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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
  希望と絶望

蒸発していくオブジェクト片の後ろに、一人の男の子が立っていた。

闇夜のような黒髪に、同じく真っ黒なマフラー、血のような色のフードコート。背は小柄なシリカよりも頭ひとつぶんぐらい低い。

だが、その少年からは、殺気としか言い様のない威圧感が絶えず放れているように思えた。

本能的な恐怖を覚えて、シリカはわずかに後退りした。

二人の目が合った。

相手の瞳は、しかし穏やかで、夜の闇のように深かった。

その少年は、一歩下がり何も持っていない右手を振るという不可解な動作をした後、バツが悪そうに口を開いた。

「えと、ゴメン。間に合わなくて」

その声を聞いた途端、シリカの全身から力が抜けた。

堪えようもなく、次々と涙が溢れてきた。

短剣が手から滑り落ち、地面に転がったのも気づかず、シリカは視線を地面の上の水色の羽根に移すと、その前にがくりと跪いた。

熱く渦巻いていた怒りが消え去ると同時に、とてつもなく深い悲しみと喪失感が胸の奥に沸き上がってきた。

それは涙に形を変え、頬を止めどなく流れ落ちていく。

嗚咽を洩らしながら、両手を地面につき、シリカは言葉を絞り出した。

「お願いだよ……あたしを独りにしないでよ………ピナ………」

水色の羽根は、しかし、何のいらえも返さなかった。

「………ゴメン」

傍らに立っている少年が再び言った。シリカは必死に涙を収め、首を振った。

「……んーん………おねーちゃんが…バカだったの……。ありがとう………助けてくれて」

嗚咽を堪えながら、どうにかそれだけを口にする。

少年はゆっくり歩み寄ってくると、シリカの前に跪き、控えがちに

「……あのサ………その羽根って、アイテム名とか設定されてる?」

不思議なことを言った。

予想外な少年の言葉に戸惑い、シリカは顔を上げた。涙を拭い、改めて水色の羽根に視線を落とす。

そういえば、一枚だけ羽根が残っているのは不思議ではあった。プレイヤーにせよモンスターにせよ、死亡して四散する時は装備から何から全てが消滅するのが普通だ。

シリカは恐る恐る手を伸ばし、右手の人差し指で羽根の表面をぽんとシングルクリックした。

浮き上がった半透明のウィンドウには、重量とアイテム名がひっそりと表示されていた。

《ピナの心》

それを見て、再びシリカが泣き出しかけたその寸前、傍らにいる少年が眩いぐらいの笑顔で

「ねぇ、もし使い魔の蘇生手段を知ってるって言ったら、どーする?」

言った。










「最近聞いた話なんだけど、四十七層にある【思いでの丘】ってゆーダン

ジョンがあって、そこで使い魔蘇生用のアイテムが手に入るらし──」

「ほ、ホント!?」

そのビーストテイマー(だった?)おねーさんは驚いたように叫んだ。

その目には、先程まであった虚無感はなく、光が戻っている。

どーでもいいけど、話の途中で割り込まないで欲しい。

だが──

「……四十七層………」

そう呟いて再び肩を落とす。

まぁ、無理もない。今いる三十五層からは遥か十二も上のフロアだ。

先刻の戦闘を見た限り、そんなところに行くのは自殺行為に等しい。

「ん~」

レンは困って頭をガリガリと掻きながら言った。

「実費と、報酬を貰えれば僕が行ってきてもいいんだけど。使い魔を亡く

したビーストテイマー本人が行かないと、肝心のアイテムが手に入らない

らしいんだよ」

レンの困った声に、おねーさんはちょっと微笑む。

「ううん。情報だけでもありがとう。頑張ってレベル上げすれば、いつか

は……」

予想していた答えだが、それに答えるのはかなり辛い。

だが、ここで教えとかないと後々もっと困る。

「それがそうもいかないんだ。使い魔を蘇生できるのは、死んでから三

日だけらしいんだよ。それを過ぎると、アイテム名の《心》が《形見》

に変化して………」

「そんな……!」

また遮られた。

このゲーム、SAOが異常なデスゲームとなってしまった現在、安全マージ

ンは、その層の数字から約十の上積みが必要となる。

つまり、四十七層に行こうと思ったら、最低でもレベル55に達っさなくて

はならないのだが、先刻の戦闘を見た限り、目の前で肩を落とすおねーさ

んのレベルは、多目に見積もっても四十後半だろう。

再び絶望に捕らわれたように、おねーさんは項垂れる。

地面から、先ほど死んだ使い魔の忘れ形見を摘まみ上げ、両手でそっと胸

に抱く。

その両肩が震え始めるのを見ながら、レンは先刻、地面に叩きつけられた

おねーさんの使い魔を思い出していた。

守ろうとして、主人の前に飛び込んだ小さな小さな背中に、どうしても重

なるものがあった。

「………っ!」

気が付くと、レンは右手を真下に振り、メニューウィンドウを呼び出し

て、その左半分に列をなす、コマンドボタンの中からアイテムのボタンを

クリックしていた。










少年が立ち上がる気配がした。

立ち去るのだろうと思い、もう一度お礼を言わなければと考えるが、口を

開く気力も残っていない。

