| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第六十七話

「リズ、レコンのことを頼む」

 俺の背後でコクリとリズが頷いたことと、黒煙とともに足止めをしてくれたレコンの無事を確認すると、俺は《奴》に向かっていく。カウンター気味に突き出された《奴》の包丁を、そのまま無視して――そしてそのまま俺の身体をすり抜ける。代わりに空中へとジャンプすると、突如として橋に切れ込みが入っていく。……俺がジャンプをしていなければ、足を両断されていたような切れ込みの跡だった。

「セェッ!」

 一拍の気合いとともに放たれた俺の飛び蹴りが、何もない筈の中空を捉えた。矛盾しているようだが、現実に、的外れの場所に放った筈の蹴りが当たった感触が伝わり、当たっていない筈の蹴りにPoH――いや、PoHの姿をした亡霊は吹き飛ばされていた。

「…………ッ!?」

 蹴られたまま驚愕の声を喉の奥から絞り出した『亡霊』は、吹き飛ばされてゴロゴロと転がりながらバランスを取り、なんとか姿勢を整えた。俺の追撃を警戒して包丁を構え、そのポンチョの奥からは本物の《奴》に似た眼光を覗かせたが、その身体には既に数本のクナイが突き刺さっていた。……正確には《奴》の身体に突き刺さっている訳ではなく、またもや中空にその俺の放っていたクナイは炸裂していたが。

「……もう種は割れてるんだよ、偽物が」

 油断なく日本刀《銀ノ月》に手をかけながら、俺は『亡霊』に向かって問いかけた。その問いかけをした数秒後、《奴》の――PoHの姿がこの世界から消えていき、代わりにその側面の何もなかった筈のから、一体の黒い服を着たレイピアを武器にした妖精が現れていた。

 ……いや、妖精、と言って良いものか。種族は服の色から察するに、キリトが選んだという《スプリガン》のようだが……その姿は妖精のように美しいものでは決してなく、やや高めの身長に不釣り合いな、自らの身長を越えるほどの長さの、一本ずつレイピアを持った腕が目を引く、異形の姿だったのだから。顔には覆面レスラーのような仮面が被さっており、その素顔を拝見することは出来ないが、俺から受けたクナイや蹴りのダメージからか、激しい息づかいがその仮面の裏から響いていた。

 そして同時にその異形の姿故に、今までどうやって攻撃していたか得心が言った。もちろん『亡霊』だから――などという訳ではなく、仕掛けとしては単純かつ力業である。

 まず、スプリガンの種族特性である幻惑魔法によって、偽物のPoHの幻影を作り出す……道理で攻撃が当たらないですり抜ける訳だ、幻影なのだから。そして自らもその魔法によって姿を隠し、PoHの幻影に合わせてその異形の腕で攻撃する。カウンターを仕掛けようとしても、本来の攻撃は違う場所から来ているのだから、そのカウンターも当然ながら空を斬る。

 問題は、その戦術を可能としている異様に長い手と、長時間姿を隠すことが出来るそのMP。どちらにしろ俺には門外漢な話だが、そんな俺にだろうと真っ当な手段でないことは分かる。実際の痛みを体感するという、《ペイン・アブソーバー》というものも併せ、改造か改竄のようなことをしたのだろうか。

 ――だが、そんなことを考えるのは後で良い。今は目の前にいるこの『亡霊』を倒す、ということだけを考えていれば良い話だ。

「キヒュー……カハァ、カハッ……」

 仮面の裏からの化物のような吐息が整っていき、『亡霊』がこちらを睥睨する。PoHの演技をしていないと喋ることも出来ないのか、ヒューヒューと息を乱すことしか『亡霊』はしなかった。その奇妙な身体と断続的に響く息づかいは、もはや妖精などというものではない。

「……まあ、お前が何者だろうと関係ない。そこを退いてもらえればな……!」

 ポケットからまたもやクナイを取り出しながら、出来るだけ早くある言葉を唱えていく――魔法の言葉を。この世界の住人たる妖精にのみ許された、本来あり得ることのない事象を引き起こす呪文である。俺の種族は風妖精……その魔法によって引き起こされる事象は風だ。

 先程ようやく使い始めた俺に、レコンや目の前の『亡霊』のようにそう大した魔法は望むべくもない。風妖精として最初に習得できた、『風を起こす』という程度のものだ。当然今唱えた魔法もその魔法であり、俺の背後から、本来この洞窟ではあり得ない風の通り道が流れていく。

