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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第4話 士官学校 その2

 
前書き
ゆっくりじっくり士官学校編です。
自分としては“ウィレム坊や”が無能な提督だとはとても思えないんですがね。
ただ中将になったまでの経験とかが、彼の能力を偏ったモノにしてしまったのかと。 

 
宇宙暦七八〇年 テルヌーゼン市 


「戦争に確実に勝つ方法はただ一つ。敵に比して一〇倍となる圧倒的多数の戦力と、正確で適切に運用可能な情報処理機能、および確実に途切れることのない後方支援体制を確立し、それを運用できるだけの国家経済力を整備することです」

 原作ではトリューニヒト国防委員長にあの魔術師が言った台詞だ。確かあの時は五倍だったか? トリューニヒトを鼻白ませる為に、わざと過大なことを言っていたというイメージだ。
前世地球上で繰り返された戦争を思い返すならば、『戦争に勝つ』にはこれだけの前提条件でも不足だ。少数戦力が多数戦力を撃破したことは幾度としてある。とくに非対称戦などにおいては『戦闘に勝っても戦争で負ける』ことはよくある。

 結果として巨大な軍事力を、無理なくセオリー通りに運用できる国家経済力があれば、『戦争に勝つ』ことは出来なくても『戦争に負けない』ことは出来る。前世で明治日本が強大な帝政ロシアに勝利したというのは、講和によって相対的に勝利したように見えるだけであって、クレムリンに日章旗を揚げたわけではない。もしロシア国内で革命が起こらなければ、豊富な帝政ロシア陸軍により満州の日本軍は蹂躙されていた可能性もある。外交や謀略戦の重要性は言うまでもないことだが、こと同盟と帝国とフェザーン自治領しかないこの世界には、イギリスやアメリカに匹敵する戦略を揺るがす事の出来る戦力を有した第三国が存在しない。

 そして現状の同盟が帝国の侵略に対抗できるのは、ひとえに国家体制・技術力などを含めた両国の総合国力に致命的な差がないことにある。原作を知っている俺は、そこで『とある自治領の黒狐』を思い浮かべたが、この場でそれを言ったところであまり意味はないし、どうせ説明しきれない。

「……貴様、俺をバカにしていっているのか?」
 俺に注がれる“ウィレム坊や”の視線は明らかに危険な水位に達していた。トリューニヒトは政治家で、しかも表情を平然と取り繕うことの出来る主演男優であるから、魔術師は問題なかった。目の前の“ウィレム坊や”は士官候補生で、しかも自分の能力に過剰な自信を持っている奴だ。瞬時に拳が飛んでこなかったのは、俺の背中にグレゴリー叔父を見たからだろう。
「だいたい一〇倍の戦力などどうやって整える。貴様は一〇倍の戦力がなければ、我々は帝国軍に勝てないとでもいうのか!!」
「ホーランド候補生殿。これは自分があくまでも『戦争に勝つためには何が必要か』という候補生殿の問いに対し、養父や学んだ知識から導き出した自分なりの答えに過ぎません」
 いつ飛んで来るか分からない拳に正直怯えつつ、俺ははっきりと“ウィレム坊や”の両眼を見据えて答えた。こういう場合、相手に答えを言わせてそれとなくぼやかしつつ、丁度いい引き際を見計らうのが、前世で社会人だった俺が学んだ本当にどうでもいい処世術だ。
「ですから、もしホーランド候補生殿に別のご意見があるのでしたら、是非とも後学のためにお聞かせ願いたいと自分は考えます」

 そこまで俺が言うと、俺達のテーブルを中心に半径数メートルの視線が、“ウィレム坊や”に集中する。まともな答えがないとは言わせないという雰囲気が若干ながら漂いはじめる。特に“ウィレム坊や”にいいようにされている三年生・四年生にその傾向が強い。だったら人任せにしないで自分達で掣肘しろと言いたいところなんだが。

