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僕の生まれた理由

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僕の生まれた理由

                  僕が生まれた理由
 僕が生まれた時のことはあまり覚えてはいない。ママから出て来た時には何匹か兄弟がいたのはぼんやりとだけれど覚えている。けれどその他のことは本当に覚えてはいない。
「生まれたね」
「ああ、やっとだね」
 そんな話が聞こえていたのは覚えている。それから暫くはママのお乳を飲んで過ごしていた。けれど飲むだけで頭が一杯でやっぱりその他のことは覚えてはいない。
 お乳から柔らかい丸い食べ物をもらえるようになると誰かがおうちにやって来た。ここの家の人じゃないのはわかった。見たことのない小さな人だった。
「本当に一匹もらっていいの?」
 その小さな人はおうちの人と何かお話をしてた。けれど何についてのお話だったのかはこの時はわからなかった。その人が僕のところに来るまでは。
「どれがいい?」
「そうだなあ」
 その人は僕達の中から誰かを探しているみたいだった。そして僕も見ていた。
「ねえ」
 僕を指差して言った。
「この背中が黒と黄色の模様の白い猫だけれど」
「それでいいの?」
「うん。可愛いし。これでいいよ」
「わかったよ。おい」
 おうちの人が僕に話しかけてきた。
「御前の御主人様が決まったぞ。よかったな」
 よかったと言われても何がよかったのかわからなかった。ただこのおうちから離れなきゃいけないだろうとは思っていた。けれど寂しくはなかった。そのうち離れなきゃいけなくなると何となくわかっていたからだった。
「よし、おいで」
 その人は僕に声をかけてきた。そして僕を抱き上げると籠に入れた。何故かわからないけれどその手は凄く柔らかかった。ずっと待っていたみたいに温かい手だった。
 籠に入れられるとうとうととして寝ちゃった。起きると全然違うおうちにいた。木が多くて大きなおうちだった。
「只今」
「おかえりなさい」
 そんな挨拶をおうちの人達がしてた。僕は籠から出されるとこう言われた。
「ここが御前のおうちだよ」
 ここが。見回すと何から何まで見たこともないようなのばかりだった。絵が動く不思議な箱は前のおうちにもあったけれどここではずっと大きかった。
 歩きだすとおうちの人達がやって来た。この人達が僕の御主人様達なんだろうか。
「まだ小さいな」
 大きな男の人がそう言った。
「まだ子猫なのね」
 次に大きな女の人が言った。
「子猫でよかったんだろう?」
「ええ、まあ」
 大きな女の人が僕を連れて来た小さい人に言った。僕はそれを見上げて聞いていた。
「うちの新しい猫にって」
「それはそうだけれど」
「何か弱々しいし」
「これから大丈夫かしら」
「大丈夫だって」
 小さい人がそう言った。
「慣れるだろうしさ。今までの猫だってそうじゃない」
「そうかしら」
「今は弱くたって強くなるよ。最初だけじゃわからないっていつも言ってるのはお母さんじゃないか」
「けれどね」
「けれどねもないよ。もうもらってきたし。いいだろ?」
「そうだな、健二がそう言うのなら」
 大きな男の人が頷いた。
「そうしよう。いいね、母さん」
「わかったわ。お父さんがそう言うのなら」
「じゃあ決まりだね。おいで」
 小さい人が僕に声をかけてきた。
「僕達がこれから御前の家族になるかな。宜しくね」
 それを聞いて僕はないて応えた。何と言ったのかは覚えていない。
「可愛いね」
「ええ」
 大きな女の人もそれを聞いて頷いた。
「御前のお友達もいるからね。ちゃんと挨拶するんだよ」
 お友達と聞いて最初何のことかわからなかった。キョトンとしていると一匹の大きな猫がやって来た。緑の目をした白い猫だ。けれど足と耳は黒かった。
「あんたが新入りね」
「は、はい」
 僕はその猫に挨拶をした。
「あたしはケムンパス。メスのシャム猫よ。宜しくね」
「シャム猫って?」
「ああ。知らないの。猫の種類のことさ。あたしはシャム猫って種類の猫なの」
「そうなんですか」
「他にもいるけどね。あたしが一番歳くってるけど」
「そうは見えないですけど」
「身だしにはね、気を遣ってるから」
 ケムンパスさんはそう言ってにこりと笑った。顔立ちは怖いけれど優しい笑みだと思った。
「じゃあこっちにおいで。皆がいるから」
「はい」
 こうしてケムンパスさんに連れられて僕はこのおうちのそのお友達への挨拶に行った。ベッドという大きな四角い場所に何匹かの猫達がいた。
「新入りよ、皆」
 ケムンパスさんが僕を紹介してくれた。
「名前はまだないけれどね。オスよ」
「あれ、わかったんですか?」
