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一年一組相川清香、いっきまーす。

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その一

いつものように目を覚ました私は、ベッドから抜け出し両腕を伸ばし背伸びをする。
それから軽く身体を動かしてから身支度を始めた。
まずはシャワーで汗を流し、濡れた髪を乾かしたあと、壁にかけてあった今日から通うことになるIS学園の制服に袖を通す。
皺などまったくない真新しい制服。
それを自分はちゃんと着れているのかと心配になった私は、鏡の前に立つ。
鏡に映る私の姿は、白を基調とし、幅の広い襟は黒く、肩から袖にかけて赤いラインが二本入った制服を来ていた。
スカート丈は膝上二十センチくらい。
IS学園の制服は自分の好みに合わせて改造していいことになっているけど、私はそのまま。
鏡を見たついでに前髪を手櫛でとき、制服にゴミなんかがついていないか一応確かめる。
それが終わると、私は今の時間を時計で確認した。
時計は午前八時を過ぎたあたりで、入学式の時間にはまだちょっと早い気がするけど……まあ、いいか。
そう心の中で呟きながら、これからどんな学園生活が待っているのかと期待に胸を膨らませ、自分の部屋を飛び出した。

入学式が終わると私たち生徒は今日から所属することになる教室へと戻って来た。
私と背丈がほとんど変わらないように見え、眼鏡をかけ、ゆったりめの服を着た一年一組の副担任山田真耶先生が黒板の前に立ち、にっこりと微笑んでいる。
山田先生の言葉を聞けば、どうやらこれから各自の自己紹介を始めるらしい。
出席番号順なので私が一番最初になるんだろう。
山田先生に促された私は席を立つと話し始める。

「相川清香です。私の趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ。これから一年間よろしくお願いします」

といった感じで無難に自分の自己紹介を終えた。
私のあとに続き次々とクラスメイトたちが席を立ち自己紹介をしていく中、私の興味の矛先は最前列の中央に座る、この一年一組にいる唯一の男子へと移っていた。

十年前に篠ノ之博士が発明した宇宙開発を目的としたインフィニット・ストラトスと呼ばれるマルチフォーム・スーツ、通称『IS』は最近まで女性しか動かせないことになっていた。
IS操縦者の育成を目的として設立されたこのIS学園は当然ながら男子はいるはずがない。
なのに、このクラスには男子が一人だけいる。

「織斑くん」

山田先生の言葉にまったく反応を示さない。
どうしたんだろう……。

「織斑一夏くんっ」

「は、はい」

考えごとでもしていたのか、自分の名前を二度も呼ばれてようやく気づいたようで、ちょっと裏返った声を出し慌てながら自分の席を立った織斑くんが自己紹介を始める。

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

身長は……百七十センチくらいかな。
捉えどころのないような雰囲気を持つ織斑くんを見た私の第一印象は『ちょっと、かっこいいかも』だ。
あたりを見渡せば、このクラスにいる唯一の男子に興味があるのか、他の娘たちの視線は織斑くんに釘づけだ。
私もその一人だけど。
クラスの娘たちは織斑くんがどんなことを話すのだろうと期待している。
が、自己紹介の続きを一向に話す気配がない。
待たされた挙句、織斑くんの口から出た言葉は……、

「以上です!」

その言葉を聞いた私は、座っていたイスからズリ落ちそうになっていた。

スパンッという何かを叩く音が聞こえたかと思うと、織斑くんが「いっ――!?」と呻いた。
織斑くんが頭を擦っていることから、どうやら頭を何かで叩かれたらしい。
それにしてもいい音がしていたな。
織斑くんはかなり痛そうにしてるけど、大丈夫かなと心配になる。
織斑くんを叩いた人物の手には、黒くて、薄く、長方形をした物体、たぶん出席簿らしきモノが持たれている。
それが今、私の目の前で起きた織斑一夏殴打事件の犯行で使われた凶器だろう。
黒いスーツにタイトスカート、ヒールが高い靴を履いていることから背が織斑くんと同じくらいに見える。
靴なしでもすらりとした身長を持つだろう女性。
入学式で私たち一年一組の担任だと紹介された織斑千冬先生だ。
私は最初、二人は同姓なだけかと思っていたけど、織斑先生を見た織斑くんが「千冬姉」と言ったことことから二人が姉弟の関係であることがクラス中に知れ渡る。

織斑先生の弟だからISを動かせるのかな? 何て会話が洩れ聞こえてくるけど、それだとIS適性の高い女子の血縁関係にある男子は全員ISを動かせることになってしまう。
ISを動かせる男子が織斑くんだけということは、私たちには解らない何か特別な理由があるんだろう。

一時限のIS基礎理論講習が終わっての休み時間。 自分の席に座ったままじっとしている織斑くんに誰も声をかけるでもなく遠巻きに眺めるだけのクラスメイトの女子たち。
私は勇気を出して織斑くんに声をかけてみようとイスから腰を持ち上げた時、織斑くんに近づく人間がいた。
長く艶やかな黒髪をポニーテールにしているあの娘の名前は……私の席とは反対側の最前列窓際に座っている篠ノ之箒さん、だよね。
周囲からは「篠ノ之さん、抜け駆けはズルいよ」なんて言っている声が聞こえてくる。
篠ノ之さんは織斑くんの席の前に立つとぶっきらぼうに声をかけた。

