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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第94話 闇にひそむもの

 
前書き
 第94話を更新します。

 次回更新は、
 8月13日 『蒼き夢の果てに』第95話。
 タイトルは、『オメガの扉』です。
 

 
「オルレアン大公家当主シャルロット様」

 暗闇の向こう側。深い木々の海原が始まるその場所から掛けられる女性の声が、冬の属性により強く冷やされた夜気に染みわたる。
 女性……いや、この声の主はよく知って居る。以前は毎日のように聞いていた声。

「お迎えに上がりました。さぁ、シャルロットさま、私の手を御取り下さい」

 普段は自分の事を『あたし』と表現する彼女が、何故か今は『私』と表現しました。
 これは……。これはおそらく、今の呼び掛けは私的な。友誼の元に呼び掛けて来たのではなく、公の人物として。家の名前や、国の名前を背負う立場の人間として話し掛けて来たと言う事。

 自らの相棒に向けていた視線を、森の入り口……灌木の影から現われた赤毛の少女へと移す俺。
 但し、俺に出来るのはそれだけ。何故なら、その赤毛の少女は俺にではなく、俺の相棒の少女の方へと話し掛けて来たのです。俺が答えて良い内容では有りません。

 ふたりの距離は五メートル程度。タバサは俺の傍らに立ったまま動く事はない。僅かに吹き寄せる真冬の風が彼女の蒼き髪の毛を揺らし、魔術師の証たる漆黒のマントをはためかせる。そう、何もかも普段のまま。静謐と彼女独特のペシミズムを感じさせるその姿は何時も通りの彼女そのものであった。
 対して……。
 対して、彼女に向け右手を差し出した姿のまま、闇と月光の支配する世界の境界線上に立ち尽くす彼女……キュルケの姿は、普段の少し人を喰ったかのような雰囲気は鳴りを潜め……。
 まるで繋いでいた手を離して仕舞った(まよ)い子のようであった。

 蒼の少女が支配する静謐の時間がゆっくりと過ぎ去った後、彼女は小さく首を横に振る。
 この場にキュルケが現われた事、更に彼女の前では偽名しか名乗っていなかった自らの事を、オルレアン家のシャルロット姫と呼んだ事に対する驚きも発する事もなく。

 それにタバサは、キュルケが自分の手を取れ、と言った意味もちゃんと理解しているのでしょう。

「状況が理解出来ないのは判るわ。でも、このまま進めば、ガリアは無事には済まない」

 キュルケは更に一歩踏み出し、やや暗い森の入り口から、冬枯れとは言え多くの樹木に覆われた森にぽっかりと開いた空間。テスカトリポカ召喚の儀式場として選ばれた泉の畔へと足を踏み入れた。
 服装は以前のまま。トリステイン魔法学院の制服の白のシャツに黒のプリーツスカート。魔術師の……貴族の証でも有る黒のマントに、右手にはオーケストラの指揮者と同じような形の魔術師の杖。

 但し雰囲気が……いや、完全に変わったと言うよりは、普段他者に見せて居る強い面ではなく、むき出しのままの彼女が表面に現れているような気が……。

 そうして、

「ふたりの身の安全は私が保障します」

 だから私の手を取って、一緒にゲルマニアに来て。最早、懇願するかのような色を帯びたキュルケの声が、白に覆い尽くされつつある世界に響く。
 しかし――

 夜の闇の下、ゆっくりと首を横に振り拒絶の意を伝えるタバサ。そうして、

「貴女の方こそ、わたしの手を取りガリアに来て欲しい」

 キュルケと同じように右手を差し出し、自らの親友に対してそう告げる。
 幼いと表現してよい少女が、正面に立つ親友を見つめるにしては、少し違和感を覚える視線を向けたままで……。

「何時でもあなたはつまらなそうにしていた。それは、自らの取り巻きに囲まれ、女王のように振る舞っている時も、わたしに対して話し掛けている時も……。
 そして、わたしを胸に抱き締めて居る時も変わりはなかった」

