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SAO~刹那の幻影~

作者:鯔安
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第五話

 
前書き
絵も文も うまく書けない うごごごご
                   鯔安心の俳句
書き直し第五話 

 
 あたりは薄暗く、身に触る風はしっとりと冷たい。そのうえ、頭上には小さな光点が無数に点在しており、ぱっと見れば見事な星空だと思えるが、残念なことに、ここは屋外ではない。時間もちょうど正午を回ったばかりだ。
 ここは第一層迷宮区。この狂ったゲームが始まって一ヶ月ほどが経った今日、俺とシーラはいつものレベル上げをほっぽり、その上層、星空模様の空間を進んでいた。
 目的はもちろん、いまだ発見されないフロアボスへ通ずる扉の所在を、眼前に浮遊する電子のマップに写し出すこと、なのだが、今のところ、肝心のそのマップがほぼ空白で埋め尽くされている。なぜなら俺は、今日の今日までボス部屋の捜索はおろか、迷宮区に立ち入ったことすらなかったのだ。
 フロアボスを倒さなければ次の層に進めないことも、そのボスが迷宮区のどこかに存在する大部屋に湧出(ポップ)することも、もちろん知ってはいたのだが、すでに大人数のプレイヤーが乗り込み、探索しているのだ。そこにいまさら二人が加わった所で、プラスになるものなど何もないだろう。それならば(きた)る日のためにレベルを上げておいた方が、断然効率がいい。
 そんな考えの下に今までレベル上げに明け暮れ、もちろん現在進行形でその考えは変わっていない。正直、こんな経験値効率の悪いところなど来たくもないのだ。
 そんな俺がなぜここにいるかと言うと、もちろん、初日からなし崩し的にパーティーを組んだままでいるこの少女、シーラが原因だ。
 曰く、迷宮区発見から二週間も経つのに、ボス部屋が見つからないのはおかしい。曰く、元テスターで、心当たりもある自分が行った方が、他に任せているよりずっと早く見つかる。
 そんな口車にまんまと乗せられ、わざわざレベル上げを打ち切って迷宮区を探索をしている、わけなのだが――



「クルァァァァァァ!!」

「ほっ!」

 赤のライトエフェクトを纏い、襲いかかる無骨な手斧を、シーラが吐き出す息とステップだけで器用に避ける。
 金属防具が多めで比較的重装備であるくせに、ほぼレザーで身を覆っている俺よりも身が軽い。相変わらずだ。いったいどういうカラクリなのかと、以前それとなく聞いてみたことはあるが、結局、納得のいく返事は返ってこなかった。
 数週間前にある意味初対面したキリトもそうだが、やはりベータテスト経験者には、何か『強さ』のようなものがあるのかもしれない。技術的なものだけでなく、何か別の、『覇気』のようなものが。
 そんなあるかもわからない『何か』に気圧されたわけではなかろうが、シーラに攻撃を仕掛けた張本人である亜人型モンスター、《ルインコボルド・ルーパー》は、彼女にターゲットを向けたまま、じりじりと後退を始めた。
 それが三メートルほどまで達した時、唐突にそれを止める。それを見て、シーラがにやりと笑みを浮かべた。
 瞬間、人型のバケモノが、赤い(まなこ)の線を引き、こちらに向かって突進を開始した。その手には、こちらも同じく赤に輝く手斧。
 《ソードスキル》、名前は知らないが、恐らくかなり強力なものだ。技を繰り出す予備動作(プレモーション)の長さと、斧に纏わるスキルエフェクトの濃い色合いから、それがわかる。
 斧自体の速度も今までより格段に速く、先ほどのようなステップによる『回避』はシーラでも不可能だ。そう、『回避』は。
 一瞬の考察。敵が、開けた距離をおよそ半分ほどまで埋め戻した時、突然、下段に構えられていたシーラの片手剣に光が走った。と思う間もなく、その光剣が跳ね上がり、今まさに自分の身へ振り下ろされたコボルトのソードスキルと諸突した。
 飛び散る火花。
 一瞬遅れてソードスキルのサウンドエフェクトと、耳障りな金属音が鳴り響き、互いの武器が弾かれた。反動で双方の体がのけぞり、わずかに吹き飛ばされる。
 その無理な体勢で、しかもソードスキルを使用した際に必ず発生する攻撃後硬直(ディレイ)により動くことができなくなったシーラが、瞬間、同じく硬直したコボルトに歓喜の眼光を睨めつけ、叫んだ。