と、不意に、目の前に半透明に光るシステム窓が表示された。

トレードウィンドウだ。

見上げると、少年が手許で同じウィンドウを操作している。トレード欄に

次々と見たことのないアイテム名が表示されていく。

「あの………」

戸惑いつつ口を開くと、少年は相変わらず、顔いっぱいの笑顔を浮かべな

がら言った。

「この装備で五、六レベルぶん程度底上げできる。後は、僕も一緒に行く

から大丈夫だと思う」

「えっ………」

口を小さく開きかけたまま、シリカも立ち上がった。

少年の真意を測りかね、じっとその幼い顔を見つめる。視線がフォーカ

スされたことをシステムが検知し、少年の顔の右上にグリーンのカーソル

が浮かび上がるが、SAOの仕様どおりそこにはHPバーが一本そっけなく表

示されているだけで、名前もレベルも判らない。

年齢は明らかにシリカのほうが上だった。だが、マフラーに埋もれた顔は

幼いながら何か強烈な圧力が放出されているようで、大人っぽく見えた。

さらに見つめるうちに、シリカはあることに気付いた。

派手じゃない。

真っ赤なコートなどと、目立つ装備をしているのに、装備者である少年

は、少しも周囲から浮いていない。むしろ溶け込んでいる。

シリカはおずおずと言った。

「なんで……そこまでしてくれるの…………?」

正直、警戒心が先に立った。

今まで、自分より遥かに年上の男性プレイヤーに言い寄られたことが何度

かあったし、一度は求婚さえされた。

十三歳のシリカにとってはそれらの体験は恐怖でしかなかった。現実世界

では、同級生に告白されたことすらなかったのだ。

まさか目の前の少年がやるとは思わないが、シリカは一歩後ずさった。

そもそもアインクラッドでは《甘い話にはウラがある》のが常識だ。

シリカの当然と言えば当然の問いに、少年はトレードウィンドウから顔を

上げずに即答した。

「じゃーさ、おねーさんは目の前に困ってるヒトがいたらどーすんの?」

その余りに直球な言葉に、シリカは数秒絶句し、その後ぷっと噴き出して

しまった。慌てて片手で口を押さえるが、込み上げてくる笑いを堪えるこ

とができない。

さすがに、少年も軽く傷ついたのか、いじけたようにそっぽを向く。

その姿が余計に笑いを呼ぶ。

──悪い人じゃないんだ。

必死に笑いを呑み込みながら、シリカは少年の善意を信じてみよう、と

思っていた。

ピナを生き返らせるためなら、惜しむものなんてもう何もない。

ぺこりと頭を下げ、シリカは言った。

「よろしくお願いします。助けてもらったのに、その上こんなことま

で……」

トレードウィンドウに目をやり、自分のトレード欄に所持しているコルの

全額を入力する。

少年が提示してきた装備アイテムは十種以上に及び、その全てが非売品の

レアアイテムらしい。

「えと……こんなんじゃ、ぜんぜん足らないと思うんだけど………」

「いーや、お金はいいよ。どーせ余ってたものだし」

そんなことを言いながら、少年は金を受け取らずにOKボタンを押してし

まった。

「ゴメンね、何から何まで……あっ、あたし、シリカっていうの。改めて、

よろしくね」

名乗りながら、少しだけ、少年が「君があの?」と驚く反応を期待したの

だが、どうやらシリカの名前は記憶にないようだった。

一瞬残念に感じ、すぐに自分のそういう思い上がりが今回の事態を招いた

んだと反省する。

少年は相変わらずののんびりした笑顔で、右手を差し出しながら

「僕の名前はレンホウ、レンって呼んで。改めてよろしくね、シリカねー

ちゃん」

言った。










三十五層主街区【ミーシェ】、白壁に赤い屋根の建物が並ぶ牧歌的な農村

の佇まいだった。現在は中層プレイヤーの主戦場となっていることもあっ

て、行き交うプレイヤーの数はかなり多い。

シリカのホームタウンは八層にあるフリーベンの街だが、もちろんマイ

ルームを購入しているわけではないので、基本的にはどこの街の宿屋に泊

まろうとそれほど大した違いはない。

最重要ポイントは供される夕食の味なのだが、その点シリカはここの宿屋

のNPCコックが作るチーズケーキがかなり気に入ったので、迷いの森の攻

略を始めた二週間前からずっと逗留を続けている。

相変わらずのんびりと笑っているレンを引き連れて、大通りから転移門広

場に入ると、早速顔見知りのプレイヤー達が声を掛けてきた。

シリカがフリーになった話を早くも聞きつけ、パーティーに勧誘しようと

いうのだ。

「あ、あの……お話はありがたいんですけど………」

受け答えが嫌味にならないよう一生懸命頭を下げてそれらの話を断り、シ

リカは傍らに立ってぽへーと笑っているレンに視線を送り、言葉を続け

る。

「……しばらくこの人とパーティーを組むことになったので………」

ええー、そりゃないよ、と口々に不満の声を上げながら、シリカを取り囲

む数人のプレイヤー達は、レンにうさんくさそうな視線を投げかけた。

まぁ、当たり前だろう。何が面白いのか判らないが、いまだに笑っている

レンは、どこからどう見ても、小学生にしか見えない。

特に高級そうな防具を装備しているわけでもないし、武器は──

そこまで考えたところでシリカには疑問が浮かび上がってきた。

──武器は?