「そんなの一目でわかるわよ」
 ケムンパスさんはそう言ってまた笑った。
「すぐにね。それに昔は色々と酷い目に遭ったみたいだね」
「あの、酷い目って」
 僕はそれを聞いて驚いた。
「僕生まれてまだ少ししか経っていないですけど」
「そのうちわかると思うわ、それも」
「?」
 考えたけれどわからなかった。ケムンパスさんの言葉の意味がわからなかった。
「まあこの家にいたらそんな心配もないから。ここの人達はいい人達ばかりだしね」
「はあ」
「何かしてくる奴がいてもあたしがいるからね。大丈夫だよ」
「ケムンパスさんがですか」
「そうよ。ケムンパスさんはとても強いんだから」
「あなたは」
 見れば黒猫がいた。僕に話し掛けてきていた。
「タマって言うの。宜しくね」
「はい」
 何だか優しい感じの猫だった。ケムンパスさんは怖い感じもするがタマさんにはそんなものはなかった。不思議と落ち着いた雰囲気だった。
「あとは」
「ダイザエモンだよ」
「ダイザエモンさん」
 黒と白のブチの猫がいた。けれどそれは大きい猫と小さい猫がいた。そのうちの大きい猫がそう僕に名乗ってくれた。
「それでこっちの小さいのがショウザエモン」
「宜しくな」
「はい」
「で、最後に残っているのが」
 ケムンパスさんが紹介してくれた。茶色の毛の猫が最後に残っていた。
「ルイ=アルフォンヌ=シュタインベック三世よ」
「え、ええと・・・・・・」
 あんまり長くて覚えていられなかった。戸惑っているとその茶色の猫が言ってくれた。
「ルイでいいから」
「わかりました」
「それであんた。うちの猫はこれで六匹」
「宜しくね」
「はい」
 僕はあらためて挨拶をした。
「宜しくお願いします」
 こうして僕はこの家の猫になった。挨拶の後は御飯だった。キャットフードだった。
「あれ」
 僕はまずそのキャットフードを食べて気が付いた。
「今までのとは違う」
「どう、美味しい?」
「はい」
 僕はケムンパスさんにそう答えた。
「何か味が濃くて」
「あんたんとこは多分今までは魚のを食べていたのよ」
「そうだったんですか」
「うちのはね、鶏肉なの。だから味が違うのよ」
「へえ」
「まあ食べているとすぐに慣れるわよ。そのうちこれじゃ嫌になるから」
「そうなんですか」
 食べて水を飲んだ後はケムンパスさんを先頭にして六匹で四角くて大きな場所に向かった。何だかふわふわしてあったかかった。
「ここは何なんですか?」
「こたつよ」
「こたつ?」
「あたし達の寝る場所よ。いつもはここで寝るのよ」
「ここでですか」
「そうじゃない場合もあるけれどね。御主人様のお布団とか」
「御主人様って?」
「今日あんたを連れて来た人がいたでしょ。その人があたし達の御主人様よ」
「そうなんですか」
「あと旦那様と奥様。そしてお嬢様もいるわ。これがこのうちの人間なの」
「人間」
 それを聞いて何か急に怖くなった。
「大丈夫ですか?何かされませんよね」
「悪いことをしたら怒られるわよ、そりゃ」
「旦那様はそれでも怒らないけれどね」
 ダイザエモンさんがここでこう言った。
「旦那様は特別よ。あの人は私達に凄く甘いんだから」
「旦那様は」
 タマさんの言葉を聞いて尋ねた。
「誰のことですか?」
「御主人様のお父さんだよ」
 ルイさんがそう教えてくれた。
「僕達の名付け親でもあるんだ」
「名前をつけてくれたんですか」
「そうさ。あまりセンスがいい名前じゃないけれどね」
「それは言えてるね」
 ショウザエモンさんがそれに頷いた。
「何でこんな名前つけたんだろ」
「センス悪いのがタマに傷よね」
「うまいわね、タマ」
「あっ、ホントだ」
 そんな話を聞いていてもまだ不安だった。どういうわけか人間という言葉を聞くと急に怖くなった。
「怖いのかい?」
「あ、はい」
 嘘をつく気はなかった。ケムンパスさんの問いに頷いた。
「だろうね。あれだけの目に遭ったら」
「何か知ってるんですか?僕のこと」
「ちょっとね。あたしは色々と見えるから」
「色々と」
「ケムンパスさんはね、凄いんだよ」
 ダイザエモンさんがまた言った。
「犬にだって勝てるしおうちの留守番もできる」
「それに今までのことやこれからのことだって見えるんだ。本当に凄い猫なんだよ」
「そうなんですか」
「少しだけね」
 ショウザエモンさんの言葉に驚いて尋ねると少し照れ臭そうな顔をして答えてくれた。
「あんたは人間に随分酷くやられたんだね」
「そうなんでしょうか。覚えていないんですけど」
「今はそうだろうね。けれどこの家の人達はそんなことはしないから」
「はあ」
「安心していいよ。あと悪い奴は全部あたしがやっつけてやるから」
「ケムンパスさんなら敵はいないからね」
「安心してていいよ」
「わかりました。それじゃ」