 このままでは攻撃にすらならない、ただの強力な扇風機にしか過ぎない。だが、その風の通り道に従うようにしてクナイを放つと、クナイが目にも止まらぬ速さで発射され、『亡霊』に対して襲いかかった。先の数回突き刺さっていたクナイは、『亡霊』がその高速のクナイに反応できずに直撃していた証だ。

「グゥゥ……ッ……!」

 またもクナイが胴体に直撃した『亡霊』に対して走り寄り、痛みでうずくまっていたその頭に回し蹴りを炸裂させる。そのまま橋から川に落ちそうだった『亡霊』は、何とかその長い腕でガリガリと橋を削るように自らの身体を抑えつけ、回し蹴りの衝撃を吸収する。

 『亡霊』は一瞬だけ四つん這いになって、すぐさま洞窟の壁面に向かって蜘蛛のように四つ足で飛び込んで後退すると、俺は逃げていった奴を追撃するべく日本刀《銀ノ月》を抜きはなった。

 対する『亡霊』も手に持っていたレイピアをだらんと力を込めていないように構え、仮面の下からブツブツと言葉になっていない単語が聞こえてきたと思えば、その姿が消えていく。それと共に、『亡霊』の周囲に《奴》の――PoHの姿がこの世界に現出していく。先程まで俺のことをボコボコにした戦術を、再び行うのだと考えた俺は、今度はもうあんな無様な醜態を晒しはしない――と、抜きはなった日本刀を構えたが、目の前に広がった光景に言葉を失った。

「なっ……?」

 死神のようなポンチョ姿をした《奴》――その姿をした幻影が《蝶の谷》へと向かう出口側の洞窟を、足の踏み場が無いほどに埋め尽くしていた。向こうには数え切れない数の死神が、ニヤニヤと笑いながら手招きしているようだった。

「ナイスな……いや、まだ言うタイミングじゃないか……」

 そう言って半ば無理やり口の端をニヤリと上げると、日本刀《銀ノ月》の柄を片手に握り締めながらも、《奴》まみれになった橋の向こうへと走っていく。近くにいた《奴》の幻影に接触するものの、幻影はたかが幻影……実体を保たない物に接触しようが何もない。気味は悪いが。

 そしてあの『亡霊』の狙いは、この《奴》の幻影の攻撃の幾つかに本物の一撃を混ぜるということ。右から左から来る幻影の包丁の中で、どれが『亡霊』の一撃かを見破るのは困難である上に、『亡霊』はやはり姿を消している。当てずっぽうにカウンターを狙ったとしても、『亡霊』の一撃は《奴》の攻撃に交じっているとは限らず、違う場所から見えない一撃を叩き込んでくる可能性もある。

「シャァァ……」

 俺を中心に取り囲む《奴》の幻影から、どことなく俺を嘲笑しているような『亡霊』の息づかいが聞こえてくる。息や声の方向から位置を掴む、という手段は使えないらしい。気配や感覚を読むことは得意分野だが、それも《奴》の幻影にしか気配を感じず、肝心の『亡霊』の気配を感じることは出来なかった。

 片腕に包丁をブラブラと持ちながら、実体を持たない《奴》の幻影たちが俺をジリジリと取り囲んでいく。そして俺が、日本刀《銀ノ月》を本来の持ち方ではなく銃のように持ち替えたと同時に、一瞬だけ力を込めた息づかいがあった後に、《奴》の幻影たちが一斉に俺に対して殺到した。数え切れない数の実体がない包丁たちと、一本の『亡霊』の一撃が。

「――そこだ!」

 日本刀《銀ノ月》の柄に新たに付けられた引き金を引くとともに、《銀ノ月》が構えられていた右の方向に高速で刀身が発射される。レプラコーンの職人に追加されたその機構は、《奴》の幻影を打ち消しながら忠実にその役目を遂行し、狙い通りに『亡霊』に直撃する。

「ガハァ……!?」

 《奴》の幻影たちから『亡霊』の驚愕したようなニュアンスが混じった、吐血したような音が漏れ出した。俺に殺到していた包丁の攻撃を全て無視して、俺は日本刀《銀ノ月》を発射した方向に向け駆け出すと、進行方向にいた《奴》の幻影たちを切り裂きながら――魔法は中心のポイントを斬れば破壊できる――ある狙ったポイントに向かうと、やはり何も見えない場所に日本刀《銀ノ月》を突き刺した。

