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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第二十話 季節は変わる
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名誉はあるのだろうか?
 ―――何を迷っている、戦死者の名簿に名を書き連ねるよりはマシだっただろう?
そう思い直そうとし――瑕がじくり、と傷んだ。



同日 午後第六刻 <畝浜> 上甲板
〈皇国〉水軍統帥本部 戦務課甲種課員 笹嶋定信中佐


 今回の北領鎮台撤退劇の立役者である最新鋭の艦である<畝浜>に便乗している事は、笹嶋に〈皇国〉水軍の軍人として(僅かに残る)素直な一面を思い起こさせた。もっとも、彼が今ここに居る理由はしごく事務的な理由であり、船乗りとしての仕事は殆ど何もない。それが少しだけ寂しくもあった。
「大丈夫ですか、大隊長殿。部屋に戻りますか?」
「――大丈夫だ。後で――後で部屋に戻るから、先に戻って好きにしていろ。」
 そんなやり取りを経て、ふらふらと人の寄らない隅まで歩き、ぐったりとしている男へと向かう。
「船酔いかね?懐かしいな、私にも覚えがある。あまり思い出したくないがね」
 笹嶋が話しかけるが豊久は心なしか遠くを見る目をしながら敬礼を返すだけだった。
「・・・・・・」
 中々の重症のようだ、と判断すると笹嶋は面白そうに話しかけた。
「あぁ、気分が悪いのなら甲板にいた方が良い。
何しろ、船内は狭いから空気が籠もる、兵室にぶちまけられた吐瀉物の臭いは中々キツいからね。幸いこの船は新しいから良いが、古いとその臭いが染み付いて――あぁ、そうだ。無理に我慢するよりそうやって吐いた方がかえって楽になれるものさ」
 話を聞いていて限界が来たのか吐き始めた豊久の醜態をにたにたと眺める。笹嶋にしてみれば水軍に入れば嫌でも通る光景であった。
「・・・実に素晴らしいお話でしたよ、笹嶋中佐殿」
 顔は青いが話せる程度には回復した青年大隊長がようやく戦地のように流暢に喋った。
「そうか、それはよかったよ、馬堂中佐。兎にも角にも、君と話がしたかったのでね」
 減らず口には減らず口で返すのは笹嶋の悪癖だった。
「――私に昇進を伝えるのは二度目ですか?これはまた、何とも奇妙な縁で」
 だがそれは、豊久も似たようなモノらしい。
「私は統帥部からのまぁ、何だ、伝令の様なモノだ」
「それは察しがつきますが、貴方が陸軍の人事を伝えるのも妙ですね」
 ゆっくりと首を傾げながら馬堂中佐が言う。
 初対面が前線だったせいかもしれないが、改めて見ると年格好は実年齢よりも若く見えた。

「いや、水軍の話でもあるのさ――あぁ君、水を持ってきてくれ。」
 水を受け取り、口を漱ぐと多少は気分が良くなったのか、豊久も貴族将校としての見栄を宿した姿勢で笹島へと向き直る。
「――ありがとうございます。それで、中佐。どういう事ですか?」
「笹嶋、で良いよ。同じ水軍中佐でもある。もっとも、君は頭に名誉がつくが、ね」
「――失
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