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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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第35話「ガンツと俺」



「か、楓!?」

 慌てて駆け寄る刹那の言葉が空に響いた。木乃香とカモもその顔を呆然とさせている。

「どういうつもりですか!? タケル先生!!」

 気色ばむ彼女に、いつの間にか無色の顔になっていたタケルは「ありがとう、だが助けは要らない」

「な!? ……ではなぜ、私は――」

 ――撃たれなかったのですか?

「……さぁ?」

 言うと同時。刹那がさらに口を開く前にその身を飛行船から投げ出した。

 慌てて追いかけようとする刹那に、今度はカモが。

「駄目だ、姐さん!!」
「どうしてですか!」
「姐さんまで行っちまったらここにいる姐さんたちが危険なんじゃねえかい?」

 ここにいる面子は、木乃香、カモ、それに気絶している楓。実質戦えるのは確かに刹那だけ。タケルの戦う化け物の規模も戦力も不明な為、ここから離れることはここに残っている面子がそれだけ危険に晒されるということになる。

「……ぐ」

 それに気付いた刹那も悔しげに肩を震わせ、だが諦めたようにため息をついた。

「わかりました、とりあえずここの守りに専念します」
「……にしても、なんでわざわざこっちの戦力を減らすような真似をしたんだ、タケルの旦那は?」
「本当に」

 唸るように考え込むカモと刹那に、黙っていた木乃香が口を開いた。

「そんなん決まってるえ?」
「「え?」」
「せっちゃんらが言う化け物のことはようわからんけど、こわい敵なんやろ?」
「え、ええ」

 躊躇いがちに頷く刹那の反応に、木乃香は微笑んで、言う。

「先輩はウチらを危険な目に合わせたくないだけや。だから楓も気絶させたんやない?」

 その言葉に、少しだけ考えるように目を伏せ、導き出された結論を躊躇いがちに呟く。

「……つまり、一緒に戦う危険を負って欲しくなかった、と?」

 その問いに、木乃香は微笑み、肯定して呟く。

「ほんま、先輩は不器用やなー」
「……なるほど」

 その結論は理解しがたい。

 それなら言葉で言えばいいのではないだろうか。

 だけど。

 強引で不器用、言葉よりも行動で。そこから覗かせる僅かな優しさ。

 そんな彼だから。

 理解しがたいが、納得できてしまう。

「「……」」

 カモと刹那が顔を見合わせ、空気が抜けるかのように息をつく。

「そうですね」
「木乃香姐さんには敵わねぇな」
「??」

 木乃香としては至極当然のことを言ったつもりなのか、褒められてむしろ首をかしげているが、刹那はそれを横目に飛行船の周囲を歩き出す。

「「?」」

 首を傾げる木乃香とカモを目の端で捉つつ「ふむ」と呟く。

 ――必要なことは。

 とりあえず、あるていどの予防線となる結界を張ること。そしてもう1つは――

「お嬢様、タケル先生が危険に陥った時にここが安全そうならばタケル先生の援護に駆けつけても構いませんか?」
「え? でも、タケル先輩の動き……わかんの?」

 その質問にすぐには答えず、懐から専用の符をいくつか取り出す。

「これは、特殊な符を貼り付けた人間の視点を共有できるものです。そして、失礼とは思いましたが戦闘中、勝手にタケル先生に一枚の符をつけさせていただきました」

 よどみなく当然のように言う彼女はさすがは仕事人といったところだろう。先ほどの戦闘でタケルが逃げ出した時に逃がさないための罠を既に用意していたということだ。

「おお、それがありゃ旦那の動きも一発じゃねえか」

 ――さすが、姐さんだぜ!

