| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法使いの知らないソラ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三章 兄弟の真実編
  第四話 兄妹・護り、護られる存在

 <AM0:00>

外で出す吐息は、いつにも増して白く見える。

天気予報の話では、深夜の気温は0度を下回るとさえ言われていた程だ。

ここまで寒いのは年に数回程で、恐らくこの頃が冬の最低気温なのだろう。

そう思いながら夜の灯火町を歩くルチア=ダルクは、先頭を歩く井上静香の後を追うようにしていた。

右隣には喜多川結衣がいて、私と同じ速度で歩いていた。

ルチア、静香、結衣の三人は今、二人の魔法使いを探して夜の町を歩いていた。

静香は歩きながら魔法使いのいると思われる場所へ向かっている。

今までに入手された情報には今日、二人の魔法使いが向かう場所が判明されていた。

もしその場所にいなければ、捜査は降り出しに戻るかもしれない。

そうでないことを祈りながら、彼女たちは警戒心を高めて歩く。

『――――――ルチア。 もし危ないと思ったら、迷わず俺を呼んでくれ。 必ず助けに行って、守るから』

先ほど、外に出る前に相良翔が囁いた言葉が耳元に甦る。

不思議とその言葉は、戦いへの緊張感を緩和させる力を持っていた。

それこそ、魔法にでもかかったかのように、不思議と安心出来る。

きっとそれは、彼の過去を知り、彼の言う『守る・助ける』がとても大きな意味を持っていると知ったからだろう。

彼にとってそれは、命懸けで、自分の全てを賭けているものだ。

自分の全てを賭けて守ってくれる‥‥‥そんなことを言ってくれる人は、彼が初めてで、それはとても嬉しいものだった。

‥‥‥振り返ってみれば、彼に出会ってから、日常は一気に変わっていた。

隣に誰かがいることが当たり前になっていた。

学校に行く時も、教室にいるときも、お昼の時も、下校の時も、隣には必ず誰かがいた。

その中で相良翔は、一番隣にいる人だった。

変化のきっかけで、全てを変えてくれた人。

彼のことを考えていると肩の力が抜け、少しだけ頬が緩む。


「ルチアさん。 随分と嬉しそうですけど、何かいいことでもありましたか?」


即見抜いたのは、静香だった。

どうやら頬の緩みに気づいたようで、何か感づいたように不敵に笑いながらルチアに話しかける。

ルチアは逃げるように目をそらして静香に返事と返す。


「い、いえ。 なんでもありません‥‥‥」

「‥‥‥ふふ。 そういう事にしておきましょうか」


不敵な笑みを崩さず、クスクスと笑いながら再び歩き出す静香に、ルチアは羞恥から顔を少し紅く染めて俯いてしまう。

頭から湯気が出てしまうのではないかというくらいに熱を帯びたルチアは何度も深呼吸をして冷たい空気を取り込み、体温を下げることに集中した。

そんなルチアに、結衣は真剣な眼差しで聞いてきた。


「ルチアは、好きな人がいるの?」

「ぁ‥‥‥」


その質問にルチアは反射的にある人物の姿を思い浮かべてしまった。

それは当然‥‥‥相良翔だった。

ルチアは再び顔をカァァァッと紅潮させて口をパクパクさせてしまう。


「い、いないわよそんな人! いるわけないじゃない!」


不意に、どこかでクシャミをしている相良翔の姿がルチアの頭を過ぎる。

質問をしてくる結衣の意図を読み取ることもできず、ただ動揺だけが自分を襲う。

整理のつかない思考の中、結衣は口を開く。


「嘘つかなくてもいいよ? そんなに顔を紅くしたら余程鈍くない限り、分かるよ」

「うぅ‥‥‥」


確かに、顔は真っ赤になっていれば、それは羞恥の表情だと誰でもわかる。

女子だからこそ、それが恋愛関連に感じてしまうのも当然と言えた。

その上、自分がここまで動揺してしまえば説得力の欠片もない。

結論、ルチアは嘘が下手だった。


「好きな人ってさ、もしかして朝我の親友の相良翔?」


ストレート過ぎる質問に、ルチアは俯いて口をもごもごさせながら曖昧な返答をしてしまう。


「い、いや、好きってよく分からなくてその、彼は私の戦友であって、友達であって、私を変えてくれた人で‥‥‥その‥‥‥」

「つまり、好きってことでしょ?」

「‥‥‥」


何も言い返せない変わりに、頭からプシューと煙が噴出された。

もう限界だったようで、ルチアは力なく頷くことしか出来なかった。

勝ち誇ったように笑を零す結衣はどこか嬉しそうにルチアに言った。


「恋の相談ならいつでも受けるよ!」

「あ‥‥‥ええ‥‥‥その時は‥‥‥よろしく‥‥‥」


もはや何も考えることができないルチアは言われたことに素直に頷いた。

まさかここまで相良翔をネタにされるだけでボロボロにされるとは思わなかったルチアは、戦いが終わったら相良翔の顔を見れるのかと不安になった。

好き‥‥‥その気持ちが確かなら、ルチアはいつもの無表情で彼を見れるだろうか?

言葉にできないこの大きな感情を、抑えることはできるだろうか?

