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或る皇国将校の回想録

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幕間3 嗚呼、華の近衛衆兵鉄虎第五〇一大隊

 
前書き
今回の主な登場人物

新城直衛少佐 近衛衆兵鉄虎第五○一大隊大隊長

藤森弥之介大尉 近衛衆兵鉄虎第五○一大隊首席幕僚

神沢惟長 安藤家分家筋 近衛総軍司令官 近衛中将

益満昌紀 近衛大佐 近衛総軍 参謀長

馬堂豊久 陸軍中佐  独立混成第十四連隊連隊長

大辺秀高 独立混成第十四聯隊首席幕僚 陸軍少佐


 

 
 さて、当時の<皇国>における新城直衛の知名度はこの龍口湾の戦い以降に急速に高まったといって良いだろう。無論、北領からの生還、そして衝撃的な『奏上』と政界、軍部内における知名度は飛躍的に高まっていたが、あくまでも毀誉褒貶入り混じる“英雄部隊”の一士官として<皇国>の民草たちは認知していたのである。
 さてとはいえど、新城直衛を英雄としてまつる者達の言葉、敗戦から不死鳥の如く蘇り、御国を支える護国の勇士、などと言った絵空事は英雄を語るそれの常と同じくまったくもって実際を知る者からすれば噴飯ものであった。



皇紀五百六十八年 七月十九日 午前第七刻 近衛衆兵鉄虎第五○一大隊本部
大隊首席幕僚 藤森弥之助大尉


「えぇ~取り敢えずですね、初期に連絡がついた第五旅団の連中は無事についてきております。しかし、近衛総軍主力と合流するにしてもしないにしてもどっちにしろ酷く面倒な事になりそうですな」

「面倒でない敗北などない、とりわけ戦争ではな」
 大隊長である新城直衛は常の様に無愛想に藤森に応える。
「――第三軍の先遣支隊はどうした?」

「とうに尻に帆をかけて逃げ出してますな。おそらくは龍兵飛来時に後退を始めたのでしょう。
騎兵の突撃のお蔭で師団司令部の連中も追撃する余裕はなかったようです」

「あいつ、逃げ足が速いのは昔からだな。それでも一応は役目を果たしたのだから性質が悪い。第三軍はどうしている?」

「主力は北上して近衛総軍の防衛線上に居る連中を叩いて転進するつもりの様です」

「まさしく転進、少なくともそう思わせるつもりか。度胸がある事だ」

 第三軍を率いる西津中将はけして無能ではない、むしろ古典的な戦であれば果断な良将であることを示した。即座に逃げる前に叩くべき相手を叩くべし、と判断したのだから。
第三軍が容易く後方を衝き突破できる相手であり、なおかつ銃兵主力を投入した近衛総軍の撤退を助けるという一石二鳥の策であった。
 無論、それを可能としたのは龍州軍が事前に予備隊の一部を回したことで集成第二軍がどうにか崩壊寸前であるが防衛線を保っていた事と、先遣支隊と事実上新城が率いる近衛集団が本営と師団司令部と上級司令部をすべて封殺し、指揮系統を完全に崩壊させることに成功していたからである――だが今回の話には直接的には関わらない事である。

    ――閑話休題――

「まぁそれはそれとして、これじゃあ南方からって迂回ってのはちょいと無理がありますな。
負傷した美倉閣下と供回りだけなら龍州軍経由で後送できますが、部隊での行動となると遠回り過ぎて逆に騎兵どもにつかまるやもしれません」
五○一大隊も第五旅団も砲兵隊や後方支援担当部隊は総軍司令部直轄として置いてきた。近衛がいち早く後退して再編するのならば早急に合流せねばならない、現状だとまともに戦えるのは白兵戦だけである。

「最短経路となると……第三軍の露払いでもしますかな。森に逃げ込めばどうにかなりそうですし」

「とはいえ、引き際に血を流すのは好みじゃない。綱渡りの手助けをするのはやぶさかではないがな」
 新城は顎を掻く。
「うん、こういう時にこそ面倒を押し付ける相手も居る事だ。僕らは僕らで得手勝手に動くとしよう」
 某所で尻に帆をかけた青年中佐が怖気を走らせたかどうかは定かではない――