「スイッチ!」

 それとほぼ同時に、俺は手の中の短剣をきつく握り、今習得している中で最も強力なスキルを発動した。
 短剣スキル三連撃技《メーブショット》
 たっぷりの予備動作(プレモーション)時間を使って繰り出された俺の攻撃は、カカシと化したバケモノの弱点、喉元をきれいに三度切り裂き、残り四割ほどもあったエイチピーバーを、かけらも残さず吹き飛ばした。
 これが弾き(パリィ)防御と位置交代(スイッチ)
 敵のソードスキルを、一人が同じくソードスキルで弾き、『防御』。そこに生まれる空白の時間(ブレイク・ポイント)を利用し、もう一人が、硬直を強いられ、無防備に体をさらけ出す敵へと攻撃を行う。
 聞けばなかなかの高等テクニックであるらしいのだが、俺とシーラの相性が良かったのか、はたまた俺に合わせるシーラの実力がすさまじいのか、習得にそう時間はかからなかった。



 聞きなれたガラスを砕く効果音の後、出現するウインドウを即座に閉じると、こちらも同じくウインドウを消去したシーラが、俺の方を見るなり、呆れ顔でため息をついた。

「……ユウ、いい加減戦闘のスイッチ切りなよ。さっきのも、手出さなきゃ戦わずに済んだし……うん、一回肩の力抜いてみようよ。ほら、りらーっくす」

 聞き分けのない子供でもなだめているような、どこか抜けた声色で、シーラが俺の両肩に手をやり、深呼吸してみせた。
 一瞬、いつかにテレビで見た胡散臭い通販番組を思い出す。そのせいで余計に増した不快感に喉を鳴らすと、俺はシーラの、右肩を押さえる魔手に、両の手を乗せた。

「アホか。最前線なんだぞここ。気なんか抜けるか――それにあのコボルト、いつものサルほどじゃないけど経験値は良いんだろ?狩らないと損だ」

 言いつつ、シーラの手を引きはがそうと、両腕に力を込める。が、悲しきかな。シーラは俺とは真逆の筋力値優先のパラメータを選択しているため、貧弱な俺の筋力ではその手を一ミリとも動かすことができない。
 それでも諦めず、腕の筋力補正を全開にしていると、突如、両肩にかかる圧が倍増した。恐ろしいことに、先のが全力ではなかったらしい。たまらず尻餅をつくと、次いで頭上からシーラの声が降った。

「さっきのコボルトでここら辺のやつみんな狩りつくしちゃったんだから、次の湧出(ポップ)なんてまだまだ先だよ。だからさ、せめてそれまで休憩しようよ、きゅーうーけーいー!」

 どこの怪力幼稚園児だといわんばかりに、シーラが俺の肩を右に左にと揺する。
 いつものことだ、すぐに止むだろうと、駄々こね数秒までは右往左往する世界に甘んじる俺だったが、さすがにそれが十秒単位で続くとその限りでなく、わずかに吐き気を覚えた時点でなんとかシーラの魔手から脱出し、もちろん噴出した不快感を言葉に変え、吐き出した。

「……いい加減にしろよお前。何度でも言うぞ。ここは最前線、今俺たちが行けるエリアで最も危険な場所、最も強力な敵が出る場所だ。休憩ならこんな戦地ど真ん中じゃなく、どっかの安全地帯で言え。それに――」

 そこで俺は一つ息を吸う。
 何度も何度も、口でも心でも、自分にも他人にも、ずっと言い聞かせてきたことだ。忘れては、思い違えてはいけない。この世界は――

「このゲームは普通じゃないんだ。……遊んでんじゃねえよ」

 精一杯のドスを効かせて、後ろの一言を吐き捨てる。立ち上がり、取得したばかりの索敵スキルを発動させると、視界の端で、笑顔の消えた顔を伏せたシーラが、俺の忠告で固く結んだ唇を、わずかに開いた。

「……ごめん」



 このところ、こんなふうに嫌な空気で会話が終結することが多い。
 一ヶ月前、《はじまりの街》を出た後、俺はシーラの知識から最も効率の良い狩場を選び、かなり過密なスケジュールでレベル上げに没頭した。
 時には日の九割だったり、時にはそれこそ二十四時間フィールドを走り続けたこともあった。
 レベルが上げればその分だけ強力な敵を倒し、また上がればもっと強力な敵を求め、次々とフィールドを闊歩する。
 そんな毎日が続き、ちょうど俺のレベルが十二に達したころだっただろうか。今思えばそのころからシーラの様子がおかしくなっていった。
 俺がポーションを飲めばでかいため息をついたり、装備やらアイテムやらの補給に町へ戻れば何かにつけて文句を言い出したり、なんでもないはずの会話が喧嘩へと発展したり、といった具合に。
 技はあっても気は合わないかと、一時期本気で解散を考えたこともある。
 今の俺のレベルは十四、シーラは十五らしい。
 これは、誰ともパーティーを組まずにいる、いわゆるソロプレイヤーたちの平均よりも少し高い数字だ。
 故にもちろん、このコンビを解消して二人共ソロプレイヤーになったとしても、十分やっていけるだろう。実際、この第一層をクリアした時にそのことを伝えようとも思っている。
 その時、彼女は何と答えるのだろうか。



