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或る皇国将校の回想録

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第五十話 かくして宴は終わる

 
前書き
馬堂豊久中佐 独立混成第十四聯隊聯隊長

大辺秀高少佐 独立混成第十四聯隊首席幕僚

ユーリア・ド・ヴェルナ・ツアリツィナ・ロッシナ
<帝国>帝族の一員である東方辺境領姫にして<帝国>陸軍元帥
東方辺境領鎮定軍司令官 天性の作戦家にして美貌の姫

クラウス・フォン・メレンティン
熟練の東方辺境領鎮定軍参謀長 ユーリアの元御付武官

アンドレイ・カミンスキィ
第三東方辺境胸甲騎兵聯隊の聯隊長である美男子の男爵大佐
ユーリアの愛人にして練達の騎兵将校

ヘルマン・レイター・ファルケ大佐
第1教導戦闘竜兵団長、新兵科である龍兵の現場責任者
ユーリアとメレンティンに見いだされ、龍口湾の戦いにて龍兵を指揮する。

新城直衛少佐 近衛衆兵鉄虎第五○一大隊大隊長 

藤森弥之介大尉 近衛衆兵鉄虎第五○一大隊首席幕僚

美倉准将 近衛衆兵第五旅団長   

 
皇紀五百六十八年 七月十九日 午前第六刻 龍口湾
第1教導戦闘竜兵団 団長 ヘルマン・レイター・ファルケ大佐


「おいおいおいおいおいおいおいおい、どういう状況なんだこれは……」
 まさしくこの戦場を神の視点で俯瞰することが出来る龍兵、その中でも最上級の指揮官であるヘルマン・レイター・ファルケ第1教導戦闘竜兵団長は飛行帽ごしに頭を掻きながら唸った。
 戦場の北部、中央、南部でものの見事に戦況が混乱しきった状況になっている。
北部はかの美姫の構想そのままとでもいうべき状況である、無論、蛮軍も相応に工夫を凝らしているが大局に影響を及ぼすほどの物でもないだろう。
 中央は混迷を極めている、昨日痛手を与えた逆襲の主力部隊は火力を欠きながらも再び奇襲を開始し、突破を図っている。それを可能としているのが二個の旅団――その程度の規模である、だがそれが三万の防衛線の後方で師団司令部を、本営を、攻撃しているのだ。
南部に至っては――中央の軍から突破した部隊と南部の軍によって包囲され、壊乱している!
「――ッ」
 刹那、ファルケ大佐は精悍で――どこか歪んだ笑みを浮かべる、この瞬間、自分の判断があの己を見出した戦姫と十万からの<帝国>兵達の命運を左右する事を理解してしまったのである、歓喜と怯懦と憤怒が綯い交ぜとなったなにかがその笑みを浮かべさせたのだ。
「あぁ畜生、戦争だ、まさしく」



同刻 龍口湾 東方辺境領鎮定軍第21師団 主戦場南武戦域 
第一旅団第十七聯隊 聯隊長モルト大佐


「畜生!何たる事だ!」
 第一旅団 第十七聯隊 聯隊長であるモルト大佐は毒づいた。昨日の戦いで大損害を受け、漸く再編と補充を済ませた彼の聯隊は僅か半刻で再び甚大な被害を受けていた。
 既に二個大隊が宿営地を徹底的に叩かれ崩壊、他の大隊も哨兵のお陰で辛うじて防衛に成功しただけだ。 敵の反攻戦力の正面に配置されている旧第二旅団の部隊も同様の状況――否、更に悲惨な状況なのだろう。でなければ自分達が此処までしてやられる筈はない。
 旅団本部壊滅後、カミンスキィの統率宜しきを受け師団司令部は指揮系統の再編を行ったが、その師団司令部方面から銃声が響き、既に師団司令部すらも危機に瀕している事が分かる。そのせいで幕僚達も浮き足立っている。

「第十八聯隊と合流すればまだ機はある!」
 歴戦の大佐は絶望を封じ込めてそう将校達を激励した。彼らは統制を保ち、予備として被害を免れた一個大隊に巧みに潰走した部隊を取り込ませながら後退を行っている。

だが――「聯隊長殿! 第18聯隊が攻撃を受けています!!」
「敵砲兵隊を視認!前進しています!」彼らの終幕を示す情報は的確に、彼が維持した指揮系統を通して伝わりやがて――「聯隊長殿!敵騎兵聯隊が此方に突撃を!」

