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SAO~刹那の幻影~

作者:鯔安
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第二話

 
前書き
この勢いがいつまで続くか。書き直し第二話 

 
「……すげえな」

 俺、坂柿悠斗改め、つい先ほど造り上げた仮想体、『ユウ』が最初に発した言葉はそれだった。
 すさまじいまでのリアリティだ。
 今踏みしめている石畳の感触から、目の前にそびえたつ中世ヨーロッパ風の巨大な門、さらには吹き抜ける風のにおいまでもがまるで現実のようで、感じるごとにここがゲームの世界だということが信じられなくなる。しかも俺が今いるこの、《始まりの街》の外にも、広大なフィールドが広がっており、さらにはそれが百層分、あと九十九層も連なっているというのだから驚きだ。ナーヴギアを開発した電子機器メーカーがナーヴギアによる仮想世界への接続を《完全(フル)ダイブ》と表現した理由も今ならよくわかる。もうあのテレビ画面とボタン付きのコントローラーなんかには戻れないだろう。



 俺は素晴らしいの一言に尽きるその世界にひとしきり酔いしれると、鋼鉄の空、いや、第二層の底と言ったほうがいいのか、天を見つめていた視線を自分の体に落とした。
 当然、灰色のシャツに簡単な胸当てという、いかにも貧弱そうな初期装備を身につけているわけだが、いかんせん見た目では実際の強さはわからない。
 はたしてこの防具はどれほどの守りを与えてくれるのか、俺はステータスを確認するために、メニューを呼び出す動作、人差し指と中指を揃えて振り下ろした。が、

「………」

 何も起こらない。
 振りが弱かったかとさらに強く振ってみるが、やはり何も起こらない。説明書には確かにこうしろと書いてあったはずだが。

「バグか?」

 さすがに致命傷すぎるだろうと思いつつ、そんなことまで口走って首をかしげた、その時、

「メニューなら右手だよ」

 不意に背後で張りのある女の子の声が鳴った。
 勉強中に背後のドアから響く母の声よろしく、驚かす気満々なこのシチュエーションに反射的に後ろを振り向いてしまった俺は、一瞬でその行動を後悔した。と同時に満足感に似た何かも得た気がしたのは気のせいだろう。
 俺に向かって笑顔をつくる、美少女を体現したような少女の顔があったのだ。

――ものすごく近くに――

「ひぇあ!」

 少女のものではないかと錯覚する甲高い奇声が、俺の喉からが飛び出した。ついでに反復横跳びの要領で思いっきり右斜め後方にすっとぶ。
 なぜこの時もっとましな行動、咳払い一つしてから紳士的にお礼を言ってはいサラバというようなことができなかったのだろうか。理由は様々あるだろうが、一番大きいのはやはり、《経験の無さ》だろう。
 《経験》と言っても、別にピンポイントでこの状況、知らない美少女が突然後ろから笑顔を振りまいて話しかけてくるという体験をした回数ではない。もしそんな経験を積み重ねているやつがいるなら一度死んでみるべきだと思う。
 ともかくだ、要するに俺に無い経験というのはもっと根本的なこと。
 すなわち、《女子と向き合ったこと》なのである。
 そんな男が、こんな状況でパニックになれば次にとる行動は一つなわけで――

「……す……す……」

「ん?……す?」

「すいませんでしたァァァァァァ!!!」

 俺は全力で頭を下げると、間髪入れずに少女に背を向けて街の中心部を目指し、全速力で突っ走った。
 走り出す寸前、少女が何か言っていたような気がしたが、それにも耳を塞ぎ、周囲からの嫌な視線も振り切って、俺はどんどん入り組んだ路地に入っていった。



 どれくらい走ったか、感覚も定かではないくらいに走った後、俺はようやく足を止めた。いや、止まった、と言うべきなのか。

「はッ、はッ……はあ、つ、疲れた……足が棒になるって、こういうことなのかな……」

 大げさに自分の体力の現状を評価しながら、俺はレンガ造りの壁にもたれかかり、そのまま地面にへたり込んだ。
 しかし、仮想世界で疲れるというのはどういうことなのだろう。
 本来、肉体的な疲労というのは、基本的に筋肉の運動が原因で発生するものだ。しかし、安全のために脳から体への命令を遮断されているこの状況で、現実の筋肉が動くということが、まして疲れを感じるほど運動することなどあるのだろうか。いや、そもそも感覚がシャットアウトされている時点で現実の体の感覚がこちらまで影響しないのではないのか。
 ということは、この感覚は肉体的疲労ではないのか。もしかして、先の少女の緊張が発端の精神的な疲労では……

