第137話 それは歪な正義の味方
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古我知さんが言い放った主張は、俺の言葉を詰まらせるには十分な効果があった。喉の奥を、石で塞がれるような感覚が襲って来る。
今さっきまで、矢村を散々泣かせ続けていた俺には、この発言はどうしても来るものがあるのだ。自分の都合で、自分以外の人まで苦しめていく。それを突き詰めれば、俺と瀧上さんとの間には「正義のために、他人を傷付けるか自分を傷付けるか」という違いすらなくなるのかも知れない。
俺を憎からず思ってくれている皆が、俺の妄執で苦しんでいく。確かにそれは、瀧上さんと何も違わない。
「……なんで四郷までそこにカウントされてるのかは知らないが……あんたは、そこまでして俺を悪い怪物にしたいのか」
「とんでもない。僕はむしろ、君をその怪物にさせないために言っているんだ。いいか、龍太君。君は『怪物』になる必要なんてない。ごく普通の感性でいいんだ! ここで瀧上凱樹を見捨てて帰還しても、君を咎める者は誰もいない。皆のためにも、『普通の』レスキューヒーローになってくれ……!」
俺を責めているようにも見えていた、古我知さんの説得。いつしかその声色は、糾弾から哀願へと変質していた。
「……!」
その変わりようを目の当たりにして、俺はようやく彼を突き動かす存在に気がついた。――所長さんだ。
彼女は瀧上さんの正義を信じたいと願って、裏切られ、追い詰められてしまった。妹のように想っていた救芽井が、そんな彼女と同じ道を辿りかねないと感じていれば、こうして懸命に俺を食い止めようとするのも自然な流れと言えるだろう。
彼は瀧上さんを憎む以上に、残された人に齎される不幸を憂いているのだ。俺が「怪物」になることで、再現されるであろう悲劇を未然に防ぐために。
ただ個人的な憎しみに囚われているだけだったなら、強引にでもこの肩に置かれた手を振り払い、海中に飛び込むことは容易い。それならば、相容れないエゴ同士の対立に過ぎないからだ。
だが、彼は違う。彼は憎いという自身の気持ちよりも、救芽井や所長さん達の心情を配慮した上で、俺に瀧上を見捨てて「普通のレスキューヒーロー」になれと言っている。個人の都合を加味しながらも、あくまで客観的に判断しているわけだ。
――恐らくは彼こそが、伊葉さんが望んでいた「正義の味方」なのだろう。周りを冷静に見つめ、より安全で平和な道を探し出す。そんな彼のありようには、素直に尊敬せざるを得まい。
だが。
「……悪いな。俺は、歪でいることを辞めはしない」
俺は、俺だけはそうはなれない。彼のような生き方は、似合わない。
皆のために誰かを見捨てる。それを正義として受け止めてしまったら――いつかきっと、助けられるはずの誰かを見放してしまう。そんな気がして、ならないのだ。
四郷と矢村の危機を目の前に
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