 ……感触とともに手応えあり。『亡霊』に突き刺さっている筈の日本刀《銀ノ月》を、そのまま切り裂くように横に薙払うと、連撃とばかりに返す刀で斜めに《銀ノ月》を振る。見えないところに息を付かせぬ暇もない連撃を叩き込んでいる自分は、第三者から見れば何とも滑稽な剣舞だっただろうが、その実態は一撃一撃が正確に『亡霊』のHPを削り取っていく。

「ア゛アアッ!」

 形容しがたい叫び声とともに放たれた長い腕による『亡霊』のラリアットを飛んで避け、日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいながらその長い腕に飛び乗ると――何もないところに浮かんでいるようで不気味だが――今し方鞘に納めた日本刀《銀ノ月》を、頭があるだろう位置に狙いをつける。

「抜刀術《十六夜》!」

 得意技による銀色の一閃が『亡霊』の首を目掛けて煌めいた。しかしその感触は切り裂いた感触ではなく、剣と剣がぶつかり合っている鍔迫り合いの感触。もう片手に持っていたレイピアで防いでいるのか、と推測した俺は、乗っていた腕から飛び降りて距離を取った。距離を取るために飛んでいる最中、追撃にレイピアを伴った突きを『亡霊』が行って来たものの、足刀《半月》による蹴りでレイピアを弾き、洞窟の岩場に着地する。

 そしてMPの残量が少なくなってしまったのか、『亡霊』は姿を消す呪文を解除すると、日本刀《銀ノ月》で斬られた傷だらけの身体を俺に見せた。

「なん……で、ドコにイルか……ワカル……?」

「……教えてやる義理はないさ」

 始めて『亡霊』の仮面の下から吐息だけでなく、カタコト混じりの言葉が紡がれていく。何故、姿を消す魔法を使用しているのに、自分がいる場所が分かるのか――という『亡霊』の問いに、俺は一言でそっけなく返す。それと同時に、『亡霊』には何故いる場所が分かるのか分からない、という確信を得る。

 ……その問いに対する答えは単純、『亡霊』は完璧に姿を隠すことが出来ていないからだ。もちろん、改造の疑いすらある『亡霊』の魔法が不完全という訳ではない。ただ、姿を消そうとも場所が分かるように、マーキングをされているだけだった。

 『亡霊』がPoHの演技をして俺を追い詰めた時、レコンが黒色の煙によって視界を封じ込めて足止めを行った。だがその黒煙は足止めのためだけではなく、姿を示すマーキングの役割も持っていた。何も俺がやられている最中、リズとレコンはただ黙って見ていた訳ではない。二人は『亡霊』が行っていたトリックを見破り、俺に伝え、破る手がかりを残していた。

 ――黒煙は服に付着する。『亡霊』がどんなに魔法で姿を消そうとも、そのスプリガン用の黒い服には、レコンが発生させた黒い煙によって付着した汚れが染み付いていた。姿を消していない状態では、スプリガン用の服と保護色になって目立つことはないが……姿を消すと、くっきりとその汚れが浮かび上がる。後はその付着した汚れから、『亡霊』の全体像や攻撃を見切れば良い。

「さて、そろそろ退場してもらう――ッ!?」

 チャキ、と音をたてながら日本刀《銀ノ月》を構え直し、もはやHPも残っていない『亡霊』に向かって攻撃しようとしたところ、俺の隣に、『亡霊』が発生させたままの《奴》の幻影が佇んでいた。あくまでこの幻影たちは、『亡霊』が攻撃を当てるまでのカモフラージュであり、目の前に『亡霊』がいる以上警戒の必要はない。だが、形容しがたい嫌な予感――強いて言うならば直感に従って、《奴》の幻影たちから自然と距離取りつつも、一本のクナイを近くの幻影に向かって放った。

 すると、カキンという小気味良い音とともに、《奴》の幻影へと放ったクナイが盾に弾かれたように大地に落ちる。先程までいた《奴》の幻影には、実体などない筈なのに……

「ショウキさん気をつけて! ……そいつら皆プレイヤーだ!」

 橋の向こうから、回復を終えたらしいレコンの警告が俺に向かって飛んでくる。その手にはレコンの闇魔法の触媒となる鏡が握られており、恐らくはあの鏡でプレイヤーの数をチェックしたのだろう。そして俺を囲んでいるのは、レイピアを構えた『亡霊』と《奴》の幻影は九体ほど……レコンの警告からすれば、その《奴》の幻影たちにプレイヤーが隠れているとのことだ。加えて《奴》の幻影たちに隠れたプレイヤーは、先程クナイを弾いた盾が見えないことから考えて、その武器種すら隠していているらしい。