 僕達はそのままこたつの側で丸くなった。そしてそのまま寝てしまった。起きるともう朝だった。おうちの人達は慌しく出掛けてしまった。僕達は朝御飯を食べ終えるとおうちの中を色々と歩き回った。
「爪を研ぐのはここ」
「はい」
「他でやったら怒られるからね」
「わかりました」
「おトイレはここ」
「はい」
「わかったね」
「わかりました」
 ケムンパスさんに案内される。爪を研ぐ場所もおトイレをする場所もすぐにわかった。ただ気になったのはおトイレの側にある白い大きなものだった。
「あれ何なんですか?」
「あれは人間のトイレだよ」
 ケムンパスさんはそう教えてくれた。
「人間の」
「人間もあたし達と同じようにトイレをするんだ。覚えておくといいよ」
「はい」
「人間とあたし達はね、種族は違うけれどそうした部分では一緒だから。生きていたら皆同じなんだよ」
「生きていたら」
「そうさ。だから変に卑屈になったりすることはないからね」
「はい」
 僕はその時ケムンパスさんの言葉の意味がよくわからなかった。ただ頷くだけだった。これが凄く大事なことだとわかるのはまだ先のことだった。
 僕はそれからおうちの猫と人間達に囲まれて生活することになった。御主人様がおうちに帰ってくると挨拶をしたりする。お嬢様や旦那様に対してもだ。
「おう、よしよし」
 旦那様は僕達をとても可愛がってくれる。何をしても怒らないとても優しい人だ。
「あの人は昔からああなのよ」
 タマさんがそう教えてくれた。
「昔からなんですか」
「ええ。私達の名前をつけてくれたしね。これは前に言ったわよね」
「はい」
「すっごく猫が好きなのよ。だから私達をとても可愛がってくれるのよ」
「そうだったんですか」
「あんまりにも怒らないので奥様にはかえって不満に思われてるけれどね」
 その奥様もとてもいい人だった。僕達が側に来ると笑顔で迎えてくれる。
「可愛いのよね、本当に」
 目を細めてそう言ってくれる。それがとても嬉しかった。けれど怒ると怖い。悪さをするとすぐにひっぱたかれた。
「あいてててててて・・・・・・」
「一体何やったんだよ、今度は」
 ダイザエモンさんが尋ねてきた。
「ちょっと噛んだらひっぱたかれました」
「そりゃ怒られるよ。奥様はそれが一番嫌いなんだから」
「噛むの以外にも怒られますけど」
「奥様はな、噛んだら絶対に駄目なんだよ。御主人様やお嬢様は緩く噛んだら怒らないだろ」
「そういえばそうですね」
「旦那様はどれだけ噛んでもいいぞ。あの人は怒らないからな」
「人によって違うんですね」
「猫だってそうだろ、それぞれ違うのさ」
「そんなもんなんですか」
「そうだよ。その証拠に俺と御前で全然違うだろ?」
「はい」
「それと同じだよ。人間だってそれぞれなのさ。それも覚えておいた方がいいぜ」
「わかりました」
「兄貴の言う通りだ」
 ショウザエモンさんも言った。
「ここの家の人達は皆いい人ばかりだけどな、中にはとんでもねえのもいるんだ」
「とんでもないのも」
 それを聞くと耳と尻尾が痛くなった。足もだった。
「そうさ。俺達をいじめたりする奴がいるんだ」
「いじめたり」
 痛みが酷くなる。それがどうしてなのかはわからないが。首まで痛くなってきた。
「だからな、注意しとけよ。俺と兄貴はここに来るまで野良猫だったけどそういうのを見てきたんだ」
「はい」
「俺達は家猫だから外には出ないがな。客人には注意しとけ」
「変な奴には近寄るなよ」
「わかりました」
 とりあえずはおうちの人は大丈夫らしい。甘えると喜んでくれる。お嬢様も自分の部屋に笑顔で入れてくれた。どちらかというと御主人様よりお嬢様の方が僕達に対して優しいように感じた。
「あら、新入りね」
「お嬢様はな、結構自分勝手なんだよな」
「自分勝手」
 ルイさんと一緒にお嬢様の部屋に入った時にそう言われた。
「御主人様と比べるとずっとな。自分が不機嫌な時は僕達を部屋から追い出すから」
「そうなんですか」
「まあ特に暴力を振るったりはしないし。怒る時は怒るけれどそんなにきつくないし」
「はあ」
「まあそういう人だから。お嬢様とのお付き合いは程々にな」
「わかりました」
 実際にお嬢様は僕達にはあまり構わない。けれど気が向くと僕達の側に来て喉や耳を触ったりする。特にお腹を触るのが好きみたいだ。
「こら、デブ猫」
 ルイさんにもそう言って笑いながら触る。
「ちゃんと運動もしなきゃ駄目よ。そっちの子まで太ったらどうするのよ」
「ちぇっ、これは体質だよ」
 ルイさんはお腹をさすられながら不満そうにそう言う。
「太っていてもいいじゃないか。別にお嬢様に迷惑かけてるわけじゃないし」
「何か楽しんでるみたいですよ」
 お嬢様の顔を見ているとそう思えた。ルイさんのお腹を楽しそうにさすっていた。
「それはわかるよ。けどな」
