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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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エピローグ:人は何の為に

 ボクは佇んでいる。

 《死神》だったあの頃からはとても考えられないが、無防備にも武器をストレージに仕舞い、足元に流れる小川を眺めながら傍らに伸びる木の根に腰掛け、爪先をぷらぷらと遊ばせている。
 実はこっそり気に入っている……リズベットとアスナが(こしら)えてくれたチュニックを羽織って。
 ――キリト達との別れから、もうどれ位たっただろうか――。


 キリトの言った通り、ボクの贖罪の旅の道のりは容易ではなかった。
 そもそもボクは一体どれだけの人を傷付けてしまい……そしてその人たちが今どこに居るのかを知らなかった。
 そこで役に立ったのが、キリトが別れ際にボクに託したメモ手帳だった。……その中には、死神の被害者の居場所がアルゴの手によってつらつらと記されていたのだ。
 その日から、ボクの贖罪は始まった。
 謝って回った、頭を下げて回った、なんて書けば簡単だけど……現実はそう甘くはない。ボクはアインクラッド中の各地を訪れ、その人たちに自分が死神であったという事と事件の真相を話した。
 反応は様々だった。だから何だと怒る人、ボクのイエローカーソルを見て怯える人、話が終わると泣き崩れる人、もう安全だと分かり安心した人、話の途中でボクに許しをくれた人もいた。
 その度にボクは頭を下げた。求められれば土下座も賠償金も、なんだってする意気込みで。
 その意気が、それらの人に伝わったと思いたい。そして……長い道のりの末、ボクはやり遂げた。
 訪ねて回った全ての人が、今回の内情を知り、ボクを許してくれたのだ。こんな……こんな嬉しいことはない。ボクの心に、また人を信じられる足がかりができたのだ。
 もちろん、これからも見知らぬ被害者が発見されるかもしれないが、それはアルゴの報告待ちだ。……もっとも、彼女曰く「念のため調べとくケド、もう期待しないでくれヨナ」とのことだ。

 ……そういえば、この事に関して思い返すべきことがあった。
 ボクの贖罪の旅の、最後の訪問者の件についてだ。
 最後に訪れたのは『第一層《はじまりの街》にて待つ』と呼ばれて赴いたとある宿で出会った、ギルドの一団と……一人の、サムライのような出で立ちのプレイヤーだった。
 名をクラインと名乗ったそのプレイヤーは曰く、自分がキリトに事件の依頼を頼んだことと、後ろのギルド団が今回の死神事件の発端である最初の被害者であることを話した。
 そしてボクの口から事件の真実を話すと……クラインといった男性は深く、深く息を吐いた。他のギルド員達も同様の面持ちだった。
 自分を棚に上げるつもりはないが、ボク自身もとても悲しかったのだ。こんな悲しい事は現実世界でもそうそう無い。真相は、被害者加害者共に、全ての人が悲しみに巻き込まれた事件だったのだから。
 しかし、彼らがボクを許すかどうかは話が別だ。それでも彼らが怒るというのであれば、ボクはどんな罵声も浴びよう、罵られもしよう。……そして償う。それが今のボクの全てだ。
 が……彼らはあっさりとまでにボクを許した。
 しかも聞けば、彼らは予めキリトによって全てを知っていたらしい。
 彼らは……ボクを試していた。ボクの償いの気持ちがどれほどのものかを。
 しかし、ボクにとってはそれはどちらでもよかった。許されることが嬉しかった。人々に許されるたびに……ボクは両親の『人は信じあえる』という言葉を思い出し、強く心に刻むことができたから。
 ……まぁ、「許してくれて、ありがとう」という言葉と共にフードを脱ぎ、クライン達にボクの素顔を見せた途端……鼻の下の伸びた顔で見つめられた時には流石に苦笑を禁じ得なかったが……。

