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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百三十三話 フェザーン独立


宇宙歴 796年 9月 1日  フェザーン  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



ペイワードとマリーンドルフ伯が見守る中、俺はサラサラと文書にサインした。フェザーンの独立を認める条約文書だ。文書はフェザーンが独立すると宣言し同盟と帝国がそれを認めるという形をとっている。但し条件付きだ。同盟がフェザーンに対して企業の株を返却した事、それに対してフェザーンが帝国への賠償請求を放棄した事。それにより帝国がフェザーンの独立を認める事……。

俺の名前の上にはペイワードとマリーンドルフ伯の名前が有る。ペイワードが一番上、二番目がマリーンドルフ伯、そして俺の順番だ。二日前、マリーンドルフ伯に頼まれた。ペイワードの次は自分にしてくれって。フェザーンの宣言に対して帝国と同盟のどちらが先に承認するかだがこういうのは上に有る方が有力者、あるいは強国とされている。

銀河帝国としては面子が有るからな。ここは譲れないという事だ。帝国はイゼルローン要塞が反乱を起こしているという状況だ。ここで面子を立てて貰わなければ反乱を起こしている奴に同調者を生み出しかねない、勢いを与えかねないと恐れている。特にフェザーンの独立だからな、帝国としては自治領の独立を帝国主導で行った、そういう形にしたいわけだ。

まあ同盟としては譲っても全然構わない。同盟市民の多くは帝国がフェザーンを手放したって事で満足している。そんな細かい事でグチャグチャ言わんさ。トリューニヒトにも確認を取ったが譲ってやろうと言って笑っていた。余裕だよな、フンフンと鼻歌でも歌いそうな感じだった。

調印式場は旧自治領主府の大広間で行っている。署名が終わると参列者から拍手が起こった。その中にはヘンスローも居る。彼にとっては最後の公務だ、ちゃんと拍手しろよ、それが仕事なんだから。三人で握手をした。ペイワードとマリーンドルフ伯、そして俺とペイワード。それぞれにフラッシュが焚かれ写真が撮られ拍手が起こった。ウンザリだよな、面白くも無いのにニコニコしながら握手して写真とか。ホント、政治家やってると人間不信になりそうだ。

調印が終わればハイネセンに帰国だ。御土産を用意した、フェザーンでは結構有名な菓子メーカーが作ったクッキーだ、きっと喜んでもらえるだろう。最高評議会、書記局、諮問委員会、統合作戦本部、宇宙艦隊司令部、後方勤務本部、第一特設艦隊、それとバグダッシュの所とローゼンリッターにそれぞれ二箱ずつ。あとワイドボーンとヤンとレムシャイド伯にも一箱送っといた。配達を頼んだから俺が帰る前には届くはずだ。

結構大量に買ったから店員さんが驚いていたな。いやそれとも配達先に驚いたのか。人の良さそうなおばちゃんだった。貴族連合に占領されている時は商売にならなかった、追い払ってくれて有難うと言われたが少々複雑な気分だった。フェザーンに向かわせろと頼んだのは俺だからな。大量に買ったのはそのせいかもしれない。

レムシャイド伯とシェーンコップとバグダッシュには特別にブランデーを一本送った。帝国産のブランデーだ。貴族が道楽で造ったブランデーなんだがそれだけに上物らしい。一本三千ディナールだがあの三人にはそれなりに面倒もかけている。それにどう見てもクッキーを喜ぶような可愛げは無い。たまには贅沢も良いだろう。爺さんは懐かしい味だと泣くかもしれんな。

「これでフェザーンは独立した。そういう事ですな」
ペイワードがにこやかに話しかけてきた。こいつも嬉しそうだが独立した事が嬉しいのかは疑問だ。多分別な事で帝国と同盟に対して優越感に浸っているのだろうと思う。平たく言えばザマアミロ、そんなところだ。

最近のフェザーンのマスコミの論調を見るとイゼルローン要塞の反乱は長期化するんじゃないかというものが多い。イゼルローン回廊を使った交易は当分不可能でフェザーンの地位は安泰だというわけだ。つまりイゼルローン要塞の反乱を歓迎している。連中の見解は推測というより願望に近いがこれまでの要塞攻略戦の実情からみれば荒唐無稽というわけでもない。

「そうですね、フェザーンは独立しました。フェザーン共和国の成立、心からお祝いを申し上げます」
「有難うございます、ヴァレンシュタイン委員長」
「フェザーンは自らの力で独立に責任を持つ事になりました。大変とは思いますがペイワード国家主席なら問題無くその責務を果たされると思います。そうではありませんか、マリーンドルフ伯」
「委員長閣下の言う通りですな」

