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提督はただ一度唱和する
花弁に閉ざされて
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むしろその馬力が空回るのみで、機動力など皆無である。そして、近づきさえすれば、殴り合いで負ける軍人を探す方が難しい。
 だからこそ、弓ではなく、前装銃が制式にされたのだ。陸軍に射撃戦をするつもりなど一切ない。一撃を放つ距離まで近づき、放った後は突撃して乱戦に持ち込むこと。それが基本方針であった。
 だが、雪は全てを無にする。優位であった機動力を平等にし、砲の優位を明らかにしてしまう。加えて、北海道の地理的条件も悪い。広大で平らかな地形は、伏撃も浸透も難しくさせる。彼女らには航空機もあるのだ。
 それらの事情を、海軍である守原大将が理解しているはずもない。各市町村に配布された避難要領すら知らないのだから、当然だ。義兄の手紙には、懲りずに強力な水上打撃艦隊や、航空機動艦隊を用意していると書かれていた。
 それでどうにかなるなら、名前の通り、水上で決着をつければよいのだ。明らかに、陸軍を盾か何かと勘違いしている。機動力を失った陸軍など、障害にすらならないというのに。
 主導権を握る。深海棲艦相手ではなく、まず海軍相手に。新城が考えているのは、その一点のみだった。
 そのために必要なものは二つ。情報と名分だ。現在の混乱を利用する。指揮権がどこにあるのか、曖昧な今だけしか成し得ない。深海棲艦の侵攻経路を突きとめ、守原大将が着任する前に動き出す。そうなれば、陸軍であっても全体状況の把握は困難だ。守原大将も追認する他ない。
 結局のところ、誰もが生き残りに必死なのだった。新城も駒城も、守原も。そのためならば、いくらでも卑しく、愚かになれる。人間だからだ。責めることは出来ない。ただ、必要と思われる、全てを行うだけだった。
 新城は他にも細々とした手配りをして、中隊事務所に戻った。そこでは、何か呆然としたような格好の若菜がいる。暖房機の前に座り込んでいた。
「中隊長殿、出撃準備、手配終了しました」
 のろのろと若菜が顔を上げる。相手が新城だと気づいていないようだった。その顔が、唐突に憎悪に染まる。
「よく平然としていられる」
「職務ですから」
 反射的に返したが、そうでもないと振り返る。実際、今の若菜を見て、冷静になれたような気がする。
「満足か? 軍を政争の道具などにして。何もかも貴様の思い通りだ」
 そうでもないのだが。高すぎる評価というものは、得てして迷惑にしかならない。慣れた反応ではあるが、どうしてこうも世の黒幕のような扱いを受けるのか。
「僕は一介の中尉に過ぎません」
 だが、若菜にしてみれば、その言葉を信用しろというのが無理なのだ。あの駒城の養子でありながら、独立して一家を立て、未だに中尉にとどまっているかと思えば、今回のような厄介を持ち込んでくる。大隊長を筆頭に上官に嫌われていながら、影響力を保持し、下からは妙に慕われる。
 
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