「けどな?」
「何か嫌なんだよな、まるで僕がこの家で一番デブみたいで。どっちかっていうとダイザエモンの方がデブなのにな」
「ダイザエモンさんもよくお腹を触られていますよ」
「結局そうなんだよな。まあこのお嬢様には触らせるんだ。いいな」
「わかりました」
 僕も触られた。左耳に指をあてられた。
「大きな耳してるわね」
 一瞬ビクッとした。その耳を触られるのは抵抗があった。けれどそれはほんの一瞬のことだった。
 優しい手だった。あったかくて、それでいて柔らかかった。お嬢様は僕の左耳を優しく撫でてくれた。撫でられているうちに目が細くなっていくのがわかった。
「あら、気持ちいいのかしら」
 その通りだった。耳を触られると気持ちがよかった。
「耳だけじゃ不公平よね。ここも触ってあげるわね」
 今度は喉だった。
「尻尾も綺麗だし。貴方中々ハンサムじゃない」
 尻尾も一瞬抵抗があった。けれど触られると気持ちがよかった。
「このまま大きくなったらいいわ。そうしたら立派な猫になれるわよ」
 目を細めながらそれを聞いていた。今はただお嬢様に撫でてもらってそれで気持ちよくなれればそれでよかった。それだけで充分だった。
 ある日僕は気付いた。まだ名前がなかった。
「あ、それなら今御主人様が考えているわよ」
「御主人様が」
「ええ。今までは旦那様がつけてくれたんだけどね」
「はい」
 僕はケムンパスさんに言われていた。
「いい加減センスが悪いって。それで今度は御主人様がつけることになったのよ」
「そうなんですか」
「まあ旦那様よりはいい名前になるんじゃないかしら。あたし達なんて最初この名前の元を聞いた時嫌になったものよ」
「どんなのだったんですか?」
「あたしとかね、ダイザエモン、ルイはあの絵の箱に出て来る人からとったらしいのよ」
「はあ」
「タマは何となく、ショウザエモンはダイザエモンの弟でそっくりだったからなのよ。どう、酷いでしょ」
「そんなのだったんですか」
「旦那様のセンスにだけは期待しちゃ駄目よ、えらい目に遭うから」
「わかりました」
 その日の夕食の時だった。食べ終わると御主人様が僕のところにやって来た。
「御前の名前だけれどな」
 来た、と思った。
「僕が名付けることになったから。宜しくな」
 それを聞いてえっ、と思った。
「そうだな。名前は」
「お父さんがつけようか?」
「駄目だよ、お父さんの名前は変なのばかりだから」
 後ろから旦那様の声がしたがそれを断られた。
「僕がつけるよ」
「そうか」
 旦那様はそれを聞いて凄く残念そうだった。
「それでな、御前の名前は」
 何だろう。いい名前だったらいいけれど。
「こげんただ。どうかな、それで」
 こげんた。その名前を聞いた時何故だかわからないけれど凄く不思議な、温かい気持ちになった。思わず御主人様の顔を見上げた。
「それでいいかな。御前はどう思う?」
 僕は応えた。一言ないた。
「そうか、それでいいんだね」
 僕の言いたいことがわかってくれたみたいだった。僕はその名前でいいと思った。それを伝えたかったのだ。
「よし、じゃあそれでいこう。御前の名前は今日からこげんただ。いいね」
 またないた。すると御主人様は僕を抱きかかえた。そして言った。
「こげんた、あらためて宜しくね」
 これで僕の名前は決まった。こげんた。凄くいい名前だと思った。それを聞くだけで何だか凄く優しい気持ちになれる。どうしてなのかはやっぱりわからなかったけれど。
「いい名前もらったよな」
「ホント、それだけは羨ましいよ」
 旦那様のベッドに行くとダイザエモンさんとショウザエモンさんがいた。やっかみ混じりで僕に声をかけてきた。
「俺達なんか旦那様に冗談みたいな名前つけられたのによ」
「俺達も御主人様につけてもらいたかったな」
「私は別に今の名前でいいけれどね」
 タマさんは自分の名前に不満はないようだった。
「けれどルイはそうじゃないわよね」
「当たり前だよ」
 ルイさんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「覚えられないような変な名前つけられたからね」
「旦那様のセンスだけはわからないよな」
「そうだよな。ケムンパスさんだってそう思うでしょ」
「そうね」
 ケムンパスさんもいた。それに頷いてみせた。
「あたしも最初この名前のもと聞いた時は呆れたわよ。あの箱にいる虫のことなんだもの」
「箱の中の」
「前言ったわよね、あの絵の箱のこと」
「はい」
「旦那様の好きな虫らしいけれどね。どういうのか知った時は本当に嫌だったわ」
「御主人様とお嬢様の名前も旦那様がつけたらしいけれど奥様今でも嫌がってるし」
「そうなんですか」
 タマさんに言われて顔を向けた。
「そう思うとあなた運がいいわよ」
