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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
  第一節 旅立 第二話 (通算第22話)

 先ほど、キグナン・ラムザ少尉が呼んだ様に、現在のシャアはクワトロ・バジーナ大尉である。これは、仮名でしかない。
 アクシズに逃れたシャアは、政界から引退したダルシア・バハロの招聘とマハラジャ・カーンの特命でジオン共和国に戻ることになった。ダルシアは、アクシズと完全に秘密裏に接触し、その勢力をいずれ取り込んで、地球連邦軍に対抗できるだけの実力を育んで、ジオン・ダイクンの理想であるスペースノイドの自治をサイド3から徐々に広げて行くことを目的としたのだ。
 シャアは閉塞したアクシズに見切りをつけた。地球圏に戻りたかったのである。ダルシアの思惑をシャアは認めなかった。ダルシアは現実的かもしれない。だが、それは結局、ギレン・ザビという独裁体制を築かせてしまったデギン・ザビと同じやり方でしかないからだ。多少、民主化してはいても、シャアには受け入れ難いものがあった。
 だが、シャアはジオン共和国に復帰することを承諾した。それは、閉塞した空間に生きるアクシズの一種独特な体制に未来を見いだせなかったということもあったかもしれないが、シャアは自分の手で父の名を冠した国に報いたかったのだ。
 ダルシアは、キャスバル・レム・ダイクンとして政治家になることを望んだが、シャアはそれを拒否した。ダルシアもそれを承服するとは思っていなかったのだろう。即座に軍への復帰を打診した。シャアは悩んだ。だが、結局、自分がジオン共和国にもたらせるものの一つに、ジオンの輝かしき一年戦争の英雄――《赤い彗星》としての知名度もあると考えた。ジオン共和国軍人として復帰に際し、准将へと昇進した。そして、第一連合機動艦隊――首都防衛艦隊の第一機動戦隊司令官への就任した。

 タクシーがベイエリアに到着した。
――べいえりあデス。りょうきんノしはらイはイカガナサイマスカ?
 耳障りな電子合成音が耳を撃つ。軽く舌打ちをして、カードをリーダーにかざす。ピッという読み取り音が鳴ってアリガトウゴザイマシタという声を聞かずにステーションホールに降りた。ベイエリアは駐屯する〈グラナダ〉基地とは丁度直角の位置に存在し、サブウェイでは一度中央ブロックに戻らなければ移動ができない。あの場所からであれば、タクシーで移動した方が早いのだ。場末のタクシーであるヴォーカロイドなどに金を掛けていられないのだろう。しかし、シャアにはそれが勘に触った。
 ジオンとは違う宇宙であると強制されている様な気がするからだろうか。
 だが、シャアは、気が軽くなっていた。動かずにじっとしていることは元々彼の性格には合わない。思わず、床を蹴って跳んだ。シャアの身体は六メートル以上の距離をゆるやかな弧を描いて滑空する。引力が約六分の一の月では軽く跳んだだけでこうなる。ジャンプの方角さえ間違えなければ、地上より便利なことは言を俟たない。
「兵の練度があがる筈もない……」
 シャアはそういいながらグリップから手を放し、通路から出た。スペースゲートへ流れ、思い出して苦笑いを浮かべた。ジオンの恐怖を忘れられない地球連邦政府と地球連邦軍の監視下で、補充も訓練も満足にできる筈などないと最初から判っていたことだからだ。
 柔らかく着地し、振り向くとスペースゲートには、若い軍人らしい女性が立っていた。シャアを見つけて駆け寄ってきた。私服姿であるが、動きに素人らしさはみられなかった。
「クワトロ・バジーナ大尉でいらっしゃいますね?」
 シャアに近づいて耳打ちしたのは、引き締まった顔立ちの女性士官だった。ショートヘアというよりもウルフカットの鮮やかな赤毛。スペースノイドらしい無駄の少ない敬礼に、少しだけシャアは、妹を思った。
「クワトロだ。シャトルの準備済んでいるな?」
「その物言い、バレますよ……」
 喉の奥で笑いをかみ殺す様な声がした。今のシャアは軍服ではない。民間のシャトルに乗るために私服に着替えているのだ。スーツケースを係員に預けると、シャアは彼女を振り返った。何故だか判らないが、懐かしい匂いがした。
「そうかな…?」
 なにが…という意識はなかった。IDカードをゲートスタッフに提示し、ゲートを通りすぎる。女性士官がシャアに続いた。座席は機体中央、フライトデッキから見て奥であり、目立つ場所ではなかった。
 シャアがシャトルのビジネスクラスに坐ると隣に坐った。
「アンマンで乗り換えです」
「直行便ではないのか?」
「えぇ、押さえられていますから。彼でもさすがに……」
「では、しかたない。旅を楽しむか」
 用心深く周囲を探る。女性士官がかすかに頷いた。いくら月の裏側に〈エゥーゴ〉に賛同する者が多いといってもティターンズの手先がいない訳ではない。特にアブ・ダビアが民間シャトルに強引にねじ込んだのだろうから、多少狭いシートでも文句は言えなかった。
「同行を仰せつかりました……レコア・ロンド少尉です」
「諒解だ。モビルスーツ乗りか…何処の出身だ?」
 リクライニングを倒しながらシャアが尋ねる。レコアは咎めるように険しい表情をしながら、シャアの行動を阻んだ。
「注意されますよ……目立たないでください。それでなくても大尉は悪目立ちするんですから……」
 小声で耳打ちする。
 囁くような声にシャアは聞き覚えがあるような気がした。
(デジャ・ヴ……か?)
 かつて、一年戦争中に得たつかの間の安息だった記憶が蘇る。しかし、それはシャアにとって辛い記憶でしかなかった。失ってしまったものは失ってからしかその大切さに人は気づくことが出来ない。それでは一体なんのためのニュータイプへの進化なのか?
 そんな僅かな回顧がレコアの辛そうな表情を見逃した。
「……サイド2……です」
 しばらくたってから、レコアが呟いた。だから、シャアは眠ったように、返事をしなかった。少しだけレコアがシャアを睨んだ。だが、意に介さない。シャアは既に自分の世界に入り込んでいたのだ。 
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