 さっきから調子のいいことばかり言っている――気がするカモの言葉に肩を竦め、木乃香を見つめる。

 それが、先ほどの言葉の返事を待っているということに気付いた彼女はハッとした表情を見せ、そして嬉しそうに頷く。

「当たり前やん!!」
「ありがとうございます」

 礼を言い終えるや否や「オン」と呟き、符に魔力を込める。途端に符が光りだし、符に触れたものにタケルの視覚情報を伝える。

「さ、これに触れてください」

 言われた通りに符に触れた一人と一匹が感嘆の声を漏らし、それに集中する。

 ――よし、後は。

 それを見届けた刹那は一度そこから離れ、結界作りに専念するのであった。




 告白阻止用に設置された衝撃吸収装置の場所は既に把握していた。あとはそこへ落下するだけ。 

 百Mという高さをただひたすらに落下する。

 落下する体が風を切る。

 ――とりあえず、彼女たちの心配は後回しだな。

 浮遊感が彼の体を包む中、頭の中が徐々に切り替わっていく。先ほどまでの温い世界は既にない。

 自分は一人。それで十分。

 思考は切り替わる。温かい心から鉄の心へ。先ほどまで浮かんでいた生徒達の顔は今や遠い世界へと霞み、モヤに包まれた。

 彼がガンツへとその足を踏み入れた。

 ――よし、いける。

 一気に近づく地面に、だがタケルの表情に恐怖はない。

 コントローラーで敵の位置を特定しつつ、呟く。

「ガンツ、ZガンとXライフルだ」

 声と同時、衝撃吸収装置に落下。

「っ」

 なんとも不可思議な感触がタケルの体を一瞬だけ包み込み、僅かな浮遊感を覚えた後、気付けば地面に鎮座していた。

「……ふぅ、成功だな」

 やはりいつの間にか転送されていたZガンを右手、Xライフルを左手に握り締めて、その直後には近くの物陰に隠れていた。

「……」

 ――いた。

 正にレーダーどおり。

 小型ロボ星人と人型のロボ星人が14体の群れを成してそこかしこを闊歩している。距離は約100M。

 ああいったロボ型の星人の多くは―例えば熱源探知などの―視覚以外にも別の索敵手段を持っていたりすることが多いのだが、どうやらこちらに気付く様子はないことから、視覚以外の索敵能力はないようだ。

 ――……それとも、索敵範囲外か?

 とりあえずZガンを地面において、Xライフルでロックをかける。

 ロック、ロック、ロック……。

 ――発射。

 12体もの星人の群れは、一瞬で弾け飛び、または穴が開き行動不能に陥る。真っ赤な血が散乱し大きな血の池が出来上がった。

 いきなりの惨状に、だが星人とはいえやはりロボなのか、残されたたった2体のロボ星人―小型と人型の星人1体ずつ―はうろたえることもなく周囲の索敵に入る。

 ――あとは。

 物陰に隠れて移動を開始する。もちろん、コントローラーにてその他の敵位置の確認は怠らない。

 適当に拾った岩のいくつかを投げつけ、途端にその岩が敵の銃によって破壊された。

 移動、また投石。

 それを何度か繰り返し、一息をつく。

 ――実弾がメイン武装か。

 威力は見た限りでは大口径のライフルと同じだろう。攻撃手段は実銃。小型がライフルで人型がガトリング。

 索敵能力は視覚のみ。その視覚も、射程は75M前後。狙いは正確とはいえないし、動きも速いとは言えず、集団でいることの利点も活用できていない。敵の存在を仲間に知らせる能力すらない。

 ――これに関してはまた別機が存在する可能性もあるし、敵の形状を詳細に把握しておく必要があるか。

 防御能力もXライフルで何の問題も無く倒せることから警戒すべき点はとりあえず見つからない。
不意に小さなため息がもれ出ていた。

 ――1体で1点もいかないような雑魚だな。

 もしガンツスーツがあれば強引に駆け抜けて終わらせることすら可能なほどに弱い敵たちだろう。

 とはいっても、今のタケルのスーツはおシャカ状態。そんな強引な手段をとれば一瞬で蜂の巣になることは明白だが。

 ――大体だが、敵戦力の把握は終わった。

 あとは反撃だ。

 いまだにこちらの動きすら掴めていない鈍いロボ星人の頭上に投石。彼等がそれに銃を向けた瞬間に飛び出てXライフルで2射。

 ギョーンと音が響き、やっとこちらに気付いた小型と人型のロボ星人がタケルへと銃を向けた時、爆破壊。

「……次」

 淀みなく歩き出したタケルの目に、既に感情の色はない。




 走る。

 ただひたすらに走っていた。

 両手に構えた2丁のXガンで次々と敵を撃ち抜いていく。

 Zガンは当面必要がないことがわかったので、置いてきた。Xライフルも両手で構えるには少し扱いづらいため同じ。いざとなればまたガンツに転送させれば済むだけだ。

 相手の視覚範囲は75M前後。約100M離れてさえいれば、どれほど敵にその姿を晒そうが関係ない。そういった距離感に関しては必死に体に備え付けてきた。体の感覚が狂わない限り、それが外れることはまずないと、自信を持って言い切れる。

