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絶望と人を喰らう者

作者:ルイス
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第四話 二

「なるほど、つまりあいつが全ての元凶だったのか……」

 ナナシは結月を喰らった事により、自分にされた事、健吾が元科学者の司令官……間宮と関わっていた事。
 そして、自分の実験から間宮は何かを作り出した事だ。
 何故自分が他のデセスポワール化した適合者を喰らうと記憶が蘇るのか…… 理性や感情等も取り戻す事が出来るのかは分からない。
 だが、一つ言える事は…… 奴のせいで自分がこんな姿になり、また、アリスの父である健吾を化け物に変異させた最悪な敵だという事が分かった。

「……ナナシ?」
「あぁ、すまない…… なぁ、アリス」

 だけど、それでもナナシはアリスを置いて奴と戦う事は出来ないと思った。

「どうしたの?」
「いや、何でもない」

 そう、自分達が間宮に関わらなければ、二人で静かに暮らす事が出来る。
 アリスはそれを望んでいるし、ナナシもそれを望んでいる。心の底から。
 それを実現させるにはまず、間宮に関わらない事。人間の都市であるティアティラに行かない事だ。それと、アリスに間宮が父の敵だと伏せなければならない。
 あいつが、アリスの父と結月を争わせた張本人なのだから。
 もし、無いとは思うが、アリスが復讐をしたいと言いだしたら二人で静かに暮らすという目的が消えてしまう。そんな気がし、ナナシは言葉を飲み込んだ。

「……?」
「さぁ、行こう。もうここには用が無いからな」
「うん……? ねぇ、ナナシ?」
「どうした?」
「ほんのすこしだけ…… ふいんきがかわった? なんだか、やさしくなったきが…… する」

 アリスは首を傾げながららおずおずとそう言うと、ナナシは振り向いて答えた。

「きっとそうかもな」

 数分後。
 
 道中、ナナシとアリスはデセスポワールに逃げ遅れて死んだ青年の死体を見つける。
 デセスポワールは殺した青年を喰らおうと、口を開いて牙を突き立てようとする。
 ナナシは素早くその食事に入ろうとしたデセスポワールに近づくや、尻尾を振って一閃。身体を真っ二つにしてデセスポワールを殺した。
 
「すまないが、その死体は俺が頂く」
「ナナシ、おなかすいたの?」
「いや、違うよ」

 彼は口数少なくそう答えると、死体の方へ歩み寄り、死体の背中を切り裂く。
 そして、裂けた部分からナナシは自分の身体を押し込んで、どんどん中へと入っていった。
 それは、以前ナナシが人間の状態に戻る時に一度したまるで人間の皮を着ぐるみみたいに着込む変装技である。

「あれ、なんでもどったの?」
「この人間の姿の方が色々と便利が良いからね、それに見た目も悪い」

 彼は無表情のまま淡々とした口調で喋る。
 最初は少年の姿だったが、今は短い黒髪にサラリーマンの着ているリクルートスーツで、メガネを掛けたどこか知的な雰囲気のある青年になった。
 腰にはリボルバーをぶら下げたホルスターが付いており、どこか昔この世界に居た警察を彷彿させる。

「ふーん、そうかな? でも、そっちもかっこいいよー!」
「それは良かった」
「えへへ」
 
 アリスは少し嬉しそうに頬を染めて、両手を後ろに回して身体を少し捩る。
 彼はそんなアリスを少し愛らしく思い、彼女に近づいて、頭を撫でた。

「それじゃあ、戻ろう」
「うん!」

 ナナシは警戒しながらも、アリスと一緒に仲睦まじく共に以前立ち寄った比較的崩壊していない家へと戻る。
 すると、アリスは閉じられた扉を見て「あれ?」っと首を傾げた。

「どうした?」
「わたし、ナナシがきえちゃってあわててあけっぱなしででちゃったとおもうけど……? うーん、しめたのかな?」
「多分意識せず閉じたのだろうが、警戒するに越した事は無いな、後ろに下がってろ」
「う、うん」
「折角だ、この銃を使ってみよう。これで倒せばこの身体の弔いにもなろうからな」

 彼はそう本心で言うと、ホルスターのリボルバーを抜く。
 そして、それを構えながらゆっくりと扉を開けて中へ入った。
 拳銃は構えて対象に狙いを定めて引き金を引くっという一連の動作は知識で分かっているが、実際に使った事は無い。
 銃が駄目ならすぐに変身すれば良い。
 そう思いつつ、家の中を警戒しつつ探索する。
 
 すると、その時。二階の方で何かの足音がし、ナナシはアリスを背中で庇いつつ階段を上がる。
 上り終わり、一つの扉へたどり着くと、ナナシは構えながらゆっくりと開いた。

「誰だ?」

 ナナシが問いかけて中を見る。
 部屋の中はベッドと本棚と子供机以外ほとんど置いておらず、閑散としており、窓ガラスは若干割れていて風が中に入り込んでいた。
 壁もボロボロで埃まみれのこの場所の真ん中に、アリスより幾分年上そうな一人の少女がじっとナナシを見ていた。

 少女は絹のような綺麗な銀色の長髪に、血を思わせるような深紅の瞳に真一文字に閉じられている薄い唇、血で汚れているが陶器のような白い肌をしており、服は少し薄汚れている黒いワンピースを着ている。
 まるで、人形のような少女だ。

