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クリスマスの攻防

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クリスマスの攻防

                クリスマスの攻防
「何かなあ」
 ハンバーガーショップの中で詰襟の学生が席に座りながらぼやいていた。少し茶色い髪で背は普通よりやや高い位か。顔は日本人にしては彫が深くくどくも見えるがいい顔と言えばいい顔に見える。その彼がぼやいていた。
「僕達っていつも食べ物のところにいない?」
「あれ、そうかしら」
 それを聞いて目の前に座る少女が顔を上げた。
 髪を肩のところで切っているがそれがはねている。どうやら少し癖のある髪の毛らしい。顔立ちは少し幼さの残る感じである。背も低くそれがその顔に合っていた。服装はブレザーである。横に置かれた鞄を見ると詰襟を着た目の前の男子学生と同じ学校であることがわかる。スカートの丈は折り込んでいるのかかなり短い。そしてブレザーの下の黄色いセーターが目立つ。今時の服装であるがかなり目立つことは目立つ。
「気のせいよ、気のせい」
「気のせいじゃないだろ」
 詰襟の少年はそう言って反論した。いささか口を尖らせている。
「昨日はラーメン屋だったよ」
「うん」
「そしてその前はお好み焼き屋。いつもデートとか学校の帰りで一緒になったら食べてばかりじゃない?」
「そうかしら」
「今もハンバーガー食べてるし」
 彼は少女が手に持つハンバーガーを指差して言った。
「それももう三個目だよ。太るよ」
「ちょっとお」
 少女はそれを聞いて口を尖らせた。
「女の子に太るって言葉は禁句でしょ、デリカシーのない」
「じゃあ食べなかったらいいのに」
 それでもまだ言った。
「コロコロしてきたし。そんなのだと後で困るよ」
「いいもん」
 少女は開き直ってきた。
「ダイエットするから、後で」
「そして痩せたらまた食べるんだな」
「悪い?」
「いや、もうそれわかってるから」
 突き放したような言葉で返した。
「今までで。けどたまには他の形でデートとかしない?」
「他にって?」
「映画館行くとかさ。ショッピングとか」
「いつもしてるじゃない」
「そうだけれどな。けれど何か違うんだよ」
 少年はそう答えてまた口を尖らせた。
「それでその前には絶対に何か食べるか喫茶店に入るよね」
「うん」
「で、後にはまた食べる。結局食べてるじゃないか」
「育ち盛りだもの」
「それでも限界越えてるよ」
 少年ノ顔が段々憮然としてきた。
「よく金が続くよね、お互い」
「そりゃ弘樹君バイトしてるから」
「いや、智子ちゃんも」
 二人はお互いの名を呼び合った。
「それでもお互い毎日みたいに、だろ。何か僕達食べることにばっかりお金使ってるじゃないか」
「人間食べなきゃ死ぬのよ」
 智子はきっぱりとこう言った。
「じゃあ使ってもいいじゃない。そう思わない?」
「それはまあそうだけれどさ」
 それでも不満はあった。
「使い過ぎでしょ」
「お洒落とかにもちゃんと使ってるわよ」
「いや、割合で言うと比較にならないでしょ」
 弘樹はそれでも言った。
「もう全然。今も食べてるしさ」
「だから他に何に使うのよ」
「そう言われると言葉に詰まるけれどね」
 けれど言う。やはり気になるからだ。
「映画館も行くしショッピングもするし。いいじゃない」
「もっと他にないの?」
「何がしたいのよ」
 智子はハンバーガーを食べ終えた。そして手を拭きながら尋ねてきた。
「私の家にでも来るつもり?何なら手料理御馳走するわよ」
「それもいいけれどね」
「いいの」
「いや、勿論それだけじゃないけれどさ」
 ここから先は残念ながら言うわけにはいかなかった。これを男から言うことはできないと弘樹は思っていた。これもまた駆け引きである。今のやりとりも駆け引きであった。
「それはまあ」
「弘樹君の家に行ってもいいわよ」
「あっ、それは駄目」
「どうして?」
「お袋がいつもいるから。悪いけれど駄目なんだ」
「そう」
 流石にこれは気まずい。涙を呑んで断るしかなかった。
「そうだなあ」
 弘樹は考えながら言った。
「もうすぐクリスマスだし」