「っ!そんなわけは……」

 ないと言えないのが何とも情けない。

「あーもうやめだ。考えるなこんなこと」

 それでも消えない心の中の得体のしれないもやもやに顔をしかめながら、俺はようやく最初の目的であるステータスのことを思い出した。
 メニューを呼び出そうとしたところ、懲りない左手が一瞬ピクリと動いたことにかなりの羞恥を覚えながらなんとか右手を振り下ろすと、あの時の俺を嘲笑うような鈴の音と共に長方形のメニュー画面が目の前に出現した。ここには鏡が無いが、今のぞけば湯でガニのごとく真っ赤な俺の顔が拝めるだろう。すさまじく誰得ではあるが。
 ともかく、俺はできる限り無心でいるよう努めながら、ウインドウを覗き込んだ。
 左側にはぎっしりと詰め込まれたメニュータブが並び、右側には今装備している服の名称だと思われる飾りっけのない名が記された人型のシルエットが浮かんでいる。
 わけのわからぬままポチポチとタブ叩いていると、いつの間にかアイテム欄にたどり着いていたようで、人型にあった装備品の名前以外にいくつかの消費系アイテムだけという寂しいラインナップが画面に表示されていた。
 武器らしいものは見当たらず、代わりに左下に300コルという文字が描かれているところを見るに、どうやら武器はこの全財産300コルで買えということらしい。確かに、数十もの武器種が存在するこの世界なら、初期武器として数種類を与えるよりも直接プレイヤーに選ばせるほうがいいのかもしれない。

「オッケ、まずは武器屋ってことか」

 俺は大分疲労感の抜けた足腰を起こすと、先ほど快走した路地のほうを見つめた。どこかでちらりと武器屋の看板を見た気がしたからだ。
 さすがにここから確認することはできないが、来た道を戻っていけばいずれ看板の下までたどり着くことができるだろう。他に当てもないことだし、まずはそこからだ。
 俺はそんな淡い期待と一抹の不安を抱えながら、再び、複雑に絡み合う路地へと足を踏み入れた。



 ――で、

「……ここどこだよ」

 見事に迷った。
 やはりあれだ、たどり着くことができるだろうだとか、当てがないだとか、フラグめいた事を考えてしまったのが間違いだったんだ。ちくしょう!なんて単純なフラグ建築士なんだ俺は!
 だが、そんな後悔ももう遅い。このゲームには、即効電源切って前のセーブデータからリスタートという、あの最後の一手は一切通用しないのだ。ゆえに今の俺には、二度とこんなことを繰り返さないよう、ちまちまとフラグブレイカーのスキルを磨くことしかできない。
 というより、あのパニック状態で道順など覚えれるわけがなかったのだ。第一、あの時はほとんど景色なんて見ていなかったし、そもそも見ていたところでどこもかしこも同じような煉瓦の壁ばかりだ。 その上、さっきからプレイヤーどころかNPCの姿さえない。

「ほんと、ついてねえな……」

 自ら起こしたことじゃないかと叫ぶ心の中の自分を無理やりに黙らせて、煉瓦の十字路に佇む俺は、再びメニューウインドウを呼び出した。
 さらにもう一度アイテムの一覧に移動し、左下、『300コル』をタップする。すると想像通り、《トレード》や、《廃棄》(廃棄ってなんだよ)なんかに混ざって、《実体化》の文字が躍っているのが確認できた。すぐさまそれを選択し、コインを一枚だけ実体化させる。
 相変わらずのリアル具合にまた感動しながら、俺はウインドウを消去し、十字路をまっすぐ見つめた。どうせ迷ってるなら、運に任せてやろうという気になったのだ。

「表なら右、裏なら左……」

 真ん中は……めんどうだ、除外しよう。
 暗示のようにそう呟くと、俺は左の親指に1コル硬貨を乗せ、弾いた。
 弾かれたコインは、くるくるとすさまじい速度で縦回転を開始しながら真上に飛び上がり、頂点を経由してから、みごと俺の手のひらへと着地した。それと同時に覆いかぶせたもう一方の手を離し、見ると――

「……表、右か」

 人間は左右を選択する場合、無意識に左を選んでしまうことが多いとどこかで聞いた覚えがあるが、神様はそれをよしとしなかったわけだ。
 はたしてこの結果が吉(この迷宮から脱出し、のびのびゲームプレイ)と出るか凶(永久に迷宮に引きこもり(審議中とか言ったやつ屋上))と出るか。
 なんてありきたりな台詞を思い浮かべながら、俺は神様の言うとおり、右に舵を切って一歩踏み出した。
 その時、

