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トワノクウ

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トワノクウ
  第十夜 吟変り(二)

 
前書き
 新しい巫女長 

 
 突然の闖入にくうは抵抗を止めてそちらを見る。
 髪の一部を左右でねじって結んだ巫女服の少女がきょとんとこちらを見下ろしていた。

「真朱様……っ」

 潤は急にうろたえてくうを離し、少女に礼を取った。筆頭侍官の潤が頭を下げるからには神社内では身分のある人間なのだろう。

「何してたの、潤朱?」

 真朱の声には咎める響きはなく、純粋に今の行為の内容を知りたがっていた。真朱の年頃は()()()()()()()()()()に見えるが、その態度はまるで童女だ。

「真朱様がお気になさるようなことではありません。それより、何かご用向きでしょうか?」
「? ええ、兄様がもうじきいらっしゃるから、――」

 ――可憐、美麗、典雅。どの辞句も全て当てはまり、かつそれらを束ねても形容できないものを持つ少女。神が気まぐれに己の美貌の半分を分け与えたとさえ感じさせる。

「女神さまみたい――」

 声に出た。
 慌てて口を塞いで見上げれば、目を丸くする真朱に居心地が悪くなる。

「女神って、私が?」
「う……」
「黙ってちゃ分からないわ」

 口に出たものはしかたない。流れを利用して少しでも彼女と親しくなってしまおう。気安く話せれば外の状況も教えてもらえるし、味方を作っておけば後々心強い。嘘を並べ立てるでもなし、許される範囲だろう。

「はい……そうです。貴方は美少女だと思います」
「私が?」

 はい、とくうは立ち上がる。真朱と目線の高さを揃えると、いつもの調子が戻ってきた。

「きっと今まで会った女の子の中で一番」

 真朱がとまどいがちに潤を窺う。

「篠ノ女の言うとおりですよ。()のままの姿で真朱様ほど美人な人、彼岸には一人もいません」

 助け船には違いないのだが、好きな男子が別の女子を褒めるのは、少しばかり癪だ。

 ふと、真朱がまとっていた硬い空気が和らいだ。――成功だ。

「妖憑きかはたまた本物の妖かと騒がれていたから、どんな怪物かと思ったら」
「拍子抜けさせて申し訳ありません。――あ、ひょっと彼じゃなくて貴方が私を尋問するんですかっ?」
「こらこら。そういうのは俺と銀朱様の仕事だ。この方がそんな荒事するように見えるか?」

 ちょっとだけ、むか。

「そうですね。荒事よりも、本物の神事なんかで粛々と働いていそうな印象を受けますもんね」
「分かるの?」
「ただの勝手な想像です。当たりました?」
「――悔しいけど当たりよ。だけど儀礼は修業中。ただの世話人」
「それはそれは。頑張ってください」
「言われなくても」

 流れが途切れた。今度くうは真朱の出方を待った。
 真朱はほんの数分前とは裏腹の穏やかさで語り始めた。

「潤朱から聞いたわ。自分や藤袴と同じ彼岸人かもしれない、だったら妖であるはずがないって」

 ね、と真朱は潤を見やる。潤はしっかり肯いてみせた。――通じ合っている感が釈然としない。

「確かに彼岸人ですよ。潤君達と同じ世界の住人です。年も学び舎も趣味も同じくする、ただの篠ノ女空です」

 これで真朱から名乗らせれば――

「真朱よ。申告通り、お前が潤朱の友人なら、歓迎する」

 ――王手だ。

「そろそろ兄様をお呼びしていい?」
「あ、はい。引き止めて申し訳ありません」
「いいから。じゃあね」

 真朱が軽やかに去って行ってから、潤が呆れたような親しみを向けてきた。

「ひやひやしたぞ。心証悪くしたらどうする気だったんだ」
「自分でもちょっとびっくりしてます。意外と何とかなるもんですね。経験値アップ」

 潤は苦笑した。

「――お前は確かに篠ノ女空だよ」
「え」
「あんな誘導のしかたができるほど頭がいい奴、俺の知る限り篠ノ女しかいない。少しでも疑うなんてどうかしてた。ごめん」
「……虫のいい言い方ね。物でも言葉でもなく、あんな数分の会話で信じるなんて」
「それでも俺には信じられるよ」

 潤が笑いかける。あの日、アミューズメントパークで交わした笑みのまま。

「部員の誰も知らない、俺だけが知ってた一面。篠ノ女は頭のいい女だってこと」

 くうは悔しくてよそを向く。まるで口説くように、屈辱感をあっさりと洗い流されたのが、悔しくて――悲しくてたまらない。悲しみの訳は、分からないけれど。

「ねえ潤君。どうしてみんな潤君のこと、『潤朱』って呼ぶんですか?」
「銀朱様がご自分の名前から一字とって『朱』をくれたからだよ。どうしたんだ、いきなり?」
「だって元々の名前があるのに」
「名誉なことだよ。最高責任者と同じ名前が使えるなんてさ」

 どうして。
 どうして誰も彼もあっさりと自分の名前を捨ててしまうのだろう。

 (くう)――欲しいものができた時に何でも詰め込めるようにカラッポのまま。母が願いを込めてつけた名前を、くうなら捨てられない。
 くうは名の通りカラッポのつまらない人間だけど、だからといって変えたいとは思わない。

 薫が藤袴に。潤が潤朱に。

(なんだか私の知ってる二人がいなくなってくみたい)

「あの人とはどういう関係なんですか?」
「真朱様か? 銀朱様とそろって、俺が守るべき人だよ」

 潤は微笑んで刀を撫でる。その表情がどんな想いに起因しているか。日常から遠くて理解できるまで少しかかった。――誇らしさ、だ。

「〝潤朱〟とは『朱を潤す』という意味。銀朱様が潤滑にお役目を果たされるようにお助けすることのみに徹する者。だから俺は本来、銀朱様だけにお仕えする役目なんだが、真朱様は銀朱様の妹だからな」

 潤の真朱に対する恭しい態度。そして、その真朱の朱の字。ようやく得心が行った。
 トップの肉親の心証をよくした。くうが予想する以上に大きな人脈ができたのかもしれない。

 大きな成果に驚いていると、御簾が上がった。潤朱が即座に控える。
 銀朱が入ってきたのだ。



 Continue… 
 

 
後書き
 ここでご注意。
 真朱は大人になりました。
 真朱は大人になりました。
 大事なことなので二回言いました!
 髪型は鶴梅を真似てるのです。巫女としてちょっとでも鶴梅みたくしっかり者になれるようにとね。
 本編で書けって? 書けないからここに書いてるんだよ(ToT)! 
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