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Lirica(リリカ)
漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
―3―
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 3.

 次の輸送船が出るまでの一週間を、ウラルタは無気力に過ごした。
 逃走しようかと思わないでもなかった。寝たまま自分の将来を、ああでもないこうでもないと考え続けていると、居ても立ってもいられぬ焦燥感に駆られた。実行に移そうと計画を練ったが、銃を持った町の警邏官の姿を施療院の入り口近くで見る度に、そんな思いつきも計画もどうでもよくなってしまった。
 ウラルタは体の痛みを、行動しない事についての自分への言い訳にした。実際、体中に打撲と捻挫があった。何日かして、顔に出来た大きな切り傷に気付いた。右目の下から、右耳の耳たぶにかけて大きく裂けている。指でその傷をなぞりながら、材木で切りでもしたのだろうと考えた。
 傷に気がついてしまうと、奇妙な事に、その瞬間から傷が痛むように感じられ始めた。傷から、全ての気力も生命力も流れ出ていき、もはや自分にそれを止める手立てはないと思った。ウラルタは、かつて祖父が死んだ日にそうしたように、寝床で、自分の無力と無気力を嘆いてすすり泣いた。
 希望を探さなければならない、と思っていた。だがそれは違っていて、希望を探す使命を得た事、そして行動する事そのものが希望だったのだと、ウラルタは思い直し始めていた。希望など、自分の胸の内以外には、世界のどこにもなかったのだ。この胸の希望に共鳴しうる、外的で尊い、全き希望など。今やその身の内の微かな希望さえ、寿命を迎えようとしている。すなわち旅が終わるのだと、ウラルタは予感する。諦めて、イグニスの侍祭として、この先十年も二十年も三十年も、四十年も五十年も六十年も、あるいはそれ以上の年月を、同じ事をし、同じ事を言い、聞き、見て、過ごすのだ。我らは罰を受けた――神は我らに罰を与えたもうた――その罰を全うすることで我らを赦したもうと約束された――と。
 そんなのは嫌だ。
 死にたい、と思った。心の底から。それしか生きる道がないのなら。味がわからない食事を僅かずつ与えられ、ウラルタは生き、船に乗る日が来た。

 海上で事故に遭った時、それを幸運だと思う(したた)かさがまだウラルタには残っていた。
 時化に流された幽霊船が輸送船に激突した時、ウラルタは貨物室で「死ぬ」と思った。もっともその時点では、何が起きたかなど知る由もなく、しばらくの間窓のない部屋で這いつくばり、激烈な揺れに耐えるのみであった。ウラルタの他に老女がいた。二人は互いに口を利かず、離れた場所に座っていた。老女の手首にも護送票があったから、彼女もまた何らかの事情で旅立ったのだろうと思われた。
 船員が来て、ウラルタと老女を貨物室から出した。船はゆっくり、斜めに傾きつつあった。壁に手をつきつつ甲板に出た。赤く曇る空の下に出て初めて、衝突が起きたのだと理解した。
 ウラルタは怖くて、死をもたらしに来た廃船を直視す
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