そう思うと、どうしていいのかわからなくなる。

だけど今は、そのことでは迷ってはいられない。

今は、これからの戦いに集中しないといけない。


「‥‥‥ふぅ」


そう考えると、自然と先ほどまでの動揺は消えて再び落ち着きを取り戻す。


「二人共、備えてください!」


静香の痺れるような鋭い声に、ルチアと結衣は真剣な表情になると全身に意識を集中させて魔力を全身にまとわせる。

そして魔法使いとしての姿に変わる。

ルチアの姿‥‥‥一枚の黒い羽衣が彼女を包み込み、左手には自身の身長の倍近くある長さの黒き鎌が現れる。

結衣の姿‥‥‥白いノースリーブのインナーの上に同色の白に黒いラインが入ったショートジャケッ卜。

白を主体に黒い細め縦のラインが入ったホットパンツ姿はまさに格闘系の姿。

静香の姿‥‥‥白と桜色を強調した騎士風の戦闘服に、左腰にレイピアを収まった白に桜色のラインが入った鞘の姿となる。

気配を誰よりも察知した静香は鞘からレイピアを抜き、刀身に魔力を込める。

するとレイピアは魔力の光を帯びて淡い桜色に光りだす。

周囲を見渡しても、人の姿は見当たらない。

だが静香は気配を感じ取り、どこかに隠れている魔法使いを探していた。

ルチアと結衣もまた、同じように周囲をゆっくりと見て気配を感じ取ろうとする。


「‥‥‥ッ!」


先に気配に気づいたのは――――――喜多川結衣だった。

結衣は気づいたのと同時に右拳を振りかざし、魔力を集め、その方向に向かって勢いよく放った。


「見つけた!!」


その言葉と同時に、拳に集まった魔力はビームのように長い尾を引いて人影のない廃墟に向かって真っ直ぐ放たれた。

魔力が廃墟にぶつかった瞬間、建物は直撃した箇所を中心に、まるで破裂したかのように激しい爆発音とともに壊れた。

壊れた廃墟は、しばらく砂煙で周囲の視界を見えなくさせた。

砂煙が消えると、二人の女性の影が見えた。


「あら、随分と腕をあげたようね。 結衣ちゃん」

「お陰様で、あなたの気配だけなら簡単に見つけられるようになったよ」


皮肉混じりの会話をする結衣と一人の女性。

砂煙が消えると、その姿が明らかとなった。

黄色いロングテールの女性と、黒いショートヘアーの女性の姿は間違いなく、例の魔法使い二人組だった。

結衣と会話したのは黄色いロングテールの女性‥‥‥不知火 都姫のようで、ルチアは『知り合いなの?』と質問すると結衣は苦笑いしながら答える。


「因縁って言うのかな‥‥‥あの人とは、どうも引き際って言うのが分からないみたいでね」

「‥‥‥そう」


どうやら前から戦っていた敵らしい。

恐らく、彼女の連れである朝我零と言う少年も彼女と戦っていたのだろう。

だからこそ、ルチアや静香よりも先に気配に気づいた。

だが、何よりも驚きなのは先ほど見せた魔法だった。

詠唱なしで、一瞬にして発動したにも関わらず、命中精度・破壊力は申し分ないものだった。

‥‥‥いや、詠唱がなかったわけではない。

あまりにも詠唱が速すぎたのだ。

一体どんな実戦を経験したのだろうかと気になるところだが、それを聞いている時間も暇もない。

今はただ、目の前にいる敵を倒すことだけを考える。

そしてルチアの相手は黒いショートヘアーの女性、澄野 クロエとなるだろう。

ルチアたちは各々武器を構え、戦いが始まるのを待つ。

そして、どちらからともなく同時に走り出し、戦いは始まった――――――。



                  ***





それから約数分前の別の場所――――――相良翔は朝我零とヴァン=皇海の二名を連れて灯火町の中心にある灯火学園の近くを歩いていた。

時間も時間なため、三人の足音以外の音はほとんど聞こえない。

特に会話もないため、無音の夜の世界を歩き続けていた。