「鳥でも食べる?ローストチキン」
「だからそれが駄目なんでしょ」
 弘樹はそう言って智子を大人しくさせた。
「他にやることあるじゃないか」
「クリスマスだったらそれしかないじゃない」
「だからね」
 弘樹はたまりかねたように言った。
「クリスマスっていったら何かこう違うじゃない」
「どう違うのよ」
「だからさあ」
 いい加減辟易しながらも言う。
「聖なる一日っていうか」
「うん」
「せめてこの日位はそれなりに普通のデートしようよ。いつも智子ちゃんのリードになってるしさ」
「私がリードすると食べてばかりと」
「悪いけれどそれが事実だと思うよ。だから今はね」
 彼は言葉を続けた。
「クリスマスだけは僕に任せてよ。場所も考えるし」
「雑誌でも見て?」
「まあそうしたことはこっちでやるから。いいよね」
「そうね」
 智子は暫し考えた後で答えた。答えながら手にはコーラを持っている。そしてストローで吸いはじめた。
「いいわ。私は別に」
「そう、よかった」
 とりあえず第一関門は突破したと思った。だが弘樹はわかっていた。大変なのはこれからだと。まるではじめてのデートの時のようだった。その時は待ち合わせていきなり智子がケーキ屋に行こうと言って終わりだったが。思えばその時から智子は食べてばかりであった。
「じゃあ後で詳しい話するから」
「打ち合わせとかいいの?」
「それは学校でもできるし。それでもいいよね」
「うん」
「それじゃあ。それで決まりということで」
「あっ、待って」
「まだ何かあるの?」
「もう帰るんでしょ。それじゃあコーラ飲んでから」
「はいはい」
 また呆れてしまったがそれに頷いた。そして二人は智子がコーラを飲み終えてから店を出た。そして二人で帰り道を歩いていた。
 店を出るともう暗くなりはじめていた。ついこの前までまだ明るく、夕焼けが見えていたのに今ではそれはもう過ぎ去り夜の闇が近付こうとしていた。そして道も紫になってきていた。昼の赤と夜の青が混ざり合ったせいであろうか。二人はその紫の道を歩いていた。
「そういえば本当にもうすぐクリスマスなんだね」
「さっき言ったじゃない」
 弘樹はそう言いながら苦笑を浮かべた。
「いや、寒くなってきたから」
「確かにね」
 それには弘樹も同意した。
「そろそろ僕もコート出さなくちゃな。もういい加減寒いし」
「私も。クリスマスだしあったかいセーターとか出さないと」
「セーターならもう着てるじゃないか」
「これはファッションなのよ」
「ファッション」
「うん」
 智子は弘樹の言葉に頷いた。
「私セーター好きだし気こなしには自信あるしね」
「そうだったの」
 そう言いながらブレザーの下のセーターを見る。それは青いブレザーとそれと同じ色のネクタイを見事に映え立たせていた。そう言われてみればいいものである。
「それでいつも着ているのよ」
「そういえば外出の時もよく」
「そうでしょ」
 智子は次第に上機嫌になってきた。そのせいか弘樹の手を握ってきた。彼の手にほんわかとしたぬくもりが伝わってくる。冬の寒さを打ち消すような温かさであった。
「いつも着てるのよ。けれどクリスマスは別のを着たいな」
「何を着るの?」
「それはまだわからないけれど」
 それでも何か考えているようであった。智子は考える時目をあさっての方にやる。だからすぐにわかるのである。
「けれど何か。お洒落してくるから」
「期待してるよ」
「その点男の子はいいよね」
「何で?」
 弘樹は問うてきた。
「服にあまりお金も考えもやらなくていいから。女の子は大変なのよ」
「大変なんだ」
「そうよ。上だけじゃなくて下にも気を遣わなくちゃいけないから」
「けれど学校ではいつもそれで」
 弘樹はそれに対して智子の足下を指差した。見れば素足が丸見えである。少し太めだが可愛らしい足が折り込んでわざわざ短くしたスカートから見えている。
「外出の時はズボンばかりじゃない」
「それでも気を遣ってるのよ」
 智子はムッとした顔で反論してきた。気付かないうちに弘樹の手を強く握ってきていた。
「ズボンだって色々あるでしょ」
「確かにそうだけれど」
「スカートの下に履いたりして。結構これでも考えてるんだから」
「そういえばそうだったかな」
「そうだったかなって見てないの!?」