「ひゃッ!」

 突然、背後で聞き覚えのある女の子の声が聞こえたかと思ったら、

「ごはァ!」

 何か金属の棒のようなものが脇腹にめり込む感覚と共に、俺は受け身もとれぬまま、顔面から勢いよく倒れこんだ。

「………」

 痛い。主に(こころ)的な意味で。
 脇腹という名の肺への一撃に加え、顔面スライディングという悲惨さだ。いくらここがゲームの中で痛みを感じず、かつ《圏内》ということもありヒットポイントも減らないとはいえ、いきなり突進というのは無いんじゃなかろうか。
 ちゃんと前を見ろとでも言ってやりたいが、残念なことに先の一撃で言語機能が破損してしまっているようで、かすれ声さえ出ない。
 それに加え、事件がおきてから数秒経過しているのにもかかわらず、突進してきたお相手もまったく反応をみせない。

「―――――」

 何も進展がないまままた数秒経ったころ、静寂の中、悶絶して声が出ない俺の手のひらから1コル硬貨がこぼれ、からころと軽快な金属音を奏で始めた。
 しばらく聞き惚れているうちにその音は静かに遠ざかってゆき、限りなく小さくなったところで役目を終えたとばかりに水音に姿を変え、消えた。
 この近くの水場と言えば、やたらと汚い側溝だけだったように思うが――ともかく、それが何かしらのスイッチになったようで、色々な因果に絡まり停止していたこの場の時が、背後の悪寒と共にようやく動き出した。

「あ……ええと、ごめんね、急いでたもんだから……って、あれ?あんた、さっきの……?」

 ああ、やっぱり、今日は神様のご機嫌がよくないらしい。
 あの女の子だ。今俺が会いたくない人ランキング堂々の一位の、親切にメニューの開き方を指導したらカツアゲでもされているかのように大声で謝罪され、その上猛ダッシュで逃げられたという非常に不幸な過去を持つ、あの子だ。
 よりにもよってなんでこの状況(まいご)でこの子なんだ。
 まともに顔を見れる自信がない。だが、このまま寝そべっているわけにもいかず、俺は脇腹の鈍い痛みに耐えながら、なんとか体を起こした。背中は見せたままだが。
 が、そんなささやかな抵抗も女の子が正面に回り込んできたことによりあっさりと砕かれ、結局のところ、その子と正面から向き合うという、俺が最もパニックを起こしやすい状況に陥ってしまったのだった。

「……で、メニューウインドウ、出せた?」

 ありきたりな悪役が浮かべるような不敵な笑みで、少女がそう囁く。途端、オーバーヒート寸前だった俺の脳内がボフンという嫌な音を鳴らした。
 そろそろ内気圧が限界のようだ。早く決着をつけなければ、また数十分前の二の舞になってしまう。
 俺はかすれかけた思考回路でそう確信すると、この空気を打破するため、そして少女の嫌味な囁きに返答をするため、ほぼ無意識下の中なんとか言葉を捻り出した。

「……出せたよ」

 が、出てきたのは自分でも驚くほどか細い声だけで、それによって羞恥のレベルが上がらないわけがなく、結果として俺は脳内ボイラーに油をブチ込むはめになってしまった。
 警報機がビービーとけたたましい轟音で危険を知らせている。
 もうだめだ。逃げよう。
 とうとう本能までもがそう囁くと、俺はくるりと少女に背を向けた。そのまま前方に重心を寄せ、バランスが崩れる寸前を合図に全力で走り去ろうと、左足を踏み出し――



「……こ、今度こそは逃がさないから……」

 少女のうめき声にハッと我に返る。
 どういうことだろう。最後の記憶では例の少女から走って逃げ出したはずだが、もしかして追いかけてきたのだろうか。
 が、現実はそんなに甘くはなかった。
 右手首になにやら熱を感じる。例えるなら、数分放置して水分と熱が抜けたやわらかい蒸しタオルが巻き付いているような、そんな感触だ。
 深呼吸を一つ。まず落ち着こう。この正体を確かめるにはそれ相応の覚悟と平常心が必要だと思われる。確認はその後だ。
 俺は一つどころか三つ四つも息を吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返し、ようやく簡単な計算ならできるくらいの精神状態まで回復すると、嫌な予感をひしひしと感じながら、右手首を確認するため恐る恐る後ろを振り返った。
 ――蒸しタオルの感触がしたところに、少女の手が覆いかぶさっている。もっと言うと引っ張られているような。
 ああ、そういうことか。少女との距離が全くひらいていないのは、走り出す寸前のところで少女に手を掴まれていたからだったわけだ。手を引っぱられていたから……手を握られていたから……
 理解すると同時に、俺のボイラーはとうとう限界を超えた。



