くけど、士郎が見たっていう“夢”だけど、あんたも話は聞いてたでしょ。どうなのよ? 士郎が見たっていうブリミルとやらの“夢”は唯の“夢”なのか、それとも本当にあった出来事なのか……」

 視線を逸らす士郎に一発かまそうか迷った凛だったが、小さく溜め息を吐くとデルフリンガーに顔を向けた。どう上手く聞き出そうかと若干緊張しながら声を掛けるが、返って来た言葉は軽いものであった。

「そのリショブンとやらが何なのかはわかんねえが、ま、ほんとのこったろよ」
「……随分と簡単に言ってくれるわね」

 もう少し手こずるかと考えていた凛は、肩透かしを食らったかのように呆気に取られたような顔を一瞬浮かべた。

「とは言え、全部が全部全く同じとは思わんが。相棒が持つ“ルーン”の記憶が夢として現れたんだろうよ」
「なら、やっぱり本物である可能性は高いのね……ああ、もうほんっとに最悪……」
「凛?」

 突然両手で顔を覆いテーブルに突っ伏した凛の姿に、士郎が戸惑いの声を上げた。凛は士郎の心配気な声に反応することなく、頬杖をつきながら危険な光を瞳に宿しながら射抜くような視線をデルフリンガーに向けた。

「はぁ……で、デルフだったかしら? いい機会だから洗いざらい知ってることを話しなさい。特に“守護者”っていう言葉に聞き覚えがあるのは全部吐きなさい」
「おいおい姉ちゃんそんな怖い顔するなって。残念ながら随分と昔のことだからな。ブリミルたちが何食ってたかとか、下らない事で喧嘩してたとかそういったのはチラチラ覚えてんだが。肝心なことは不思議な事にサッパリ覚えてないんだわ。ああ、そうそう、ブリミルはニンニクが苦手だったんだが、誰かが作ってたニンニク料理は普通に食べてたな」
「ほんとどうでも良いわね」

 どうでもいい情報に、凛は苦虫を潰したような顔を浮かべる。

「何かないのか? そう言えばあの時のブリミルはニダベリールと名乗っていたが」
「ああ、その頃の話かい。なら尚更わからないだろうね。その頃はまだ、おりゃあまだ生まれてなかったからな。ああ、懐かしいねぇ。ブリミルと……そう、サーシャだ。長い耳の高貴な砂漠の娘……サーシャとおりゃあ良いコンビでな。おいらとサーシャ達三人で散々と暴れたものよ。で、良く後ろから撃ってくるブリミルの魔法に巻き込まれたんで説教も皆でしていたなぁ……。サーシャはちょっと気が強くてプライドも高いんだが泣き虫でなぁ……それ以上に優しい子だったよ」
「そう……随分と楽しい思い出のようね」
「ああ、最高だった」

 懐かしさと愛おしさを含んだ声で誰に言うでもない呟きに、凛が自然と浮かんできた笑みを頬に湛えながら頷くと、デルフリンガーは自信を持った声で応えた。

「どんな事があったんだ?」
「だから詳しい事は覚えてねえって言ってるだろ」

 士郎の問いに、デルフリンガーはもどかしさや寂しさが入り混じる声で答えた。

「ただ、そうだな。最後に何かとても悲しい……本当に悲しい事があったってことだけは覚えてる」
「それは?」
「……残念ながら覚えてねぇ。いや、幸いなことに、だな。ただ、そういう感情だけを覚えているだけで、後は、そうだな……喪失感がある」

 士郎に、ではなく自身に言い聞かせるような呟くデルフリンガー。

「喪失感?」
「ああ……身体の一部が欠けたような、いや、心の一部がってのが近いかな」
「そう……ま、その様子じゃ無理矢理聞き出せそうにないわね」
「恐ろしいこと言う姉さんだね」

 危険笑みを浮かべる凛に、デルフリンガーはカチャカチャと剣帯を震わせながら笑った。

「必要ならそうするわよ。ま、それなりに有益な話だったわ」
「おお、恐ろしい。安全のためにおいらも何か思い出したら教えるよ」
「そうしてくれると助かるわ」

 互いに笑みを含んだ言葉を交わし合う凛とデルフリンガー。話が一段落し、凛は冷え切った紅茶で喉を潤していると、ふと頭に浮かんだ言葉がそのままポツリと口から溢れた。

「それにしてもわからないわね」
「何がだ?」
「何がって? ブリミルってのはエルフを使い魔にしてたんでしょ。で、あんたの話を聞く限りじゃそんなに仲は悪くなかった」