――実のところ、この時攻撃に投入された部隊は西州騎兵第三旅団であった。
〈皇国〉陸軍の規模と消耗の所為で〈帝国〉基準では聯隊規模になっていたが、モルト大佐の苦労によって辛うじて保たれていた統制を崩壊させるには十分なものであった。


同日 午前第六刻過ぎ 〈皇国〉陸軍集成第三軍司令部


「閣下!西州騎兵第三旅団右翼突破ニ成功!敵聯隊本部壊滅!」

「駒州銃兵第九旅団より伝達!我ラ〈帝国〉軍部隊ヲ壊乱セリ!」

「先遣支隊より伝達!敵師団司令部ノ抵抗堅固也!増援ヲ求ム!」
 軍司令部は将校と導術兵達が導術の声が飛び交う。
「第十ニ旅団に独立第四二八平射砲大隊を麾下に加え、第九旅団の支援に向かわせよ!
騎兵第三旅団に敵司令部位置を伝達!」
「伝達不可能です。突撃により騎兵旅団の導術達の集中が乱れております。ですが予定通りなら彼らはそのまま師団司令部に向かうはずです」

「ならば念のために突出した銃兵隊を支援に向かわせよ――まったく忙しいものだな」
導術利用の即時性が齎した弊害(?)を愚痴る宿将に、若い参謀が苦笑する。
「閣下。即座に戦況を把握出来るのですからそう言わないで下さい。」
「ん。それで龍州軍はどうした?」
「再編を終えた二個旅団を中心に防衛線を堅持、予備隊の一部を集成し、第二軍の予備隊と合流させるべく北進させています。」
現在の優勢がいかに脆いものであるのかを、昨日思い知らされた第三軍司令部は張り詰めた様子で迅速に前進を続けていた。



同日 午前第五刻半前 第21東方辺境領猟兵師団司令部 防衛戦戦域
集成第三軍先遣支隊 支隊長 馬堂豊久中佐


師団司令部周辺は断続的に響く銃声と咆哮に満ちていた。
「――もはや隠密性の保持は不要だ、最悪でもこの司令部を潰せば俺達は与えられた任務を十分に達成した事になる」
第三軍の攻勢再開を受け、そう宣言した支隊長・馬堂中佐は火器の使用を許可したのである。火力の優越という優位を敵が得ている以上、総力をあげて、短期決戦に持ち込むべきだと考えたからである。
 銃兵達が次々と射撃を行い、剣虎兵達はその脇を駆けて突撃を開始する。
応戦する〈帝国〉の猟兵達は半方陣を組みながら必死に応戦している。その傍らを抜刀した胸甲騎達が側面に回り込もうと駆ける。

 〈皇国〉の銃兵達は再び緩やかに後退を開始し、剣虎兵達は猟兵の戦列を一通り蹂躙すると再び集結して銃兵達の側面を固め、騎兵へと挑みかかる。
 その隙に猟兵達も戦列を組み直して猟銃を構え、騎兵達は猫を振り払いながら後方へ退く ――この繰り返しであり、全般的に見れば明らかに膠着状態に陥っていた
「――まずいな、砲兵が出てくる前に片をつけないとこちらが囲んで警棒で叩かれる」
 馬堂支隊長は唸りながら現状の打開を考察している。
 ――あまりにも火力が貧弱すぎる、こんな風に彼らを送り出すなど自分が情けなくて涙がでてくる。
 祖父の教えである“指揮官は苦しい時にこそふてぶてしく笑え”を忠実に実践すべく笑みを浮かべているが、それは逆に言えば追い詰められ、胸を反らして笑みを浮かべながら薄氷の上を恐る恐る歩いているという事である。
馬堂豊久はその産まれもった記憶の所為で多分に神秘主義的な面を持っていたが、戦場で第一に祈りをささげる御神体は神や運命などといった概念ではなく、大砲とそれを動かす彼の部隊であった。