「来るか……!」

「ショウキ!」

「――――シャァッ!」

 ……そして一斉に時は動き出した。回復を終えたレコンとリズが増援に駆けつけるようと、橋の向こうからこちらに走ってくる。『亡霊』と『幻影』は単独で孤立している俺に対し、リズとレコンが来る前に仕留めようと総攻撃を敢行した。『幻影』たちは一体一体動きが違い、同じ姿で同じ動きをして攪乱する――というような行動はしておらず、練度はあまり高くなさそうだったが、数はその分圧倒的。

 そして標的となった俺は――

「ナイスな展開じゃないか……!」

 ――笑った。迷いを振り切った『覚悟』の笑み。自らを奮い立たせる言葉とともに、《奴》の姿をした『幻影』たちに立ち向かっていく。

 まさか向かって来るとは思っていなかったらしい『幻影』たちは、一瞬だけ自らの動きを躊躇させたものの、すぐに軽装備らしい『幻影』が数人突出してきた。姿だけは《奴》そのものなので、その得物は本当は何だろうと、《奴》の得物であった包丁にしか見えない。

「悪いが、見えてるんだよ……!」

 ……普通なら。『幻影』のうちの1人から放たれた槍を、少し身体の位置をズラすことで回避すると、そのままの勢いでドロップキックをかましてやる。そして槍使いを足場にして蹴りを叩き込みながらジャンプ……そのジャンプでもう1人の『幻影』の片手剣を避けつつも、その片手剣使いの真上に位置した。

「斬撃術《弓張月》!」

 空中から急降下しての落下する勢いを加味しての斬撃術。片手剣使いの頭から足まで唐竹割りをしつつ、洞窟特有のゴツゴツとした大地にしっかりと着地すると、俺の肩や足が攻撃されそうになっていることを視た。その場に止まらずにゴロゴロと横に転がって、追撃しようとしていた『幻影』たちにクナイを牽制に投げはなった。

 こうしていると嫌でも思いだす。《奴》――PoHに一度殺されてから使えるようになり、今も尚俺の生命線にもなっている《恐怖の予測線》と名付けた直感。視界がクリアになって相手の攻撃の軌道を視る――と、そう聞くと何かオカルト的なモノに聞こえるが、現代スポーツにも極限まで集中した結果として、そのような状況は珍しくない。そして古来より、古流武術における一種の目標ともされる……

 VRMMOという情報によって構成される空間と、古来より伝わる修練の結果によって顕れるその予測線は、『幻影』たちの攻撃程度ならば簡単に見極めることが出来た。さらにはその軌道によって、武器種を推測することも可能だ。

 ……しかして問題は二つ。予測線を維持できる時間制限がある以上、この勝負は短期決戦を狙わなくてはならない。だが、俺単独の火力では、時間内であれだけの数の敵プレイヤーを倒すことは難しいことだ。決定打となる火力を持つリズがいれば解消出来るが……横目でチラリと橋を見ると、盾持ちの『幻影』が若干名二人の足止めに向かっていて、こちらへの合流は難しいか。

「ヒャッ!」

 そうこう考えているだけでは、後続の『幻影』たちも到着してしまう。その前に先行してきた『幻影』を倒すさなければ。……まずは先の斬撃術《弓張月》の仕返しのつもりか上空から襲って来た片手剣使いをバックステップで避けて墜落させ、追撃のかかと落としでさらに洞窟の大地に沈ませながら、片手剣使いの心臓部に日本刀《銀ノ月》を突き刺すと、赤いリメインライトを伴って消滅する。……サラマンダーだったらしい。

 仲間がやられた為か油断なく距離を取り始める、先行した軽装備だと思われる『幻影』たちを眺めながら、さてどうするか――と考えていた俺に、遠くからリズの声が響いて来た。

「ショウキ! スイッチ!」

「……スイッチ?」

 スイッチ……というとSAO時代に大変お世話になった戦闘法だが、はて、今この状況で俺とリズで使える戦術ではない。さては俺とレコンを言い間違えたか、とそんな状況ではないにもかかわらず、頭を捻る。