 心配なのは100Mという長距離射撃での自分の腕前だが、相手の動きが遅い、というかほとんど歩いているだけなのでそれもどうにかなっていた。

「ふっ、ふっ」

 少しでも息が切れないように、意識的に一定の間隔で呼吸を繰り返す。

 ときどき、コントローラーに目を配り、異常が起きていないことを確認しつつ敵を撃破していく。最早機械作業となりつつあるこのミッションを、それでも油断なくタケルは走り抜ける。

 どれほど安易なミッションだろうと、どれほど楽なミッションだろうと、油断だけはしてはいけない。

 油断は即ち、死。

 既に体が覚えていることだ。

 ギョーン。

 これで何度目だろうか。

 時に立ち止まり、時に物陰に隠れ、そしてそれ以外はほとんど走り続けて。

 100回以上は引いた引き金を、それでも引き続ける。

 血の池がそこかしこに出来ていた。

 別に何かが珍しいことではない。ただ、この世界に来てからの大量ミッションが初めてなだけのこと。

 寧ろ、今までと違いこの地―麻帆良―を理解しているだけ、地の利があって戦いやすい。

 フと、ここに来る前のことを思い出していた。

―――――――――――――――

 あれは、いつの時だったろうか。

 タケルが、自分以上の圧倒的な敵星人の存在を目の前にして、まだ歓喜ではなく恐怖を覚えていた頃のこと。

 ガンツのミッションに慣れ始め、まだタケルが自分を壊れていると認識できていなかった頃のこと。
いつも通り、ガンツに表示されたアテにならない情報の星人に勝利して、まだタケルが自分の命があることにホッと息をついていた頃のこと。

 そして、まだ。

 新しく送られてきた人間と一緒にタケルが戦っていた頃のこと。

 あれは今回以上に大量ミッションの時だった。

 1体につき1点。その数は約400で大量ミッションにもかかわらずボス格はいなかった。

 タケルを含む9人の経験者と3人の新参者で始まったミッションも、1人死に、2人死に……そして気付けば経験者が4名残るのみとなっていた。

 この時、敵の数は残り120。数だけ見れば不可能ではないかもしれないが、実にその状況は最悪だった。

 周囲を既に囲まれていたのだ。

 もう駄目だと諦めた仲間達をタケルが不器用な言葉で鼓舞し、それでもまた一人死んで。その時には生き残っていた人間全員のガンツスーツは既に効果を失っていた。

 絶望的空気が流れる中ただ一人、タケルだけが諦めなかった。

 繰り返される一定の呼吸。落ち着いていく心。それと共に消えていく死への恐怖。より鮮明になる思考。どこかで高揚する自身の想い。

 あらゆる世界が反転し、いつの間にか笑みを。そして、タケルがその頭角を現した。

 敵の戦力、弱点、攻撃能力、範囲。今までに見たありとある情報全てを冷静にはじき出し、ゆらりと動く。

 仲間を逃がすために、囮となったタケルへ敵による一斉攻撃が飛び交った。その隙間も無いほどの雨のような攻撃をたったの2歩――

 そう、たったの2歩ずれただけだった。

 それはまるで最初から決まっていたかのように外れ、片腕のみを奪うだけに留った。そして、次の瞬間にはタケルはガンツソードを振りぬき、15体を一気に両断。

 残る星人の数は約50。

 結果、彼は下半身と右腕を失いつつも、ガンツによるギリギリの転送によって帰還。逃がした仲間も無事に生き延びていた。

 たたき出した点数は203点。一人で実に半分近くの敵を撃破したことになる。今までの点数とあわせて計262点にまでなっていた。

 生き延びた仲間に声をかけようとして、彼等はタケルから後ずさる。

 彼等に浮かぶ表情は今までのものとは全く違っていた。

 首を傾げるタケルに、彼等は言う。

「助けてくれたのは礼を言う、でも……途中からはお前――」

 なぜか楽しそうなタケルに、彼等は言うのだ。

「――お前が恐かった……人間じゃねえよ」

 そう、彼等は言った。

「「悪魔」」

 彼等はタケルの戦いぶりを見ていた。

 腕をもがれても痛がることなく敵を撃つ。足を食われても迷うことなくそいつを斬る。腸を抉り出されても怯えることなく、むしろ笑いながら標的を潰す。下半身を溶かされても慌てることなくトドメをさす。

