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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──
こゝろ
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ながら、老医は言った。


「……世の中には不思議なこともあるもんだ。武偵病院に僕は散々居るけどもね、こんなことは初めてだよ。人体の奇跡としか僕には言えない。何か科学では説明のつかないものが、遠山くんの中にあるんかもしれないね。超能力者とか、何かあるんでしょ? 世界にも、君の学校にも。……だから、そういうんかも知れないね。僕たち医学を師事された人間の領域じゃない、その一回り上のレベル。僕には理屈が分からないけども、遠山くんは本当は分かってるのかもしれないよ。もしも真実を言っても、僕らには通用しないだろうからってね」


老医はそうやって、口惜しそうに前髪を掻き上げる。鈍色に染まった白髪の、その指の合間からすり抜けていくような虚脱感が、老医の心情そのものを表してしまっているように思えて、どうにも仕様がない。医学では太刀打ちできない現象を目の当たりにして、それが医師として口惜しいと思わないはずがないのだ。どうにかして解明したいと、そう思っているのだろう。


「七十にして心の欲する所に従って矩をこえず──先生は『論語』をご存知でしょう」


突拍子のない話をこの子はしてきたな……とでも言いたげな、或いは、その話が今の話とどう関係があるのか……とも言いたそうな怪訝な顔を、老医は見せた。そうして、頷いた。
『論語』の一節にあるこの詩句は、あまりにも有名すぎる。とはいえ、意味までを把握しているのかは、また、別の話になってしまうのだけれど。


「欲望のままに行動しても、人道から外れることはない、という意味ですよ。是非とも医学で理解のつかないところまで、学びを深めていってほしいように思います。医師だから医学第一主義というのが強制されるわけではありません。ましてや武偵を診る先生ですから、今後そういった摩訶不思議な患者が現れることもあるでしょう。その時までに、新たな学を志してみては?」


そう言い終えるまでに、老医は何度も頷いていた。医学第一主義といった単語を出したあたりから、彼の皺の出来た目蓋が持ち上げられたように思う。意外も意外だったのかもしれない。
「なぁるほどねぇ……」と嘆息したような声を洩らす後に、老医はこちらに視線を遣った。


「しても君はだいぶん、教養のありそうな口ぶりをしているね」
「ふふっ、お褒めにあずかり光栄です」


2人で軽く微笑を交わす。そうして既に、この老医になら担当医としての任を任せられると、そう確信していた。この年齢になろうともなお、上の更に上を目指す意欲を、いま見せたのだ。誰にでもできることではない。仮に次があったとするならば、彼を呼ぼう、と。

どうせなら自分も、老いた末はこのようになりたいとも思った。老子のように大層ではなくても、自分なりに納得のいくような末を迎えたいと、そ
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