 その微妙な雰囲気を感じ取ったのか、“ウィレム坊や”は明らかに必要もない咳払いを一つ入れてから答える。
「まずは現在の艦隊編成を火力と機動力に優れたものに順次切り替え、個々の艦隊戦において帝国に比し優位に立てるよう整備する。帝国は第二次ティアマト星域会戦での敗北以降、回廊に要塞を建設し、この要塞を根拠地とした戦力の逐次投射による離隔と突進遠征を行っている。その意図が数的優位を基本とした消耗戦である以上、要塞を攻略・奪取することにより帝国の戦略そのものを崩壊させ、同盟軍による帝国領侵攻が可能となる」
「なるほど」
 一見正しいように見える意見だ。帝国軍の戦略意図に関してはほぼ間違っていない。現在のそして将来の同盟軍上層部も同じような見識を持っているのだろう。故にイゼルローン回廊で数多の同盟軍の将兵が屍を晒したのだが。
「しかし、イゼルローン要塞の要塞主砲と要塞外壁の防御力、それに駐留艦隊の機動戦力は軽視できません。ホーランド候補生殿はどうやって攻略しようとお考えですか?」
「圧倒的な火力だ」
 してやったりという笑顔で“ウィレム坊や”は俺に答えた。
「ビーム攻撃であの要塞が揺るがないことは知っている。だが機動力に優れた大火力部隊を要塞主砲の死角に送り込めば、要塞自体を直接攻撃できる」
 ヌフフフフという例の気持ち悪い声を上げて満足そうなホーランドに向かって、俺はわざと神妙な表情を浮かべて沈黙した。俺の態度を見た取り巻きA・Bは満足そうだし、周囲で聞き耳を立てていた三年生・四年生からは明らかに失望の雰囲気が漂っている。

 ここで引き下がっても、俺は別に問題ない。周囲からさらに隔意をもたれるか、それともホーランドの取り巻きとして扱われるか、所詮は他者の視点であって俺が斟酌すべき話ではない。ただホーランドの言っていることが戦略ではなく戦術レベルであることと、過剰な攻撃力重視・補給軽視の問題点を指摘しておかねば、将来貴重な将兵が失われることになりかねない。それだけはどうしても俺の心が許せない。俺は一度小さく腹から息を吐いて“ウィレム坊や”を真正面から睨み付けてから言った。

「大火力部隊を持ってイゼルローン要塞を直接攻撃する。結構なことです。ですが実現するには多くの問題点があります」

 俺のあからさまな反抗的態度に、“ウィレム坊や”もすぐに気がついて気持ち悪い声を止め、両拳を握りしめている。右横ではウィッティが心配そうに俺を見つつも、僅かに椅子から腰を上げ重心を俺寄りにしている。俺が殴られそうになったら、俺を突き飛ばして身代わりになるつもりなんだろう。まったく困った同室戦友だ。

「まず大火力部隊を要塞近辺にまで送り込ませねばなりません。要塞主砲の有効射程も出力も艦砲のそれとは比較にならず、要塞駐留艦隊もいる以上、接近することだけでも困難が伴います」

「次に要塞を直接攻撃できるだけの兵器となると、艦砲などではなくレーザー水爆ミサイルの艦隊規模発射しかありません。しかも数度にわたってです。レーザー水爆は有効射程が短いだけでなく、実体弾なので充分な補給がなければたちまち火力不足に陥る事になります」

「さらに直接攻撃を行う部隊を要塞駐留艦隊から防御する艦隊も必要になります。直接的にも間接的にも。当然ながら要塞駐留艦隊の規模よりも大きくなければなりません。場合によっては三個、いや五個艦隊を動員することになるでしょう。彼らに十全な戦闘能力を持たせるには、大規模な後方支援体制を用意せねばなりません」

「ついでに申し上げるならば、仮に要塞攻撃が失敗した場合、失われる戦力も膨大になります。それを補いつつ、国防体制を維持するのは現在の同盟の国力では困難です」
 
 ここまで言い切って、俺は一度大きく呼吸した。目の前の“ウィレム坊や”は顔を真っ赤にして俺を睨み続けている。 
 はっきりいえば俺の答えには幾らでも反論のしようがある。的に察知されず接近するなら妨害電波などの支援方法もあるし、原作通りミサイル攻撃専用の艦艇を用意したうえで、囮としての大兵力も動員可能だ。だが最後の一点だけは反論のしようがない。もっともあの要塞を陥落させた方法は全く違うのだが。