「はい」
 それを聞くとまた嬉しくなった。
「御主人様の方がセンスがよかったんだから」
「そうね。それにしても」
「何ですか」
 ケムンパスさんがまた考える顔をしたので尋ねた。
「やっぱりその名前になったわね」
「こげんたって名前のことですか」
「ええ。予想はしていたけれど」
「この名前に何かあるんですか?」
「どう思うかしら、自分の名前に」
「それは」
 ケムンパスさんに言われて考え込むことになった。
「何か、凄く温かくて、優しい名前に思います。言われると落ち着きますし」
「そうでしょ。その名前はね、多くの人に大事にされている名前だから」
「多くの人に?」
「そうよ。その名前はね、あんたが生まれる前にもう決まっていたのよ」
「決まっていた」
「あんたの名前になることがね」
「?」
 ケムンパスさんの言っていることがわからなかった。思わず首を捻ってしまった。
「あの、それはどういうことなんでしょうか」
「わからないわよね、やっぱり」
「ううん」
「仕方ないわ。けれどそれもわかるようになるから」
「そうなんですか、これも」
「そうよ。その時色々と辛いこともあるかも知れないわ。けれど忘れては駄目よ」
「何をですか?」
「あんたにね、大勢の人達が泣いたのよ。そしてその人達が動いたの」
「人間が」
「ここに来た時人間が怖いって思ったって言ってたわね」
「はい」
 その通りだった。特にお嬢様に左耳を触られた時はそうだった。あの時は本当に怖かった。
「それもね、仕方のないことなのよ。あんたにとっては」
「耳や尻尾が痛くなったりするのもですか?」
「そう。けれど今は痛む?」
「いえ」
 僕は首を横に振った。
「ここのおうちの人達と一緒にいると。何か痛くなくなりました」
「そうでしょ。確かに旦那様のセンスは悪いし奥様は厳しいけどね」
「はい」
「それでもあんたのことは大事に思ってくれているから。安心してね」
「わかりました」
「わかったらちょっと行こうぜ」 
「何処にですか?」
 ルイさんが声をかけてくれた。
「旦那様のところさ。僕達が側にいると喜んでくれるんだ」
「そういえばそうですね」
 旦那様はいつもそうだ。僕達が側にいるだけで凄く嬉しいようだ。そしてよく可愛がってくれる。それがまたとても嬉しかった。
「だから。行こうぜ」
「わかりました。それじゃ」
「あ、俺も」
「俺も」
 ダイザエモンさんとショウザエモンさんも一緒になった。僕達はまとまって旦那様のところへ行った。予想通り満面の笑顔で僕達を迎えてくれた。
「おお、よく来たよく来た」
 僕達を撫でながらこう言ってくれる。
「お父ちゃんと遊んで欲しいんだな」
「何かいつもこんなこと言ってますね、旦那様って」
「猫が本当に好きなんだよ」
 ダイザエモンさんが教えてくれた。
「旦那様が猫飼いたいって言い出したらしいし」
「じゃあ僕達がここにいるのは旦那様のおかげなんですか」
「まあそうなるな。俺もショウザエモンも引き取ってくれたし」
「へえ」
「俺と兄貴が駅の隅っこで二匹で縮こまっていたんだっけな、あの時は」
「そうだったな、真冬の寒い時で」
 ダイザエモンさんの目もショウザエモンさんの目も遠くを見るものになった。
「夜になってな。その時は餌もくれる人もゴミ箱の生ゴミもなくて」
「腹空かしてたんだよ」
「野良猫って大変なんですね」
 僕は野良猫になったことはない。けれどこれも不思議なことにそれがどういうことかよくわかった。寒いのもひもじいのも身体でわかっていた。本当に何故かはわからない。
「その時にな、拾われたんだよ」
「旦那様に。それでこの家に来たのさ」
「辛かったんですね」
「この街は大体いい人ばかりで餌にはあまり苦労しなかったけどな」
「その日はたまたまな。まあそれで旦那様に拾われたんだけれど」
「他に旦那様に拾われた猫はいるんですか?」
 僕は気になって尋ねてみた。
「タマだってそうだぜ。あいつもよく駅にいたんだ」
「タマさんも」
「他にも拾われた猫はいるけどすぐに誰かにあげてるな。家に置いてもらえたのは俺達三匹だけだな」
「どうしてダイザエモンさん達だけなんですか?」
「あ、それはまあ」
 ここでダイザエモンさんもショウザエモンさんも少し口ごもった。
「ちょっとな」
「誰にも貰われなかったんだよ」
「タマさんも」
「まあな。そういうことだ」
「ルイは貰われたんだけれどな。他所の家から」
「ルイさんはそうだったんですか」
「そうさ」
 ここで横から声がした。見ればそのルイさんがいた。
「僕は御主人様がもらって来たんだよ。丁度御前さんと同じようにな」
「ふうん」
「ケムンパスさんが最初にいてね。あの人は血統書まである由緒正しい猫なのさ」
「そういえばケムンパスさんだけ何か違いますよね」
「まああの猫だけは特別だね」