同日 午前第七刻 二尺
第21師団砲兵連隊 第四大隊 大隊長 アリエフ少佐


 第21師団砲兵聯隊第四大隊に与えられた任務は中央の戦線を支える21師団第1旅団の支援である。
「北領と同じで楽な仕事だと思っていたのだがな」
 歴戦の砲兵将校、アリエフ少佐は自身の所属する戦域が混乱しきっている事を把握し、即座に戦術判断を下した。
 当然、事前に与えられていた命令の遂行し敵を叩くのみである。攻めるのであれ、護るのであれ、そうしなければ眼前の猟兵の戦列は崩壊する。
 無論、状況はある程度把握している。危険な猛獣が背後で暴れ狂っている事も、南方の蛮軍が攻勢に出ている事も――北方で騎兵どもが凱歌を謳いながら攻め上っている事も。
 で、あるならば<帝国>軍は常勝無敵、ならばひたすらに前衛を支えればいい。我々は勝ち、敵は退くのだから。
 矜持と妥当な戦術判断による決断は近衛総軍の前進を阻み、第1旅団の各連隊の統制を保たせることにより第三軍の進撃を遅らせる役を確と果たしていたが――

「大隊長殿!後方から猛獣使いが!」
「なんだと!?撤退するのではないのか?」
 敵陣の最奥に浸透した重装備を持たない部隊、全軍撤退を命じられたであろうにそれが反転しながらも攻勢を行う。
アリエフにとってみれば沙汰の外である。常識的に考えれば、一刻も早く撤退するのが当然だ、戦闘を行えば宝石より貴重な時間を浪費する、取り残され包囲殲滅される危険を冒す筈がない――と言うのが常識だが。

「まさか――背天の技か?」
 導術に対する情報の欠如は、アリエフ個人に帰する欠陥ではなかった――むしろ拝石教文明圏そのものの欠陥であった――だが、それが彼の戦術論理の致命的な瑕となった事は疑いの余地はない。
 即断できぬ程の情報の欠如、それは逡巡となり、誤断を避けるための反応の遅れという最悪の結論を導いていしまった。
 状況の変動に追いつけず、先の状況で確信を持って選んだ選択肢に縋ってしまったのだ。
 無論、なにもしなかったわけではない、だが救援要請と護衛隊の戦闘用意と言うだけではあまりにも不足していたのは自明の理であったのは小半刻もせずに彼らはその身をもって知る事になった。




「追い散らす程度で十分とはいえ、随分と早く済ませましたな」
 常の執拗さを知っている藤森が詰るような声で新城に云った。
「当たり前だ。僕らの狙いは殺す事ではない、砲の一時的な無力化だけだ、どの道僕らが合流する相手を狙っているんだ、多少掻き回しておくのも損はない」
 アリエフの推測通りこのような行動を新城に決断させたのは、導術網による情報の把握故であった。
 まず一つには北部に集中投入されている騎兵集団の他に<帝国>軍の騎兵部隊は壊滅状態にある事――第21師団の騎兵聯隊は昨日、馬堂豊久率いる第四十四混成聯隊に潰されているし、第三胸甲騎兵聯隊も師団司令部の防衛戦で壊滅状態である。
そして前線を支える猟兵部隊も動くに動けない状況である。