「スイッチって言ってんでしょうがぁ! 刀の!」

 盾を持っているらしい『亡霊』に向かって力の限り八つ当たり、もとい力の限り攻撃を加えながら、リズが再び声を張り上げた。その声で俺は日本刀《銀ノ月》の刀身を発射する引き金とともに仕組まれた、柄についている謎のスイッチのことを思いだす。自爆スイッチだとしてもおかしくないと、決して押さないことを誓ったスイッチが。

「ええい、ままよ……」

 恐る恐るリズの言う通り柄にあるスイッチを押すと同時に、特大の予測線が俺の身体の全域を覆った。これは一度体験したことがある――ヒースクリフも行っていた、大盾を直接相手にぶつける攻撃方法、シールドバッシュだ。迫り来る恐怖に対して俺は反射的に、日本刀《銀ノ月》をその大盾に向かって振り抜いた。

 勢いと威力を減じつつ後ろに退がるのが目的だった、その日本刀《銀ノ月》による攻撃は――大盾ごと、その向こうにいた大盾持ちのプレイヤーすらも切り裂いていた。

「……え?」

「な……?」

 俺とその大盾を持っていたプレイヤーの疑問の声が重なった。日本刀《銀ノ月》はその『幻影』の姿とする魔法すらも斬り裂いたのか、そのプレイヤーの格好はただのノームへと戻っていた。一瞬だけ呆気に取られてしまったが、すぐに意識を集中させると、そのノームに向けて袈裟斬りを放った。ゴテゴテと飾り立てられていた堅牢そうな鎧を、日本刀《銀ノ月》はそんなもの無かったかのように切り裂き、大盾を持っていたノームは真っ二つになるようなエフェクトを発生させ、その身をリメインライトとして散らしていった。

「せっ!」

 盾持ちのノームに攻撃している隙を狙っている槍使いを関知し、その一突きを足刀《半月》で蹴りつけてながら日本刀《銀ノ月》を鞘にしまい込んで、体勢を整える為にクルリと一回転しながら、蹴りつけられて怯んでいる槍使いに狙いを定め、再びその日本刀《銀ノ月》を抜きはなった。

「抜刀術《十六夜》!」

 堅牢なノームですら何の抵抗もなく切り裂いた今の日本刀《銀ノ月》に、軽装備の槍使いが耐えられる筈もなく、上半身と下半身の境に一筋の光が疾り、そこが分かたれる前にリメインライトに昇華された。

 スイッチを押してから疑いようもなく、日本刀《銀ノ月》の切れ味が途方もなく上がっている。それこそ、重装備のノームの防御を容易く切断するほどに。元々切れ味を至上とした武器である日本刀だが、敵の盾ごと鎧を切り裂くような真似は出来るはずもない。

 ――その切れ味の正体は『振動』。現実世界で言うならば、最強の切れ味を持つ工具であるチェーンソーのように、スイッチを押してからの日本刀《銀ノ月》の刀身は微細ながら高速で振動していた。……言うなれば、『振動剣』といったところか。刀身は超高速で振動し、この振動によって物体を切断するために、通常の日本刀を遥かに越える威力を持つに至る。

 シルフが翼を使って飛翔する時のような、弦楽器のようなキィィィィンといった音が日本刀《銀ノ月》が響き渡り、それを聞いた生き残っていた『幻影』たちはたじろいでいる。仲間が二人、目の前で呆気なく真っ二つにされた、という衝撃が覚めやらぬ間に追撃を――

「……ッ! 縮地……!」

 ――しようとしたものの、その高速移動術が発揮されたのは後退。洞窟の中でも盛り上がっていて、高所になっているところにまで移動すると、近くにあった柱となるまで巨大化した鍾乳石のような物に身体を預けながら頭を抑えた。《恐怖の予測線》のデメリットとでも言おうか、一定時間の後に頭痛が走ってしまい、その効力が切れてしまう。

「……今だァ!」

 『幻影』たちの誰かが発した号令の下、一斉に俺がいる鍾乳石のある高所へと迫って来た。様子がおかしい俺に全員でかかれば、勝算はあるのだと踏んだのだろう。……それが狙い通りだとも知らずに。確かに《恐怖の予測線》の効果時間終了の頭痛は、少しの間ながら動きが封じられてしまうのは、もちろん多大なデメリットである。だが、そんなデメリットがあろうとやりようはある。