「いや、見てないわけじゃないけれど」
 失言だった。弘樹は慌てて自分の言葉を引っ込める。
「ただ、細かいところは」
「その細かいところを見て欲しいのよ」
 智子はムッとしたまま言った。
「女心ってやつよ。わかる?」
「わかったようなわからないような」
「じゃあわかりなさい。いいわね」
「それでわかるものなの、女心って」
「人間努力すれば何でもできるのよ」
 こう言い切った。
「努力すればね。不可能はないわ」
「その努力をもうちょっと他の方向に向けてくれれば」
「って何が言いたいのよ」
 実は智子は学校の勉強はあまり得意ではない。弘樹の方がよくできる。それで弘樹によく教えてもらっていたりする程である。
「いや、別に」
 だが弘樹はそれは誤魔化してきた。
「ただね」
「今度はそうはいかないから」
 どうやら気付いたらしい。それについて言及してきた。
「期末は赤点は取らないからね」
「それじゃあ頑張ってね」
「それで楽しくクリスマスにデートするんだからね。覚えておいてよ」
「服もね。楽しみにしてるよ」
「ええ、楽しみにしてて」
 そう言い返す。
「そっちもね。楽しみにしてるわ」
「了解」
 そんな話をしながら二人は紫から青になっていく道を歩いていった。そして駅で別れた。その日はそれでお別れとなった。
 翌日から智子は教室でファッション雑誌ばかり読むようになった。暇があると雑誌を読んでいる。それに気付いたクラスメイトの女の子達が彼女に声をかけてきた。
「ねえ小林」
「何?」
 彼女の姓である。それを呼ばれて顔を上げた。
「最近どうしたのよ、ファッション雑誌なんか読んで」
「漫画とかはもう読まないの?」
「今はね」
 智子はにこりと笑ってこう答えた。
「こっちの方が大事だから」
「そうなの」
「もうすぐクリスマスだしね。何がいいかな、と思って」
「クリスマスねえ」
「でしょ。やっぱりあの日だけは特別にお洒落したいし」
 わりかし純粋な乙女心であった。だがクラスメイト達はそれを聞いて気付いた。
「もしかして平畑君とのデートの為に?」
「えっ、それは」
 図星であった。顔だけは赤くはならなかったがギクッとした顔になる。
「それは、ねえ」
「まあ言わなくてもいいけれど」
 クラスメート達はここで一旦引いた。だが自分の机に座る智子を立って囲んだままであった。
「まあ大体はね。わかるような」
「ちょっと、そんなんじゃないわよ」
 否定しようとしたが肯定してしまった。これは智子の失策であった。
「あら、そうなの」
「そ、そうよ」
 しまった、と思ったが今更否定したところでどうにもなるものではない。
「そんなのじゃないからね、本当に」
 墓穴であった。さらに言ってしまった。こうなってはもうどうしようもない。
「はいはい」
 クラスメイト達はあえてにこやかな顔でその必死の弁明を聞き流す。もう勝敗は明らかであった。
「それで聞きたいのだけれど」
「何?」
「クリスマスは何処へ行くの?」
「まだわからないわよ」
 こうなっては観念するしかなかった。憮然とした顔で答える。
「そっちは弘樹君が考えてくれるらしいけれど」
「そうなんだ」
「とにかくこっちは服を選ぶので忙しいのよ。何を着ようかなって」
「ゴスロリとかどう?」
 クラスメイトの一人がこう提案してきた。
「小林ってラフな格好が多いから。たまにはね」
「ちょっとそれは」
 だが智子はそれには乗り気ではなかった。
「何か。ケバケバしいし」
「あの派手さがいいんだけれどね」
「私の趣味じゃないし弘樹君の趣味でもないと思うわ」
「じゃあゴスロリはなしか」
「ピンクハウスも駄目ね」
「あんな乙女チックなのはどうも」
 これにも乗り気ではなかった。
「何か。恥ずかしい」
「贅沢ねえ」
「じゃあ何がいいのよ」
「それがわからないから困ってるのよ」
 憮然とした顔のままこう言う。
「どんなのがいいかなって」
「まあ悩んでみたら?」
 この中の一人がここでこう言った。
「それで何か出るならね」
「ううん」
「それにそのまま二人でホテルに行くことになるかも知れないし」
「ちょ、ちょっとそれは」
 今度は顔が真っ赤になった。
「それはないわよ、絶対に」
「あら、わからないわよ」
 クラスメイト達は意地悪そうに言う。
「クリスマスだしね」
「平畑君も男だし」