 クスリと思い出し苦笑を漏らして回想を続ける。

 情報屋《鼠のアルゴ》とは……意外なことに、随分と仲良くなった。
 彼女はボクに死神被害者の居場所の続報を届けるため、たびたび宿のボクの部屋に訪れてはなにかと話し合ったりした。その度にボクは彼女を冷たくあしらっていたが……彼女も彼女でボクの持つ《大鎌》の情報を駆使して危険性を広く公布し、これ以上エクストラスキル《大鎌》の習得者が現れないように尽力していると知り、次第に心を開いてみると……これがなかなか気さくなヤツだと思い始めている自分がいる。結果的には、アルゴが言い残した予言通りになったわけだ。
 アルゴはボクの持つ《大鎌》の情報を高く買い、そのお金は主に死神被害者に賠償金を求められた時に充てられた。……もっとも、謝罪をコルやアイテムで払えと言ってきた人はほとんどいなかったが。
 ちなみに、アルゴは今もマーブルに関する情報と、ボクが本当は()()()なのかという情報をかなりしつこく求めて来ているが、未だ教えていない。

 仲良くと言えば、人間関係も少しずつだが広がりつつある。
 まずはキリト達が紹介してくれたエギルという、とても大柄なプレイヤーとはウマが合った。
 彼は両手斧を使う屈強な攻略組プレイヤーでありながら商人というスタンスで、同じ両手斧使いであるボクとはなにかと話が合った。商人であるからか、彼の達悦したトークスキルは極めて人見知りなボクをもあっというまに手籠めにしてしまったのだ。今ではそこに鈍器使いでスミスのリズベットも加わり、キリト達の中でも数少ない棒武器使いの三人組として、あれこれスキル構成やアイテム流通や棒武器についてなどを語り明かす仲だ。
 また、マーブルの宿にもキリト達の紹介伝いで様々な人が訪れるようになった。彼らの知り合いということもあり、これがまた個性豊かなメンツなのだ。人見知りなボクとしてはとても仲良くはできないのだが、マーブルと朗らかにカウンターで語り合う彼らを横目でひっそり見ている常連客の存在に気付いたのなら、恐らくそれはボクだ。

 レべリングの方も順調だ。
 最初は指輪のおかげで最大HPが五千も増えたとはいえ、あわせてたったの五〇七九だったので、当時レベル74のボクが第十層くらいのザコ狩りという効率ゲキマズ状態からのスタートだったが。
 しかし、ベリーの指輪のもう一つの能力《レベルアップ時の最大HP値ボーナス》が、これがかなりのボーナス値だったのだ。それがどれくらいかというと……キリトが真剣に欲しがると思うので伏せておくとする。
 その指輪のボーナスと、両手斧・槍・棍の3つのスキルをマスタークラス以上に上げているボクの《HP最大値上昇ボーナス》も相まって、ボクのHP値はレベルを上げるたびにみるみる上がっていき……

「ボクも、けっこう強く、なったよね……?」

 視界左上の隅にあるHPバーを見る。
 そう。あとレベルを2、3も上げれば攻略組に参加できるくらいまでにボクのHP値は元に戻っていたのだ。
 わずかに口の端が上がるのを感じながら、ボクはウィンドウを開きフレンドリストのタブを押した。
 ……誰一人の名も登録されず、増える事も無いと思っていたはずのそのリストには……キリト達の名前があった。
 その名前の一覧を見るだけで心が少し温まる心地よさを覚え、まるで宝物の様にウィンドウを胸に抱く仕草をする。
 リストの名前の横には彼らの現在地が記され、今なにをしているかが目に浮かんでくるようだった。
 シリカには名も知らぬダンジョンらしき地名が記されていた。アイドルプレイヤーのシリカの事だ、パーティーの人気者として、ピナと共にキリト達のレベルに追いつかんと冒険に励んでいるのだろう。
 リズベットはボクが思っていた通り、現在地はリズベット武具店を指している。恐らく、ボクの鎧を作ってくれた時の様に活き活きとした目をしながら、今日も大いに槌を振るっているに違いない。
 そして……

「がんばれ、二人とも。……次の階層攻略の時には、きっとボクも参加するからさ」

 キリトとアスナの二人は、第七十五層の迷宮区とあった。今朝の朝刊の情報通りなら、今頃はフロアボスと戦っている最中だろう。
 彼らがボスを破った暁には、次の層からボクも攻略組だ、と言って笑ってやろう。
 ……そして、これからは二人の隣で戦うんだ。
 そう決意しながら、そろそろ宿に戻ろうと木の根から腰を下ろした――その時だった。

