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ボリス=ゴドゥノフ
第五幕その二
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第五幕その二

「座っていないでさ」
「あれ、何か帽子から音がするよ」
 その中の一人がふと気付いた。
「チリンチリンって。何の音だろう」
「小銭の音だよ」
 聖愚者はそれに応えて顔を上げた。
「小銭を一枚持ってるんだ」
 見れば汚れた顔であった。長い間放浪して過ごしていたのであろうか。頬は痩せ、身体もまるで木の枝の様であった。雪と共に吹き荒れる風の前に今にも飛んでしまいそうであった。
「ほら」
 聖愚者は帽子を取った。そしてその中にある小銭を見せた。
「これが音の原因だ」
「頂き!」
 それを見た悪ガキの一人がその小銭を奪った。
「あっ、こら!」
「これでパンを買うんだ!」
「僕にも一切れ!」
「こら、聖愚者の金を!」
 聖愚者は怒ろうとする。だが子供達はそれよりも早く何処かに姿を消してしまった。吹き荒れる風よりも早い動きであった。
 そこに仰々しい一団が聖ワシーリィ寺院からやって来た。ボリスと彼に従う貴族達であった。
「陛下!」
 それを見た民衆達が彼に声をかける。
「お恵みを!」
「我等にパンを!」
「パンをか」
 ボリスはそれを聞いて苦しい顔になった。
「黒いパンを」
 この時代はパンと言えば黒パンであった。そして今あるパンよりもずっと固いものであった。
「それがなければお粥を」
「それすらもないのか」
「残念ながら」
 側に控える貴族の一人が沈痛な顔で応えた。
「救済の為の麦はもう」
「この数年で全てなくなったか」
「はい。最早我等にもどうすることも」
「何ということだ」
「パンを!パンを!」
「お慈悲を!」
 だがボリスはそれに応えることができなくなっていた。そしてそれが何よりも辛かった。どうすることもできないのが最も辛かった。
「皇帝」
 そこにあの聖愚者がやって来た。
「聖愚者か」
「裁いて欲しい者達がいる」
「裁いて欲しいとは?」
 聖愚者に対して問う。
「子供達に小銭を奪われた。裁いて欲しい」
「小銭をか」
「そうだ、貴方なら出来る筈だ」
「わしに?」
「皇子を殺した貴方なら。違うだろうか」
「な・・・・・・」
 聖愚者にそう言われボリスは口を噤んでしまった。
「早く。あの時の様に」
「わしはあれは」
 本当のことを言おうとする。だがそれはどうしても言えなかった。
 自分が殺したのではない、あれは事故だ。それはわかっていた。事実なのである。
 しかしその事実に自信が持てなくなってきていたのだ。あれは果たして本当に事故だったのか。若しかすると自分が本当に命令を下したのではないのか。皇子は殺されたのでありそれを下したのは自分自身ではないのか。そう思えるようにもなってきていたのだ。
「やっては」
「さあ早く」 
 聖愚者は
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