「それはまあそうだけれど」
 けれどそれだけはないと思った。正確に言うと思いたかった。
「それでもまだ」
「何、じゃあまだ何もないの?」
「キスもまだなの?」
「悪い?」
 何とか逃げたかったがそれはできなかった。口を尖らせて居直ることしかできなかった。
「だってまだ早いし」
「私中学の時に済ませたわよ、今の彼氏と」
「私も去年。私は別れちゃったけれどね」
「それでもよ」
 それでも智子は何か抵抗があったのである。
「私、デブだし」
「気のせいよ」
「そんなに太ってないよ。何なら脂肪率とか体重と身長比べてみたら?小林って全然デブじゃないよ」
「気休めはいいわよ」
 何かすねてきた。
「自分がよくわかってるから。こんなデブじゃ弘樹君に悪いわ」
「それじゃあダイエットしたら?」
「してるわ。けれど」
 痩せたらその側から食べてしまうのである。そして太ってまた痩せる。これの繰り返しである。智子は痩せ易く、また太り易い体質なのである。本人はそれも気にしているのだ。
「それでもね。すぐ太っちゃうし」
「食べるの止めたら?控えるなりして」
「それはちょっと」
 耐えられそうにもない。食べるのが最大の喜びであるのにそれは辛かった。
「それじゃあどうしようもないわね」
「けれど考え過ぎよ」
「考え過ぎ?」
「そうよ。男の子ってね、案外わからないものなのよ」
 クラスメイトの一人が皆の顔を集めてヒソヒソと囁く。周りの目と耳を気にしてであるのは言うまでもない。
「私だってそうだったし」
「あんたもうやっちゃったの」
「まあね」
 さりげなく誤魔化す。だがそれでも顔は赤くなっていた。
「その時今よりずっと太ってたけれど。彼氏気付かなかったから」
「へえ」
「今と全然体形違ってるけどわからなかったから。今でも気付いていないし」
「男の子ってそうなんだ」
「したってだけでもう満足、感謝感激って状態みたいだったから。案外気付かないものなのよ」
「そうなの」
「そうなのよ。だから小林も心配しなくていいよ」
「じゃあクリスマスは平畑君と」
「宜しくやりなさいよ」
「どうしてそうなるのよ」
 不平はあったが押し切られる形となった。とりあえず智子はホテルか何処かムードのいい場所を弘樹に言うことになった。だが弘樹はそれには気付いていなかった。黙々とテスト勉強とクリスマスの予定について計画を練っていた。こうして時間は過ぎていった。
 やがてテストになりそれも終わった。弘樹はこの関門を何なくクリアーし、智子は苦しみながらも何とか突破した。そして遂にクリスマスその日が近付いてきた。
「いよいよだね」
「うん」
 テストが終わったその日二人は喫茶店で打ち合わせをしていた。弘樹は紅茶を飲み智子も同じものだ。今日はどういうわけかケーキ等は頼んでいない。そして弘樹と同じ紅茶を飲んでいる。しかもそこに砂糖もクリームも入れなかった。
「何かあったの?」
 弘樹はそれが気になり尋ねた。
「何が?」
 智子はそれを受けて不思議そうに顔を上げた。だが一言も発しない。
「いや。今日はやけに少食だと思ってね」
「ちょっとね。テストが終わって疲れてるから」
「そうなんだ」
「そうそう。だから気にしないで」
「うん」
 頷きながらも少し気にかかった。いつもなら疲れているからと余計食べるのに。今日は何かが違っていた。それが気にはなったがここは智子に押し切られる形となった。
「クリスマス何処に行くことに決めたの?」
「それだけれどね」
 弘樹はそれを受けて自分の鞄から雑誌を取り出してきた。そしてそれのページをめくる。
「ここにしようと思うんだけれど」
「そこなの」
「どうかな」
 見ればそこは県でも有名なテーマパークであった。若いカップルのデートスポットとして有名でもある。
「ここならいいと思うんだけれど」
「そうね」
 そこなら問題はないと思った。智子としても反対する理由はなかった。
「そこでいいわ」
 それに頷くことにした。それでいいと思った。
「じゃあここにするよ」
「うん」
 頷きながらも智子はそのテーマパークの周りについて考えを巡らせていた。若いカップルのデートスポットであり周りにはレストランや様々な外食の店が多い。そして別のものもある。
(ホテルもあった筈よね、確か)