「……ちょっといいか?」

「……箒?」

篠ノ之さんは話があると言って織斑を教室から連れ出した。
私は二人で連れ立って教室から出ていく姿を目で追う。
今、篠ノ之さんは織斑くんのことを下の名前で呼んでいたよね……ってことは、もしかして二人は知り合いで、しかも、かなり親しい間柄なのかな。
私も織斑くんとお近づきになりたいなぁ、何て思いつつ、私は篠ノ之さんのことを少し羨んでいた。

休み時間も終わり二時間目を告げるチャイムが鳴る。
ギリギリで戻ってきた織斑くんと篠ノ之さん。
二人の間でどんな話が交わされたのか気になってしまう。
織斑くんを見れば席に座らず立ったまま。
そんな織斑くんに悲劇が襲いかかる。
スパンッという音が教室に響き渡った。
また織斑くんが出席簿で叩かれているよ。

「とっとと席につけ、織斑」

本日二度目の出席簿アタック。
織斑くんの脳細胞が午前中だけで二万個近くも死滅したんじゃないかな。
この調子で織斑くんが出席簿アタックを受け続けたら、織斑くんは来年の今頃は姉である織斑先生のことを忘れているかもしれませんよ? と忠告したくなった。

授業が始まり静まり返った教室には山田先生が教科書を読む声だけが響く。

「ISの基本的な運用は現時点で国の認証が必要であり――」

山田先生はしばらく教科書を読んできたけど、その声が急に聞こえなくなる。
私は見ていた教科書から顔を上げると山田先生がいるだろう教卓のあたりを見た。
山田先生は教卓から離れ織斑くんのそばに歩み寄ると、織斑くんの顔を覗き込む。

「織斑くん、何かありますか? 質問があったら聞いて下さいね。なにせ私は先生ですから」

「先生」

「はい、織斑くん」

「ほとんど全部わかりません」

織斑くんの言葉に山田先生はかなり戸惑うようすを見せる。

「え……。全部、ですか?」

「……織斑。入学前に渡した参考書は読んだか?」

こう言ったのは織斑先生。

「間違えて捨てました」

織斑くんの言葉を聞いた織斑先生はすぐさま行動を起こす。
織斑くんに近づいたかと思うと、右手に持っていた出席簿を高々と持ち上げ、それは勢いよく振り下ろされる。
出席簿は織斑くんの側頭部を的確に捕らえていた。
スパンッという音が聞こえている。
織斑くん、かなり痛そう。
寝てもいないのに寝違えそうなくらいに首が変な風に曲がっているように見えるよ。
それにしても織斑くん、参考書を間違えて捨てちゃうなんて……もう、うっかり屋さんだなぁ。
織斑くんはかっこよくてうっかり屋さんというギャップ萌を狙っているのかと私は思った。

二時間目の授業が終わっての休み時間。
今度こそ織斑くんに声をかけようと思っていたのに、また先に声をかけた人間がいた。

「ちょっと、よろしくて?」

織斑くんに声をかけたのはイギリスから来たセシリア・オルコットさん。
IS学園の入試で主席、その上イギリス代表候補生。
きっと専用機を持っているんだろう。
金色の長い髪は緩くカールがかかっていて、しかもモデルさんじゃないかと思えるほどの美人さん。
日本人にはない肌の白さに青い瞳が映えていた。

織斑くんとオルコットさんの話を聞いていると、どうも織斑くんがオルコットさんのことを知らなかったのが気に入らないらしい。
いくらオルコットさんがイギリスの代表候補生だからといったって、IS好き――というか、IS操縦者の女子に興味がある男子でもなければ知らなくても不思議じゃない。
織斑くんの「代表候補生って何?」という言動から考えれば、今までISに興味がなかったんじゃないかな? だったらオルコットさんのことを知らなくても当然だと私は思う。
そうこうしている間に三時間目の授業開始のチャイムが鳴った。

三時間目の授業を始める前にまずしたことは、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めることだった。
織斑先生が言うには、クラス対抗戦に出るということはクラス委員を兼ねるという意味らしい。
生徒会の開く会議や委員会への出席もしないといけないから一度クラス委員を決めたら一年間はそのままだそうだ。

一年一組のクラス代表に最初に推薦されたのは織斑くんだ。
推薦された当の本人である織斑くんは不満そうにしていたが、このクラスにせっかく男子がいるんだから私もそれがいいと思う。

「では、候補生は織斑一夏……他にはいないか?」

この織斑先生の言葉に声を荒げ、織斑くんがクラス代表なのは不満だと表明した人物がいた。
それは誰あろう、オルコットさんだ。
聞けば、クラス代表は実力トップがなるべきだといっている。
それは確かにそうかも知れないけど……っていうか、このクラスの実力トップはオルコットさんなんだよね。
だったら、織斑くんに突っかからずに自分がクラス代表になるって言えばいいのに。
オルコットさんってもしかしてあれかな? 気になる相手にイジワルしてしまうようなタイプなのかもしれない。

ここで私は考えてみる。
私がクラス代表に立候補したとしても、神のご加護、奇跡、気まぐれでもなければクラス代表になるのは無理だろう。
だけど、クラス代表になれればクラスのお仕事とか織斑くんに色々手伝ってもらったりして自然にお近づきになれるチャンスだよね。
だったら私も……クラス代表に立候補しようかな。

「織斑先生」

「何だ、相川」

「私もクラス代表に立候補しまーす」

クラスメイトの視線が集まる中、私は織斑先生に向かって宣言した。 
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