 他の物音が途絶えた白と蒼の世界に響くタバサの声。まるで人形のような整い過ぎた顔立ち。硝子越し、更に感情の起伏を感じさせない青玉の瞳で自らの親友を見据えて。
 いや、彼女が発して居る感情は……憐憫か。

 このふたりの距離はたった五メートル。しかし、それは永遠に等しい距離。少なくとも、今のタバサにガリア(故郷)と縁者を捨ててゲルマニアに亡命する事は考えられない。
 貴族としての生活は望んでいなくても、彼女が今まで生きて来られた理由。更に、今まで貴族として暮らして来た矜持や責任と言う物を放り出す事が、今の彼女に出来る訳は有りませんから。

 彼女。タバサの生き方の基本は騎士で有り、貴族で有りましたから。
 今までも。そして、これから先も。

 少なくとも、騎士道に反する行い。謂れなき暴力を振るおうとしているのはゲルマニアの方。確かに、ロマリアが言うように神の怒りとやらに因って大陸が浮遊する可能性もゼロでは有りません。……が、しかし、その原因の部分。精霊力の暴走に因ってアルビオンが浮遊している状況ではない事は、その精霊の王と言うべき存在たちの証言や、アルビオンの環境などからほぼ確実。
 ならば、少なくとも、その大地が浮遊する原因をちゃんと説明をするのが先でしょう。

 兵は国の大事。死生の地、存亡の道なり。……と言われて居ます。このような重要な事を、そんな起きるか起きないか判らない、ましてや原因が神の怒りと言うのなら、現状でその神の怒りに因り浮遊島と化して居るアルビオンに人が暮らして居る事さえ不思議な状況だと言わざるを得ない説明で軽々に判断して、ロマリアに追従する事など出来る訳がないでしょうが。
 まして以前の聖戦に置いて、エルフ懲罰軍の軍隊がガリア国内を大人しく通過するだけで終わらなかった歴史も有るようですから。

「――だから言ったでしょう、アウグスタ。彼女らに亡命を勧めたとしても受け入れられるはずはない、とね」

 キュルケの後ろ。灌木に因り隠された森の中から新たに現われる人影。身長は俺と同じぐらい。髪は暗がりである事を差し引いたとしても黒であろうと言う事は容易に想像出来る頭髪。
 服装はこの真冬の夜中である事から考えると余りにも軽装であると言える、濃緑のブレザーに白のワイシャツ、ワインレッドのタイ。そして、黒のスラックス姿。
 まるで、日本の一般的な高校生のような服装。……と言うか、この服装はゴアルスハウゼンの村に現われた、自らの事を名付けざられし者だと名乗った青年とまったく同じ服装。

 そうして……。

「お久しぶりですね、忍さん。それに、シャルロット姫」

 謎の東洋的微笑みと共に登場した男性。色々な事件の背後に見え隠れする存在。

「自称ソルジーヴィオさんの御登場、……と言う訳か」

 額にナイフか何かで刻み込んだかのような傷……。まるでルーン文字を刻み込んだかのような傷をこちらに見せる青年に対して、かなり疲れた者の雰囲気でそう口にする俺。
 そして、ため息を吐くかのようにひとつ息を大きく吐き出す。戦闘が終わり、テスカトリポカの魔界から供給されて居た、穢れた……。俺に取っては有害と成りかねない呪力は、異界に繋がる次元孔が閉じた――元アルマンの魔物が倒された事により少なく成ったとは思います。が、しかし、それでも周辺の浄化を完全に行った訳ではないので、この行為は多少のリスクを伴う行為なのですが……。

 それでも、これから行う会話の前には必要な儀式。それぐらい重要な……更に気の滅入る問い掛けを行う心算ですから。
 それは……。

「もっとも、こう呼ぶべきですかな。神聖ゲルマニア帝国次期皇帝ヴィルヘルム一世と、その未来の后アウグスタ皇后……と」

 いや、もしかすると国名を俺の暮らしていた世界の歴史上そうで有った名前に改めた上で、初代皇帝とその后と成る人物の可能性も有りますが。
 どちらにしても、地球世界の歴史の悪意あるパロディ化と言うべき事態でしょうが。