「そうそう」
 ダイザエモンさん達はそう言い合って頷いていた。
「俺達のリーダーだし」
「御主人様も奥様も目をかけられているしね」
「確かに凄いですよね」
 僕もそれは実感していた。
「何でも知っておられますし。僕も教えてもらってばかりです」
「御前のことはな、ケムンパスさん凄く気にかけておられるんだぞ」
「えっ、何でですか!?」
 それを聞いてかなり驚いた。
「どうして僕のことを」
「何でも御前は昔酷い目に遭ったそうだからな」
「酷い目って」
 言われても何のことなのか本当にわからない。
「僕生まれてからそれ程経っていないですけれど。名前だってもらったばっかりですし」
「俺達もそう思うけれどな」
 ショウザエモンさんが答えてくれた。
「けれど違うそうなんだ」
「生まれたおうちでも酷いことなんて全然されませんでしたけれど。それにここじゃ」
「旦那様がこんなに可愛がってくれるしな」
「ええ」
「おお、よしよし」
 僕達をまんべんなく撫でてくれる。その中で話をしているのだ。
「奥様だって僕達を可愛い可愛いって言ってくれますし」
「奥様も何だかんだ言って猫好きだしな」
「御主人様やお嬢様も」
「この家の人達は皆猫好きだぜ」
「じゃあ何でケムンパスさんはそんなこと言われるんでしょう」
「それは本当にわからないんだよなあ」
 ルイさんはお腹を撫でられていた。よく見れば御主人様だった。
「うりゃうりゃ」
 足の先でルイさんのお腹を突っつきはじめていた。御主人様もお腹を攻めるのが好きみたいだ。これはお嬢様だけじゃないらしい。
「それでな」
「おいっと」
 ルイさんは僕に話をしてくれていたが御主人様に持ち上げられた。そして前足の下を持たれてぶら下げられた。
「ケムンパスさんは御前にそのうちわかるってだけ言ってるんだよな」
「はい」
「まあその通りじゃねえの?ケムンパスさんの言うことに間違いはないよ」
「じゃあ今は気にしなくていいですか」
「僕はそう思うよ」
 話はルイさんがぶら下げられたままの状態でも続いていた。御主人様はルイさんを左右にゆっくりと振りはじめた。
「ぶらんぶらん、ぶらんっと」
「・・・・・・御主人様ってこうするのが好きなんだよな」
「どうやらそうみたいですね」
 僕もされたことがある。されていないのはケムンパスさんだけのようだ。
「まあとにかくな」
「はい」
「ケムンパスさんの言う通りにしてればいいと思うよ。それで間違いはないから」
「わかりました」
「そういうことだ。僕からはそれだけ」
「はい」
「後はとりあえずダイザエモン達に・・・・・・ってもうどっか行ったか」
「ルイさんが捕まったの見まして」
「やれやれだな」
 ルイさんはそのまま奥様のところに連れて行かれた。御主人様は僕達を捕まえてその時の憮然とした顔を奥様に見せるのが好きなのだ。困ったことと言えば困ったことだ。
 けれど何か持たれていると悪い気がしない一面もあった。ほっとするのだ。それだけ大事にされているということなのかな、とも思う。どちらにしろ御主人様も僕達を虐めたりするような人じゃない。
「奥様もいつも可愛いって言ってくれるでしょ」
「はい」
 それから暫く経った時のことである。僕が奥様の側に行くとタマさんがいた。そして僕にこう語りかけてきてくれた。
「怒った時は恐いけれど」
「それが旦那様とは違いますね」
「旦那様怒らないからね」
「あれ何でなんでしょ」
「あたし達に嫌われるからと思ってるからよ」
「あっ」
 ケムンパスさんだった。ゆっくりとした動作でこちらにやって来る。
「旦那様はね、猫が大好きなのよ」
「もう嫌という程わかります」
「だからね、怒らないの」
「はあ」
「怒ったら嫌われるでしょ。だから怒らないのよ」
「それでいつも奥様や御主人様に怒られているんですね」
「そういうことね。これも何回か言ったわね」
「ええ」
「あたしがこの家に来た時からそうだったからね。もう何年になるかしら」
「ケムンパスさんってそんなに古いんですか」
「そうね。あんたが来た時みたいな子猫の時に来て」
「そんな時に」
「ペットショップでね、買われたのよ。何でも一目で気に入ったって」
「それでここに」
「それからずっとこの家にいるけれど。旦那様に怒られた記憶はないわね」
「僕もそうです」
「ずっと可愛がってもらえてるでしょ」
「はい」
「あんたはそうされる資格もあるしね」
「何かケムンパスさん僕によくそう言いますよね」
「そうね」
 ケムンパスさんもそれを認めた。
「何でなんですか?」
「明日わかるわよ」
「明日!?」
「お嬢様の部屋にパソコンがあるわよね」
「パソコン?」
「絵が出る箱よ。机と一緒になってるでしょ」
「ああ、あれですね」