ここに来る前に翔は、井上静香から対象である魔法使い『冷羅魏(つめらぎ) 氷華(ひょうか)』が現れる場所を教えてもらっていたため、迷うことなく進んでいた。

三人とも、いつ不意打ちが来るかも分からないため、周囲を警戒しながら見渡す。

地面は雨が降った後のように濡れていて、冬の寒さで凍結している可能性もあるため、足元にも注意していた。


「翔。冷羅魏ってのはここにいるのか?」

「静香先輩の話しだと、ここらしい」


朝我の質問に答える翔、そして今の周辺を確認したヴァンが更に続く。


「ですが、気配を感じません。 もしかして、僕たちがここに来るのを予想されたんじゃ?」

「‥‥‥」


ヴァンの意見には朝我も一理あったようで、静かに頷いた。

だが翔はどこか不満そうな表情を崩せなかった。

それは、翔だけが何かを感じ取っている証拠だった。


「お前、何か気づいたのか?」

「‥‥‥気づいたわけじゃない。 だけど、なんか‥‥‥」


翔は周囲を何度も見渡す。

朝我とヴァンは何も分からないまま、ただ翔を見つめていた。

何も見えない暗黒の世界の中、翔は“気配とは似て非なる何か”を感じ取り、その場所に冷羅魏がいると思い、探していた。


「‥‥‥」


翔は思考をフル回転させながら周囲を見渡す。

思考と行動を激しく繰り返す中、翔は気づいた。


「(待てよ‥‥‥そういえば昨日今日で――――――雨は降ったか?)」


翔が気づいたのは、翔たちが歩く地面だった。

雨が降った後のように湿っているが、よく考えれば昨日今日は雨なんて降っていなかった。

この濡れ具合は一体、何を意味するか‥‥‥翔は答えに辿りついた。


「はぁぁぁああああああッ!!」


そして翔は答えに辿りついたと同時に全身に意識を集中させて雄叫びをあげる。

脳に流れる膨大な|魔法文字(ルーン)を複雑に組み合わせ、新たな魔法を発現させる。


「炎より求めよ、破壊の光!!」


右拳が紅く光と、超高熱を帯びる。

すると魔力は徐々に揺らめきだし、その魔力は紅き炎へと変化した。

翔は勢いよく振り上げると、そのまま力強く湿り気を帯びた地面を殴りつける。

圧倒的な攻撃力と破壊力を秘めた、炎の拳。

触れたものの全てを燃やし尽くし、破壊する一撃――――――『|火星討つ破壊の炎光(デフェール・ストライク)』


「出てこい――――――冷羅魏!!」


地面は翔を中心に紅く燃え上がり、地面の水分を全て蒸発させた。

すると水蒸気は翔たちの前で一つに集まり、徐々に人の形を作り出す。

そしてその姿は、三人が狙っている相手となった。

緑色の髪の鋭い瞳の男性――――――冷羅魏 氷華。


「へぇ~。 俺に気づいた奴はお前さんが初めてだぜ?」


不敵な笑を浮かべながら翔に言うと、翔は冷羅魏から離れる。

そして未だに状況を完全に理解していない朝我たちに翔は何に気づいたのかを説明するように言った。


「ここに来た時から、気配に近くて違う‥‥‥殺気を感じていた。 だけど殺気が周囲に散乱していて、確実な位置が特定できなかったんだ」


翔は何度も周囲をクルクルと見渡していた理由はここにあった。

朝我とヴァンは、冷羅魏の気配だけを探していた。

だが翔はそれだけではなく、殺気までもを感じ取っていた。

相手を狙うと言う時点で必ず殺気と言うものは生まれるため、殺気を見つけることができれば捜索はあまりにも簡単になる。

だが。冷羅魏はこの場所の周辺に液体としての姿と化して隠れ潜んでいた。


「そこで地面を見たときに思ったんだ。 昨日今日は雨なんて降っていないことに気づいたときにもしかしたらと思った。 もしかしたら冷羅魏の能力は単に氷を使うのではなく――――――氷にさせることができるもの全てを操れるのではないか‥‥‥ってな」