「……落ち着いた?逃げたくなるのはわかるけど、お詫びの一つもさせてくれないっていうのはないと思うな。あたしは」

「アハハ、ソーデスネ」

「そりゃ、確かに煽っちゃったあたしも悪いとは思うけど……あ、いや!あれはあの時の無視のお返しだから別にいいんだよ――じゃなくて、あんたさ」

「アハハ、ソーデスネ」

「……とりあえず、まずは現実戻ってきてよ」

 ギュウ

「いだっ!い、いだいいだい!」

 腕に強烈な痛み、正しくはそれをナーヴギアが変換した結果の不快感に、俺の意識は一気に覚醒した。

「おー、やった。戻ってきた」

「いってえ!戻った!戻ったから!俺の腕、爪まで使って抓るのやめて!」

 半分涙目になりながら、俺は無慈悲な少女に大声で懇願した。少女は、そんな俺の反応をにやにやしながらひとしきり楽しむと、満足したのかようやく俺の腕から手を離した。
 脇腹の件と言い、拷問の好きな女だ。
 あの少女から庇うように腕を抱き、ご丁寧に赤くなった部分にフーフーと息を吹きかけながら、俺は、いまだ背後で笑う少女に全力で睨みを入れた。

「ふふ、やっと素が出た感じ?羞恥心は消えた?」

「痛みで吹き飛んだわ!」

「で、話の続きなんだけど――」

 少しくらい心配してくれてもいいんじゃないかと叫ぶが、またしても無視される。さて今度はどんな突拍子もないことをやらかすのかと、呆れが混じった感情の中、数秒後、俺は想像通り、どこからどう見ても言うタイミングではないはずの一言を、少女の口から聞いた。

「あたしとフレンド登録しようよ」

「……そんなことのためにここまでやってくれたのか」

「そんなことっていうのはひどいな、あたしは……その……運命みたいなものを感じたよ。この人こそ最初のフレンドだって感じに」

 だろうなと(主に運命という部分に対して)俺は肺に溜まった息を吐いた。その直後、メニューを開くときのSEとはまた違う電子音が頭に響いた。さらに一瞬遅れでどこからともなくウインドウらしきものが現れる。
 人差し指と中指をふるあの動作はしていないはずだが、何かショートカットに繋がるような別のスイッチを踏んでしまったのだろうか。
 瞬時にそう推測してみたが、するまでもなく、戦士に向かって私はまだ変身を三回残しているとでも言いそうな、余裕綽々といった少女の顔がショートカットの理由を告げた。

「……はい!フレンド申請送ったよ。ほら早く早く!OKをぽちっとぽちっと!」

 なるほど。よくよく見れば『【SEILA】からフレンド申請されました』の一文が上部に浮かび、下部に『YES』と『NO』の選択肢が並んでいる。ウインドウをいじっている姿は見たことがないと思うが、確かにこの少女からの申請のようだ。

「てかほんと、いつの間に送ったんだよ……」

 俺が少女から目を離したのはこの数分内で呆れのため息をついたあの一回だけだったし、しかも時間は五秒となかったはずだ。その一瞬でここまでの操作を完了させたというのなら、悔しいが素直に賞賛しなければならない。
 「あたしの得意技なんだよ」とふんぞり返る少女に、「マジかよ!?」と驚愕と賞賛、そしてほんのわずかな憐みを送った俺は、人差し指をフレンド申請の『OK』へと運んだ。軽く叩くとウインドウが瞬き、フレンド登録完了を知らせる簡単なメッセージへと変化する。
 その通達は、やはり少女の下にも届いたようで、ウインドウがあると思われる空間へと向けられていた目が瞬間にぱっと輝き、次いで再びあのいたずらっ子の笑みを取り戻した。

「ふふ、名前、『ユウ』だよね?あたしの第一フレンドさん!……フレンド消したら許さないからね?」

「しねーよ。てか、嫌なら最初からフレンドなんてならないって――えーっと、セイラ……じゃないよな、『シーラ』かな?ま、よろしく」

「へえ、ユウって頭いいんだね。大体の人はセイラって言うのに」

 俺がいじりがいのある反応をしなかったからだろう。わずかに口をとがらせる俺の一番目のフレンド、『シーラ』にドヤ顔を浴びせると、対女子パニック症改善の糸口が見えた気がして、俺は満足を感じながら、彼女と握手を交わした。 
 

 
後書き
自分探しというかなんというか、やたら細かく書いてみたつもりなのですが、読みにくかったりしませんでしたでしたでしょうか。

感想、アドバイス、過激でないだめだし等、ありましたらよろしくお願いします 
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