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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
  第四節 強襲 第四話 (通算第39話)

「何!?黒いガンダムだとっ!?」
 一瞬だけシャアの視界を塞いだのは、見たこともないモビルスーツであった。紺と真夜中色の機体色に黄色のラインと鳥のエンブレム。間違いなくティターンズのMSである。しかし、その機体は兵器というにはフォルムが人間的過ぎだった。その上、あまりにも連邦軍のフラッグ機たる《ガンダム》に似すぎていた。ジオンの技術――いや、スペースノイドを頑なに拒んだかのようなその機体は、シャアにとっては絶対民主主義という矛盾の象徴にしかみえない。その上、威圧感を考慮されたその色使いには嫌悪感しか抱けなかった。
 シャアの知る《ガンダム》は敵ではあったが、好敵手…認めることのできる最強の敵であった。だが、コレはそうではない。禍々しい妖気、そして拭いきれない嫌悪感が《ガンダム》から滲み出している…そうとしか思えなかった。
 通り過ぎた黒い《ガンダム》が右脚を前に振り出し、スラスターを噴かして急旋回した。そのまま、首を巡らせて側頭部に装備されたヘッドフォンのようなモノ――ガトリング・ポッドから十六ミリガトリング砲を連射する。だが、これはシャアに対する牽制に過ぎなかった。対人兵器でないガトリング・ホッドで動き回るMSから人間を狙い撃てるものではない。
「ここまでだな」
 シャアは半ば敵のパイロットに呆れながら、踵を返す様にハンドジェットを噴かして空中で宙返りを打った。目指すは侵入したベイエリアだ。
 如何にシャアとてノーマルスーツ一つでMSに対抗できる訳もない。ジグザグに飛行の軌道を変える。直線的動きはもちろん円運動すらパターンに填まらないランダムな動きだ。軽業師よろしく体を振り回し、ハンドジェットを操る。無風のはずの無重力地帯に《ガンダム》が起こす乱気流がシャアの体の自由を僅かに削いだ。無重力とはいえ、コロニー内には空気抵抗があるため、宇宙空間より動きが鈍る。しかし、それはMSとて同じである。逆に、無重力帯が僅かしかなく、直ぐに重力に捕まってしまう分、MSの方が行動しにくいともいえる。MSが対人とはいえ戦闘をするにはコロニーは狭過ぎるのだ。
 ジャケットのポケットから手榴式爆薬を取り出しコロニーの外壁が近づくのを待つ。火線が次第にシャアの周囲に集まり始めた。
「人間に当てようというのか?」
 執拗にガトリング砲を斉射する《ガンダム》のパイロットは頭に血が上って躍起になっているのだろう。火線の集まり具合から、腕が悪くないことは解るが、人を狙おうと考えてしまう辺りに柔軟性を欠いた思考の硬直さが窺える。エリートと言っても所詮は実践経験の少ない、血統主義特権階級の子弟である。本国の穏健派の如く闇雲にティターンズを恐れる必要も怯えも、シャアにはない。火線からMSの位置を知る手掛かりになるだけだ。
 二十メートル…十メートル…。
 振り返る余裕はない。背中で距離を測ってベイ側の隔壁に設けられたハッチに爆薬を投げつける。無重力の中を空を切って飛んだ爆薬は見事にハッチを穿ち、噴煙を撒き散らした。それをスモーク代わりに通路へと飛び込む。着地と同時に横っ飛びに流れた。煙は直ぐに掻き消え、通路から緑に光るMSの眼が中を窺うのが見えた。巨大な人の顔は禍々しさを隠そうともしていない。
 左側頭部のガトリング・ポッドを斉射する。エアロックが瞬く間に粉砕された。通路にも無惨な弾条痕が刻まれ、機械が剥き出しになり、ショートした機器が火花を散らしている。
「何処のバカだ!コロニーに攻撃するなんて!」
「テストパイロットのメザット少尉だろうさ。着任早々だからな、気張ってるんだろ。お偉いさんの一族だ。関わり合いにならない方がいいぞ」
 コロニー公社の役人だろうか、がなる声が響く。諭しているのは年配の同僚の様だった。ノーマルスーツ姿のシャアを見つけると誰何の声を発した。どうやら、先ほどトリモチで捉えたのはコロニー公社の者だった。消息を絶った同僚を探しに来たらしい。
 拳銃に弾はまだある。が、ここは振り切る方が得策と断じた。コロニー公社の人間ならばシャアが遅れを取ることはない。幸いなことに、シャアの使った侵入路は無事である。
 牽制に二発。跳弾を恐れて二人が躊躇する。その隙に通路を一気にハンドジェットで翔け抜けた。体を入れ替えて側道に跳ねる。燃料の切れたハンドジェットを捨て、最後のエアロックに爆薬を投げつけた。 
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