「――さて、準備は済んだかな?」

「はい、大隊長殿」
 戦闘工兵小隊長の後藤中尉が頷く
「宜しい、それでは僕らも退くとしよう」



同日 午前第七刻半 近衛総軍司令部 
近衛総軍参謀長 益満昌紀大佐


近衛総軍司令部と言えど状況が流動的になればそれは騎乗の将校達の寄合となる。
その中でも一際様になっているのが近衛禁士隊の騎兵聯隊長を務めた事もある益満昌紀近衛総軍参謀長である。
「美倉閣下は龍州軍が救助、後方に移送するとの事です」
その益満昌紀近衛大佐は淡々と神沢司令長官に報告を伝える。
益満大佐も神沢中将も近衛に籍を置く貴族将校の中でも有数の実務派と評されており、またその風聞に違わず堅実な指揮を執っている。
だがそうした堅実な指揮は近衛総軍全体の弱兵ぶりにより、十全な結果を齎す事は無かった――そのため、彼らは不本意ながら投機的な作戦を是認せざるをえなかった。
「うむ、第五旅団と五○一大隊はどうした」
 神沢中将も表情をこわばらせながら尋ねた通り、彼らは主力銃兵部隊と怪しげな新編大隊による後方への浸透突破作戦を承認した。そしてそれはなんと本営への攻撃に至り、集成第三軍との連携により一時的に聯隊以上の指揮系統を崩壊させる大戦果を挙げたのである。だがそれも<帝国>軍の龍爆による砲兵隊の壊滅と騎兵師団の突撃により戦場の北方を防衛していた集成第二軍の防衛線が事実上崩壊、これを予想していた龍州軍により予備隊の増強が行われていた事から北方戦域は防衛戦から遅滞戦へと移行する事となり、同時に龍口湾防衛線の放棄が決定された。これにより事実上、龍州全域が<帝国>軍の掌中に転がり込む事となるのだが――それよりはまた後の話である、それよりも彼らが問題としているのはこの混沌とした状況の鏑矢となった五○一大隊と第五旅団である。
 なにしろ敵本営まで浸透した事実上聯隊規模の剣虎兵大隊に常備の銃兵旅団である、これらの部隊と合流できればこれからの撤退戦が幾分かましになる事は分かりきっている。
そして、後方に取り残されているとはいえ南方戦域は<帝国>軍は、第三軍の攻勢により崩壊しかけている。
 せめてこちらからも一押しできれば――だが、それを為すための前衛部隊すら不足しており――誰も彼もが頭を抱えていたのである。

「導術によるとすでに撤退行動を開始したそうですが――ぬぅっ!?」
「第三軍に連絡を――む!?」
 砲声とはまた違う音が戦場に轟き、司令官と参謀長は同時に同じ方向へ顔を向ける。
その音の発生源はただそれだけで分かった。
なにしろ――彼らを抑え込んでいた擲射砲が置かれていた丘陵地帯から黒煙が立ち上っているのだから――
そしてそれを誰がやらかしたのかもまた考えるまでもないだろう、集成第三軍の先遣支隊は既に後退しているのだから。
「あ~、その、なんだ。君の所の育預殿は実に逞しいようだな。うむ」
 神沢が苦笑いを浮かべて参謀長に云う。
「そのようですな――だがこれで撤退もかなり楽になりました。
第三軍がこちらの撤退を支援する為に森林沿いに北上し圧迫してくれます。
敵部隊が第三軍と交戦した際に二正面戦に持ち込めばよろしいかと
それにあの様子だともう間もなく新城少佐の部隊とも合流できるでしょう
あぁでも――」
 ――最後まで蚊帳の外だったか。
 益満昌紀は情けなさそうに溜息をつく、だが同時にこれからの事もまた彼の憂鬱をいや増す。
 ――だが、これからが我々にとっての本番か。これからの撤退戦が。
どうあがいても碌な目に遭わないだろう、なにしろこれが彼にとっての初の敗戦なのだから――



