第四部第五章 英雄と梟雄その二
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だが彼はエルザを嫌いではなかった。むしろ幼い頃からの馴染みでありかっては同じクラスで学んだこともある。だから悪感情はない。
そしてこの家の人々にも。彼等はおっとりした人柄の人物ばかりで芸術家によくある風変わりなところもない。いたって温厚で穏やかな人達ばかりなのである。
「これがこの家の家風なのかも知れないな」
モンサルヴァートはいつも思うのである。そして彼はこの家の感じが気に入っていた。
「閣下、ではお座り下さい」
「はい」
主人に促され彼は席に着いた。エルザがその隣に席に座る。
食事はシャリアピンステーキをメインにしたメニューだった。シャリアピンステーキとはロシアの伝説的なバス歌手シャリアピンの名を冠したステーキである。細かく刻んだオニオンの中に入れて柔らかくしたものである。
デザートはピーチ=メルバだった。これはソプラノ歌手メルバとワーグナーの楽劇ローエングリンをイメージしたものである。
「如何ですかな、今夜のメニューは」
食事を終えると主人はワインを手にモンサルヴァートに尋ねてきた。
「面白い趣向ですね」
彼は紅いワインを入れたグラスを前に応えた。
「音楽家らしいというか」
「ハハハ、復活祭ですから」
主人は笑って答えた。
「あえてああした料理にしたのです」
二十世紀から復活祭には音楽の祭典も行われるようになっている。音楽史にその名を残す天才モーツァルト生誕の地ザルツブルグが有名であった。
今でもエウロパでは復活祭にオペラやコンサートが開かれる。そして神々を祝うのである。
「音楽家達に敬意をあらわして、ですね」
「はい」
彼は微笑んで言った。
「かなり古いメニューを出してしまいましたが」
「いえ、美味しかったですよ。シャリアピンステーキは少し砕けた感じでしたが」
「ええ、あれはかなり砕けた料理でしてね。本来はどのようなソースをかけてもよい程なのです」
「それはまた凄いですね」
「こうした場には不向きかな、と思ったのですがソースをあえて凝って作らせてみました。どうやらそれは成功だったようですね」
「ええ、そう思います」
ヴァンフリートのこの当主は美食家として有名である。
「ただオニオンがやはり強いかな」
味覚はかなり鋭い。
「しかしシェフは頑張ってくれてますね。ここまでのステーキはそうそうありません」
彼は自分の家のシェフを褒めた。
「それではあとはゆっくりとくつろぐとしましょう。音楽は何がよろしいですか」
「そうですね」
モンサルヴァートは問われて考えた。
「ピアノをお願いします」
妹の関係から彼もピアノをよく聞くのだ。
「わかりました」
彼は頷くとベルを鳴らした。すると一人の若い男性が姿を現わした。
「我がアカデミーの期待の星です」
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