液体は凍らせることができる。

冷羅魏の能力は、凍らせることができればなんでも操れることにあるのではないだろうかと翔は考えた。

冷羅魏は、翔たちを液体としての姿で隠れ潜んでいた。

そして油断したところを、氷の能力で一気に凍結させようとしていたのだろう。


「だから俺はお前に何かされる前に一撃放った‥‥‥だが、どうやら効かなかったらしい」


翔は炎の力を解除させず、全身に鎧のように纏わせる。

凍える真冬の中で燃える炎は白い蒸気を大量に発生させていく。

先程まで寒さに震えていた朝我とヴァンは、翔の熱によって暖かくなっていた。

これは冷羅魏の能力である氷に対して発動したもの。

仲間が凍結させられようとも、助けられると言う利点も兼ね備えていると言う、冷羅魏対策の能力。

冷羅魏は驚くも、動揺はせずに嬉しそうに笑を零しながら言った。


「はははッ! やっぱり君は面白い! 噂には聞いてるよ。 世にも珍しい純系魔法使いで、複数の性質を持つ能力を使いこなすと言われている。 やっぱり噂は本当だったわけだ」


翔は灯火町だけでなく、全世界の魔法使いが知っている。

その理由は、彼の持つ能力があまりにも魔法使いとしての常識を逸脱したものだったからだ。

そして今まで、様々な事件に携わってきたため、彼の噂は広がっていたと言うわけだ。


「でも残念。 君たちは俺がここで殺さないといけないみたいだね」


そう言うと冷羅魏の全身から大量の白い煙‥‥‥冷気が流れ出て、冷羅魏を中心に地面は物凄い速度で凍結していく。

翔達に迫るところで、翔も動いた。


「俺たちも、お前を倒す。 そのためにここに来たんだ。 覚悟しろ!!」


そう言うと翔の全身から大量の白い煙‥‥‥熱気が流れ出て凍結した地面を溶かして液体に変えていく。

両者がの冷気と熱気が丁度半分の距離ぶつかり合い、激しい水蒸気を発生させる。

互いに一歩も動いていないにもかかわらず、すでに戦いは始まっていた。

朝我とヴァンは全ての事を理解すると、翔に声をかける。


「翔! 俺たちはどうすればいい?」

「‥‥‥ヴァンはそこで支援。 朝我は俺と突っ込むぞ!」

「おう!」

「はい!」


翔の指示に二人が同時に頷く、朝我は翔の左隣に立ち魔法使いとしての姿に変わる。

茶色の長袖のジャケットに青いジーパン、見るとどこか私服にも関わらず、その左腰には銀色に染まる鞘と赤い色に側面は銀色の柄があった。

つまり朝我零の武器もまた、翔と同じ『刀』と言うことになる。

ヴァンの姿は草原のような緑色のロングコートを羽織り、中は白いワイシャツ、下はコートと同色のパンツとなった。


「行くぞ!」

「おう!」


翔と朝我はほぼ同時に駆け出し、冷羅魏に襲いかかる。

迫る二人に対して冷羅魏は余裕そうな表情で右手を二人に向けてつき出す。


「――――――凍てつけ」

「「ッ!?」」


その瞬間、走る翔と朝我の足が止まった。

翔と朝我の足元が氷によって固められて足が動かせなくなっていたのだ。

翔は魔力によって発生した炎を足元に集結させて朝我と自分を止める氷を溶かした。


「まだだ!」


そう言うと冷羅魏は右手を天に掲げる。

すると翔と朝我の真上に無数の槍のように鋭く長い氷柱が出現する。


「貫け、無限の|氷槍(ひょうそう)!」


冷羅魏はすでに詠唱を終え、二人に向けて氷の槍を雨のように浴びせる。

狙った全てを飲み込み、貫く地獄の氷槍――――――『|全て貫く破壊の氷槍(アイス・ツァプフェン)』

弾丸にも近い速度で迫る氷の槍に、翔と朝我は刀を使って対応する。


「「せいッ!!」」


気合一閃、翔の持つ白銀の刀――――――『|天叢雲(あまのむらくも)』と、朝我の持つ紅く熱を帯びた刀――――――『|火車切広光(かしゃぎりひろみつ)』は一筋の剣線を描いて迫る氷の槍を全て切り裂く。