 ソンナただ異常な光景。蹂躙される側が交代してしまったかのような圧倒的な狩り。

 そんな人間離れした戦いを見せられれば誰もが恐れるだろう。

 それを見てしまえば誰もが呟いてしまうだろう。 

 けれど、いや……だから。

 このとき、タケルが見せたのは孤独への悲しみでも裏切られたことへの怒りでもない。

 ただ淡々と、無感動に。

 その言葉を受け止め、元仲間はタケルに背を向け、タケルは元仲間へと背を向けた。

 ガンツに駆りだされるハンターが一人『悪魔』の産声を上げた瞬間だった。

 ―――――――――――――――

「そういえば、あの時からだったか?」 

 ――……少しずつ俺が壊れ始めたのは。

 おびただしく流れたオイルのような血の上に立ち、タケルは動きを停止した。

 ここは戦場で、少しでも地面に目を配れば、そこは正に死屍累々。

 既に248体もの星人を撃破したタケルはすぐさまコントローラーに目を配っていた。

 ――どうやら、残りの雑魚は桜咲さんの方に向かったようだな。

「……」

 僅かな沈黙。

 援護に向かうかどうか……は考えない。考えてはいけない。

 ミッション前までは確かにあった『他人を心配する』という人間性は既にタケルの中にはない。
例え、どれほど日常に生きがいを見出そうが、彼は彼。

 長い年月をかけて生み出された『殺し合いの戦場(ここ)でこそ生きがい見出せる』という―その異常性は決して変わるものではない。

 格闘家でいう条件反射とでも考えればいいのかもしれない。

 格闘家は急に迫ってきた拳を防ぐ、避ける、あるいはカウンターをするといった行動が自然と出てしまう。

 タケルの場合はガンツのミッションが始まればただ殺すこと、命のやりとりをすることにのみ心が傾く。ミッション外の全ての懸念を無視し、頭から消去する。

 結果、ミッション中の彼は人を心配するということなど、ありえない……例外の存在もいたが、それは別として。

 だからタケルが援護に向かうためだけに動くことは無い。

 だから、タケルは動かない。

 いや、だがもう一つ。タケルが動こうとしない理由があった。そもそもコントローラーに記されている敵が刹那の側にしかいないのなら心配云々の前にそちらに向かっていた。

 動かなかったもう一つの理由。それは――

「……!!」

 大きなソレに気付き、見上げる。

「……なるほど、これがボスか」

 ――最後の星人がそこにいたから。




 時は少し戻り、上空に位置する飛行船。

「な、なに? ……これ」

 符から伝わるタケルの視覚情報に、木乃香は顔を蒼白に染め上げ、唇を震わせながら言葉を漏らしていた。

 今、彼女達に伝わる視覚情報は、タケルのソレそのもの。

 つまり、目の前では血の池が広がり、血の雨が降り注いでいるのだ。今まで普通の学生をしていた木乃香に耐性があるはずもないのは当然だろう。

 ――しまった。

 既に結界を張り終え、同じくタケルの視界を得ていた刹那が悔やむような表情を見せた。

 以前、刹那が見たような化け物のときは一切の血を流さなかった。だから今回もそれほどまでの惨状にはならないだろうと甘く見ていたのだ。

 というかそうでもなければ、彼女の大切な木乃香お嬢様にこんなグロテスクなシーンを見せようと思うはずもない。

「お、お嬢様?」

 心配になって声をかける刹那に、木乃香は気丈に答える。

「ううん、大丈夫。ありがとう、せっちゃん」
「い、いえ。ですが……――」

 ――真っ青ですよ?

