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霊群の杜
夜怪盗
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場所ではないことも。
「ん?…ああ、そんな心配させちまってたか!」
鴫崎が照れたように笑う。…お前の幸せを心配したわけじゃないんだが。
その後は俺達はあまり言葉を交わすことなく…というか交わす余裕もなく、境内に辿り着いた。鴫崎はわざと乱暴にバーカウンターを置くと、肩を回しながら軽快に石段を降りていった。



「――心配なことは、あるんだよな」
「ん?」
鴫崎の速度に合わせて足早に石段を駆け降り、その隣につく。その機敏な動作とは裏腹に、鴫崎はどこかもやもやした顔で足元を見つめていた。
「りんが産まれる少し前くらいからなんだけどな、その…俺、妙に甘い物が欲しくなる時があって」
「食べ物の好みが変わったことが、心配と」
「異常なくらいに、なんだよ。これを食べないと『また』暗闇の中で人魂達と斬り合いを…」
そこまで云って、鴫崎はふいに言いよどんだ。
「……いや、すまん。何云ってんのか分からないよな。とにかくその、すごく厭な場所に戻らなきゃいけなくなる気がして。ごめんな、訳の分からんというかオチのない話で。健康診断でもA判定で、全然困ってないんだけどな!」
「―――そうか」


鴫崎は、ある侍の依代にされている。


それは俺が数カ月前、石段の傍らから視えた光に誘われるように迷い込んだ古戦場での出来事だった。
意識も人格も亡くした人魂が群れ飛ぶ草原で、その侍は俺に話しかけてきた。俺はどうにもその侍が気になって…なんというのか、この人だけならまだ『救える』、そう救えると思って、思わず手を差し伸べてしまったのだ。
しかしその『侍』は、他の侍が軒並み人格喪って人魂化している中、一人だけ意識を保ち続けていただけあり、とても手強い人格の持ち主だった。…そういう所も嫌いじゃなかったが、このまま奉に粘着されつづけても困る。なので苦肉の策として、俺が侍を奉り続けることになった。奉ると云っても大したことはしない。時折鴫崎に『供物』を渡し、こっそり手を合わせる程度のことだ。
「だから最近お前がよくくれる和菓子、すごい助かってるわ。大半は俺が食べちゃってる」
「ははは…」
「…あ、ひょっとして嫁へのお見舞い品のつもりだったか?」
「いやいやいや…食べてくれ。むしろ食べてくれ」
「しかし何だろうな、これ。俺元々甘い物とかそんなに好きじゃないのに」
「あー…あれだよ。こういう仕事が多くて疲れてんだろ」
「違いねぇな!!あいつが洞窟に溜めこんでる甘いものを根こそぎ食い尽くしに行くぞ!!」
リスの餌場を襲撃するアライグマのようなことをする鴫崎、その鴫崎に落ち武者を憑依させてこっそり奉る俺。俺達の関係性もいい具合にこんがらがり始めているなぁ…。


「あ、結貴君だ」


石段を登ってくる少女がある。
「…お、ジェイケイ」

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