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執務室の新人提督
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民間造船所――神戸川崎造船所生まれであり、時の天皇陛下が座乗する御召艦も務めた名誉ある艦である。戦場に出れば必ずと言っていいほど損傷したが、それ以上に武勲を挙げている。
 
 伊勢にしても、日向にしても、その武勲は隠れもない旧日本海軍屈指の名艦である。レイテ沖での激しい砲火の中、両艦共に行った回避行動は実に見事であり、キスカ撤退戦に並ぶ奇跡の作戦にして旧日本海軍最後の成功作戦、北号作戦の立役者だ。しかも日向は数々の作戦行動中に僚艦を殆ど失わなかったという幸運にまで恵まれている。
 
 そんな中にあって、扶桑に常のままで居ろというのは、酷な事なのだろう。扶桑は――いや、扶桑型姉妹の二人は、決して幸運ではなかった。恵まれた性能を得られず、恵まれた戦場も与えられなかった。得たものが、恵まれたものがあったとするなら、共に黄泉の下へ逝った仲間達がそれだろう。一隻では、一人ではなかった。たったそれだけが、それだけの事が扶桑達の幸運であった。
 渡されたティーカップに口をつけぬ扶桑に、榛名は優しく声をかけた。
 
「扶桑さん、気にしないで下さい。榛名達がお誘いしたのですから、扶桑さんが気にすることなんて何もないですよ」
「そうよ、扶桑。榛名の淹れた紅茶でも飲んで、いつもの貴方にもどってくれないと、こっちも調子がでないじゃない」

 榛名と伊勢の言葉に、扶桑はティーカップを口へと運んだ。ゆっくりと傾け、少しばかり口に含み、またゆっくりと嚥下した。
 ほう、と息を吐くと扶桑は嫣然として口を開いた。
 
「ありがとう、美味しいわ……榛名。貴方も、ありがとう伊勢」
「どういたしまして」
「少ない航空戦艦同士でしょ? 気にしない気にしない」

 扶桑の笑みを見た榛名と伊勢は少しばかり頬を朱に染めてそれぞれ言葉を返した。両名共に、気恥ずかしさよりも扶桑の相に飲まれたからである。
 扶桑、という艦娘は同姓さえ惑わすような色香を持っている。しかもそれを無意識のうちに出してくることがあるので、中々に厄介な艦娘でも在るのだ。当人に意識も無く、また悪意もないのだから尚更である。
 
「だが……山城は執務室でホラー鑑賞、だったか? 扶桑はそれでいいのか?」

 一人、飲まれずマイペースに構える日向が室内の空気を一掃しようと話題を振った。問われた扶桑は複雑な笑みを見せて首を傾げた。伊勢はその相に気遣うような素振りを見せたが、扶桑は苦笑を浮かべて首を横に振った。
 通常、伊勢姉妹と扶桑姉妹の仲は悪いと言われている。相性、と言っても良いだろう。
 欠陥戦艦扶桑と、その改修型として生み出された伊勢は、近いからこそ互いに距離をとりがちであった。各鎮守府でも各姉妹の距離感は変わらず、互いに歩み寄って精々隣人程度と言われ、これはもう扶桑姉妹と伊勢姉妹の宿命と諦め
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