「ユウ!前っ!」

 緊張感を孕んだシーラの一声が、物思いへと沈んでいた俺の意識を戦闘態勢に変えた。反射的に腰の短剣を引き抜く。

「くそッ!三匹もかよ!」

 湧出(ポップ)の直後だったらしく、青の光輪を残すモンスター共を一瞥し、俺は悪態をついた。
 出現したのは《ルインコボルト・フェンシー》。先のセンチネルの上位版とも言える、片手剣を得物としたモンスターだ。
 フェンシーの操る片手剣、斧と比べれば威力は低いが、速度がかなりのもので、しかも時折二連撃のソードスキルを放ってくる。レベル的にも実力的にも、この層最強クラスのモンスターだ。
 ただでさえ強力な上に一度に三匹も現れるとは、自分の運が恨めしい。



とはいえ、俺もシーラもだてにレベル上げに邁進してきたわけではない。
最初こそ不意を突かれ焦りもしたが、力押しで一匹目を倒すころにはそれもなくなり、場の流れを二人のコンビネーションで完全に掌握し始めていた。
流れのまま二匹目もポリゴン片に変え、このまま行けば問題ないだろうと、そう思った時だった。



 ヴィーン、ヴィーン
 突如、俺の耳にいかにもな警告音が鳴り響いた。

「――!!」

 反応し、身が硬直する。と、

「クアァァァァァァッ!!」

 一瞬明転した眼前に、輝く片手剣を振りかぶったフェンシーの姿が映った。
 獰猛な笑みを浮かべる目元、口元。細いが確実に硬く盛り上がる腕。それに支えられた短い直剣。
 ――避けなければ。
 瞬間に、俺の脳はそう叫んだ。指令の一閃が脚を貫く。
 この攻撃をくらえば、恐らくヒットポイント全体の二割ほどを持って行かれるだろう。まだまだ残りには余裕があるが、敵に切られることに快感を覚える、といった性癖は残念でもなんでもなく持ち合わせていないので、やはりできるものなら回避しておきたい。回避不可能、なんていう事態ならば話は別だが、この場合はそうではない。右後方へのバックステップ。それだけで簡単に避けることができる。
 そう、頭では分かっているのに、いくら念じようとも、俺の四肢は頑なに動こうとしない。警報による本日二度目の不意打ちを、いまだに引きずってしまっている。
 何度目ともしれぬ両足の命令拒否。その時、凝視していたフェンシーの鉄仮面の奥、目が見開かれた。
 次いで、力を溜めに溜めていたヤツの剣が動き始めた。ゆっくりと、刃が俺に向かって襲いかかる。
 『避けろ』と、できうる限りの大声で念じる。だが、やはり動かない。
 今すぐ動けばまだ間に合うというのに、俺の身体は諦めたように言うことをきいてくれない。
 葛藤の内、とうとうヤツの射程圏が俺の全身を包んだ。途端、心身共に力が抜けた。フェンシーの剣が、確実なスピードで間を詰めてくる。
 いつの間にか、思考以外の時間がスローになっていたことにも気づかず、俺はただ、迫る刃を凝視し続けていた。
 もう一センチ、それだけ進めば、俺の頭部に赤いダメージエフェクトが吹き荒れる。そこまで肉薄した時だった。

「………」

 フェンシーの動きが静止した。スローモーションなどではない、完全な停止。――と、
 ぱしゃん
 なんていう間抜けな音で、フェンシーは透き通った青の細切れに変わり、消えた。
 その後ろに、

「ふー、危ない危ない。ぎりぎり間に合ったね」

 いつもの片手剣ではない、巨大なモノを肩に担いだシーラの姿があった。
 大きい。俺の知る限り、今のこの世界で最も大きな武器種は、両手用戦斧(ツーハンド・バトルアクス)だったはずだが、その巨大はそれよりももう一回り、持ち主であるシーラの身の丈ほどの大きさがある。
 それに、驚くべきはその攻撃力。シーラの台詞からして、その巨大を使い、フェンシーを消し去ったのは明白だが、記憶では、あのフェンシーにはほとんどダメージを与えておらず、ヒットポイントは八割も残っていたはずだ。
 それを、俺が硬直しているわずかな間に削り取ってしまうとは、クリティカル補正が入ったのだとしても尋常ではない。
 いったいあれは――