 そう言われてはじめてわかった。お嬢様が時間があるといつもいじっているあの箱だ。時々御主人様も使っている。何に使っているのかはわからない。
「お嬢様が使うから、明日」
「それもわかるんですね」
「あたしにはね。明日のこともわかるのよ」
「凄いですね、本当に」
「どうしてそんな力があるのかはわからないけれど。これはあたしが猫だからかもね」
「猫だから」
「猫はね、よく人間に凄い力があるって言われるのよ」
「凄い力?」
 そんなものが僕達にあるのだろうか。そう言われると首を捻ってしまう。
「魔力とかね。それで昔は色々と悪く言われたものよ」
「何かそれって嫌ですね」
「まああたしは実際にそうした力を持っているけれど。言われても仕方ないわね」
「けどそれでも」
「人間ってのはね、身体は大きくても心は小さいものなのよ」
「僕達よりもですか?」
「人によるわね、それは」
 ケムンパスさんはそう言った。
「旦那様にしろこの家の人達は心も大きいけれど」
「悪いことさえしなければ怒られないでしょ?」
「はい」
 タマさんも言った。僕はそれにも頷いた。
「けれど人間には悪い奴もいるから。私も虐められたことがあるわ」
「駅にいた時ですね」
「そうよ。その時は嫌だったわ。水をかけられたり石を投げられたり」
「ひどいですね」
 聞いていると胸が痛くなって締め付けられそうだ。そしてとても悲しい気持ちになってしまう。まるで僕がそうされているみたいに。
「そう思うでしょ。人間にはそんなことをする奴もいるのよ」
「あんたは特にそうしたことは知ってる筈よ」
「またそう言いますけれど」 
 ケムンパスさんの言葉も何度も聞いている。やはりそれでもわからない。
「僕は何も」
「それも明日になればわかるよ」
 けれどここで一言そう言った。
「明日ですか」
「その時ね。覚悟はしておいた方がいいよ」
「覚悟」
 僕はそれを聞いて喉をゴクリ、と鳴らした。
「何を見ても驚かないね」
「はい」
 何だか言われるままに頷いてしまった。
「泣いたりはしないね」
「はい」
 また頷いた。まるでおもちゃみたいに。
「じゃあいいよ。明日だよ」
「ええ」
「あんたがね、ここにいる理由がわかるから」
「理由が」
「そうさ。今まで何かと思うところはあっただろう?」
「はい」
 本当にこれで何度目だろうか。また頷いた。
「それがわかるんだ。けれどそれで後悔はしちゃ駄目だよ」
「何か凄いことみたいですね」
「だからわざわざ言ってるんだよ」
 ケムンパスさんの言葉は何時になく重みがあった。まるで僕の一生を決めるように。
「わかったね」
「わかりました。それじゃあ」
「絶対に来いとはそれでも言わないからね」
 本当に僕にとって決していいことじゃないのはわかる。けれどそれでも行かなくちゃいけないのはわかっていた。僕はその日は次の日に備えて寝た。そして遂にこの日になった。その日はお休みだったのだろうかおうちの人達は皆いた。朝御飯が終わるとお嬢様は自分の部屋に入った。
「行くよ」
「はい」
 僕はケムンパスさんについて行った。そしてお嬢様の側に来た。
「あら、貴女達も来たのね」
「はい」
 僕とケムンパスさんは挨拶を返した。お嬢様にはにゃあ、とでも聞こえているのだろうか。
「じゃあいいわ。そこにいててね」
「いいね」
「ええ」
 ケムンパスさんに頷き返した。そして箱に目をやった。きちんと座って見上げた。
 お嬢様は箱に猫を映していた。その猫には凄く見覚えがあった。
「あ・・・・・・」
「わかったかい」
 ケムンパスさんが僕に声をかけてきた。
「はい・・・・・・」
 僕はまた頷いた。そこはお風呂場だった。そこに僕がいた。
「?何だろ、これ」
 お嬢様は手を少し動かした。そこには小さな人間の言葉で何か書かれている。僕はその時思った。
(お嬢様、そこは見ちゃ駄目)
 と。けれどケムンパスさんはそれを見て首を横に振った。
「ここまで来たらもう引き返せないよ」
「そうですよね」
 それは僕が一番わかっていた。そしてお嬢様を止められないのも。
「・・・・・・・・・」
 お嬢様はそこに映っている絵を見て言葉を失っていた。顔が真っ青になっていた。
「何これ・・・・・・」
 そこには僕が映っていた。耳や足、そして尻尾を切られている僕が。前の僕がそこにいた。
「酷い、誰がこんな・・・・・・」
「どうしてあんたがここに来たかわかったね」
「ええ」
 ケムンパスさんの言葉にまた頷いた。
「前のあんたはね、本当に酷い目に遭ったんだよ。それで神様が可哀想に思われて生まれ変わらせてくれたんだ」
「そうだったんですか」
 僕はその時にやっとわかった。どうしてタマさん達が野良猫だった時の気持ちがわかったか。人間と聞くと耳や首が痛くなったのかを。そしてこの姿なのかも。全部わかった。
 けれどお嬢様は違っていた。真っ青になって震えていた。