二人にとっては弾丸以下の速度なんて止まっているようにも見えてしまう程遅いものだった。

翔と朝我は勢いのままに宙を飛び、冷羅魏の方を向き直す。

冷羅魏は、体中を漂う魔力の密度をあげていた。

ここからが戦いのはじまりなのだろう。


「行くぜ!」


そう言って朝我は刀を突き出すように構え、冷羅魏に突撃する。

胸を狙ったその一撃を冷羅魏は体を捻ってかわした。

続いて翔が隙のある冷羅魏の背後を襲いかかる。

しかし冷羅魏は魔力で身体能力を上昇させると足腰に集中させ、刃が切り裂く直前にしゃがんでかわす。

そして両手を地面につけ、翔の側頭部に蹴りを入れる。

翔を蹴り飛ばした勢いをそのままにし、両手を軸に回転させて朝我の背中を左足のかかとで蹴り飛ばす。

その動きはさながら、カポエイラのようだった。


「ぐっ!」


翔はすぐさま立ち上がり、朝我の隣に行って再び刀を構える。

すると二人の全身を淡い緑色の光‥‥‥魔力が優しく包み込む。

優しい魔力は二人の体を癒し、痛みと体力の減りをなくした。


「ヴァン、助かった!」


発動したのは、ヴァン=皇海。

そして発動した能力は、対象の魔力・体力・傷を癒す能力を持った治癒系魔法。

優しく包み込み、全てを癒す救いの風――――――『|そよ風包む安息の羽(ベハンデルン・ゼファー)』


「お二人とも、|補助(サポート)は任せてください!」


後輩の力強い言葉に、二人は再び戦う意思を強くする。

そして朝我は空いた左手を開くと、空間が歪んで一本の刀が現れる。

蒼い柄と同色の刀身、そして刀身を覆うように激しい音を立てる稲妻。

稲妻の光が刀身に写り、青い閃光を放つ。

かつて雷を斬ったと言われる刀――――――『雷切』。


「まさか‥‥‥二刀流」


翔は朝我が二刀流と知った瞬間、歴史上にいた宮本武蔵を思い出した。

彼はかつて二刀流を使っていたとされ、それから現代まで二刀流は様々な変化を経て存在する。

だが二刀流は様々な問題が指摘され、現代は大学剣道などでしか使われていない。

更に扱いの難しさが懸念されており、実際に二刀流で戦う者は僅かとなっている。

更に朝我零の持つ武器は、ただの刀ではない。

魔力を秘めた特殊な刀‥‥‥妖刀の類に近いものである。

刀の重量は一般的な真剣の倍近くある。

いくら魔力で強化された肉体であろうとも、それを二刀流で使いこなすほどまではできないはずだ。

それを可能とするのは恐らく、朝我零の持つ天性の才能である。


「翔、先に行かせてもらう!」


そう言うと朝我はダンッ!と強く踏み込むとジェット機のように防風を上げて冷羅魏に迫る。


「うおっ!?」


驚きの声を上げる冷羅魏はとっさに両手に魔力を集中させて氷を発現させる。

氷は魔力によって形状を変化させ、細身の小太刀のように変化した。


「はぁっ!!」


朝我は目にも止まらぬ速度で刀を振るい始める。

速度は次第に上昇していき、地面はいなされた斬撃の痕が深く、数多く存在した。

紅と蒼、二つの光が軌跡をいくつも作り出し、その激しいぶつかり合いを物語っている。

いなし続ける冷羅魏にも遂に限界が来て朝我の一閃が冷羅魏の体を切り裂く。


「がっ‥‥‥ッ!?」


切り裂かれた冷羅魏はそのまま地面に倒れる。


「‥‥‥」


倒れたことを確認すると朝我は刀を鞘に収めて大きく息を吐く。

ヴァンもまたほっと一息つく。


「‥‥‥」


だが、翔は一人、まだどこか納得していなかった。

言葉にできないほどの胸騒ぎ、なぜそれがあるのかは分からないが、その正体は早く知りたい。

翔は念の為に遠くでこちらを見ているであろう皇海涼香に電話をするためにスマートフォンを取り出して涼香にかける。


『弟君!』

「姉さん? どうかしたのか?」


涼香の声は慌てているように息が荒かった。

こちらとは正反対の空気に翔は違和感しかなかった。


『そこにいる冷羅魏は偽物! 本物は、――――――ルチアを狙ってる!』