 突如リンゴーン、リンゴーンと大音量の鐘の音が辺りに響き渡りはじめた。

「な、なにっ……!?」

 中心街《ジュイン》の時報の鐘の音とは違う。このアインクラッド中に響くような鐘の音は一体……。
 そう思いながらふと空を見上げて、ボクは再び驚愕した。
 上空の天蓋……霊木の隙間から覗く百メートル頭上の上層の底の空に、巨大な謎の英文がびっしりと並んでいたのだ。
 その文字は【Warning】、【System Announcement】とあった。

「ワーニング……? システムアナウンスメント……? い、いったい何が起こってるの……!?」

 しばらくしてようやく出たその問いかけに、まるで答えるようなタイミングで鐘の音が鳴りやみ、続いてソフトな女性の声が天から響き渡ってきた。

『ただいまより プレイヤーの皆様に 緊急のお知らせを行います。現在 ゲームは 強制管理モードで 稼働しております。全ての モンスターおよびアイテムスパンは 停止します。全ての NPCは 撤去されます。全プレイヤーの ヒットポイントは 最大値で固定されます』
「な――」

 このようなゲームアナウンスは、このデスゲームが始まったあの日……第一層で茅場晶彦によるチュートリアル以来だった。
 驚いているボクに、そのシステム音声は最後に結論を告げた。

『アインクラッド標準時 十一月 七日 十四時 五十五分 ゲームは クリアされました』

「―――――」

 もう「な」の言葉も出なかった。

『プレイヤーの皆様は 順次 ゲームから ログアウトされます。 その場で お待ちください。 繰り返します……』

 ……ゲームが、クリアされた?
 何を言っているかはなんとか理解した。けど、何が起こったかはまるで分からなかった。
 キリト達は今、七十五層のフロアボスを挑んでいるはずだ。頂上までまだ二十五層もあるというのに、どうして……
 そう思っていたのだが、突如――わっ、という歓声が辺りから微かに聞こえた。
 ボクの身の回りは閑静な森林に囲まれているというのに……アインクラッド中が、プレイヤー達による歓喜の嵐に巻き込まれているかのようだった。
 聞こえるのは歓声だけではない。よくよく感じれば、足元がビリビリと小さく揺れている気がする。文字通り、この浮遊城が喜びに打ち震えていた。

「ははっ、やった……。キリト達が、やったんだ……!」

 きっとそうだ。この上で何が起こったのかは分からないけれど、きっとこんな無鉄砲な出来事、キリトが起こしたに違いない……!
 やったんだ。
 キリトが……このゲームをやり遂げたんだ!!
 ボクの王子様が、ボクを救ってくれたんだ!!

 そうしてボクもこのアインクラッドを取り巻く、大いなる喜びの嵐に参加しようとしていた……

「――――熱っ!?」

 その時だった。

 ボクの両手中指から、激しい熱を感じた。
 熱源は……ボクの指輪《リング・オブ・ハート》だった。

 熱を感じたのはほんの数秒だけで、その後……

「わっ!?」

 今度は指輪に埋め込まれた赤い宝石が突如眩く発光したのだ。
 その二つの光の塊はバシュッと音を立てて上空へと飛び立ち、すぐにUターンの軌跡を描いてボクの目の前へと音もなく着地した。同時に今度こそ目も眩む光が迸り、思わず袖で目を覆う。