 という言葉を遮り、彼女は気丈な顔を作った。

「この間、皆でいいんちょーの島に行ったことあったやろ?」
「……はい?」

 突然の関係のない話に、刹那が間抜けな声をだした。

「そんでタケル先輩はそん時に皆と海に入らんかったん覚えてる?」
「え、ええ」
「そん時にウチ、タケル先輩の体を見たんよ」
「!?」
「凄い傷だらけで、なんでこんなことになったんやろって思った」

 それは刹那も知っていた。修学旅行でアスナと風呂に入っていた時に偶然その傷を見たのだ。それをタイミングは違えど木乃香も見ていた。

「あ、あの……それは……その」

 自分のことですらないのに必死にタケルのフォローに回ろうとしている刹那に、木乃香はクスと微笑んで、「やっぱり」と呟いた。

「せっちゃんも知ってたんやね?」
「……へ?」
「あんなにいつも普通やのに、本当はどれだけ苦労したんやろ? 本当はどんなこと考えてるんやろ? 何でウチラの先生になってくれたんやろ?」

 ふつふつと。

 木乃香は言う。

 微笑みながらも、目は心配そうに。

 語りながらも、口調は慈しむように。

「ネギ君も色々抱えてて皆に心配してもらってるけど、先輩は誰に心配してもらってるんやろ? 誰に悩みを打ち明けれるんやろ?」

 ちらりと、気を失っている楓に目を配る。

 その瞳には嬉しそうな色が混じり、それでいて悲しそう。
 一陣の風が吹き、彼女の長い髪をかきあげた。まるでそうなることすらわかっていたかのように、一度空を見上げて視線を刹那に戻す。

「先輩は何にも言わんけど、やから。ウチらで先輩のこと少しでも理解できたら、先輩が少しでもホッとしてくれたら……だからその為にも先輩が何してるんか見届けんと――」

 ――そやろ、せっちゃん?

 にっかりと微笑む。

「……」

 声が出ない。

 圧倒されていた。

 タケルの体に残る傷は生易しいというレベルものではない。漫画やアニメでたまに見ることのある、見方によれば格好いいと思われるような、そんなモノではない。

 傷跡はおびただしく幾重にも走り、体中を駆け巡っている。重なりすぎた傷は肉を抉り、盛り上げる。

 修学旅行で刹那が見たときですらそんな有様だったのだ。南の島で木乃香が見た傷というのは、修学旅行の後。つまり、あのときに一度死に掛けていたタケルの傷痕は、さらに酷くなっていたことだろう。

 最早グロテスクでしかないはずの傷痕を、今まで普通に生きてきた彼女が受け入れ、包み込み、それどころか一人の知人として、生徒として、友人として支えようとしている。

 例えば自分が碌に戦いを知らず彼の傷を見たとして、これほどに真っ直ぐな思いを抱くことが出来るだろうか。

 ――出来ない。

 自分が彼の裸を見てしまったとき、隣で一緒に見ていたアスナの様子を思い出す。

 彼女は顔を青くさせ、悲鳴を上げようとしていた。

 ――おそらく、自分も。

 そうなっていただろう。

 ただアスナに関してはああ見えて懐が深いらしく、すぐに馴染んでいたが、自分ならばそうはいかないだろうという思いが刹那にはあった。そのまま彼から遠ざかっていた気がする。

 もちろんこれは意味のない仮定なので考えるだけ無駄だが。

 ――なんと大きく、なんと広いのだろう。

 木乃香を見る刹那の目にはただ畏敬の念が。

「……せっちゃん?」

 なかなか答えようとしない刹那に、木乃香は少し不安そうに尋ねる。その様子すら、まるで微笑ましい。

「いえ、そのとおりです。木乃香お嬢様」
「うん」

 この場にそぐわないほどの穏やかな空気が流れていた。と、「にしても」見事に空気を真っ二つにする声が響いた。

「この殺傷力……タケルの旦那、さっきまで全然本気じゃなかったてことだな」

 今までずっと黙り込んでいたカモがまるで信じられないように「うーん」と唸る。

「……はぁ」

 空気がぶち壊されたことがシャクだったらしく、あからさまなため息を吐きつつも刹那はそれに答える。

「ええ、タケル先生が本気で私達と戦っていたなら既にここも惨状です」
「じゃあ、旦那は手加減しながらネギのアニキの一行を無力化したっていうのかい?」

 ――嘘だろ?