 飲み干したカップをテーブルに置きながら、凛は新しい紅茶を注ごうとする士郎に目で礼を伝えながら小首を傾げた。
 
「そうだな」
「なら、どうして今ブリミル教徒とエルフは敵対するようになったのかしら?」
「それは……“聖地”とやらを奪われたからじゃないのか?」
「……本当にそれだけなのかしら。他にも理由があるんじゃないの? 何故ブリミルはエルフと敵対するようになったのか、聖地を取り返すように訴えたのか……ま、それも本当に本人が言ったかはわからないけどね。それに往々にしてこういった“聖戦”ってやつの理由は後からのこじつけだし」

 眉をひそめながら自分でも信じていない答えを口にしている士郎を見つめながら、凛は新たな紅茶が注がれたカップを持ち上げる。鼻腔をくすぐる紅茶の香気を感じながら、凛は考えをぶつぶつと呟いていた。返事を期待してのものではなく、自身の考えを纏めるためのものであった。

「それは言い過ぎ……じゃ、ないか」
「ま、その謎が解明されたらエルフとの問題も解決するかもね」

 とは言え口を出された事に不快を得るようなものではなし。士郎からのツッコミに、思考の渦から抜け出した凛が肩を竦めた。肩を竦めながら笑みを向けてくる凛に、士郎も笑って頷いた。

「だと、いいんだがな」
「上手くすればこの“聖戦”とやらもひっくり返せるんじゃない?」
「そうなればいいが」

 凛の言葉に小さく頷く士郎。

「“聖戦”が終われば、トリステインの女王様も喜ぶんじゃないの?」
「ああ。きっと喜ぶな」

 凛の言葉に大きく頷く士郎。

「……随分と実感がこもっているわね」
「―――」

 急激に冷えきった凛の声に、瞬間冷凍されたように士郎の動きが停止する。
 数秒の後、僅かに解凍したのか、ゆるゆると視線だけが隣の凛へと向けられる。
 視線の先の凛は、顔を俯かせてどんな表情を浮かべているのか判然としない。
 
「士郎」
「……は、い」
 
 ガクガクと震える身体を必死に押さえつけながら士郎は頷く。

「色々とあんたの噂は聞いてたけど、まさか一国の女王にも手ぇ出してたとはね」
「い、いやいや。そんな、出して―――」

 ガタンッ! と大きな音を立て凛に体ごと向き直り、ブンブンと手と顔を横に振るが、俯いた姿のまま、垂れた髪の隙間から覗く視線の圧力に声が止まる。

「本当に?」
「…………」
「なんでいま目を逸した?」

 す~と横に移動する視線を移動させた士郎に、凛はゆっくりと顔を上げなら問い掛ける。
 顔にはステキな笑みが浮かんでいる。

「ま、まて、ほ、本当に誤解だっ! 俺とアンはそんな関係じゃ―――」
「『アン』ねぇ……」

 士郎の思わず出てしまったと言う感じの言葉に、浮かべていた笑みがビシリと音を立てて崩れた。

「と、遠坂、さん?」
「なぁ~に? エ・ミ・ヤ・ク・ン」

 ガクガクと身体がブレて見える程に大きく激しく震わせる士郎に、不自然なほど陰影が濃い笑みを浮かべる凛。
 
「ぼ、暴力反対」

 両手を上げ、完全降伏を示す士郎に、

「大丈夫よ」

 凛はほわっとした慈愛の笑みを見せた。

「り、凛―――」

 微かな生存の可能性を感じ、士郎は安堵の声は上げようとしたが、

「ガンドは呪いだから」
「余計タチが悪いわッ!!」

 黒い光が宿る指先を突きつけてくる凛の姿に、あえなくそれは悲鳴へと変わった。
 
 


 
 
 

 
後書き
 感想ご指摘お待ちしています。

 こ、今度はもう少し早く投稿します。

 きっと……多分……。 
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