「な‥‥‥くっそ!!」


刹那、翔は通話を切り、炎の性質を持つ魔力を雷へ変化させる。

そして閃光の如く速度で走り去る。


「おい、翔!!」


置いていかれる朝我とヴァンは倒れる冷羅魏に目をやる。

すると、倒れていたはずの冷羅魏はまるで氷が溶けるかのようにすぅっと消えていった。


「ッ!? まさか、|偽物(ダミー)!?」

「‥‥‥先輩」


その光景を見て、なぜ相良翔があれほどまでに必死に走り去っていったのかが分かった。

相良翔が急いだ理由‥‥‥それは間違いなく、狙われているのが彼にとって大切な人であるうということ。

なぜ狙われているのか‥‥‥そんな理由は後でいい。

今はただ、その人のところに誰よりも速く駆けつけたいと言う気持ちだけが彼を動かしていた。


「‥‥‥ヴァン。 俺たちも行くぞ。 まだ戦いは終わってない」

「はい!」


そして朝我とヴァンもまた、そんな彼の力になりたいと言う想いのままに足を動かした。

魔力を両脚に込めて脚力を上昇させ、地面をえぐりながら弾丸にも劣らない速度で夜の世界を駆け抜けるのだった――――――。



                  ***





相良翔は、たまに考えることがある。

――――――なぜ、誰かの為に必死になるのだろうかと。

今、どうしてこんなにも必死なのだろうかと、考えることがある。

孤児院で、護河家で、学んだじゃないか。

結局、幸せを得るには誰かを失わないといけなくて、失われた人は絶望するしかないってこと。

相良翔の人生は、まさにそれを学ぶかのようなものだった。

孤児院では、虐待にあった人や親に捨てられたと言う人が数多くいた。

朝我零も皇海涼香も、様々な苦しみを受けて孤児院にやってきたのだ。

親がいない‥‥‥それが当たり前のように生活してきた相良翔にとって、彼らの過去は胸に来るものがあった。

そして気づいたときには、親や家族と言う存在に対して不信感に近いものを抱いていた。

それを変えようとして、翔は護河家に入った。

だが、結局どこもかしこも同じなのだろうとあの時は悟ってしまった。

誰かのためなら、平気で他の物を切り捨て、裏切る。

だから信じると言うことは、後で自分のために切り捨てるための犠牲でしかないのだと思った。


「‥‥‥違うよな」


走りながら、翔はそれを否定する。

そう‥‥‥灯火町に来てからの翔は、その考えを自ら否定するようになった。

灯火町で出会った仲間は、誰も皆素晴らしい人達だった。

どんな過去を抱えようとも、仲間と言う真実だけに従って生きている。

彼らにとって、人の過去なんてどうでもいいのだ。

過去は誰でも抱えるもので普通のこと‥‥‥それを否定しようと同情しようと、変わることはない。

本当に見るべきことは、ただ一つ。

今はただ、目の前で苦しんでいる人を疑わず、前に進むこと。


「――――――ルチアッ!!」


翔は右手に持った天叢雲に魔力を込める。

白銀の魔力、そして炎の性質を持った紅き魔力は渦を巻いて刀身を纏う。

それぞれは一本の刀でひとつに交わり――――――『白炎の力』へと進化する。

だが、それだけでは終わらなかった。


「まだ、――――――まだだッ!!!」


更に翔はそこに、雷の性質を持つ黄色い魔力を交わせる。

白炎と雷は、膨大な力を増して徐々に強大なものへと進化する。

白銀と炎の破壊力、そこに雷の速度が交わり、最速最強の力に更なる進化を遂げる。


「三つの星が交わり、目にも止まらぬ破壊を見せよッ!!」


脳に溢れる膨大な|魔法文字(ルーン)を脳内で複雑に組み合わせていく。

その速度は今までの比ではなく、その速度はすでにスーパーコンピュータの演算速度を倍以上上回っていた。

通常の人間の脳であれば、恐らく壊れていたであろう。

当然、魔法使いであったとしても、今の詠唱速度は脳に膨大な負担がかかる。

それを証明するように、翔の視界は徐々に振れていく。