 呟くカモに、刹那は無言で頷き肯定する……もっとも刹那や楓も本気ではなかったのだが、なんとなくそこは沈黙しておく。

「はは」

 カモの乾いた笑いが響く中「!?」刹那が反応した。

「どうかしたかい、あねさ――」
「――シッ」

 カモの声を遮り、符からも手を離す。既に魔力を得ている符は刹那の手を離れても木乃香たちにタケルの視界を与え続けるので気にする必要はない。

 それよりも問題が差し迫っていた。

 ――来る。

 周囲に目を走らせるが、そんな様子は一切ない。だが、魔を感知する結界と、研ぎ澄まされた刹那自身の感覚が油断を許さなかった。

 愛刀『夕凪』を鞘から抜き放ち、数歩歩いて身構える。

「……」

 重苦しい沈黙が流れ

「神鳴流奥義」

 刹那が小さく呟いた。そして――

 彼女達が位置する飛行船の上、5M。上空から雲を突き破り、全長5m近くしかない小型飛行機が、3機。まるで生命を持つように、その姿を躍らせた。

 近い。しかも複数。真っ直ぐに刹那に襲い掛かっていた。

「せっちゃん!」

 木乃香の悲鳴が上がったその一瞬だった。

 刀身が円を描き、宿された気があらゆる射程を捉えて一気に敵を巻き込む。

「――百烈桜花斬!」

 3機全てが刹那をスレスレに滑空。そのまま飛行船から遠ざかり、音もなく両断された。

「ふぅ~」

 カモがホッと一息をついたのも束の間

「まだです!!」

 雲から、次々と敵がその姿を現す。

 ――くっ、せめて道具があるか楓がいれば。

 未だに目を覚ましそうにない仲間を傍目に見やりつつ、木乃香とカモを守るように、刹那は立ちはだかったのだった。




 刹那たちが乗っている飛行船が位置する上空百M。そこから200Mほど距離を置いた空。

 大きなほうきに腰をかけ、酒を片手に観戦を決め込んでいる人物と、その周囲をご機嫌に飛び回る小さな影があった。

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとその魔法人形、茶々ゼロ。

「ホントニ半分ノ魔力ガ回復シテルゼ」

 パタパタと背中に生えた小さな羽を羽ばたかせて、茶々ゼロが不思議そうに呟いた。

 それに対し、エヴァンジェリンが台詞のわりには落ち着いた表情で漏らす。

「ああ、茶々丸がやられて学園結界が復活した時は流石に焦ったがな」

 魔力を封じられたはずの彼女達がなぜ空を飛んでいるのか。

 それには少しだけ話を遡る必要があった。

 元々、超鈴音の計画の成り行きを見届けるつもりで空を悠々自適に飛んでいた彼女達。茶々丸がタケルに未来送りにされて、マズイと考えた時には既に学園結界が復活していた。

 再結成された結界によって魔力が封印され、その結果、当然のように地に堕ち始める。さすがの真祖の吸血鬼も、その力を封印されていてはどうしようもない。

 死か、運がよくても良くて重傷か。

 それを覚悟し、あと数Mで地面に激突すると思われた瞬間。

 不意に半分程度の魔力が復活していた。

 元々反則気味の強さを抱えている彼女。それが半分程度でも復活すればこの程度の危機回避など欠伸をしながらでも可能だった。

 と、いうわけで彼女達は再び高い位置にてこの状況を楽しんでいる。

『死ニ掛ケタンダカラセメテ安全ナ場所デ観戦シヨウゼ、御主人』

 という至極真っ当な意見を半分程度取り入れて、眼下数十Mの位置にビルがあるのは彼女なりの保険……なのかもしれない。

 そもそも飛ぶなよ、なんて考えはないようだ。

 とはいっても半分程度でも魔力が復活していれば彼女にとっては十分。色々と対策もしてあるのだろう。

「御主人、オ気ニ入リノ刹那ガ襲ワレテルミタイダガタスケナイノカ?」

 その言葉に「あいつはどうとでもするだろう」と言い捨ててさらに言葉を続けた。

「……そんなことよりあのデカブツとタケルの動きを見ておけ」

 ――なかなか面白いことになるかもしれんぞ?