 子供の頃は家族で、そして中学生になってからは友達と一緒によく行った場所である。行くのは今回がはじめてではない。だから周りにどんなものがあるのかは大体わかっている。おおよそのことはわかっていた。
(あそこがいいかな)
 その中の一つのホテルが頭に浮かんだ。外見はお城のようで可愛らしい感じである。
(はじめてだしね、やっぱり最初は)
 可愛い感じのホテルに入りたかった。そう考えていた。だがその考えは中断されてしまった。
「智子ちゃん」
 弘樹が声をかけてきたのだ。智子は自分の考えを打ち切って彼に応えるしかなかった。
「何?」
「あ、いや。どうしたのかなあって思って」
「ちょっと考え事をね」
「考え事?」
「うん」
 答えながら実は時間を稼いでいた。そして次に言う言葉を探していた。
「何処に行こうかなあって」
「テーマパークだしね。色々あるからね」
 その誤魔化しにどうやら気付かなかったようである。弘樹は疑うことなくそう言葉を返してきた。
「そうなのよね」
(危ない危ない)
 智子は答えながら内心ちょっと冷や汗をかいていた。今気付かれるわけにはいかないと思っていた。
「何処がいい?」
「ジェットコースターなんかいいよね」
「まずはそこだね」
「あとは観覧車」
「オーソドックスに」
 このテーマパークの観覧車は有名である。智子はそこに行った時いつもそれに乗る程気に入っているのである。
「コーヒーカップと。他はその時に決めればいいかな」
「お化け屋敷はどう?」
「あそこのお化け屋敷はね」
 そう言って苦笑いを浮かべた。
「恐くないから。別にいいわ」
「そう」
「やっぱり恐くないとね。面白くないじゃない」
「よかった」
 弘樹はそれを聞いて胸をホッと撫で下ろした。どうやら彼はそれが苦手であるらしい。
「それじゃあお化け屋敷は行かない、と」
「うん」
 念を押してきた。智子もそれに頷いた。彼女は彼女で弘樹のそうしたところには気付いていなかったが。
「後はその日で決める、と」
「アバウトでいいじゃない。どうせその日になるとわからないこともあるし」
「それはそうだけれど」
 弘樹は釈然としないところがあったがそれに同意することにした。デートの時はいつもこうである。智子が引っ張る形になる。それはいつものことであるのでもう慣れていることであったのだ。
「それじゃあまあそういうことで」
「うん」
 これでおおよそのことは決まった。待ち合わせの場所と時間も決めた。こうして彼等はその日を待つことにしたのであった。
 そしてクリスマスの朝。弘樹はテーマパークのある駅の入口で智子を待っていた。髪の毛を櫛で整え服も膝までの黒いコートに赤いジャケット、そして黒いカッターにズボンというかなり背伸びした服装であった。靴も皮で黒である。無理をしているとも見える姿であった。
 入口の前で智子を待つ。時計を見ればもう来てもいい時間である。
「来るかな、約束通り」
 弘樹は少し不安になった。智子は時間にルーズで遅れることも多いのだ。学校での遅刻も多い。だからいささか不安なのである。
 彼の周りではカップル達が並んでテーマパークの方に歩いていた。クリスマスは楽しい場所、ムードのある場所で過ごしたい、その思いはどうやら皆同じようである。そしてその中には弘樹と智子も入る予定である。
 あくまで予定ではあるが。智子が若し来なかったらそれは終わりである。流石にすっぽかしたことはなかったが不安であるのには変わりがない。弘樹はかなりそわそわしていた。
 電車が止まった。そして中から人が出て来る。見ればやはりカップルばかりだ。彼はここに智子がいるのかな、と思った。正確に言えばいて欲しいと思った。
「どうかな」
 彼は期待した。その期待が裏切られる可能性もある。だが今回は期待は彼を裏切らなかった。
「お待たせ」 
 智子の声がした。彼はそれを受けて駅の改札口を見た。見ればそこに彼女がいた。
「あ・・・・・・」
 弘樹は智子を見て声をあげずにはいられなかった。それ程今の智子は普段とは違っていたのだ。
 髪形はいつもと変わらない。だがしっかりと櫛も通し、綺麗にまとめている。整髪料で濡れた感じにしていた。
 顔も何処か違っていた。白く、そして唇がほんのりと赤い。あえてうっすらと化粧をしているようであった。