「ふっ……!」

 例えば、デメリットを見せてそれを撒き餌とする、とかだ。振動剣となったままの日本刀《銀ノ月》を振り抜き、近くにあった柱のような鍾乳石に向かって剣閃が二筋煌めくと、日本刀《銀ノ月》のスイッチをもう一度押して振動を終えてから、鞘にチャキンと音をたてて納めて、鍾乳石はゆっくりとその洞窟の柱という役割から抜け出した。

 ……有り体に言うと、洞窟の柱すら日本刀《銀ノ月》はバターのように切り裂くと、柱だった鍾乳石は重力に従って、高所から低所に向かって落ちていく質量兵器となった。俺がいる高所から、『幻影』たちがいる低所へと。

「うぉわぁぁぁ!」

 洞窟を支えるほどにまで成長した鍾乳石は、俺に向かって攻め込んで来ていた『幻影』たちは巻き込まれていく。質量兵器だけでは『幻影』たちのHPを削り取ることは出来ないが、このまま転がっていけばゴールとなる場所は一つだ。

「せいやぁ!」

 リズも俺の狙いに気が付いたのか、自分たちと戦っていた『幻影』たちを、無理やりメイスで鍾乳石の質量兵器の前に弾き飛ばした。そのまま『幻影』たちは全員、質量兵器に巻き込まれて転がっていくと……

「ゴールは川。レコン曰わくボスモンスターがいる、な」

 翼で飛翔することが出来れば良いのだろうが、生憎とここは太陽の届かないダンジョン。『幻影』たちは柱ごと川に落ちていき、その後はどうなったかは分からない。……結果は目に見えているが。

 趣味の悪い『幻影』たちはもういない。一人残らず川の底だろう。だが……

「……さあ、来いよ」

 そんな『幻影』たちを生み出した、趣味の悪い制作者が……『亡霊』が残っている。先程まで両手に持っていたレイピアを片手にだけ構えながら、質量兵器を避けて俺がいる高所に佇んでおり、あたかも決闘のような様相を呈していた。

 『亡霊』が先手を取って仕掛ける……その異形の長い腕を用いて、フェンシングの要領でレイピアによる連続突きを――いや、細剣の上位ソードスキル《スター・スプラッシュ》が俺に迫り来る。高速の八連撃がレイピアの弱点を補った異形の腕で放たれ、システムスキルが無い筈なのにアインクラッドでの速度とも違わない。

「――抜刀術《十六夜》!」

 その八連撃を迎え撃つのは俺が最も得意とする技、抜刀術《十六夜》。どちらが先にその一撃を敵の身体に当てるか、という決闘は、『亡霊』の方がスピードは速かった。

 ――だが、ここはもうアインクラッドではない。

「ブースト!」

 抜刀術《十六夜》を『亡霊』に対して狙いをつけながらも、風を起こす初期呪文を最後まで唱え終わる。アインクラッドにはない……ここがもうあのデスゲームではないと証明するかのように、俺の言葉とともに俺と『亡霊』に対して暴風が吹き荒れていく。

 『亡霊』の速度を落とすように、俺の抜刀術の速度を上げるように。

 結果としてその一撃は――日本刀《銀ノ月》が、『亡霊』の姿を切り裂いていた。

「ふぅ……」

 目の前で渦巻いていく黒色のリメインライトを見ながら、俺の脳裏に一つだけ考え事が浮かんで来ていた。――この『亡霊』と俺は、あのデスゲームで戦ったことがあっただろうか、と。ラフコフの関係者で、あのレイピア捌きを見たことがあった気がしていた。

 更に言うならば、俺がここに来た時に感じた《奴》の――PoHの気配は本物だった。他にも『亡霊』はスプリガンだったにもかかわらず、戦闘中にプーカの《呪歌》によって動きを封じられたり、怪物のように息を響かせるしか出来なかった『亡霊』が、PoHに化けている時のみ雄弁に話していたり、まさかプーカとしてログインしている本人が、今もなおこの洞窟に潜んでいるのではないか……?

 更に言うならそもそも、今回襲って来た『亡霊』と『幻影』とは何だったのか……

 ……いや、そんなことを迷うのはもう後で良いのだろう。今は最後に少しだけ、まだ帰って来られない人々を助け出して、アインクラッドを完全に終わらせるだけだ。

「ショウキ!」

 駆け寄って来たリズとレコンと掌を叩き合いつつも、遂に俺たちは長かったダンジョンを抜け、《蝶の谷》に向けて飛翔を再開していった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