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自殺の後で

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第四章


第四章

「お客さん待ってるだろ、こんなによ」
「ああ。わかってる」
「今行くからね」
 小早川も女房も笑顔で頷き自分達の店に戻っていく。彼の顔はもう店を出た時とは一変し実に明るい晴れやかなものになっていた。
 その姿は鏡に映っていた。閻魔大王はその巨大な鏡を見ながらまずは満足した声を出すのであった。
「よいことだ」
 顔は厳しいが声は満足したものだった。
「これでもう馬鹿なことを考えはせんだろう」
「そうですね。悩みの種が消えましたから」
「それはなくなりました」
 牛鬼と馬鬼が閻魔のその言葉に応えて述べてきた。
「ですが大王」
「またどうしてあそこであの者をここに連れてきたのですか?」
 彼等は今度は怪訝な顔でこう閻魔に問うのであった。
「あえて連れて来る必要も無かったと思いますが」
「ただ眠らせてそれで店に戻らせればそれで終わりだったというのに」
「話は簡単ではないのだ」
 しかし閻魔はその彼等にこう言うのであった。
「そう簡単ではないのだ」
「?といいますと」
「一体」
「少なくとも自殺することがどれだけ馬鹿なことかどうかはわからんだろう」
 彼が言うのはこのことだった。
「そうであろう。自殺したらどうなるかがわからなければな」
「ではまた何かあればあの男は」
「自殺しようとするというのですね」
「その通りだ。しかし自殺すればどうなるかを知っていれば」
 またこのことを話す。
「それは決してしなくなるからな」
「成程、それでですか」
「だからですか」
「人界は様々なことが起こる」
 閻魔は鏡を見ながら鬼達に話した。
「苦しいこともあれば楽しいこともある。それは互いに合わさっているものなのだ」
「災厄も幸福も共にある」
「そういうことですね」
「そう、まさにそれだ」
 それだというのであった。
「だからだ。そう嘆くことも悲しむこともないのだ」
 そしてあらためて話した。
「決してな」
「ではそれをわからせる為にもですか」
「あの男をここに連れて来たのですか」
「苦しみや災厄に悲嘆して死んでも何にもならない」
 閻魔の声は強いものであった。
「そういったものもあるが何時かは終わって楽しみや幸福が来るのだからな」
「だからこそ一時の迷いで命を絶ってはならない」
「そうでしたか」
「それをわからせたかったのだ」
 彼はまた言った。
「だからこそここに連れて来たのだ」
「はい、そこまで聞かせて頂いて」
「よくわかりました」
 牛鬼も馬鬼も納得した顔で頷く。
「こうしたことをしていって自殺なぞをする者が減ればいいですな」
「全くです」
「完全にはなくなりはしないだろうがな」
 ここで閻魔の顔は少しばかり曇ってしまった。その曇りは何処か寂しげであり悲しさもあった。閻魔にしては珍しい表情であると言えるものであった。
「自殺してはそれで終わりじゃ」
「ええ、確かに」
「その通りです」
 これは言うまでもないことであった。
「それは何にもならん。しかし生きていればまたいいこともあるものじゃ」
「人間の世の中。そうしたものですね」
「ではあの者も」
「そうじゃ」
 ここで閻魔はまた鏡の中にいる小早川を見た。
「もう自殺なぞ考えはすまい」
 今度は温かい顔になっていた。これまた閻魔にとっては珍しい表情であったがそれでも実にいい顔であった。その顔で小早川を見守っているのであった。


自殺の後   完


                2009・7・25
 
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