「――我々が主導権を握ったまま押し切れると思っていたのですがね。
流石は戦姫の切札、東方辺境領第三胸甲騎兵聯隊と言った所でしょうか。あれ程に動く事が出来るとは」
 彼が頼りにしている首席幕僚もやはり顔を強ばらせている。膠着化した最大の要素は猟兵大隊と連携した胸甲騎兵聯隊の動きだった。積極的に支隊本部を潰そうと攻勢に出ることは想定されていたが、剣牙虎による牽制で足を止めさせる事で打開しようと支隊本部は考えていた。
 実際、それは有効である事は示された。損害比は通常の銃兵部隊では有り得ない事に、優位を得ており、東方辺境領胸甲騎兵聯隊は既に三割近い損害を受けている、それでもなお、果敢に迂回を狙い、牽制することで銃兵部隊の前進を阻んでいるその姿は驚愕に値するものである――あるのだが、それ以上に砲兵部隊の到来が危険視されている。
騎兵砲であっても一方的に散弾を浴びせられたら剣虎兵の得意とする白兵戦に持ち込む前に前衛が崩壊する。
 幸いと言うべきか初手の奇襲でどうにか司令部護衛隊の砲兵小隊を壊滅できたが砲自体は無傷であるし、司令部直轄の砲兵聯隊はそう離れていない場所に居る。
「良いことを教えてやるよ。最悪の事態を想定すればそれは的中するものだ」
 ひどく老けた声で若い支隊長が発した言葉に首席幕僚が尋ねる。
「――北領の戦訓ですか?」

「そうさ、手痛い損失を埋めるにはとても足りないけどな。――まずいな、そろそろ龍共がくるかもしれない。砲兵連中は反攻主力相手に釘付けの筈だが師団長の事だ、平射砲くらいなら持ち出させるかもしれん」

「こちらも増援が到着すると良いのですが龍兵が飛来したらそれもあまり意味がありません――近衛の方は無事でしょうか」

「――どうだろう、新城ならば俺が考えている程度の事ならば対応策を考えていると思うが、こっちからはどうにもできなんだ。残念だが、現状の事で俺の処理能力は一杯一杯だ」
 聞くだけだとただの軽口だが、その視線は、血を流しながら前進している兵達を脳裏に刻みつける様に戦場へと向けられている。

「支隊長殿のおっしゃる通り、こちらの攻撃を無効が予想していたのならば今の優位も敵の想定内のものでしょう。このまま追い回されるくらいならば、いっそ騎兵の如く総員吶喊するのも手かもしれません。」

「――ッ!」
 豊久は信頼する首席幕僚の意見に顔を歪める。
 ――不利な賭けにでられない、か。 ここがこの方の限界だな。
 冷徹にそう分析した首席幕僚は言葉を継ぐ。
「現状、数では我々が勝っています。予備を含め、支隊総力にて司令部を突く事はけして戦理に外れたものではありません」

「・・・・・・」
 喘ぐように息を吸う支隊長を見て、大辺は瞑目する。
 ――根拠さえ示せば乗るだろう、このままでは龍爆の餌食だ。
「支隊長殿、このままでは我々は戦闘中に龍兵の爆撃に晒される可能性が高いのです。かくなる上は多少の危険を犯してでも、敵に接近し、味方ごと爆撃すると言う危険を犯させるべきです」

「――だが」
 苦しそうに言葉を振り絞る豊久を遮り、秀才参謀は告げる。
「支隊長殿、こちらが相手をするのは司令部です。敵軍も味方を巻き込むような危険を冒すことはできません、剣虎兵を擁する我々が司令部を攻撃するのならばその最適解は敵と混淆された白兵戦に持ち込む事です」

「・・・・成程な」
最後の拠り所となる薄弱な根拠を示された豊久は決断する。
「分かった、首席幕僚の具申を採用する。支隊本部及び、全予備隊を主力と合流させる。
先遣支隊全隊に伝達を行え!」