 もっとも、これは当てずっぽう。そもそも、清教徒革命当時のドイツにヴィルヘルム一世も、アウグスタ皇后も存在していません。

 俺の当てずっぽうの推測を聞いた瞬間。ソルジーヴィオと名乗った青年の雰囲気は変わらず。相変わらず、意味不明の薄ら笑いを浮かべた顔をこちらに向けるのみ。そして、その傍らに立つキュルケの方も表面上は変わる事はなかった。

 しかし……。

 しかし、表面上は落ち着いた振りをして居ながらも、心の中は表面上ほどには落ち着いていない事が判るキュルケ。彼女の反応から察すると、先ほどの俺の推測はそんなに外れていなかった、と言う事なのでしょう。
 それに、先ほどのタバサの台詞。キュルケがずっと不満げだったと言う内容と、史実上でヴィルヘルム一世とアウグスタ皇后との結婚は正に政略結婚。ヴィルヘルム一世には別に許嫁が居たのに、政略の為にアウグスタと結婚した為に、ふたりの結婚生活はずっと不幸だったと伝えられています。この地球世界の史実に重なる部分を感じるのも事実。

 キュルケも、そして、新たに現われた自称商人のソルジーヴィオが何か答えを口にするその前に、俺は言葉を続けた。

「そもそも、ローマ帝国の皇帝一門に贈られる女性の称号をミドルネームに持って居る段階で、ロマリアとツェルプストー家の関係は疑うべきやな」

 アウグスタ。これはアウグストゥスの女性形。言わずと知れた歴代のローマ皇帝の称号の内のひとつ。意味は尊厳者、威厳者などと言う意味。
 其処にゲルマニア……つまり、地球世界のドイツにヴィルヘルムと言う名前の皇太子の登場。その皇太子と、ゲルマニアの皇帝を選ぶ事の出来る選帝侯の位を有する辺境伯の娘との関係は、ある程度、頭の片隅にでも置いて於くべきでしょう。

 そもそも、選帝侯のシステムが有るゲルマニア。それも国内の基盤がそう盤石と言えるような状態ではないアルブレヒト統治下で、次期皇帝の后にトリステインの女王を招き入れる心算がゲルマニアに最初から有ったかと言うと甚だ疑問。
 もし本当に始祖の血脈を自らの血統の中に入れる事が最大の目的ならば、さっさとトリステインのアンリエッタ女王との結婚話を進めていたでしょう。
 但し、どちらかと言うと新教寄りのトリステイン王家の人間をゲルマニア王家に入れると、旧教が完全に勢力を持って居るゲルマニアでは、以後の治世に悪影響が出ない方が不思議と成りますから……。

 まして、新たに組み入れたトリステインの方も北方……。ゲルマニアに近い方は基本的にロマリアを頂点とする旧教の勢力が強い地域に当たるのですが、南方。ガリアに近い地域は新教の方が強い勢力を持って居るので、無理に同化を計ろうとすると、トリステインと言う国が分裂する可能性も少なくは有りません。
 例えば、地球世界のオランダとベルギーのように……。

 俺の推測のみが響いていた世界。闇によって穢され、白によって覆い尽くされつつ有った世界に、軽薄な……更に聞き覚えのあるパチパチと言う音が響いた。

「流石、と言うべきですか」

 出会ってからこの表情しか見た事がない表情。謎の、と言う形容詞が付くべき薄ら笑いを浮かべた状態で、自称商人のソルジーヴィオ改め、神聖ゲルマニア帝国皇太子ヴィルヘルムが何時ぞやの地下空洞の時と同じように、熱意のまったく籠っていない。しかし、ある程度の賞賛の色を着けた拍手を行って居た。

「僕たち。……ゲルマニアとロマリアの敵はこう言う人物なんですよ、アウグスタ」

 いや、それ以外でもブリミル教や人類の敵でもありましたか。妙に嬉しそうな口調で、自らの傍らに立つ赤毛の少女に対して話し掛けるヴィルヘルム皇太子。
 しかし、……人類の敵か。

