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戦国異伝
第三話 元服その九

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「ですが名が同じというのはです」
「嫌か」
「あの男は好きになれませぬ故」
 だからと。その忌々しげな顔で話す。
「ですから」
「左様か。それではだ」
「それでは?」
「名前を変えてはどうか」
 こう坂井に言うのだった。
「御主の名前をな」
「大膳ではなく、ですか」
「そうだ。あの男が好かぬのはわしも同じ」
 また顔を歪ませる信長だった。
「ああした陰険な者は好かぬ」
「ではどういった名前がいいでしょうか」
「あの男は陰険で悪辣だ。それならば逆でよかろう」
 坂井に話すのはこうしたものであった。
「そうだな。膳に対して善だ」
「善、ですか」
「善、そして大には太だ」
 読み方は同じだ。しかし意味は違っていた。
「それでどうだ」
「太善ですね」
「大きな膳よりもいいではないか?」
 不敵な笑みを浮かべて坂井に対して問う。
「あの男は小器、大膳なぞはったりに過ぎぬしな」
「それに対してそれがしはというと」
「太い善だ。それでどうだ」
「はい、それでは」
 坂井は微笑んでいた。そのうえで頷いてみせたのだ。
「その様に」
「何、あの男にしろ信友にしてもだ」
「造作もないと」
「そう仰るのですね」
「何度も言うが大膳は小器」
 彼についてはあくまで辛辣であった。
「そしてその主である信友もだ」
「小器だというのですね」
「その通りだ。取るに足らぬ」
 こう堀に言葉を返す。
「戦になれば一蹴できる。それに信友にはあの男しかいないな」
「はい、確かに」
「清洲にいる名の知られた者はあの者だけです」
「大膳だけです」
 織田信友の居城は清洲である。だからこう言われるのだ。
「では所詮は、ですか」
「あの者一人に過ぎないと」
「だからこそ恐れる必要はないのですね」
「それに対してわしには御主達がいる」
 吉法師はあらためて家臣達を見回してから言ってみせた。その目には悠然とした笑みさえある。口元にもそれは自然と出ていた。
「武田であろうが北条であろうがだ」
「臆することはないと」
「そこまで仰って頂けますか」
「わしは人を選ぶ」
 吉法師は家臣達にこうも話してみせた。
「優れた者しか使わぬ。しかしだ」
「しかし」
「といいますと」
「目に狂いはない。使う者は何があろうと使う」
 そうするというのである。
「決して離すことはない。それは言っておこう」
「では我等は」
「このままですか」
「御主達の誰も決して捨てぬ」
 目には偽りはない。事実そのものだった。
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