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共に立つ。

作者:千帆
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SAO編
  口は災いのもと

「うっはー……ひっろ…」

「ちょっとポート君。そこで立ち止まらないでってば」

 アスナのホームがある六十一層の城塞都市、セムブルグはとても美しい場所だった。路面一面が白亜の花崗岩で覆われ、中心となる場所には小さいながらも堂々とした風体の尖塔を掲げた古城がその姿を垣間見せる。ところどころには丁寧に作りこまれた緑が街の白に彩りを添え、ただでさえ目を奪われるそこは傾いた太陽がさらに紫色をのせていく。夕暮れ時の路面は手前から奥にかけてその白にほのかな黄色を混ぜたと思えばそれは橙に変わり、さらには紫色の残滓を残して夜の色に染まる。その奇跡にも近い一瞬のグラデーションは到着したばかりの俺の心をがしりと掴んだ。俺にとって、とても身近なものだった水が近くに見えたからかもしれない。なんだかその景色に郷愁を感じ、わずかに目頭が熱くなった。

『いいか、―――。本当の強さってのはな……』

 気づけば立ち止まっていたらしい俺の背中を急かすように押しながら、反応の薄い俺をアスナが不思議そうに見つめる。そのはしばみ色の瞳が俺の頭に響いていたじいちゃんの声をかき消して、現実に連れ戻した。

「あ……ああ、悪いな!」

 はっとして慌てて謝ると、にやにやと嫌な感じの笑顔を浮かべるキリトと目が合った。そしてその予感はすぐに当たることになる。……主にアスナにとって。

「ちょっとお二人さんや。いい感じの雰囲気出さないでもらえるかい?」

 鈍感もここまで来るとわざとやってるんじゃないのかと思うときがある……とはいっても、俺もアスナ自身から相談を持ちかけられるまで一切気づけなかったのだが、それはもう棚の上に放り投げておくことにする。そして案の定、望まない勘違いをされたアスナが慌ててキリトに詰め寄っていった。

「キ、キリト君!?何言ってるの!?そういうのじゃないから!」

「そうだぞキリト。大体アスナが好きなのはお、むぐっ!?」

 良かれと思ってキリトの鈍感発言を訂正しようと口を開いたはいいが、すべてを言い終える前にアスナによって物理的に言葉を止められる。その強烈な衝撃に反射的に脇腹を押さえて彼女を見ると、先程の慌てようが嘘のように無表情の彼女と目が合った。仮想のアバターであるはずの身体につう、と背筋を汗が伝ったような錯覚さえ覚える。

「ポート君。後でゆっくりと剣で語り合いましょう」

「ア……スナさん。目が据わってますよ……?」

「そうかしら?」

「っ……。そ、それよりさ、早く飯にしようぜ!」

「……それもそうだね」

 しどろもどろになりながらも話題を変えた俺に、ようやくアスナが表情を緩めた。しかしその瞳は如実に彼女の心の声を表している。曰く「お前次に余計なこと言ったら分かってんだろうな」と。下手なダンジョンボスの咆哮よりも背筋を凍らせるアスナのそれに、必死にこくこくと頷く。視界がぶんぶんと揺れてさっきまでの感傷に浸っていた俺がなんだか恥ずかしくなってくるが、そんなことは二の次だ。

「にしても……ここは広いし人は少ないし、開放感あるなぁ」

 これがもし現実の身体だったら脳震盪でも起こすんじゃ無いかと思うほど、高速で頭を上下させていた俺は、キリトが背伸びをしながら言ったその言葉にアスナが反応したのを見て首肯を止めた。余計なことは言うまいと人知れず唇を噛む。噛みすぎて少し唇が痺れたような感覚がした。

「なら君も引越せば」

「金が圧倒的に足りません」

「……あ、そうだアスナ」

 肩をすくめて答えるキリトを横目に、気になることがあってアスナの名前を呼ぶと、さっきの二の舞を警戒してか鋭い視線を向けられる。分かってる、と前置きしてから、いくらか鋭さが緩和したアスナに視線を合わせた。

「大丈夫なのか?さっきはラッセルが居たから良かったけど……」

「……うん。ラッセルにはよく助けてもらってる……けど……」

 逆説をこぼして、一度言葉を切ったアスナはくるりと後ろを向くと、ブーツのかかとを何度か鳴らす。キリトもこのことについては気になっていたようで、じっと言葉の続きを待っていた。

「わたし一人の時に何度か嫌なことがあったのは確かだけど、護衛なんて行き過ぎだわ。要らないって言ったんだけど……」

「参謀にでも押し切られた?」

「……うん」

 キリトが続けた言葉に、俯いたままこくりと首を縦に振ったアスナは、沈んだ声でギルドの辿った過去を悔やむような言葉を落とす。体を半分だけ振り向かせた彼女の瞳に、どこか縋るようないろが宿る。すぐ傍で、キリトが息をのむ気配がした。アスナの視線の先に居る彼は、何を思っているのだろう。おおかた、利己的な選択をしてしまった自分の中に彼女にかけるべき言葉を探しているのだろう。数秒間にわたる沈黙を、先に破ったのはアスナだった。

「まあ、大したことじゃないから気にしなくてよし!早く行かないと日が暮れちゃうわ」

 アスナがキリトから濃紺に沈みつつある湖面に視線を移して、歯切れの良い声出して街路を歩き出した。キリトも彼女に続く。

「……」

「ポート?行かないのか?」

 数歩進んで、立ち止まったままの俺にキリトが足を止めた。アスナはキリトよりも先を歩いているからか、まだ気づいていないようだった。

「アスナ!」

 突然声を張り上げた俺に、アスナだけでなく、決して少なくはない数のプレイヤーの注目を浴びてしまう。中には驚きから立ち止まった人までいた。足を止めた彼女が長い髪を揺らして振り返る。艶やかな栗色の髪越しに、アスナと目が合った。ソロを選んだ俺に、彼女にかける言葉は無いけれど、これならあげられる。それは、いつの日にか聞いたじいちゃんの言葉。

「友達っつうのはな、共に立って、共に断つ存在だ!いつかお前の悩みが、抱えきれないものになっちまったら……その時はちゃんと、友達を頼れ!」

 驚きにアスナの目が見開かれる。ふっと口元が緩んで、はしばみ色の瞳が細められる。

「ありがとう」

「おう!……つってもじいちゃんの受け売りだけど」

 距離が離れていても聞こえた、その五文字に照れくさくなって頬を掻く。思わず付け足した事実に、キリトが苦笑気味に俺の肩を小突いた。

「それを言わなければお前、イケメンだったぞ」

「うっせ。男にイケメンだと思われても嬉しくないから良いんだよ」

「ポートはほんと、羨ましいくらい自分の気持ちに素直だよなぁ……」

 半目でキリトを小突き返して、肩を揺らした。すると腰に手をあてて、首に手をかけるキリトがぼそりと呟く。おい、聞こえてんぞ。文句を言ってやろうかと口を開くと、アスナが痺れを切らしたように声をあげた。

「ほら二人とも!早く行くよ!ご馳走作ってあげないわよ?」

「ちょ、行く!飯だぞキリト!早くしろ!」

「はいはい」

 駆け出した俺たちは、アスナを追って目抜き通りから左にあるすぐのメゾネット、彼女のホームであるそこへと急いだ。 
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