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SNOW ROSE
兄弟の章
Z
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 そこにはジョージの字でこう書かれていたのである。

― 今は亡き我が弟、ケイン・レヴィンの手による様々な楽曲集 ―

 それは、ケインが兄ジョージのために書き続けた、あの楽譜帳であった。
「弟も音楽を…。血は争えぬとはよく言う…。あいつもそうであったな…。」
「そうだな。取り付かれたように音楽を続けていたな。しかし、彼も天才だった…。」
「あの事故さえ無ければ…。」
「言うな。分かってる…。」
 二人は過去を見つめていた。遠い日々に友であった、一人の男のことを思い出していたのだ。
「幾夜も語り明かした。その度に、あいつはリュートを弾き続け…」
「眠る頃には、もう夜が明けていたな…。」
「ああ…。マルクスのヤツは、何一つ悪怯れもせなんだったな…。」
 兄弟の残した二つの楽譜を見つめながら、二人は彼、マルクス・レヴィンをを思い出していた。
 懐かしき青春の日々は、マルクスの奏でた音楽によって彩られていた。
 二人とも爵位なぞに興味は無く、サンドランドは料理や経営に、フォールホルストは詩や絵に熱中していた時代があったのだ。
 マルクスと三人で何か出来ないかと、本気で考えていた若き日々。
 マルクスの影響で、サンドランドはリュートを、フォールホルストは歌唱を学んでもいた在りし日の残像。
 二人の記憶は、遠いセピア色の彼方へと繋がっていた。
「リチャード。マルクスの楽譜が手元にあるだろ?」
「勿論だ。資料室に保管してある。引っ張りだしてこいと言うのであろう?もう用意させてある。」
 男爵は当然と言った風に微笑した。
「さすがだな。では彼らのために、全曲を演奏しようじゃないか。」
 サンドランドは二つの楽譜に手を置き、宣誓するかの如く言い放ったのであった。
「リュートの腕は鈍ってなかろうな?」
 不適な顔をして男爵が聞いた。
「お前こそ声質が落ちてしまったんじゃないだろうな?」
 サンドランドもそう言って二人して微笑んだ。
 再び音楽をやる日がこようとは夢にも思っていなかった二人。運命の悪戯か神の思し召しか…。
 マルクスの名が世間に広まり二人が爵位を継いでから、早十七年の歳月が過ぎていた。だが今の二人は、マルクスと共に音楽を奏でた友であり、その心はあの頃のそれに戻っていた。
「さぁ、行くか。」
 サンドランドの声を合図に、二人は楽譜を手に部屋を出て行った。
 部屋の中には春の紅くなりつつある陽射しが差し込み、ただ静けさだけが取り残されたのであった。
 それから数時間の後、旅支度の整った男爵らが出発したのは、夜八時を回ってからのことであった。




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