「秘密兵器」

 俺の心でも読んだのかというタイミング、もう何番煎じかもわからないドヤ顔で、シーラはふふんと鼻を鳴らした。

「ホントならイルファング……この層のボスの名前なんだけどね、その時にふりまわして皆びっくりさせようと思ってたんだよ。ユウにはネタバレになっちゃったけどさ……」

 わずかに伏せられた、残念そうな眼の後、シーラは、放心してリアクションの無い俺に飽きたようで、やはり肩のモノが重いのか息を吐きつつ背中を折ると、その巨大を両手へと運んだ。
 彼女は、その刃を目線で一巡りなぞりおえると、あからさまに苦い顔を作り、これまた大げさにため息をついた。

「あーあ、これ耐久値がすごく低いから、さっきのでけっこう刃こぼれしちゃったなぁー。下級品のくせしてやたらと高いんだけどなぁー」

 チラチラとこちらを見つつ、シーラは言う。その顔は苦いままに保たれているが、本心ではいつもの悪ガキに戻っているのだろう。下心を隠す気などさらさら無いらしい。
 平常を取り戻しつつあった心理で、危うく騙される前にそれをすくい取り、『それくらいなら払ってやるよ』となだめてやると、シーラ的にはそれでオッケーなのかニヤリといつもの笑みを零し、早業でウインドウから巨大をしまうと、すぐさまいつもの片手剣を腰に携えた。



「……というかさ、ユウ、さっきのアラーム音、聞こえた?」

 腰に吊るした鞘の位置が気に食わなかったのか、がちゃがちゃとそれをいじくっていたシーラが、目線をこちらに向けた。
 『アラーム』と言われてはたと思い出す。いつの間に忘れてしまっていたのか、先ほどの轟音が耳に蘇った。

「そりゃ……聞こえたさ。あんなでっかい音。むしろ聞こえてないほうがおかしい。――何だったんだ、アレは」

「アラームトラップだよ。たぶんね。こんな低層のトラップだから、そう難易度は高くないはずだけど」

 俺が尋ねることを予期していたのか、脊髄反射のごとくシーラが答えた。
 腕を組んでふんぞり返るその顔を少しばかり睨めつけ、俺は再び索敵スキルを発動させると、直線に伸びるこの空間を慎重に見回しつつ、言った。

「一応確認だ。そのアラームトラップとやら、見てみるか」

「おお!やっとユウにも戦闘以外の興味が出てきたよ!行こ行こ!」

 予想外の返答に、内心でズルッとこけそうになる。なんとか表に出すことは自重し、咳払いに紛らせて消化すると、俺は、左手に固くへばりついていた短剣をようやく腰に戻し、先に歩みを始めていたシーラを追った。
 あいにく、とうの前に音は止んでしまっていたが、シーラには方向がわかるらしい。細かな場所は総当たりするしかないだろうが、続ければ、いずれ何かしらの異常は見つかるはずだ。あんな大きな音が響いたのだから、それこそ、聞きつけたプレイヤーたちでにぎやかとなっているに違いない。



 まあ、今まで通り狩りながら探せばいいだろう。そう考えながら最初の角を曲がった時だった。異常は案外と早く見つかった。
 おおよそ五十メートルほど前方に、索敵スキルによって複数の光点が表示されていた。赤い点、攻撃的(アクティブ)モンスターを示す点が、丸く円形に並んでいる。そしてその真ん中に――
 目にした瞬間、俺は左の手を短剣の柄に回し、光点の方向へ突進を開始した。索敵のスキルを取っておらず、突進の理由はシーラには見えていないはずだが、俺がダッシュで彼女を追い抜いた瞬間に、それを察したらしく、言わずとも、その脚も俺へ続いた。 
 

 
後書き
というわけで、今回の話で書きだめ分が無くなりました。次回からはもう少しまったりと、二週間に一話更新できたら御の字、くらいのスピードになることが予想されますが、もしよければ、これからもお付き合いくださるとうれしいです。
感想、アドバイス等も、ありましたらよろしくお願いします。

色んなところで絵が描けない言ってるくせに、アップしてる絵が一枚だけってどうなんだと、思ったり思わなかったり。 
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