そう、レンは武器を装備しているようには見えなかった。

短剣(ダガー)かな、と思ったが、すぐに否定する。迷いの森で、ドラン

クエイプ二匹を倒した時、レンは武器を持っていなかった。

シリカが頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしていると、最も熱心

に勧誘していた背の高い両手剣使いが、レンの前に進み出る。

「おい、坊や──」

かなりお怒りのようで、額に青筋がたっている。

「見ない顔だけど、抜け駆けはやめてもらえるかな。俺らはずっと前か

らこのおねーさんに声をかけてるんだぜ。坊やも順序ってもんは知ってる

だろ?」

「うん、もちろんだよ」

レンは、この期に及んで、まだ笑顔を崩さずに言う。

「だったら──」

なおもいい募ろうとする両手剣使いに、シリカは割り込むように言った。

「あの、あたしから頼んだんです。すみませんっ」

最後にもう一度深々と頭を下げ、レンのコートの袖を引っ張って歩き出

す。今度メッセージ送るよー、と未練がましく手を振る男達から一刻も早

く遠ざかりたくて、シリカは足早に歩いた。

転移門広場を横切り、北へ伸びるメインストリートへと足を踏み入れる。

ようやくプレイヤー達の姿が見えなくなると、シリカはほっと息をつき、

傍らにいる少年を見る。

「……ご、ごめんね。迷惑かけちゃって」

「ああ、ぜんぜん気にしてないよー」

のほほんと笑いながら、レンは言う。

「モテるんだねー、シリカねーちゃん」

「……そんな…ことないよ。マスコット代わりに誘われてるだけなんだ

よ、きっと。それなのに……あたしいい気になっちゃって……一人で森を歩

いて……あんなことに………」

ピナのことを考えると、自然と涙が浮かんでくる。

「だいじょうぶ」

穏やかな声でレンは言った。

「絶対生き返らせれる。心配ないよ」

シリカは目尻に浮かんできた涙をぬぐい、レンに微笑みかけた。

不思議とレンの言葉は、シリカの心に染み渡って、ほぐしていった。

やがて、道の右側に、一際大きな二階建ての建物が見えてきた。

シリカの定宿《風見鶏亭》だ。そこで、自分が何も聞かずにレンをここに

連れてきてしまったことに気付く。

「あ、レン…くん。ホームは………?」

「へ?ああ、いつもは、二十七層なんだけど……、面倒だし、僕もここに泊

まろうかな」

「ホント!?」

何故だか嬉しくなって、シリカはぱんと両手を叩いた。

「ここのチーズケーキがけっこうイケるんだよ!」

「……………………ほほーぅ」

レンの漆黒の両目がキラーンと光ったような気がするが、きっと気のせい

だろう。

そんなことを言いながら、レンのコートの袖を引っ張って宿屋に入ろうと

した時、隣に建つ道具屋からぞろぞろと四、五人の集団が出てきた。

ここ二週間参加していたパーティーのメンバーだ。

前を歩く男達はシリカに気付かず広場のほうに去っていったが、最後尾に

いた一人の女性プレイヤーがちらりと振り向いたので、シリカは反射的に

相手の眼を真っ直ぐ見てしまった。

「…………っ!」

今いちばん見たくない顔。迷いの森でパーティーとケンカ別れする原因に

なった槍使いだ。

顔を伏せ、無言で宿屋に入ろうとしたのだが──

「あらぁ、シリカじゃない」

向こうから声を掛けられ、仕方なく立ち止まる。

「…………どうも」

「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

真っ赤な髪を派手にカールさせた、確か名前をロザリアと言ったその女性

プレイヤーは、口の端を歪めるように笑うと言った。