「自分から積極的に敵に成った覚えはないけどな」

 何故か、そう呼ばれて居た時期が有ったようです。……地球世界の龍種には。
 もっとも、この薄ら笑いを浮かべたイケメンにそんな事を言われる謂れは有りませんが。

 それに、

「そもそも、その敵と味方。その単純に二分割する思考が危険なんやろうが」

 味方でなければ、それはすべて敵。敵だからどんな手段を使っても排除して良い。今回、ロマリアが起こそうとしている聖戦などはその論法が行き付いた到着点と言うべきトコロでしょうか。
 確かに、そんなに単純――。世界や人間の思考が単純な構造で出来上がっているのなら、すべての敵を殺し尽くせばすべて終わる。そして、その後には敵が存在しない楽園。輝かしい希望に満ちた未来が待って居るでしょう。
 しかし、残念ながら世界はそんなに単純ではない。そんなに単純ならば、世界はその思想の元にとっくの昔に統一されていたはず。

 現実には未だ――。俺が暮らして居た世界も。そして、このハルケギニア世界も完全に味方しか存在しない世界と言うには程遠い世界と言わざるを得ない状況。
 新教と旧教で争っているロマリア。つい最近まで王と王弟で争っていたアルビオンとガリア。ゲルマニアも現皇帝の兄弟は天寿を全うした人物が存在していない。
 この狭い単位の国内でさえ、いや、同じ血を分けた家族の間でさえ、様々な思想や利権などによって一枚岩とは言えない状況。この上、世界の統一など……。

 まさに夢物語。
 まして、

「本当の意味で人類の敵と呼ばれるのは、オマエさんと、あの自称名付けざられし者の方と違うのか」

 直球でど真ん中。駆け引きも何も存在しない勝負球を投じる俺。コイツの目の前では流石にウカツな動きは出来ない相手。自らの直感を信じるのなら、この場は素直に撤退をして後日に再戦を行うべき相手及び状況。
 背筋に感じて居る悪寒は人外の存在。それも、非常に危険な存在を前にした時にのみに感じた事の有る悪寒。
 こんな時は、ほんの些細な風の音にさえ神経が過敏に反応して仕舞い、冷静な判断を下せなく成って仕舞う事も少なく有りませんから。

 俺の問いを聞いたヴィルヘルムが笑う。しかし、それは人ならざる者が、人間の振りをして無理に造り上げたかのような笑顔。そこからは温かみも、心が和むような色も一切感じる事はなかった。
 そうして……。

「僕たちは、少なくとも人々の望んだ事以外は為しては居ません」

 ぞっとする。闇自体が凝縮したかのような声が発せられる。それも、まるで自らが人間ではないかのような言葉が。
 謳うように、笑うようにヴィルヘルムは続けた。奇妙に実在感の薄い、しかし、何故か異常に強い存在感を放ちながら……。

 そう。ラ・ロシェールが大量の魔物に襲われたのも。
 赤い風車のカジノが血と炎に沈んだのも。
 岩塩採掘坑道が。そして、魔法学院が謎の異界化現象に覆われたのも。

「すべて誰か……人間が望んだからですよ」

 そうそう。今回、あなた方に亡命を勧めたのは、アウグスタがそれを望んだから。
 最後にそう締め括って、相変わらず顔に貼り付けたままの東洋的微笑みで俺を見つめた。

 その瞬間。背後から吹き付けて来た冷たい風がむき出しのうなじを弄り、背筋にだけ感じて居た悪寒が、終にうなじにまで到達した。
 ただ……。
 成るほどね。テスカトリポカの顕現を防いだだけでは、今回の事件は終わった訳ではなかった。そう言う事ですか。

