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クール=ビューティー

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第一章


第一章

                  クールビューティー
 長野沙代子は目鼻立ちの整った美人である。黒い髪を程よい長さで奇麗に纏めいつも服装や化粧にも気を使っている。会社でもできる人間であり他の人間にとっては高嶺の花であった。
 ただあまりにも美人で落ち着いた性格の為声をかける人間はいなかった。あまりにもランクが高いとどうしても声をかける人間がいなくなってしまうのは何処にでもあることである。
 男子社員も女子社員も声をかけることはない。バイトですらそうである。彼女は社内では孤高の存在であり誰もが一目置く、そんな女性であった。
 ある日のことである。急に仕事が入った。
「ああ、長野君」
 部長が彼女にそれを頼んだ。
「急な仕事だがいいかね」
「はい」
 沙代子は特に顔を変えることなくそれに応えた。
「わかりました」
「かなり難しい仕事でね」
 部長はその顔まで難しいものにしてさらに言う。白いものが増えてきている髪の毛がやけに目立つが何処と無く若々しい顔にその苦味が及んでいた。
「時間もかなりかかると思うが」
「何時までに終わらせればいいですか」
「今週中だ」
 部長はそう答えた。
「いいかね」
「はい、それでは」
 沙代子は相変わらず落ち着いた声で応える。そしてさらに尋ねてきた。
「どういったものか見せて欲しいのですが」
「うん、これだよ」
 部長はそれに応えて一冊の薄いファイルを出してきた。それを沙代子に手渡す。
「これですか」
「そうだ」
 ファイルを受け取った沙代子に述べる。
「そのファイルにあるものをだね。纏めて欲しいんだ」
「そうなのですか」
「うん、要するに説明書にしてもらいたい」
 部長は言う。
「細かくね。できるかね」
「そうですね」
 沙代子は部長の話とファイルの中を比較しながら言葉を返してきた。
「今週中ですよね」
「うん、できるかな」
「任せて下さい」
 また返って来た沙代子の言葉は頼もしいものであった。だが何処か冷たく人間味が乏しいものであった。
 そうした冷たさが彼女を何処か馴染めないものにさせていた。だが彼女自身もそれをどうこうするわけではなくそれはそのままであった。結果として彼女は高嶺の花で孤立した存在になってしまっていた。
 しかしである。人というものは時として仮面を被っているものである。彼女もまた然りであった。それがわかったのはふとしたはずみからであった。
 ある日のことである。会社に電話がかかってきた。
「長野さん」
「はい」
 沙代子はいつものクールな物腰と声でそれに応えた。制服の着こなしも見事でやはり隙がない。
「電話です」
「誰からですか?」
 やはり冷たい声であった。奇麗だが無機質で機械的な声である。それを聞くとやはりこの人は近寄り難い人だと、そういう印象を他の者に与える声であった。
「御親戚からです」
「親戚」
 沙代子はそれを聞いてほんの一瞬だが微かに動きが止まった。だがそれは誰にも感じさせなかった。それ程までに一瞬で微かなものだったからだ。
「はい、どうされますか」
「お願いします」
 つないでくれと言った。それを受けて電話は彼女の側の受話器につなげられた。
「はい」
 いつものクールな動作で応対をはじめる。ところが。
「おばちゃん!?」
「えっ」
「おばちゃん!?」
 沙代子が急に俗な言葉を口にしたので周りの者は目を点にさせて彼女の方を見た。
「どげんしたとよ。いきなりこんなとこに電話して」
「どげんって」
「今のは」
「ああ、間違いないよな」
 彼等は口々に囁く。今彼女が九州弁を口にしたのをはっきりと聞いたからだ。
「だからいきなりそんなこと言われても困るったい。そんなしぇからしかこと」
 どうやら何か込み入った話をしちえるらしい。声もやけに感情的で顔も困惑したものであった。
「それにうちその話もう断ったとお?なしてまた持ってくるんたい」
 九州弁で話を続ける。周りには全く目を向けず話をしている。
「えっ、もう場所まで決めたっとお!?待ちんしゃいよ。うちはそれは」
 よく聞けば電話の向こうからも九州弁が聞こえてくる。中年のおばさんの声だ。どうもその九州弁がやけに様になっている声であった。
「で、どうしてこ来いってか。母ちゃんも知っとる?なしてそういつも勝手に」
 声がいよいよ困り果てたものになっていた。表情も観念したものになっていた。
「ああ、もうわかったたい。ほなその日たいね」
 そう言って電話を切った。憮然として最後に呟いた。
「本っ当に。いつも強引ばい、おばちゃんは」
「あの」
 カリカリしている沙代子に若いOLがおずおずと声をかけてきた。周りの者はそれに注目している。
「長野・・・・・・さん?」
「あっ、はい」
 沙代子はここでやっと自分が取り返しのつかないミスをしてしまったことに気付いた。それで観念した顔で彼女の話を受けたのであった。
「はい、そうです」
 彼女は酒の場で自分のことを同僚達で話していた。会社の最寄の駅のチェーン店の居酒屋であった。そこのジョッキと枝豆を飲みながら話をしている。

 
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