「君はここで何をしている?」
「なにって、未来がここで待てって言った」
「未来?」
「うん、君」

 ナナシは君と指をさされ、ようやく自分の姿がその未来だという事が分かった。

 ここは、正直な事を言うか、それとも内緒にしておくべきか……

 彼はそう思い、チラッとアリスの方へ顔を向ける。
 どうやら、アリスはハラハラしながら二人の事の成り行きを見ていて、やがて決心したように話しかけた。

「は、はじめまして」
「……?」
「えっと、わたしのなまえはありすっていうの、あなたは?」
「私の名前は森下雫」
「しずくちゃん…… は、えっと、みらいっていうひととここにきたの?」
「うん、本当はティアティラに居たけど…… 間宮っていう人が何か未来にお仕事を頼んだらしい、それから逃げてる最中、そうだよね? 未来」
「すまないが記憶に無い、どうやら頭を打ってしまって記憶が無くなってしまったんだ」

 ナナシは本当の事を話せば色々面倒な事が起こりそうだと思い、すぐに無難な嘘を吐いた。
 今まで自分がずっと記憶喪失のような状態だったからある意味嘘ではないのだが。

「本当? 大丈夫?」
「あぁ、何とかな」
「それで少し雰囲気がおかしかったのか…… いいよ、ところで…… ありすちゃん? はどこで会ったのかい?」
「偶然迷子になっていたところを拾った」
「…… そうか」

 彼女はナナシの答えを聞いて、無表情で自分の長い前髪を払う。
 一瞬、何かを言いたげだったが、彼女は何も言わなかった。

「ここは少し荒れている、もし良かったらまだ破損の少ない安全な一階へ下りないか? それに、もう深夜だ。そろそろ休息を取ったほうが良い」
「そうだね」

 雫はナナシの言葉に頷き、彼らと一緒に階段を下りる。
 階段を下りながらナナシは彼女の言葉を思い出し、それを口にして呟いた。

「間宮……か……」

 一階の寝室部屋には昔夫婦で寝ていたのだろう、ダブルベッドが置かれていた。
 以前、気絶したアリスを寝かせるとき、ソファーの上だったからナナシは少し、ベッドの上にしておけば良かったっと思いつつ、彼女達を寝かせる。
 自分はリビングから椅子を持ってきて、それに座った。

「寝たかったらいつでも寝てくれ、俺は奴らが来ても大丈夫なようにずっと起きてるから」
「ナナシ、だいじょうぶなの? ねらなくてもへいきなの? むりはだめだよ……?」
「ナナシ?」
「名前が無いからナナシっという仮名をもらっている。そしてアリス、俺は大丈夫だ、安心しろ。もし確実に安全だと分かったら少し眠るから」
「そう……? ならよかった」

 アリスはそう安心した優しい声で言うと、そのまますーっと静かな寝息を立てて寝始めた。

「未来、本当に記憶が無くなったんだよね?」
「そうだ」
「それなら良かった」
「良かった?」
「うん、君はもう未来じゃなくてナナシなんだよね? なら少し聞いて欲しい事があるんだ」

 彼女はそう言うと、身体を起こして、自分の右腕をそっと彼に見せる。
 すると、雫の二の腕辺りに、小さな注射の痕があった。

「これがどうしたんだ?」
「注射痕、二日前の」

 雫はそう言うと、「ふう……」っと憂いを感じるような溜息を吐いて、それから続きを話す。

「間宮……って人物は覚えてる?」
「あぁ」
「彼がどんな研究をしていたのか…… とかは?」
「ある程度は」
「これはその研究での成果、彼曰くね。私はこの注射を打たれたせいで死ぬ事が出来ず、年を取る事も出来なくなったらしい。まあ、彼らから一度銃弾の雨を貰ったから本当なのだろうけど」

 彼女は自嘲気味に笑い、それから腕を引っ込める。

「私が外に出ている理由は自分がデセスポワールと戦えるかどうか未来を監視者として付き添わせて、実験の成果を確かめる為さ。まあ、この場所に辿り着くなり君は私を押し倒して下衆な事をやろうとしていたがな」
「それはすまない」
「別にいいさ、こちらも手加減無しで殴らせてもらったからな、君はそれで確か逃げた筈だ」

 そして、逃げ出した時にデセスポワールと遭遇し、襲われた…… そういう事か。

「以上が今までの経緯だ、いずれ奴は成果がある無しに関わらずティアティラの人間を一人残らず私のようにするだろうね」
「もしそうなれば?」
「街の住人の一割が不死身人間になって、残りの九割近くが化け物になってしまうだろう」
「そうか、しかし、今更俺達には関係無いだろ?」

 ナナシがそう淡々と言うと、雫は少し驚いた様子で、彼を見た。

「君は何を言っているんだ? 人間が絶滅してしまうのかもしれないのだぞ? まさかお前に残されていた一割の良心も消えたというのかい?」
「あぁ、その通りだ」
「…… そうか、まあいい。君が居た所で邪魔になるだけだろうからな」
「何をする気なんだ?」

 彼は訝しげに彼女へ問いかける。
 すると、雫は彼の喉元に自分の細い五本の指をまるでナイフのように素早く突きつける。

「勿論、私のような化け物になる人達を助ける為にあいつを殺す」 
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