 相変わらず、俺とタバサの進む先に用意されている事件の厄介さに、心の中だけで軽く舌打ち。そして、表面上ではごく自然な形で一歩、タバサの傍に近付く俺。そもそも、この場にヤツ。ヴィルヘルムと名乗る()()()()()が顕われた意図が読めない以上、これから先に何が起きても不思議じゃありません。
 しかし、そうかと言って、あからさまな術の行使は躊躇われる状態。何故ならば、相手が単なる系統魔法使いなら精霊の動きを感じる事が出来ないので、コチラが術を行使した事にさえ気付かない可能性が高いでしょう。しかし、この目の前の薄ら笑いを浮かべ続けるイケメンはそんなレベルの術者とは思えません。
 次のヤツの行動の予測が付きませんから。

 そんな俺の普段通りの行動。しかし、

「アウグスタ。彼に色仕掛けが通用しなかった理由が判ったでしょう。
 彼は、最初から貴女の姿など瞳に映してはいなかったんですよ」

 まるで俺が貧乳、更にメガネ属性有りの人間と決めつけるかのような台詞を投げ掛けて来るヴィルヘルム。
 確かに、普段、俺の左右に立つ少女。タバサや湖の乙女を見ていたら、そう言う勘違いをするかも知れません。しかし、そもそも俺の好みの女性のタイプは違う。それに、キュルケが幾ら言い寄って来たとしても俺が彼女に(なび)く訳は有りません。

 何故ならば、彼女に関しては始めからその行動を警戒していた相手、ですから。
 タバサの正体が反乱の疑いのあったガリアの大公の娘だと分かってから以降は特に……。

 そんな事を考えながらも、あまり意味のない反論などせず、そのまま推移を見守る俺。時間が過ぎれば過ぎる程、状況が有利と成るのは俺たちの方です。
 ルルド村に残して来た連中が残敵の掃討が終ればこちらに駆けつけて来る事は確実ですし、リュティスに残して来た湖の乙女や妖精女王もやって来る可能性が高いのですから。

 しかし……。

「彼は、その前世からの約束が有り、彼の周囲には決められた人間しか入り込めないように成って居るのです。
 彼。忍さんが世界に絶望したり、諦めたりしないように、人間関係と言う鎖で縛って自分たちの都合が悪い未来は排除している連中が居るんですよ」

 意味不明の台詞を続けるヴィルヘルム。蒼き月光と言うスポットライトを浴び、世界の中心に立つその姿は舞台の主人公の如し。世界のすべては彼の為に存在し、彼以外はすべて脇役。
 正に百万に愛されしモノと言うに相応しい姿。

 そして、その瞬間、一度は確かに取り戻して居た正常な世界。俺やタバサが暮らして来た世界から、ヤツらが暮らす世界へとの境界が曖昧と成って来る。

 向こう側から何かが息を潜め、俺やタバサ。そして、ヴィルヘルムの一挙手一投足をじっと見つめて居るような気さえして来る。そんな、意味不明の大声を上げて、この場から走り去りたいと願うような嫌な気配。
 この空間は間違いなく、新しい異界化現象に支配され始めていた。

「おや、その顔は僕の言葉をまったく信用していない、と言う顔ですね?」

 相変わらず、何か揶揄されているような口調で問い掛けて来るヴィルヘルム。但し、信用するも何も、こんな相手の話をイチイチ信用して居ては、どんな落とし穴に落とされるか判りません。
 こう言う相手の話は……。

「ひとつの案。可能性としては聞いて置いてやる。その程度やな」

 冷たく、まるでタバサや湖の乙女の如くそう答える俺。それに、そもそも、所詮は地仙に過ぎない俺が絶望しようが、何かを諦めようが、そんな事に関係なく世界には朝が訪れ、そして時間は過ぎ去って行く物です。
 確かに今、俺がこのハルケギニア世界に影響を与えて居るのは認めます。ですが、そうだからと言って、このハルケギニア世界に取っての俺が代わりの居ない――絶対の存在である訳がないでしょうが。
 俺がやらなければ、その代わりに何処かの誰かが、俺のやって居る仕事を熟す事と成るはずです。

 実際、コッチの世界では判りませんが、向こう。……俺が生まれてから十六年間暮らして来た世界ならば、俺程度の術者など腐るほど存在して居ましたから。
 世界に取って唯一絶対の存在などいない。永遠に栄える王朝も存在しなければ、廃れない宗教も存在しない。まして、一人の人間など――