同日 午前第五刻半 <帝国>陸軍 蛮族鎮定軍 本営
<帝国>陸軍元帥 ユーリア


 近衛浸透突破集団は危機に瀕していた。それを呼び込んだのは、カミンスキィが派遣した胸甲騎兵一個大隊である。
 客観的に見ても、五〇一大隊は五百名の騎兵を屠るには十二分な打撃力を持っており、導術管制を活かせば訓練不足もある程度は補強できるものであった。
 もちろん、そうでなくては此処まで来られなかっただろう――だが、問題は敵の方針だった。
カミンスキィが命じたのは、第一旅団本部の確認、或いは浸透した戦力を視認したら即座に本営(・・)へと通報する事だった。
 敵は近衛の攻撃による損害を受けながらも即座に転身し、一個小隊弱――約二十名ほどを取り逃がす事になってしまったのだ。先遣支隊の攻撃を陽動代わりに、本営を殲滅する構想はまさに時間との勝負となっていた。
「恐れるな!此処を退かば〈帝国〉の恥となるぞ!」
 今まで一度も戦闘を指揮した事がない輜重大佐が応急防御隊を指揮し、吠える。
「頭を潰せば猛獣使いも烏合の衆だ!我等、胸甲騎兵の何たるかを示す時は今だ!」
 バルクホルン少佐の胸甲騎兵大隊が巧みに彼らの献身に答えようと動く。 そして、彼らを率いているのは――肩を貫かれた若い猟兵少尉が叫ぶ。
「退くな!退くな!東方辺境姫殿下が直率しているのだ!」
 
「後どれほどだ?」
 ユーリアは隊列を組まずに進む敵とそれに翻弄されながらも応戦する猟兵大隊を見ながら尋ね、メレンティンも熟練の将校らしく落ち着き払った様子で応える。
「龍兵はもう間も無くです、騎兵達は半刻程かと。」

「――そう、やられたわね。結局、二部隊も入り込まれ指揮系統は完全に崩壊した、勝ってもこれでは戦果拡張は不十分にならざるを得ない。また、今回も決定的な勝利は得られないわ、それも目前に見えていたのに」
 <皇国>軍人が聞いていたら憤死しかねないような事をユーリアはなかば芸術家のような口調で言った。
「殿下、この状況で勝った後の事をお考えになられるだけ、でも素晴らしい将器かと」
 その天才性と完璧主義者の危うさを同時に感じ取りながらもメレンティンは彼女に感服の意を示す。そうした危うさを埋めるのが自身の役目であるとメレンティンは信じており、だからこそユーリアも彼に全幅の信頼を寄せているのだ。
「貴方が居るからよ、クラウス。さぁ、あの健気な大佐を助けてあげなさい、指揮権を預けるわ」
 四苦八苦している事務方の大佐に視線を向け、美姫はくすり、と微笑した。
「はい、殿下」
 微笑を浮かべ、総司令官の命に頷いた参謀長は彼らを掌握せんと馬に乗り、駆け出そうとし――天を仰いだ。


同日 午前第六刻 東方辺境領第21師団司令部防衛戦区域
集成第三軍 先遣支隊 支隊長馬堂豊久

 先遣支隊は思わぬ幸運に欣喜雀躍した。
 迂回突破に成功した西州騎兵第三旅団が敵猟兵聯隊の一部を潰走させ、そのまま援軍として駆けつけたからだ。彼らも損耗していたが、それ以上に損耗し、残余千名超しか残っていない胸甲騎兵達へと襲いかかった。

「――支隊長殿!第十一大隊が猟兵大隊へ突撃を開始しました!
第二大隊はこれに呼応し司令部へと躍進を開始!」
情報幕僚が興奮を隠しきれずに告げる。彼らが集まった支隊本部もまた騎兵中隊と鋭兵中他の二個中隊の警護の下、最前線にて指示を飛ばしている

「大変結構!第二大隊に注意せよと連絡を」
 ――ここで一撃を与えれば十分だ。騎兵が来たという事はここで拘束しているだけでもう間もなく主力も突破するという事!
眼前に転がり込んできた勝利の兆しに豊久は興奮を抑え込みながら判断を下す。
「――お待ち下さい!第三軍司令部から緊急伝達です!来襲セリ!敵龍兵、約百匹ガ南進セリ!」
 舌打ちする。昨日の龍兵は総計千匹ほど、つまりは主力は変わらず、浸透部隊に擾乱攻撃を仕掛けるだけにとどめたという事だ。
 ――糞っ!もう引き際か?否、まだだ!もうひと押ししてからだ!
「導術!各大隊に伝達!散開しながら進撃せよ!龍兵の通過後は順次後退準備!軍主力と合流するぞ」


同日 午前第六刻 本営から西方約一里 近衛衆兵第五旅団
第五旅団長 美倉准将


「進め!我々が今、この瞬間、御国の命運を握っているのだ!!」
 美倉准将は任官してから、初めてと言って良いほど将校たれ、と振舞っている。
 兵達を叱咤し、激励し、前へ、前へ、と進めていく。将校の基本の基であるが、だからこそ一種の壮麗さを感じさるものだった。

