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『彼』とおまえとおれと

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った。



 その表情と考えていることが、必ずしも連動するわけではない。『彼』は表情を表に出す必要がない。本来、ヒトがそうするのは周りに自分とは違う他人がいることが前提であり、それはコミュニケーションのツールに他ならない。ただ、『彼』は違う。もともと、他の生き物との交流を図らなくてもいい身であった『彼』はまず、自らにヒトの言う心に近いものがあったのも驚きであった。



 日紅と出逢って、ヒトと限りなく近く振舞うようになった。



 日紅に異形の者として怖がられるのではないかという恐れから。



 それに、慣れすぎたのか。



 自らの面の皮一枚思うがままにならぬとは。



 共に笑い、怒った。地に足をつけて歩くことを覚えた。触れた血肉の通う肌は温かいということを知った。



 日紅に逢ってから、『彼』はいろいろな感情を学んだ。それは良いものだけでなく、『彼』から奪うものも多くあった。



「あたし、ずっと、ずっと、失うのが怖くて犀を傷つけていたの。ばかみたい。まだなんにもしてないのに、悪い結果だけ考えて、諦めてたの。おいしそうなケーキが目の前にあるとするでしょ?あれを食べたらおなかが痛くなるかもしれない、だから捨てようって。ずっとそう思ってたの。ホント、バカだよね」



 日紅の目線はクッションを抱えている手元に降りていた。照れくさいのか足をもじもじと動かしながら一人で喋る。



「あ、あたしいきなりなんだよって話だよね!巫哉わけわかんないよね!ごめんね!あの、今日、犀にね、…好きだって言われたの。友達で、って意味じゃないよ!あたしも好き、って言ったら違うって怒られた。はぐらかすな、って。・・・あたし、わかってたんだ、きっと。犀があたしのこと好きでいてくれるってこと。でも、あたしが臆病すぎて、もしかしたらずっとこのまま楽しくやっていけるんじゃないかって、思ってたんだ。けどね考えるまでもなく、あたし、犀のこと好きみたい。まだ、戸惑いも大きいけど、あたしがバカで犀を傷つけてきた分」



 日紅がふっと顔をあげて『彼』を見た。瞬間声が止まった。驚きで睫毛が震えた。



「みこ、や?」



 茫然とその名を呼ぶと同時に『彼』の姿がふっと日紅の眼前から消えた。



 今まで、『彼』が日紅の前でこんな風に掻き消えたことはなかった。



「巫哉?」



 真っ暗な部屋の中、もう一度日紅はつぶやいた。




















 消える寸前、無表情の『彼』の右目からひとすじ涙が、流れていた。
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