「確かに今の貴方ではその辺りの答えが妥当ですか」

 妙に上機嫌……と言うか、顔に貼り付いたままの笑顔でそう答えるヴィルヘルム。しかし、その視線を俺の元から――

「それでも、シャルロット姫の意見は違って居ると思いますけどね」

 俺の傍ら――。自らの親友。突然この場に現れたキュルケから、何の前振りもなく行き成りゲルマニアへの亡命を求められても、普段とまったく変わりない表情で切り返す。この娘は、例えこの瞬間に世界が滅びたとしても一切変わる事のない落ち着いた表情ですべてを受け入れて仕舞うのではないかと思わせる状態で立ち尽くす少女へと話を振る。
 但し、当然のようにタバサは無反応。そもそも魔が少々騒いだぐらいで、それにイチイチ心を動かされていたのでは仙人になど成れる訳は有りません。

 その部分に関しては、俺は未だ青すぎるのですから。

「忍さん。シャルロット姫がどうやって貴方を異世界より召喚して見せたかご存知ですか?」

 タバサが俺を召喚出来た理由?
 それは多分……。

「おそらく、前世からの因縁と言うヤツなんやろうな。このハルケギニア世界の使い魔召喚魔法の基本。少なくとも偶然、俺を召喚出来たとは思えない」

 ……と言うか、それ以外には答えようがない答えを返す俺。
 確かに、転生前のタバサと俺。彼の世と呼ばれる世界でそう言う約束。次の人生でも共に在ると言う約束を交わして居たとしても、転生の際に前世の記憶はリセットされ、余程の事が無い限り、前世の記憶など持って居る訳はないので――。
 もっとも、タバサは俺の想像よりも前世の記憶と言う物を思い出している可能性も有るので、それ以外にも理由が有る可能性もゼロではないのですが。

 しかし、

「その程度では、偶然に召喚出来るのと大差有りませんよ」

 柔らかい、更に東洋的笑みを讃えたまま。しかし、かなり厳しい内容を口にするヴィルヘルム。
 確かに、偶然よりはマシ……と言う程度の召喚確率でしょうが、流石にそれ以外の方法。例えば俺の真名を使った召喚をタバサが出来る訳はないので……。

「シャルロット姫。貴女は最初から彼を召喚しようとしましたね」

 俺を最初から召喚しようとした?
 ヴィルヘルムの言葉は、本来ならば一笑に付すべき内容。そもそも、前世の俺と彼女が何らかの関わりが有って、死後。転生前の彼の世と言う世界で、ふたりの間に何らかの約束事が有ったトコロで……。

「貴女と彼の絆の証を使用して」

 ――先ほど俺が言った程度の確率でしか召喚する事は出来ないだろう。そう思考を纏めようとした俺に対して、その考えを根底から覆す言葉を続けるヴィルヘルム。
 そして、その方法。俺とタバサの絆の証。ふたりの前世がどう言う人生を歩んだのか判りませんが、例えば夫婦ならばその時の結婚指輪などを使用すれば、かなりの確率で俺を召喚する事は可能でしょう。

 そうして……。

 現在、彼女の身を飾って居る装身具の数々はすべて俺が渡した物。それも、すべてが魔術的に意味を持つアイテム。ただ、彼女を飾りたてるだけの代物では有りません。
 そして、前世の俺が何をしていた存在かは判りません。しかし、ルイズの姉のカトレアの前世で、彼女を死の淵に追いやって居た霊障を白娘子の魂魄との融合で切り抜けようとしたり、湖の乙女……水の精霊王と友誼の元に契約を結んだりする存在が、ただの農夫だったとは考えられません。

 そう考えるならば、前世の俺も、現在の俺とそう違いのない人生を歩んで居たと考える方が妥当。そして、その時も今と同じようにタバサは俺の相棒で、彼女に某かの呪具を渡して居たと仮定。その時に使用して居た呪具を、今回の人生でも彼女が手に入れたとしたのなら……。