「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっ

ちゃったから」

「要らないって言ったはずです!──急ぎますから」

会話を切り上げようとしたが、相手にはまだシリカを解放する気はないよ

うだった。目ざとくシリカの肩が空いているのに気付き、嫌な笑いを浮か

べる。

「…あらぁ?あのトカゲ、どうしちゃったの?」

シリカは唇を噛んだ。

使い魔は、アイテム欄(ストレージ)に格納することも、どこかに預ける

こともできない。つまり身の周りから姿が消えていれば、その理由は一つ

しかないのだ。

そんなことはロザリアも当然知っているはずなのに、薄い笑いを浮かべな

がらわざとらしく言葉を続けた。

「あらら、もしかしてぇ………?」

「死にました……。でも!」

キッと槍使いを睨み付ける。

「ピナは、絶対に生き返らせます!」

いかにも痛快という風に笑っていたロザリアの目が、わずかに見開かれ

た。小さく口笛を吹く。

「へえ、てことは【思い出の丘】に行く気なんだ。でもあんたのレベル

で攻略できるの?」

「できるよー」

シリカが答える前に、今までのほほんと笑いながら話を聞いていたレンが

進み出てきた。

「そんなに難しそうなダンジョンじゃないしねー」

間延びした言葉を紡ぐレンをロザリアはあからさまに値踏む視線で眺め回

し、紅い唇に再び嘲るような笑みを浮かべた。

「アハッ、シリカ、まさかこの坊やと行くんじゃないでしょうね。間違い

なく死ぬわよ」

その時、レンが急にケタケタと笑い始めた。面白そうに。

さすがのロザリアも、レンの奇怪な行動に笑みを消し、怪訝な表情を見せ

る。だが

「おばさんこそ、バッカだな~」

その表情は途端にひきつる。

おばさんという言葉に対してなのか、バカという言葉に対してなのかは、

非常に知りたいところだ。

だが、シリカはそのことに笑う余裕はなかった。

気付いてしまったのだ。レンの目に、これまでのようなのんびりとした色

合いがなくなっていることを。その代わりに、果てしない虚無の色が広

がっていることを。

「…この世界での強さってゆーのは、見た目じゃなくて数字なんだ

よー、見た目で相手の強さを測ってるおばさんのほうが、そのうち死

んじゃうよ?」

自信満々に言い切るレンを、ロザリアはしばらく忌々しげに見ていたが、

フン!と鼻を鳴らして、去っていった。 
 

 
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんいん!!」
レン「はぁーあ、疲れた疲れた」
なべさん「その疲れの原因はなんですか?」
レン「作者をタコ殴りにしたからだと思います!」
なべさん「思います!じゃねぇー!」
レン「まーまー」
なべさん「ふざっけんな!いくぜ!アチョォーァ!」(なんだかよく判らないポーズをする作者)
レン「おっ、やるか!?おっしゃ来い!」
~一分後~
なべさん「………………………」(モザイクがかけられている作者)
レン「……………………………」(やりすぎたと後悔し始めるレン)
なべさん「………………………」
レン「………返事がない、ただの屍のようだ」
なべさん「殺すな!!」
レン「おぉ、起きた」
なべさん「それでもちゃんと後悔はしてるんだね偉い偉い」
レン「うん、もーちょっと、頭を踏み潰しておくべきだったってね」
なべさん「………………………あなたの自作キャラ、感想待ってます」
レン「あぁ、そーか、内臓を忘れてた──」
──To be continued── 
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