「閣下!」
 幕僚長が美倉へと駆け寄る。
「何事か!」
 興奮しきった美倉が吠える。この男も魔王の如き男に引き摺りまわされ狂いかけているのかもしれない。
「龍兵です!此方に向かっています!」
 幕僚長がそう答えるのとほぼ同時に、第三軍の砲兵達を追い散らしたモノ共の鳴き声が響く。
「失礼します!」
 幕僚長が体ごとぶつかり、美倉は茂みへと叩きつけられる。
 ――爆音が響き、熱風と共に、美倉の意識は吹き飛ばされた。



同日 午前第六刻半 第21師団司令部
師団長 アンドレイ・カミンスキィ少将


「見事だ、諸君!君達の忠勇は我らがユーリア殿下の威光と共にこの世界に遍く伝えられるだろう!!」
 師団長であるカミンスキィは笑みを浮かべ、兵達を鼓舞している。
 だが、彼が兵達へ背を向け、司令部天幕へと向かう時にはその微笑は消え、腸を煮込む熱を顔面に浮き出させていた。
 ――この勝利は確かに、彼らの忠良がなければ存在しないものだった。だが、その決定打を齎したのはあの龍兵達だ。
 司令部を守りきったのは自分だが、その引き換えに敵軍主力の攻勢を防ぐ事ができず。既に敵の攻勢は追撃を困難なものとするところまで我々を追い込んでいる。
 ――俺は今、この瞬間、天下に恥を晒したようなものだ。
 カミンスキィは辛うじて激怒を表面化する前に殺し、現状の確認を行う。

「アルター参謀長、現状の報告を」

「はい、閣下。護衛についていた部隊はほぼ壊滅。胸甲騎兵聯隊は被害把握が済んでいる限り、約五割が死傷しております。猟兵部隊の損害は三割程です、現状では追撃は不可能です」
あの猛獣使いの部隊は龍兵の攻撃とほぼ同時に散開しながら後退を行っている。
まったくもって予想通りの返事に唸り声がもれる。
「つまり、だ。連中は我々の指揮能力の無効化にまんまと成功した挙句に逃げ果せたわけだ」
 カミンスキィの怒りを込めた視線を見たアルターはどのような者が師団長となったのかを改めて知り、僅かに身震いした。
「――アルター君、すぐに師団の損害確認をとってくれたまえ」
 震える拳を握り締めながら、若き少将は兵達へ将器を示すべく、歩み出て行った。



同日 午前第六刻半 龍口湾南部戦域前線より約三里後方 集成第三軍司令部
第三軍司令長官 西津忠信中将

「――閣下、宜しいのですか?」
豊浦参謀長が西津司令官へと尋ねる。

「宜しいも宜しくないもあるまい。つまるところ、我々は敗北したのだ、貴様も分かるだろうに」
 
「は」
 豊浦も目を伏せる。
「閣下、騎兵第三旅団は再集結完了、これより敵防衛線を再攻撃し、主力の後退支援を行います。先遣支隊は本部に直撃こそ免れましたが爆撃の被害を受け、集結まで時間がかかるようです」
 長隈情報主任参謀が報告をすると戦務参謀の荻名が呻いた。
「厄介だぞ、あれは。水軍の龍兵で対抗できるのか?」

「それは分からぬ、だが御国が最後まで立っている様にせねば我らも倒れる」
 豊浦が鋭い視線で戦務主任参謀を睨む。
「――だからこそ、我々は間もなくくる破滅に対し、最善を尽くさねばならぬ。
行くぞ、これから忙しくなる。くれぐれも導術共を潰さんようにせよ」
そう言うと馬に鞭をくれ、宿将は前線へと向かっていった。



同日 午前第七刻 本営絶対防衛線周辺 近衛衆兵鉄虎第五〇一大隊
大隊長 新城直衛少佐


「大隊長殿、第五旅団潰走します!」
 ――知ったことか!

「敵平射砲が前面に押し出してきます!」
 ――まだ配置についていないのならば敵と乱戦に持ち込めば良い!