「う、なにっ……?」

 その光が徐々に弱まり……そうしてその中から現れたのは、

「――――あ」

 その光のように、純白の化身の如き体は、小さな仔馬の形。……それが、二匹。
 見違えるものか。

「ル、ビー……? べ、ベリー……?」

 見違えるはずがない。

「どう、してっ……」

 けど、口から出る言葉は震え、問いかける形になってしまう。
 その問いかけの答えは、意外なところから帰ってきた。

『――全ての プレイヤーの ヒットポイントは 最大値で固定されます。全ての モンスター および オブジェクト情報は リセットされます。全ての――』

 という、尚も繰り返し放送されているシステム音声の長文の中に、その答えがあった。
 モンスターおよびオブジェクト情報のリセット。それにはモンスターの再湧出(リポップ)情報も含まれるのではないだろうか。
 つまり、その存在自体が十体で固定され特有(ユニーク)的存在となっていたミストユニコーンは、オブジェクト情報のリセットと同時にその生死状態もリセットされた……ということではないだろうか。
 いや……もう、そんな細かいことはどうでもいい。
 こうして、二匹に再び出会えたのだから。
 もう、そこに言葉なんていらない。
 ボクは口にするのももどかしく、思わずそこへと駆け出そうとして……

「あ……」

 その足が止まる。
 そうだ。
 目の前にいる二匹は、ミストユニコーンだ。
 けど…………ルビーとベリーである保証はない。
 カーディナルの指令によって再び生成された、ボクの使い魔設定がされた、ただのミストユニコーンという可能性だってある。
 その疑心が、ボクの足をその場に強く打ち付けていた。
 その二匹のミストユニコーンは目を閉じて佇んでおり、それは徐々に弱まっていく光の収束を待っているかのようだった。

「あ……あっ……」

 待って。
 その目を開けないでほしい。
 もしも初対面の、機械的で無機質な一般Mobのような目を向けられたら……きっとボクは耐えられない。

 けれど、はやくその目を開けて欲しい。
 懐かしいあの目で……またボクを見て欲しい。

 その内心の激しい葛藤は、光の収まるまでの数秒をいつまでも引き延ばしてボクを苦しめた。
 けれど、必然的にその時はやってくる。
 輝き続けていた光はついに収まり……予感していた通りに、それと同じくしてその瞼が開けられる。
 その二匹の真紅の目が、目の前数メートル先のボクを捉える。

『―――――。』

 ミストユニコーンは鳴かない。ゆえに、ボクを見てすぐのその姿からは、その心中の感情を察することが出来ない。
 しかし、次第にその瞳に動きがみられた。
 揃って、驚きに見開かれたのだ。
 その瞬間ボクは、ルビーに初めて出会った時のように非好戦的モンスターらしく怯えられて逃げられることを覚悟した。……同時に、胸を引き裂かれるような痛みの覚悟も。
 しかし。
 次にその二匹の目に浮かんだのは。

 ――涙、だった。

 普通のモンスターは流さないはずの、その涙。
 さらには。

『――――ッ!! ――~~!!』

 声無き叫びが聞こえる。
 涙を流しながらの声が聞こえる。
 彼らとボクは視線を交わし……感じる。

 懐かしい、その眼差しから感じるその声は…………ボクとの()()を喜ぶ声だった。

 目の前の二匹は、他でもない、ボクの使い魔のルビーとベリーだった……!

「ぁ、ぁぁ……~~~ッ……!!」

 ボクもまた、声にならない声が喉から漏れだし、顔を両手で覆って膝から崩れ落ちた。
 ボクもまた、彼らと同じようにあふれ出る涙を止めることが出来なかった。

「あぁっ、ああぁぁあぁ……!!」

 遅れて、込み上げてくる感情を抑えられない泣きじゃくる声が滝のように溢れ出す。

「キリトッ……キミは、本当にっ……!!」

 救ってくれた。
 ボクだけではない。この世界だけではない。
 死んだはずの、ボクの友達をも救ってくれた……!
 本当に、ボクの全てを、救ってくれたのだ……!

 そうしてボクは滂沱の涙を流すも、二匹は近づいてこようとはしない。
 よく見てみればその蹄の足元には、システム的な模様の小さな魔方陣のようなものが出現していて、それは二匹の足を束縛しているようだった。恐らく、この世界がクリアされプレイヤーがログアウトするまでの間、モンスターがプレイヤーを襲わないようにする為のカーディナルによる配慮なのだろう。
 なら、ボクから近寄るしかない。
 しかしなおも溢れる感情の波を抑えられず、崩れた膝から立ち上がることが出来ない。
 その膝を引きずるように進みながら、もどかしく、もどかしく、自らの足で彼らの元へ。