「そもそも御二人が生きて居たのはこの世界の直接の過去ではない、何処か別の世界での話。そんな別世界で二人の間に絆を結んだ証のアイテムが有ったとして、それを()()、この世界で手に入れるなどと言う事が有り得ると思いますか?」

 ……かなり低い確率だが可能。そう結論付けた俺の考えを完全に破壊し尽くす言葉を続けるヴィルヘルム。
 もし、この薄ら笑いを浮かべた男が言うように、俺やタバサが生きて居たのがこのハルケギニア世界ではない何処か別の平行世界だったのなら、その世界でふたりの間の絆を証明するアイテムが有ったとしても……。

 このハルケギニア世界で、そんな異世界のアイテムを偶然手に入れる事など不可能と言っても良いレベル。

「これは偶然などではなく必然。貴方……武神忍と言う名前の器に宿った魂を持つ存在を、オルレアン家の姫と言う器に宿った魂を持つ存在が召喚しなければ問題が有った存在。神と呼ばれる存在が居て、その神の手の平の上で御二人は踊り続けて居るに過ぎないのですから」

 今までと表面上は同じ。しかし、それまでとは明らかに違う笑み……その瞬間のヤツの笑みからは、喜び、悲しみ、嘲り、怒り。人間が持ち得るすべての感情を合わせ、其処に暗い情念を濃く流し込んだかのような響きを伴い、遙か彼方まで続く闇の向こう側から聞こえて来た。
 そう。その瞬間、ヤツは俺の目の前にいながら、何故か声だけは遙か彼方から聞こえて来たように俺は感じたのだ。

 此の世ではない。まして、彼の世ですらない、何処か遠くの世界から……。

 涼しげな瞳で俺の瞳を覗き込んで来るヴィルヘルム。ヤツが放つ異質で異様な……とても人間とは思えない瞳に強く引き込まれるようで……。
 思わず自らの瞳を閉じ、強く頭を振る俺。これはマズイ兆候。どんな魔法で俺の精神を操ろうとして来るか判ったモンじゃない。

「もうそろそろ解放されても良いんじゃないですか。……貴方も。それに、貴方と言う強い魂に惹かれ、業を重ねつつある魂たちも」

 暗闇に光る一対の瞳。……いや、額にも輝いている物が存在する。これは瞳? それとも、ルーンの輝きか?
 そして、その暗闇から発せられる言葉は甘く――
 業を重ねつつある魂。それはおそらく、俺と共に在る事を望んだ魂……タバサの事。

 いや、ヤツは魂たちと複数系で表現したはず。そうだとすると、彼女以外にも転生前の記憶を有して居る人間が居るはずなのですが……。

 少し意識が曖昧に成って来る。傍に居るはずのタバサを感じなくなり、ヴィルヘルムの傍らに立って居た赤毛の少女の姿も消え……。
 何もない……ただ、闇だけが存在する曖昧な空間。上か下かの感覚さえなくなった薄い暗闇の向こう側から、聞き覚えのある男性の声のみが聞こえて来る。

 そうして……。
 そして、ゆっくりと差し出されるヴィルヘルムの右手。
 この右手を取って仕舞えば――――

 
 

 
後書き
 キュルケの立ち位置は原作タバサの裏返しです。そんなに大きな捻りを入れている訳ではないけど、よく見る展開と言う訳ではなさそうです。
 少なくとも私は知りません。

 それでは次回タイトルは『オメガの扉』です。

 追記。……と言うかネタバレ。

 タバサが自らの夢だと語った内容について。
 あれは彼女の夢じゃない。そもそも、自らの夢を語るのに、思い出そうとする、と言う表現は不自然でしょう。

 追記2。タバサが主人公を召喚する為の触媒と為したのは……。
 『誘いの香炉』です。
 そもそも彼女は偽名で召喚作業を行って居るので、ハルケギニアの召喚魔法は行えて居ません。
 彼女が行った召喚術と言うのは主人公が行って居る召喚法と同じ物です。
 
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