「導術総員に伝達!」
 自棄と覚悟の狭間にある新城が全軍突撃を告げようとするが――

「お待ちください!龍州軍司令部より全隊へ!全隊撤退せよ!
龍爆ニヨリ第二軍砲兵隊半壊セリ!敵、師団規模ノ予備隊ニヨル攻勢開始!
渡河点ノ防衛ハ困難ナリ!全軍撤退セヨ!繰り返す!全軍撤退セヨ!」
 本部附き導術兵が叫ぶ
 怒気に顔を歪めた新城に背後から声がかかる。
「してやられたわけだ、我々は」
 副官らしき大尉の肩を借りて、額から血を流した美倉准将が現れた。片足を引きずり、片腕をだらりと伸ばしている姿はまさに満身創痍である。

「閣下、御無事でしたか」

「部下達よりは、な」
 美倉は不機嫌に唸って応える。
「第三軍は近衛が担当してる敵旅団を後方から突破して後方を扼する形で街道に沿って撤退するつもりらしい。
我々は龍州軍の担当戦域を通過し、総軍司令部と合流しようと思う」
 幸い、服を煤けさせている以外は目立った負傷のない副官は淡々と告げる。
「――成程、それでは、我々も御一緒させていただきます」
 つまるところ、龍州軍司令部が自軍と近衛総軍が真っ先に撤退するように指示を出したという事だろう。まぁそれは当然である。集成第二軍は遅滞戦闘を行わねばならないし、第三軍は敵陣中に突出しすぎているし、反攻主力として再編された以上、現状では最も単独戦闘能力が高い軍だ。この二軍はこの戦況を整理せねばならない役目がある。
「すまぬが、第五旅団の指揮権は貴官に預ける。情けないが、私はこれでは役立たずにしかならない」
 美倉はそう告げると再び後方へと副官と共に下がって行く。





同日 同刻 第21師団司令部より南東三里
集成第三軍先遣支隊本部 支隊長 馬堂豊久中佐


「いやはや、良く凌げたものだな、おい」
 疲れきった支隊長がぼやくと戦務幕僚の石井も苦笑して応える。
「まさか、士官も馬に乗せないというのがこんな所で役立つとは思いもしなかったですね」
 支隊本部は幸運にも龍爆からの被害を免れることができた。
 騎馬ではなく徒であり、また将校達も迷彩を施した軍装だったことで目立たなかったことが齎した幸運であった。ある意味では隠密性の保持という役目を果たしたと言える。代わりに西州第三騎兵旅団の一部が龍爆を受けていた。

「――代わりに叩かれた部隊の兵達には申し訳ないがな。部隊の再集結はどうだ」

「少なくとも、各大隊は集結をすませました。現在の我々の戦力はおおよそ、二千五百程度かと。幸いにも組織的な追撃はありませんので損害の心配はありません。
兎にも角にも第三軍の主力と合流せねばなりませんな、砲も輜重も彼らの下にあります」

「・・・・・・戦力の消耗が少なく済み幸運だった、と云うのは恥知らずなのだろうな。――まぁ、いい。ひとまず、軍主力と合流しよう、俺達は負けたのだ、敗者は尻に帆をかけて逃げるものさ」
 細巻に火を着け、支隊長は平然と肩をすくめた。呻く幕僚達を見て、“北領の英雄”馬堂豊久は笑いを深めながら悪夢を告げる。
「まぁ、安心しろ、俺はそこらの将校よりも負け方を心得ているからな。
――これから先の本番は上手くやれるさ」


 かくして陽が照らす朱に染まった龍口湾に背を向け、護国を謳っていた軍勢は深い手傷を負って敗走する事となる。
 だが、アレクサンドロス作戦を完遂した〈帝国〉軍も戦術的には辛勝か引き分けと言った有様であり、〈帝国〉軍が負った傷は予想以上に深いものであり、ユーリアの意図は、(戦争である以上当然であるが)狂いつつあった。 両国は互いに既に次の手を打っていた。
だが、次の盤面に対峙するものは別の者達だった。
〈帝国〉軍は傷を癒しながら本領からの増援を待ち、〈皇国〉は――――
 
 

 
後書き
とりあえず一区切り付きました。
ここからは概ねオリジナルの撤退戦編に移る予定です。
書き溜めが不十分なのとPCが半死半生なのでちょっと遅れるかもしれませんが、ガンバルゾー! 
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