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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第二十話 季節は変わる
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皇紀五百六十八年 四月二十一日 午後第四刻
〈皇国〉水軍 熱水乙巡 <畝浜> 治療室


「止血と備えの軟膏を塗っておきました。万が一傷が膿む様でしたら内地の療院で診察を受けて下さい」
 水軍の兵医が深い声で処置の終了を告げると馬堂豊久は身じろぎをして目を開いた。
「有難う。 内地までは七日間だったな、ならば陸に戻ったら早めに療院でもう一度、診てもらうよ」
額に裂傷、右肩に青アザ、軍服は汚物まみれ、と余り清潔とは言え無い姿を兵医は穏やかに見ながら答える
「最短で、ですね。熱水機関を併用しますので、それ程ズレは生じないはずです」

「短くはなりませんか?」

「帆船でよほど恵まれても5日ですが、経験上言わせていただくのならばこの季節ですと概ね六日から七日といったところでしょうか――おや、船はお嫌いですか?」
 と兵医は笑いながら言うと酔い止めの薬を棚から取り出した。
「いえいえ、餓鬼の頃から祖父に無理を言って水軍観艦式に連れて行ってもらうくらいには船は好きですよ――外から見てる分には」
 そういいながらも豊久の顔色は青白く、声も張りがなくなっている。
「そうですか、慣れれば存外面白いものですよ。特にこの船は熱水機関を使っている間は海水風呂に入れますから中々に快適です。
傷に滲みるかもしれませんが、少佐殿も一度試してみては如何でしょう?」
 礼を言って部屋を出ると苦い笑みを浮かべて軍服の汚物を払った。
「痛い、な。俺は、それだけの事をしたのだったな。よく忘れていられたものだ」
 ――無意識の忘却は救いであり、そして下劣だ、あっさりと自分の命じた事を忘れてしまう。自分の下した命の被害者に石を投げられるその時まで。



「敗残兵!」
「村焼き!」
「同胞殺し!」
「よくもわしらの村を!」
「そんなに我が身が惜しいか!」
「お前達の所為で病人のおかぁが!」
「吐き気をもよおす『邪悪』とはッ!
なにも知らぬ無知なる者を利用する事だッ!!
自分の利益だけのために利用する事だ…何も知らない俺達を!
てめぇらだけの都合で!」
「軍隊なら何故私の娘を守ってくれなかった!
何故あの娘が死んで兵隊が生きている!」



「――本当に、痛い」
自身を嬲るように唇を歪める
 ――兵達には迷惑をかけたな、彼らには責は無いのに。割り切る、とあの時は言ったが矢張り駄目だ。あれで衆民を助けることになる等、やはり兵を誤魔化すだけの詭弁だった、俘虜生活の中で都合の悪い事をさっさと忘れようとしていた下衆な自分がそんなことを信じきれていた筈もなし、か。“大いなる武勲と名誉ある敵に” 威風堂々とした騎士――バルクホルン大尉はそう見送ってくれた。武勲を上げたとしても守るべき人々に石を投げられる様な真似をした者に
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