 服は膝を隠すまでの光沢のある硬い生地のスカートで黒いブーツを履いている。そしてブラウスは白でかなりラフに着こなしている。そしてその上から皮のハーフコートを着ていた。
「ん?どうしたの」
「いや、ちょっと」
 いつもとは全く違う感じの智子に唖然としたとは言えなかった。だがそれは智子に見抜かれていた。
「驚いた?」
「えっ、何に」
「私の格好に。勉強してきたのよ」
「ファッションを?」
「そうよ。この日の為にね」
 くすりと笑ってそれに応える。
「いいでしょ、なかなか」
「うん」
 認めたら負けであるが認めてしまった。
「色々とね。雑誌読んだのよ。苦労したんだから」
「クリスマスの為だけに?」
「まあね。だってこの日は特別だから」
 そう言いながらも主導権を握りにかかってきた。弘樹の手に自分の手を絡める。
「努力したんだから。弘樹君も努力の結果見せてよね」
「う、うん」
 と言ってもこうなってしまっては智子に従うしかなかった。彼は智子に言われるままテーマパークに入った。そしてその後は全て彼女のペースであった。気がつけばもうお昼を過ぎていた。
「ねえ」
 二人は軽食を摂っていた。サンドイッチにコーヒーで軽い昼食を摂っていたのである。
「ここが終わったらどうするの」
 二人は店の外の席に向かい合って座っていた。智子は前に座る弘樹に対して問うてきた。
「ここが終わったら?」
「そうよ。それで終わりってわけじゃないでしょ」
「まあ」
 それを言われてしまった、と内心思った。実はテーマパークのことばかり考えていてその後のことは全く考えていなかったのであった。迂闊であった。
「どうしようかな」
「どうしようかなって」
 呆れた声を出してはみせたが実は内心やったと思っていた。智子は言葉を続けた。
「まさかそれでバイバイってわけじゃないでしょうね」
「駄目かな」
「駄目に決まってるでしょ。今日は何の日だと思ってるのよ」
 怒った声を出してみせてはいるが心の中では違う。
「クリスマスよ、クリスマス」
「うん」
 弘樹は押されるがままに頷いた。
「こんな日にテーマパーク行ってそれで終わりだなんて。何もわかってないわね」
 そう言いながら密かに弘樹を挑発する。そして弘樹はそれに乗ってきた。
「じゃあどうすればいいんだよ」
「何も考えてなかったの?」
「そりゃあ」
 本当に何も考えていなかったから答えられる筈もなかった。口から出まかせを言ってもとても誤魔化せる状況でないのは智子の態度から明らかであった。弘樹は観念していた。
「御免」
「あっきれた。じゃあクリスマスなのにここで終わりなのね」
「好き放題言ってくれるけどさ」
(やった)
 また怒った弘樹を見て智子はほくそ笑んだ。ただし心の中で。
「何?」
「そういう智子ちゃんは何か考えているの?」
「勿論よ」
 智子は胸を張ってこう答えた。これで勝ったと思った。デートは何時の間にか勝負になってしまっていた。
「そうじゃなきゃ来ないわよ」
「ここにまで」
「ええ。まあその時は任せて」
 内心会心の笑みを浮かべずにはいられなかった。
「悪いようにはしないから」
「それって悪いようにする時の言葉じゃないの?」
「そうだったかしら」
 ここではあえてとぼけてみせる。
「少なくとも弘樹君には悪いようにはしないわよ」
「それ以上に智子ちゃんにもだね」
「それは当然でしょ」
 居直ってももう勝利は動かないと確信しているからこそ言える言葉であった。
「まあ安心してよ。本当に悪いようにはならないから」
「どうするつもりなのさ」
「まあそれはその時になってからのお楽しみ」
(その為に背伸びしたんだから)
 智子が勝負をかけてきたのは外の服装だけではなかったのだ。中の服装もである。むしろこちらの方が彼女にとって切り札であると言ってよかった。だが今はそれは出さない。
(見ていらっしゃい)
 智子はその時の勝負に意気込んでいた。
(これで弘樹君に勝ってやるんだから)
 そう思いながらデートを続けた。午後は弘樹の予定通りのコースを周り過ごした。そして夕方になった。
「そろそろ終わりね」
 智子は暗くなってきたテーマパークを見回しながら弘樹に声をかけてきた。
「この後はわかってるわよね」
「うん」
 やはりとりあえず頷く。弘樹はそれでも言った。