 悪党めいた笑みを浮かべて視線を彼の元へと送る。ご機嫌な御主人に従い、茶々ゼロもそれにならって呟く。

「ヘ~、ソレジャマダマダ気楽ニイクトスルカ」

 それを聞き流し、エヴァンジェリンの意識は既に眼下にあった。

 ――さて、奴はなかなかに厄介そうだが……アイツも本気の姿を見せるか?

 アイツとは当然、タケルのこと。

 本気の姿とは強化スーツを着用した時の彼のことを言っている。

 そして、奴とは当然――。

「なんにせよ貴様の最後の戦い、じっくりと見届けてやるさ」

 エヴァンジェリンの言葉は闇の空に舞い、消えていく。




 タケルの正面。

 学園結界が再起動したおかげで動くことが完全に不可能になっていたはずの巨大ロボが、なぜかそびえたっていた。

 全長十数Mはあるであろうその巨体。生えている腕や足が妙に艶かしく、現在は星人としてその姿を変容させているとはいえ、元々がロボだったとは思えないほどに生々しい。

 まるでスーパーロボットの如く立ちはだかるその姿は、タケルを震撼させるに十分な威容を誇っていた。

 以前に京都で戦った両面宿儺らしき星人も対峙しただけで鳥肌がたったが、今回も同様な威圧感を感じている。

 いきなり動けば簡単に殺されることになる。ステルスも無駄だろう。

 それを本能的に感じさせる敵だ。

 ――生身で戦っていい相手じゃないな。

 ガンツスーツが既にその効果を失い、それ故に元々ガンツスーツの上から着る必要のある強化スーツも、必然的に扱うことが出来ない。絶望的なこの状況に、それでもタケルは嘆息を吐き、ただ見据える。

 互いの距離は10Mといったところだろうか。

 コレほどまでの巨大な存在に、こんな近くまで気付かなかったのはそれまでコントローラーに表示されなかったせいもあるだろうが、何よりも星人そのものに動きがなかったからだ。

 それが、ここにきていきなり動き出した。

 ――マズイな。

 周囲に目を配らせるも、壁となってくれそうな大きな障害物は見当たらない。

 じっとりとした緊張感が体を駆け巡り、汗が頬を伝い落ちて行く。

「ふっ……ふっ……ふっ」

 一定のリズムで呼吸を繰り返す。どんな攻撃が来てもすぐに動けるように膝を軽く沈みこませ、身構える。

 タケルが持ち前の警戒心を最大限に発揮している最中、巨大ロボはそんな些細な人間には目も留めず、首をめぐらせていた。

 恐らくは、現状を確認しているのだろう。いやもしかしたら無残な姿になっている小型のロボたちの姿にショックを覚えているのかもしれない。

「オオ……オオ……」

 訳の分からないうめき声を上げて、その顔を眼前に立つ人間に向けた。

 ――来るかっ!

「オ……オオオ……オオオオオオオオォォォォォ!!」

 激しく、雄雄しく、逞しく。

 異様なほどの威力を秘めたその雄叫びは空気を伝播していく。

 風が痺れ生物が震撼し、無生物ですらその身を震わせた。




「!?」

 刹那はもちろん、木乃香やカモ。それに周囲に渦巻く無数の飛行型ロボ。




「――何?」

 そして半分程度しか回復していないが、それでもほぼ無敵を誇るエヴァンジェリン、茶々ゼロも。




「――っ!?」

 当然、目の前にいたタケルも。




 その脅威が一帯へと伝わった。

 そして、突如。

 巨大ロボは人間一人がすっぽりと入りそうな銃口を腕から無数に生えさせて、標的たるタケルへとその両腕を向けた。

 タケルはすぐさま逃げようとして、自身に起きている異常に気付く。

 ――体が……動かない!?

 先ほどの雄叫びで体が本能的な恐怖を覚え、震えたせいだった。咄嗟の動きに体の反応が遅れた。

「まず――!?」

 瞬間。

 タケルの視界が赤く染まった。

 
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