「お嬢様にはこれ以上見てもらったら駄目ね」
 ケムンパスさんはそう言うとちょっと動いた。そしてお嬢様にちょこん、と前足で触れた。
「これでいいからね」
「何をしたんですか?」
「あんたの前のことを忘れてもらったのよ」
 ケムンパスさんはそう答えた。
「覚えていていいことじゃないからね」
「はい」
「あとは絵も消してね」
 ひょい、と机の上に飛び上がるとそこにある細長いボタンの集まりを足で押していた。そして絵を消してしまっていた。そこには全然別の絵があった。何故か犬のものだった。
「まだこっちの方がいいでしょ」
「ええ、まあ」
「あんたのあんな姿よりはね。犬だったらあたしが何とかできるから」
「そうなんですか」
「犬にも負けたことはないよ」
 ケムンパスさんは僕の言葉に応え自信たっぷりにそう言った。
「一度ここに野良犬が入り込んだんだよ」
「はい」
「あたしが追っ払ってやったよ。この爪と牙でね」
「強いんですね」
「この家はあたしが預かってるようなもんだからね。少なくともあんた達は」
「僕達は」
「そうさ。縁があってこの家に来たんだ。あたしは最初にこの家に来た猫だからあんた達の先輩にあたるだろ」
「ええ」
「だったら守るのが当然じゃないか。何があってもね。それにその為にあたしは力を与えられたんだろうし」
「猫が持っているっていう魔力ですね」
「そう。あんたにこれを見せる為にも与えられたんだろうね」
 ケムンパスさんは考える目をしてそう言った。
「僕にも」
「どうだい、けれどこれで色々とわかっただろう」
「そうですね」
「あんたの生まれた意味も」
「はい」
 本当によくわかった。どうして僕が今生まれてここにいるのかを。そして旦那様やケムンパスさん達に出会えたのかを。
「猫も人間もね、前に酷い目に遭ったら今度は幸せになる権利があるんだよ」
「権利が」
「そうさ。だって当然じゃないか」
 ケムンパスさんは言う。
「誰んだって幸せになることができるんだよ。それなのに不幸になってしまったら何処で幸せになるっていうんだい?」
「それは」
「だからあんたは今ここにいるんだ。わかったかい」
「はい」
 まだ実感が湧かない。けれど何となくわかってきた。
「人間にね、酷い目に遭わされたのはわかったね」
「ええ」
「けれど今度はその人間に大事にされているんだよ」
「そうですね」
「そしてあんたを知って多くの人間がね、思ったんだよ。あんたみたいな猫をこれ以上増やしちゃいけないって」
「そうなんですか!?」
 信じられなかった。僕を酷い目に遭わせた人間が。旦那様達みたいないい人達なんだろうか。
「そうさ。ここにいる猫は皆それぞれ違うだろ」
「はい」
「人間だって同じさ。皆違うんだ。いい人もいれば悪い人もいる」
「旦那様や御主人様みたいな人が」
「わかったね。あんたが生まれ変わった意味の一つにそれがあるんだよ」
「それが」
「人間にもいい人がいるってことをね。神様がそれをあんたに知ってもらう為に生まれ変わらせたんだよ、また猫に」
「神様って凄いんですね」
「いや、神様が凄いんじゃないよ」
 ケムンパスさんはそれには首を振った。
「あんたは幸せになって、いい人間も一杯いるってことを知ってもらう為にここにいるんだから」
「そうなんですか」
「そうさ」
 ケムンパスさんは力強く頷いた。
「これからはね、思い切り楽しく生きるんだ。前の分まで」
「幸せに」
「そしていい人達に囲まれてね。わかったね」
「はい!」
 僕は大きく頷いた。もう耳も足も尻尾も痛くはなかった。首もゆるやかだった。人間と聞いても怯えたりはしなくなった。
 僕が動くと気がついたお嬢様が顔を向けてきた。優しい顔だった。
「こっちにおいで、こげんた」
 そう言って自分の膝を向けていた。
「早くお行き」
「はい」
 僕はお嬢様の膝に飛び乗った。柔らかくてとても温かかった。
 そこに寝転がると背中を手で撫でてくれた。柔らかい手だった。まるで僕を包み込むように優しく撫でてくれていた。


僕が生まれた理由   完


                 2005・9・4
 
 

 
後書き
 こげんたちゃん事件を題材とした作品です。あの事件のあまりもの残酷さとこげんたちゃんのことを考えると書かずにはいられませんでした。この事件を通して動物に関して考えていただければいいと思っております。なおこの作品に関してはこちらのサイト資料を得させてもらいました。何の為にこげんたちゃんは生まれたか、その答えを僕なりに考えてみました。
ttp://www.tolahouse.com/sos/
 宜しければこれで動物愛護について御考え下さい。 
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