「その前に見て欲しいものがあるんだけれど」
「何かしら」
「二つあるんだけれどね」
「二つ」
「うん、まずはこれ」
 そう言いながら懐から何か出してきた。
「僕からのクリスマスプレゼント」
「クリスマスプレゼント」
「うん。メリークリスマス」
 そして智子の首にそれをかけてきた。
 それはネックレスであった。銀の小さなネックレスであった。雪の結晶を形作ったものであった。
「クリスマスだからね。雪のにしたんだ」
「そうだったの」
 智子は自分の首にかけられたその小さなネックレスをまさぐりながら応じていた。見ればそれは暗くなっている中でキラキラと光っていた。まるで氷の様に。
「どうかな。気に入ってもらえたら嬉しいけれど」
「気に入らない筈ないでしょ」
 智子はそう答えた。
「こんなもの貰えるなんて」
 捻くれた様子で反撃しようにもできなかった。ここは負けを認めるしかなかった。
「有り難うね」
「どういたしまして」
「それでもう一つは何なの?」
 智子は落ち着いた後でこう尋ねてきた。
「二つあるって言ったけど」
「もうすぐわかるよ」
「もうすぐ」
「うん。ここのテーマパークのイベントでね」
 弘樹は説明をはじめた。
「クリスマス限定のがあるんだ」
「そんなのあったの」
 これは初耳だった。
「うん、そうだよ」
「一体どんなの、それって」
 この時智子はそれを知らなかったのを迂闊とは思っていなかった。特にこれが何なのかも考えてはいなかった。これが彼女にとって敗因になるとは知らなかったのだ。
「だからもうすぐわかるって」
「けど何なのよ」
「ほら」
「ん!?」
 話をしているうちにもう真っ暗になっていた。濃い紫の空には次第に星が見えようとしている。だが智子の目には星よりも先にあるものが目に入ったのであった。
「あ・・・・・・」
 それは無数の光の瞬きであった。夜の闇に包まれたテーマパーク全体にイルミネーションが輝いていたのだ。
「クリスマス限定でね」
 弘樹が説明をはじめた。
「やってるらしいんだ。イルミネーションだよ」
「綺麗・・・・・・」
 弘樹の言葉は耳に入ってはいたが半分は届いてはいなかった。智子はそのイルミネーションの輝きに目と心を奪われてしまっていた。
「これが二つ目なのね」
「うん」
 弘樹はそれに頷いた。
「気に入ってもらえたかな、これも」
「気に入らない筈ないじゃない」
 智子はこう答えた。
「こんなの。考えもしなかった」
「何処がいいかずっと考えていたんだよ」
 弘樹はまた言った。
「そうしたらここがクリスマス限定でイルミネーションやってるって読んでね。それでここにしたんだ」
「クリスマスの贈り物に?」
「そうだよ。何かこれは考えてなかったみたいだね」
「それはね」
 その通りであった。智子はイルミネーションを見上げたまま頷いた。
「何か。夢みたい」
「ありきたりな言葉だけれど夢じゃなくて本当だよ」
 弘樹は言った。
「クリスマスだけの。特別な光なんだ」
「特別な」
「それがわかったから選んだんだ。正解だったみたいだね」
「ええ」
 智子はまた頷いた。
「有り難う、弘樹君」
 そして礼を言った。
「こんなクリスマス、はじめてよ。こんな綺麗なのが見られるなんて」
「僕も」
 そう言いながら智子に肩を寄せてきた。
「いい?」
「うん」
 智子はまた頷いた。そして弘樹に肩を預けた。
 弘樹に肩を抱かれる形となった。それでもう二人は一杯であった。智子は完敗だと思ったがそれでも満足していた。もう全てが満ち足りていた思いだった。
「あ・・・・・・」
 だがそれだけではなかった。ここで光とは別のものが目に入って来た。
「雪」
 そう雪であった。雪が少しずつ二人の肩に舞い降りてきたのだ。それはゆっくりと二人の肩に降りる。そして白から銀になり溶けていった。
「流石にこれはプレゼントじゃないよ」
「わかってるわよ」
 智子はくすりと笑って弘樹の言葉に頷いた。
「これは幾ら何でも無理よね」
「うん」
「けど・・・・・・嬉しい」
 智子はにこりと笑って言った。
「何か。食べるのよりもいい」
「そうだね」
「こんなデートもあったんだ。今日は何か凄く不安だったけれど」
「不安だったの?」
「だって。食べることと遊ぶこと以外に何があるんだろうって思ってたから。ショッピングとかもないし」
