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霊群の杜
たたりもっけ
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季節に、少しだけ『彼』にこの体を返す」

そうか。今日は…年に一度だけ、裂かれた母子が逢える日だったのか。…二重人格みたいなものかと思っていた。

「今回の母親は比較的物分かりがいいが…稀に、本気で子供を奪い返しにかかる母親もいる。お前に迎えを頼むのは、その辺を見越しての保険」
「…そうだな」
だがそれでは奉は、どの母親にとっても憎しみの対象なんじゃないか?それは…辛くはないのか。
「人間がどんな感情を持とうが、俺には関係ないがなぁ」
問う前に答え、奉が酷薄に笑う。
「俺は喚ばれただけだ。それで望まれるように在る。俺との約束を切ろうと思えば、いつでも切れるのに、当主は切ろうとはしないねぇ…」
しゃがの花が、くすんだ緑の中で薄青く浮き上がる。…珍しく、底冷えのする日だ。もう五月だというのに。
「なにか理由があるのか?」
「んー、強いていうなら」
黒い傘を僅かに傾けて、奉は何かを思い出すかのように少し視線を上げた。
「俺が去ると、玉群は消える」
「は!?」
あっさり何云ってんだ?
「玉群のな、家系としての寿命はとうに尽きているのだ。ずっと昔に。俺は絶える家系を延命させるために、無理に喚ばれ、以来この場所にいる」
玉群の子は、俺を降ろす為の贄だねぇ。そう呟いて、再び傘を深く傾けた。俺は何をどう云っていいか分からず、ただ奉の半歩後ろを歩く。…後ろから、雨靴の音がした。こんな日に参拝者がいるのか。こんな偽神社に。なんだか申し訳ない気分でふと後ろを振り返る。
「―――おばさん」
奉の母さんが、雨の中ついて来ていた。ジーンズの裾に雨が跳ねている。走って追って来たのだろう。
「……何?」
こら、お前。そんな云い方があるか。
「着替え。忘れたでしょ。あと実家からもみじ饅頭届いたの。一箱持っていきなさい」
息を切らせながら一気に云うと、奉の母さんは雨に濡れた紙袋を突き出した。奉は、お、おぅ…などと呟きながら紙袋を恐る恐る受け取り、踵を返した。


 降り続く雨は少し和らぎ、雲が薄くなってきた。石段を登り切ると境内の辺りに、えんじ色の袴と矢立の絣に身を包んだきじとらさんが、桃色の傘を手に佇んでいた。
「……お帰りなさい」
久しぶりに聞くきじとらさんの声は、小さいのに凛と響いた。
「……おう」
奉は傘を畳み、背を丸めてきじとらさんの差し出す傘に入った。きじとらさんは俺の方をちらっと見た。
「お前も饅頭を食っていけ」
珍しく、奉が俺に甘味を分けてくれるという。俺も傘を畳んだ。
「―――どいつもこいつも、図り難いわなぁ…」
奉がそんなことを呟いた気がした。

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