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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
禁酒令
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ーベルシュタインはやはり動かなかった。いつも口数の多い部下なのに、この時はなぜかオーベルシュタインをしゃべらせようと弁舌を駆使することがなかった。だがそれが、却って熱くなった神経を刺激した。昼間の三提督たちとの小競り合い、ビッテンフェルト提督の謹慎処分。まるでそれを挑発したかのような自分の言動も、こうして自ら禁じた酒を呷る姿までも、この部下には見咎められている。見咎められただけではない、予測さえされていた。私心がなく無感動で、何事にも冷静で冷徹なる軍務尚書。自分の作り上げてきた陳腐な仮面の裏側を、いとも容易く見抜かれたような気がして、オーベルシュタインは誰へともなく嘆きの声を上げたい衝動に駆られた。巷で喧伝されるように感情を持たぬアンドロイドであったら、揺るがぬ意志で己の欲や情を排せる高潔な人間であれたら、どんなに生きやすいであろうか。だが彼の心の内は、辛うじて持ちうるちっぽけな理性など事もなくなぎ倒すような嵐にみまわれていた。その嵐から目を逸らすのに、酔いを求めねばならぬ程度に、彼は無力であった。ああ、いくら考えても詮無いことなのにと、オーベルシュタインは瞼を閉じた。精神的な頭痛が彼の思考を苛んで止まないのだ。
 オーベルシュタインはグラスを支える手の陰でごくりと唾を飲み下して、次の瞬間、諦めたように息を吐いた。グラスに唇を寄せると、ぶどう酒の芳醇な香りが繊細な鼻腔をくすぐった。思わず細めた目を、優秀な部下は見逃さなかっただろう。そのまま一口、赤い液体を喉へと流した。
「こたびの処置、後悔なさっておいでですか」
 答えなど分かっているくせに、銀髪の不遜な部下は素知らぬ顔で言う。オーベルシュタインは鬱陶しい前髪を掻き上げてから、小さくかぶりを振った。
「くだらぬことを」
 手元のグラスを睨みつけて言うと、小賢しい部下は僅かに苦笑したようだった。
「なるほど、閣下は後悔などなさらないでしょうな。すべては計算の内でしょうから」
 皮肉げな笑みが妙に神経を逆撫でする。オーベルシュタインはふんと鼻を鳴らしてグラスを傾けた。だが、この煩わしい男の持参した深紅の液体の方は、ひどく彼を心地よくさせるものだから、ついその甘美なボトルへと手を伸ばした。
「っ……!」
 掴みかけたガラスの首筋が、人為的に遠ざけられる。恨めしげに見やった先で、またなみなみとグラスへ注がれていく様も、他人事ながら喉の渇きを自覚させられるほどにそそられた。どうかしている。オーベルシュタインは唇を舐めて息を吐くと、静かに瞑目した。
 不穏分子となり得る旧同盟の高官や政治家たちを拘禁したことはもとより、彼らを人質にイゼルローンの開城を迫ることも、政戦両略上理に適った行為であり、歴史上においても特段珍しい手段ではない。戦略や政略と人道は区別して論ずるべきであり、その上で最良の策を奉ずる
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