| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

箱舟

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第七章


第七章

「我は去る。よいな」
「わかりました。それでは」
「上から。存分に見せてもらおう。御前の罪の償いをな」
 これで神は消えた。後に残るのはノアとその妻だけである。二人は神の声が聞こえなくなると顔を見合わせて。そのうえで二人だけで話をはじめるのだった。
「聞いたな」
「ええ」
 まずは確認からはじまった。
「聞いたわ。あなたも同じなのね」
「御前も同じなのだな」
「そうよ。皆を導く」
「そうだ」
 確かに聞いたのだった。このことを。
「洪水の後な。それがわし等の罰だ」
「できるわよね」
「できる。いや」
 ここでノアは。その言葉を変えたのだった。
「やらなければならない」
「やらなければならない?」
「そうだ。何があってもやらなければならない」
 ノアはここでも強い言葉を出すのだった。それは己に言い聞かせているかのような強い言葉だった。そして妻にもこの言葉は心に響いていた。
「皆の為にな」
「皆の為。そうね」
「そうだ。わし等が皆を導かなければどうする」
 強い責任感に満ちた言葉だった。これは皆を乗せる舟にしようと決意した時と同じだった。その決意を再び誓ったのである。彼は今ここで。
「誰もいない。違うか」
「いえ、そうね」
 そして妻もその強さを受けて応えて頷くのだった。
「その通りよ。だからこそ」
「やるぞ」
 妻に対して告げた。
「何があろうともな」
「何があろうともなのね」
「そうだ。絶対にだ」
 またしても強い言葉だった。
「やり遂げる。いいな」
「ええ、じゃあ私もまた」
「そうだ。二人でだ」
 ノアの次の言葉はこれだった。あくまで己の妻を信頼して。この言葉を口にしたのだった。二人は最早二人で一人であった。そこまで絆を深いものにさせていたのだ。
「やるぞ。いいな」
「ええ」
 その言葉に頷き合い誓い合う。その時だった。
「ノアさん」
「雨が止んだぞ」
 部屋に人々が入って来た。そうしてノアに雨が止んだことを伝えるのだった。
「雨が止んだのですか」
「ああ、そうだ」
「それでどうするのだ?」
「はい、それでは」
 ここでノアの脳裏にあることが閃いた。そのことをそのまま語るのだった。
「鳩を呼んで下さい」
「鳩をですか」
「そうです」
 鳩を呼ぶと言った。これがどうしてなのかわかる者はいなかった。しかしノアはわかっていた。そして舟の甲板に出るとまず一羽の鳩を放した。それから言った。
「まずは外を見てくれ」
「外を?」
「どういうことですか」
 ノアを認める人々はまだわからない。それでノアに対して問うのであった。
「鳩を飛ばしたのはどうして」
「何かあるのですか」
「はい、あります」
 はっきりとした声でその人々に対して答えたのだった。
「鳩が戻って来て」
「戻って来て」
「何かを持って帰ればそれでわかります」
「それでですか」
「そうです」
 空を見つつ出された言葉だった。鳩が飛び去ったその空を。
「そしてその方角に舟を向けます。宜しいですね」
「わかりました。それでは」
「そのように」
 人々はノアの言葉を信じることにした。ここでもノアを信じるのだった。
「行きましょう、ノアさん」
「その行く先に」
「はい。それではそれで」
 これでまた決まった。彼等はまずは鳩を待った。そうして暫くして。鳩は恵みの葡萄の蔓を持って帰ってきた。ノアはその葡萄を見て皆に言った。
「陸地です」
「陸地ですか」
「はい。鳩は葡萄の蔓を持って帰ってきましたね」
「ええ、確かに」
「今こうして」
 彼等は皆ノアのその言葉に頷いた。
「そこに陸があります。葡萄の蔓があった方に」
「そこにですか」
「はい、そうです」
 ノアはまた答えた。
「あります。ではそこに行きましょう」
「ええ。ノアさんの言われることなら」
「是非共」
「すいません、最後の最後まで」
 あくまでノアを信じる彼等の言葉を聞いてノア自身は。ここでもまた深い感慨に浸るのだった。しかしその感慨に何時までも浸る時間はなかった。
「では行きましょう」
「はい、陸に」
「我々の新しい場所へ」
「行きましょう」
 こうして彼等は陸地に向かうのだった。彼等が向かうその場所への道もまたノアが導く。ノアを信じ皆それに従う。巨大な箱舟を導きながらノアは自分を信じてくれる人々の心を感じ取っていた。それは何よりも温かく美しいものであった。彼にとっては。


箱舟   完


                   2008・6・29
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