同日 午前第七刻半 集成第三軍 後方
独立混成第十四聯隊 聯隊長 馬堂豊久


先遣支隊は無事に集成第三軍と合流し、解散していた。とはいっても形式上の物であって第十四聯隊も第十一大隊も後方支援隊を司令部直轄で預けていた為、後方にて合流後の補給と再編を終えてようやく行動をとれるようになったところであった。
「なにやってんだアイツら」
 馬堂豊久聯隊長は呆れたように立ち上る黒煙を見やる。
「擲射砲隊を攻撃し、砲を使えないように玉薬を使って爆破したのでしょう。
敵部隊の動揺も誘えますし、悪い手ではないかと」
 それに対して大辺首席幕僚は変わらず淡々と答える。
「違う、そうだけどそうじゃない」
 だが確かにこれで第三軍の反転突破もかなり楽になる、そうした意味では実に良い仕事をしたと言えるだろう。
「しかし派手ですな。あれではまさに英雄の凱旋だ。いやはや少しばかり羨ましく思います」
 副官の米山大尉が懐かしそうに笑う。
「おいおい、馬鹿らしいことを云うな、ま、確かにはた目から見てりゃ面白くはあるけどな。新城に聞かれたら殴られるぞ」
 豊久が笑みを深め。
「――ま、俺達は面倒から足ぬけできる事を祈りましょうや」
 冬野曹長も笑う。
「……あの、失礼します、司令部からその、導術連絡が入っています」
 本部付導術士の上砂少尉がおずおずと報告するべく口を開いた。
「……」
 空気が一瞬にして凍りつく、上砂少尉の様子を見ればどのような内容か予想がつくものである。
「なんだ?」
「集成第三軍ハ近衛総軍担当戦域ノ猟兵隊ヲ突破シ後退ス、五○一大隊及び第五旅団ノ多撤退マデ独立混成第十四聯隊ハ後衛戦闘隊トシテ退路ノ確保ニ務メヨとの事です」
 一瞬、沈黙の帳がおりる。確かにほぼ全力で攻勢に出ているが、集成第三軍の傷も決して浅くはない、重砲兵隊は瓦解している故に攻勢といっても満足な火力支援はない。あくまで撤退の為の攻勢なのだからここで無駄に時間を使うよりは単独戦闘能力の高い第十四聯隊を一時的に後衛に回し、全力で叩くべきだという考えは妥当である――とうの第十四聯隊にとって以外は。
「兵達はどれほど休めた?」

「一刻程ですな。眠れてはいないでしょうが、離脱までは半刻かからないでしょうから戦闘自体はほとんどないかと。むしろ北方の騎兵どもの方が心配です」
と石井戦務幕僚が答える、近衛総軍との挟撃になるのだからそれも当然ではあるだろう。そしてその騎兵集団を相手にするのは龍州軍と近衛総軍となる筈だ。
「――まぁいいさ。この後は近衛と龍州軍が主役だ。最後に一働きしたら逃げるぞ、絶対にこれ以上巻き込まれてなるものか」


同日 午前第八刻 近衛総軍浸透発起線付近 近衛衆兵鉄虎第五○一大隊
大隊長 新城直衛少佐


 第五○一大隊の発起線への帰還を出迎えたのは近衛総軍の部隊ではなく、馬堂豊久中佐率いる独立混成第十四聯隊であった。
「出迎えご苦労様です、くらい言ってもいいぞ少佐。貴様のおかげで夜勤明けに残業しているのだからな」

「畏れ多くも華の第十四聯隊長殿にそのような事はとても申せませんな中佐殿」
顔を合わせた二人の北領帰りの将校は罵り合うように挨拶を交わした。
「はん!なにが華の第十四例隊長殿、だ。 随分と派手にやった貴様に云われたくないな
――まぁなんでもいいがな。俺達はこれで後退するぞ、近衛総軍は既に再編に入っている、後衛戦にあたるのは龍州軍と近衛だ。俺はこれでひとまず休み、後は頼むぞ」
 ふっと顔を緩め馬堂中佐が言った。
「はい、聯隊長殿。ですが、戦争と言うものは予定通りに行かない物です」
 新城はそれを嗜めるように穏やかな口調で答える。藤森が目をむいたのを見て、普段の勤務態度が目に浮かんだのか馬堂は苦笑を浮かべた。
「だろうな、だがここで傷口を広げるわけにもいかんだろうよ、そうにか傷を浅く、虎城まで逃げ切るしかない――そこからどう転ぶかは皇都の情勢次第だろうがね」

「面倒ですな、えぇ非常に面倒です。あぁ政治というのはなんとも度し難い」
 親の仇の名を呼ぶかのような口調で新城がつぶやき、今度は馬堂中佐がなだめるように言った。
「軍事も政治だよ、時に腹立たしくもなるがね ――さっきも言ったが俺たちは命からがら虎城に逃げ込むことだけを考えるべきだろうさ――いやはやお互い冬まで無事でいられることを祈ろうじゃないか」
 そして彼らもまた龍州で再び幕開く地獄へと身を投じる。



 
 

 
後書き
  
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