これは脳に来る衝撃が視界や体の感覚にも影響を与えていたからだろう。

だが翔はそんなこと、欠片も気にしてなんかいなかった。

むしろ、そんなことはどうでもよかった。

今はただ、目の前で危険な目に会おうとしている、大切な人を自分の力で――――――守りたかった。


「とど、けぇえええええッ!!!!」


翔は刀身に込めた莫大な力を、斬撃として一気に放った。

斬撃は尾を引きながら大気を切り裂き、大地を削りながらルチアに迫る敵に放つ。

ルチアに迫る敵はクロエと冷羅魏。

すでに二人は隙をついてルチアを挟み撃ちにしていた。

だがそれよりも速く、翔の渾身の一撃は二人に迫った。


三つの星が一つになり、限界を超えた神速最強の一閃――――――『|星超えし神速の破滅(スターダスト・ブレイカー)』


夜闇を照らすほどの神々しいまでの光は、敵を全て消し去るために迫る。

そして迫った一撃はクロエと冷羅魏を直撃し、二人を破滅の光に包み込んだ。


「ルチア‥‥‥大丈夫、か?」


全ての力を使った一撃は、翔の体力と魔力がほとんどなくなるほど削った。

詠唱による脳への負担も相まって、翔はすでに立っていることも限界だった。

全身は無理やり動かしているため、プルプルと小刻みに震え、一歩一歩噛み締めているかのようだった。

激しい光が消え、クロエと冷羅魏の存在は消えているため、すでに安心していいはずだった。

朝我やヴァンの存在も近づいている‥‥‥相良翔の戦いは終わったはずだ。

だが翔は、まだどこか安心できなかった。

それはルチアが今、物凄く心配そうな顔でこちらに駆け寄ってくるからだ。

翔はわからなかった。

どうして、そんなに必死で駆け寄ってくるのだろうか?

もう、大丈夫だと言うのに‥‥‥


――――――『死ね、――――――相良翔』


ルチアが駆け寄ってくる理由、それは背後から氷の槍を持って迫る――――――冷羅魏だった。

全ての力を使い果たした翔にとって背後から迫る気配に気づき、対応することはできなかった。


「‥‥‥」


もはや声も出なかった。

だが、助けを呼ぶような気持ちにもなれなかった。

ルチア=ダルクを守れた‥‥‥その事実だけで、翔の全てが終わったようなものだったのかもしれない。

死を恐る気持ちはすでに消えていたのかもしれない。

だからなのだろう‥‥‥気づけば体は動かず、冷羅魏の一撃を受け入れようとしていた。

この一撃を受ければ、確実に隙となってルチア達がとどめを刺してくれる。

そんな安堵感からだろう。

さぁ、俺を殺せ‥‥‥そう言っているようなものだった。



――――――『光の牙よ! 我が名に置いて全てが敵を喰らい尽くさん!!』



だが、相良翔に迫る氷の槍は突如、空から飛来した純白の光――――――魔力によって砕かれた。

その光景は、まるで白き牙によって噛み砕かれたかのよう。

これは紛れもなく、魔法使いによる力。

そしてそれは、相良翔の疲れ果てた心を立ち直らせる、希望の光だった。


「お兄ちゃん!」


だが、聞こえた声の主は相良翔の心を立ち直らせると同時に、衝撃の事実を与えた。


「なん、で‥‥‥嘘だろ‥‥‥」


茶髪のサイドポニーテールの髪にスクエア型のメガネをした少女。

白いワイシャツの上に青いカーディガンを着て、下は白と黒のストライプ柄の膝下まで丈のあるスカート。

そして魔法使いとしての武器である、白と黒のブーツ。

右は白い光の魔力を帯び、左は黒く闇の魔力を帯びていた。

世にも珍しい、相対する性質を使う特殊な魔法使い。

そしてその正体は、相良翔が守りたい、大切な存在の一人。


「お兄ちゃん。 もう、大丈夫だよ。 あとは、――――――私がお兄ちゃんを守るからッ!!」


護り、護られてきた存在――――――『護河 奈々』だった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