暁 〜小説投稿サイト〜
執務室の新人提督
54
[1/6]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話
 一人歩く。その長い廊下を一人歩く男の姿がある。
 彼はなんとなく立ち止まり、なんとなく窓を開けた。グラウンドで戦闘機を飛ばす二人の姿と、それを少しはなれたところで見つめる小さな人影に、彼の興味は惹かれた。
 と、そんな彼の耳に聞きなれない小さな音が響いた。
 どこだろうか、と彼が見回すと、グラウンドの横にあるそう大きくもない施設が目に入る。再びそこから響く小さな異音に、彼は一つ頷いた。
 
 
 
 
 
 
 たん、と音が一つ響いた。
 その音が鳴った場所を二人の少女達が見つめる。一人は肩を落とし、もう一人は目を細めた。
 
「もう一度、いきます」
「次はもう少し中央に近づけてね」

 手に在る弓を構え、もう一度矢を番えるのは正規空母雲龍型三番艦、葛城であり、そんな葛城を後ろから見つめるのは正規空母飛龍型一番艦、飛龍である。
 葛城が目を細めて狙い定める先には、白い円形の的があった。先ほど放った矢を含め、数本刺さった状態だ。ただし、その的の中央に描かれた赤い点には、どの矢も刺さっていなかった。
 
 弓を構えて的を射抜かんと睨みつける葛城は、背後からそれを見つめる飛龍からすれば、なっていない、という状態だ。弓の構え方であるとか、焦燥が透けて見えるなどと言った事ではない。
 二人が今身を置くのは、教育施設などにもある弓道場に良く似た場所であるが、鎮守府という軍施設にあるここで学ぶのは、弓道ではない。
 武道といった類の物は、その道を正しく歩み、自己の内面を極めんとする物である。対して、今彼女達がこの場で修めんとするものは、術を学ぶという事だけだ。
 艦載機を発艦させる際使用する弓矢を、もっと速く、もっと効率的に、と戦う事だけに尖って修得するだけの訓練場だ。

 構えなどどうであっても良く、焦燥など戦場では幾らでも沸きあがる物だ。想定された戦場など少なく、戦いの場はいつだって不確定要素をそこら中に撒き散らしている。
 彼女達に必要な道は、提督が歩む為の安全な道だけで、それを切り開く為には術こそが必要なのだ。卑怯であれ、卑劣であれ、提督が罵られない限り全ての術はその為だけにある。 
 
 たん、と再び音が響いた。結果は、肩を落とす葛城の姿が全てを物語っていた。
 葛城は背後にいる飛龍へと振り返り、縋るように見つめた。なにかアドバイスが欲しいのだろう。飛龍はそれに応じて口を開いた。
 
「私達が持っているのは弓だけれど、戦闘機を放つ気持ちでやってみて。矢を放つんじゃなくて、艦載機の翼が空を奔るのをイメージして」

 飛龍の言葉に、葛城は頷いた。が、その頷きは飛龍から見ても戸惑いを過分に含んだ物であった。
 その理由が分かるだけに、飛龍は苦笑いを零しそうになる。しかし、彼女はその苦笑いをかみ殺した。
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