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東京レイヴンズ 異符録 俺の京子がメインヒロイン!
邯鄲之夢 5
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船していた者が言うには、崖山の近くまで来るとどこからともなく美しい歌声が聞こえてきて、それに聞き惚れているうちに気づけば帰路についているとか……」

 そばにひかえていた側近のひとりがそう答える。

「歌で人を惑わすとは、まるではるか西国に伝わる羅蕾?(ローレライ)塞壬(セイレーン)ではないか……」

 蒲寿庚という漢名を名乗ってはいるが、彼はアラブ系の色目人であり、遠くヨーロッパの伝説にも通じていた。

「そうだ、歌が耳に入らぬように綿でも詰めて栓をしてしまえ」
「はい、すでにこころみました。そうすると十隻中に一、二隻は妖しき歌の影響を受けずに進めるのですが、そのような船はやがて大量の鳥や虫に襲われ、船員はついばまれるわ刺されるわ、積み荷のうち食糧はむさぼり喰われるわでさんざんな目に遭うそうです」
「ふ〜ん、それは(しょう)だね」
「むむ、なにやつ!」

 いつのまにか執務室の中に見知らぬ青年の姿があった。褐色の肌に漆黒の髪。上等な絹の服を着て、ルビーやサファイヤ、エメラルド、ダイヤモンドといった貴石をあしらった金銀の装飾品を身につけた、インドの藩王(マハラジャ)もかくやという豪勢な身なりである。
 容姿もまた彫が深く端麗なのだが、少々鼻のサイズが大きいのが玉に瑕だった。

「嘯、あるいは長嘯。歌声や旋律、楽曲に呪力を込めた呪歌ともいえる呪術でね。鬼神や風雨や鳥獣を召喚して意のままにあやつるほかにも人の精神に働きかける効果のある呪さ」

 妙に甘ったるい、鼻にかかるような声でそう説明すると、ゆったりとした所作で手にした杯をかたむけ唇を濡らす。この青年、こともあろうに主のことわりもなく秘蔵の酒に手を出している。

「なにものだと問うておる!」

 蒲寿庚の手が腰に帯びた新月刀(シャムシール)へとのびる。この男は商人であると同時に海賊であり武人でもあった。かつて張世傑ら宋の武将らが泉州で再起を図ろうとした際に、泉州にかくまわれていた宋の皇族を殺害し、その報復に挙兵した張世傑の軍を計略をもちいて防ぎ、元の援軍到着まで約三ヶ月も持ち堪えたいくさ人である。
 弁舌だけの商人とは異なる迫力が、本物の殺気を漂わせていた。

「淡旨! この黄酒、なかなかの美味じゃない」
「とうぜんだ、なにせ紹興は鑑湖の名水で醸した銘酒だからな」
「ほっほ〜う、これがうわさの紹興の酒かぁ。うんうん、甘露、甘露。銘酒出處、必有良水。……銘酒あるところにかならず良水ありとはこのことだねぇ〜」
まるで水でも飲むようにすいすいと喉に流し込み、いっぱいに満ちていた酒壷の中身はすぐに半分ほどになってしまった。
「でも酒は命を削る鉋という言葉もあるし、ほどほどにしておこう」
「酒で縮む命の心配よりも……」
「うん?」
「たったいま命の危
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