「まあテーマパークだから」
「それでもこんなのが見られるなんて。デートっていいわね」
「うん。何かここまでなるとは僕も思わなかったよ」
「雪のことね」
「これはね。幾ら何でも」
 弘樹は優しく笑っていた。智子はその笑顔を見ただけで満足だった。
「ねえ弘樹君」
 そして声をかけてきた。
「何?」
「今日は最後までここでいようよ」
「いいの?何かあったんじゃ」
「あっ、何でもなかったから」
 智子はホテルに行くことはもう諦めた。
「何でもないから。ここに比べたら」
「そうなの」
(下着は無駄になったけれど。もうそんなのどうでもいいや)
 心の中ではこう思っていた。実はこの日の為にとっておきの下着も用意してきたのだ。黒いショーツとブラである。大人の女の人が身に着けるようなものだ。それにガーターストッキング。かなり武装してきたのだ。
「ずっとね。見ていたいね」
「うん」
 弘樹はまた頷いた。
「二人でね」
「そうだね」
 そのまま二人は心ゆくまで光と雪の中にいた。二人のクリスマスはこうして過ぎていった。それは何時までも二人の心に残ることとなった。
「それで何もなかったのね」
 クリスマスも冬休みも終わり新学期となった。その時の話を智子自身から聞いたクラスメイト達は拍子抜けしたようにこう言った。
「冬休みの間も」
「うん」
「結局何もなし」
「デートしただけよ。悪い?」
「悪くはないけれど」
 そうは言ってもまだ言いたい。
「あっきれた。結局そういうことはなしだなんて」
「子供よねえ、小林は」
「相変わらずって言うべきかしら」
「子供っていうのはどうかしら」
 智子は自分の席の周りに立っているクラスメイト達に対して言った。自分は腰掛け肘をついて左手の甲の上に顎を乗せている。そしてこう言葉を返してきたのだ。
「大人にってそんなのだけじゃないでしょ」
「あら、言うわね」
 クラスメイト達はそれを聞いて面白そうに笑った。
「今までデートっていえば食べてばかりだったのに」
「じゃあ何が大人だっていうのかしら。答えて欲しいわね」
「それはデートしてみればわかるわ」
 智子はくすりと笑ってこう返した。
「それでわかるわよ」
 そう言いながらクラスメイト達を見上げる。その目はもう冬休みまでの智子の目ではなかった。
「そんなものかしら」
 クラスメイト達は智子のその態度と目を見て顔を見合わせた。そしてこう言い合った。
「どうなのかなあ」
「わかると思うわよ、本当に」
「キスとかもなしに?」
「キスなんてしなくてもね」
 智子はキスも否定した。
「あんた達の言う大人になれるわよ」
「ということはキスも結局まだなのね」
「ええ」
 それは認めた。
「だってそんなの必要なかったから」
「そんなデートもあるの」
「あんたはまたそればっかりじゃないの」
 一人こう言ったが他のクラスメイト達に窘められてしまった。
「たまにはホテル以外に行ったら?」
「あっ、しまった」
「ホテルに行かなくてもいいじゃない」
 智子はそれに対しても言った。
「ホテルなんかに行かなくてもデートはできるわよ」
「そりゃまあそうだけれど」
「大事なのはね、勝負なのよ」
「勝負?」
「そう。それでね」
 智子は言った。
「勝っても負けてもいいわ。そこからあんた達の言う大人になれるかもよ」
「そうなんだ」
「そうよ」
 智子は最後にまた笑った。
「大人になれるのはね、ちょっとしたことがあればいいのよ」
「ちょっとしたこと」
「そう。私はクリスマスだったけれどね。まああんた達も私みたいなデートしてみたら?」
 そう言ってくすりと笑った。そしてそのまま雑誌を開いた。クリスマス前に読んでいた雑誌だ。
「こんなの読みながらね」
「それ読んだらいいの?」
「読んで見つけるのよ。それをね」
 クラスメイト達を周りに集めて言う。言いながら心の中では今度は弘樹に勝とうと思っていた。
 しかし同時に勝っても負けてもいいと思っていた。それでまた何かを見られたら。智子は今それをデートに見ていたのであった。

クリスマスの攻防   完


                   2005・11・5 
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