「ゆえに、大規模な戦力を維持・運用できるだけの充分な国力を整備することが、戦争勝利の方法であると自分は考えております」
 この言葉が止めとなった。“ウィレム坊や”は何も言うことなく赤い顔のまま『フン』と鼻息を吐くと、取り巻きを連れて大股でカフェを出て行く。ホーランドが椅子から立ち上がった時、正直殴られると思った俺は全身に力を込めたし、ウィッティも腰を浮かせたが、立ち去っていく姿を見て俺達は崩れるように椅子へ腰を落とした。

「……お前が殴られずにすんで良かったよ。ヴィク」
「……正直俺は、アイツが殴りかかってくると思ったんだけど」
「いやいや“ウィレム坊や”も少なからず教訓を得てくれたようで何よりだ」
 お互いの情けない顔を見て溜息をつく俺とウィッティだったが、肩を落とし背中が丸まっている頭上から浴びせられた暢気な声に、俺達は疲れた首を振り上げた。

 そこには随分と若作りな悪魔の尻尾を持つ要塞事務監が立っていた。

 相手は四年生。こちらは初年生。先任順序は軍隊の鉄則だ。俺達は疲れた身体を今一度椅子から立ち上がらせ敬礼する。キャゼルヌも面倒くさそうに答礼すると
「あれほど補給・補給言うからてっきり後方支援科だと思ったんだが、戦略研究科とは思わなかった。これでしばらく“ウィレム坊や”も大人しくなるだろう」
 あまりにも他人行儀な言い方なので、俺はカチンと来て言い返した。
「こういっては身も蓋もありませんが、彼の増長を押さえることが上級生の仕事では?」
「確かに身も蓋もない言い方だが、アイツはあれでちゃんと上級生に対しては礼節を保っている。目の前の誰かさんのような言葉遣いはしないのさ」
 と、怒らずそして悪びれず答えるものだから、結局俺もウィッティもお互いの顔を見合わせずにはいられなかった。

 この事件というか遭遇戦以降、キャゼルヌが卒業するまで俺達二人は彼の『暗黙の保護下』みたいな扱いを受ける羽目になる。しかも『あの』ホーランドを口で撃退したということで、それまでホーランドに遠慮していた戦略研究科『以外』の候補生が何かと気を遣ってくれるようになった。特に秀才揃いで男性比率の高い戦略研究科ではなく、女性比率のかなり高い情報分析科や半々の後方支援科などからお誘いがくるものだから、俺達二人の戦略研究科での立場がたいへんいろいろな意味で『微妙』になってしまった。

 もっとも前世日本でモテ期のなかった俺としては、たちまち女性との付き合い方に不慣れな面を露呈してしまい、『なんていうか、顔も性格も家柄も悪くないんだけど恋人にするにはちょっと』みたいな扱いになってしまった。むしろそういう面ではウィッティが調子に乗っていたと思う。

 そしてホーランドなどは『あいつ等は口先だけの軟弱者だ。実戦になれば後方支援ぐらいしか役に立たない』などと陰口をたたいているらしい。お陰で直上の二年生からは圧力を伴った視線を感じる事がしばしばだ。だが『保護者が将官だから贔屓されている』と言わないところは、さすがにエリート連中だと思ったが。

 ともかく暗黙の保護下で、俺はウィッティとそれなりに努力し、二年進級時には戦略研究科内でも上位の成績を収めることが出来た。同科上級生からのストレスを、上手い具合に発散できたと思う。
 正直言えば、自分が銀河英雄伝説の世界にいることを満喫していたのかもしれない。体力はホーランドのイジメ寸前とも言うべき『追加』訓練でゆっくりとではあったが充実していったし、あの魔術師がいやがっていた「戦闘艇操縦実技」や「射撃実技」も、前世では経験できなかったことだったから興味を持って取り組めた。「戦史」「戦略論概説」「戦術分析演習」もそれなりにというか、ぶっちゃけ『ヤンに負けたくない』という無謀というべき意地で高得点を確保してきた。

 ただ「戦略戦術シミュレーション」の成績が、戦略研究科としてあまりにも芳しくなかったのだ。



 
 

 
後書き
2014.09.24 更新
2014.09.24 言い回し修正 
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