『~~ッ!! ~~ッ!!』

 二匹のミストユニコーンの、涙を流す声無きボクを呼ぶ叫びは続く。
 足は動かずとも、体を必死に前に傾け首を伸ばし、ひたすらにボクとの再会を求めている。
 ボク達の間を隔てる、たった数メートルの空白が果てしなく遠く感じる。
 けれど、もうボク達の間を邪魔するものはなにもない。
 一度道を外れたボクが、再び人として、マーブルの隣に並んで歩き始めてどれほど経っただろうか。
 その道の果てに、ようやく……ようやくまた出会えた。
 奇跡の先に……さらにもう一つの奇跡が、ボク達を温かく包み込んでいた。
 もう、決して手放さない。
 手を伸ばす。

 そして二匹を……この胸に、抱き寄せる。

「――――ぁ、あぁっ……」

 新しい、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。

 なんて……なんて温かいのだろうか。

 種族も、血も、住む世界をも超えた温もりが……ここにあった。

 ずっとずっと夢見ていた……ずっとずっと求めていた、互いを信じあう温もりが……ここにあった。

『――プレイヤーログアウトシステム稼働中。現在 進行度51%。 プレイヤーの皆様は その場でお待ちください。現在 進行度――』

 システムアナウンスは鳴り続ける。
 気づけば、この森……いや、その辺り一帯の全ての色相が白になってゆく。
 下から続いていたログアウトシステムが……プレイヤーのログアウトと鋼鉄の城の解体が、ついにこの階層にも達したのだろう。
 もうすぐ、ボク達もまたこの世界からログアウトさせられようとしている。
 その時、ずっとボクに抱かれていた二匹が、突如、ボクをじっと見上げた。
 すると……二匹の身体が薄く輝き始めた。先ほどの白い輝きではない、その鬣のような、青い霧の輝き。
 ミストユニコーンのワープ能力の輝きだった。

「ルビー? ベリー……?」

 二匹はボクを見つめたままなにも言わず、ボクが言うよりも早く、その能力で突如消えた……かのように見えた。
 けれど違った。
 同時に、ボクの視界に小さなシステムウィンドウが現れたのだ。

【2件のクライアントプログラムが ナーヴギアのローカルメモリ内に保存されました。】

 そのメッセージから、ルビーとベリーはこの世界の消滅と共に自分達が消えないように、ボクのナーヴギア内に移ったと理解するのに時間はかからなかった。
 ――これからも傍にいる。もう二度と離れない。
 そういう、強い意志が感じられた。
 ……他でもない、この指に嵌めている二つの指輪から。

「うんっ、うん……! ずっと、一緒だよ……!」

 一人になったボクはその手を胸に添える。
 二匹の姿は消えるとも、その温かさは変わらない。
 だってボク達は、いつも傍にいるのだから。
 この温もりは、もう二度と離れないのだから。

 世界が白に染まってゆく。
 それだけでなく、今度はボク自身もが、まるで色素が抜けるように白く染まってゆき……今にもこのポリゴンの身体が、この仮想世界から脱しようとしていた。
 ――この世界を構成する全ての物は0と1に還り、この世界の全ての魂はあるべき場所へと還ってゆく。
 そうして、この世界の全てが救われていくのを感じながら、


 ――――ああ。そっか。そうなんだね……。


 ボクは知る。

 人は、傷つき、傷つけあう為に生きているのではなかった。

 それは、疑いあうわけでも、争いあうわけでも、憎みあうわけでも、恨みあうわけでも、嫌いあうわけでも、貶めあうわけでも、避けあうわけでもない。

 世の中はいまだ冷たく、ひどい人がいるのも事実で、人々は誰しもが信じ合えるものではない。

 それでも、ボクは知る。

 そこに流される涙は、全てが冷たいものではないということを。

 ――そこには、あたたかな涙も流されているのだということを。


 そして、ボクは強く心に刻む。

 人は何の為に生きているのかの答えを。


 人は――いや、

 生きとし生ける、全ての心は、




 愛し、愛されるために、生きている。



                                     (終わり)


 
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