あらあら、マリーンドルフ伯の視線がちょっと冷たい。独立で浮かれるフェザーンが面憎いのかもしれない。ペイワードも察したかな、頬が微妙に引き攣っている。でもね、あまり誤解をして欲しくない。俺が言ったのは一般論だよ、一般論。安全保障は統治者の大事な仕事だ、それを忘れるなと言っているだけだ。だからイゼルローン方面で妙な事をするんじゃないぞ。

「御教示、有難うございます。心しましょう」
ペイワード国家主席が軽く頭を下げた。フェザーンはフェザーン国家主席を国家元首とする民主共和政国家、フェザーン共和国に生まれ変わった。国家主席はフェザーン市民による直接選挙によって選出される。任期は五年、再選は何度でも構わない。

フェザーンには閣僚は居ない。一人の国家主席を十人の補佐官が助ける。この辺りはかつての自治領主府に良く似ている。国家主席は極めて独裁色の強い統治者だがその国家主席の暴走を抑える役目を持つのがフェザーン共和国市民会議だ。フェザーン市民から選ばれた約四百名の代議員から構成され彼らの三分の二が賛成すれば国家主席を罷免することが出来る。要するに強い統治者は必要だが暴走は許さない、そういう事だろう。

「ところでヴァレンシュタイン委員長、高名な軍人でもある委員長にお尋ねしたいのですが?」
「なんでしょう」
大体想像は付く。何と言っても質問しながらマリーンドルフ伯にチラッと視線を向けたからな。マリーンドルフ伯も想像出来たのだろう、ちょっと表情が渋い。

「イゼルローン要塞で反乱が起きていますが鎮圧は可能でしょうか? あの要塞は難攻不落と聞きますが」
「……」
マリーンドルフ伯が憮然としているぞ。そんなに嫌がらせをして楽しいか? 性格が悪いな、或いはそこまで帝国に対する感情が悪いと見るべきかな。俺が黙っているとペイワードが言葉を続けた。

「フェザーンには軍事面で高い見識を持つ人間が居ないのです。今後の政治経済に大きな影響を与える事ですので委員長の御考えを是非教えていただきたいのです」
「鎮圧には半年もかからないでしょう」
「半年ですか……」
不満そうだな、ペイワード。マリーンドルフ伯は驚いてはいない、既に知っていたな。

「帝国政府から同盟政府にそのように連絡が有ったそうです。帝国政府は反乱の鎮圧に自信が有るようですね」
「……」
「楽しみです、どのようにしてあの要塞を攻略するのか」
俺が笑いかけるとペイワードも“そうですな”と言ってふてぶてしく笑った。不可能だと思っているのだろうな。マリーンドルフ伯は困ったような表情だ。作戦案を考えたのは俺だと知っているのか、それとも半年で鎮圧するという事が信じられないのか……。

「ところで今度、自由惑星同盟の高等弁務官が交代する事になりました」
「……そうですか」
「ヘンスロー高等弁務官にとっては今日の調印式への参加が最後の公務になります」
「……」
ペイワードがヘンスローに視線を向けた。ヘンスローは精彩の無いしょぼくれた表情をしている。隣にはヴィオラ准将、反対側にはモンテイユが居た。ヴィオラ准将はフェザーンでは俺と並んでもっとも危険な人物と評価されているらしい。破壊工作の専門家だそうだ。まるでオットー・スコルツェニーだな。その内、映画の主人公になるかもしれない。

「ヘンスロー高等弁務官はそちらに随分と御迷惑をおかけしたようですね。彼はその事を非常に後悔しております。そちらの厚意に不必要に甘えてしまったと」
「……」
マリーンドルフ伯がちょっと面白そうな表情を浮かべてペイワードを見ている。他人の不幸は蜜の味だよな。まして相手が嫌な奴ならなおさらだ。伯爵は人格者かもしれないが聖人君子じゃないんだから、喜んだって誰も責めたりはしないさ。

「後任のハルディーン氏にはそのような事はしないようにときつく注意して有ります。ですから主席閣下、あまり度の過ぎたお気遣いは御無用に願います。自由惑星同盟、フェザーン、両国のためになりません。御理解いただきたいと思います、主席閣下」
ペイワードが顔を引き攣らせた。良くない傾向だな、皆が見ているんだぞ。

「それとヘンスロー高等弁務官はハイネセンに帰還後は二十四時間体制で護衛が付くそうです、意味はお分かりいただけますね?」
「……」
「主席閣下、スマイルですよ、スマイル。皆が見ております、さあにこやかに」
マリーンドルフ伯が笑い出しペイワードが泣き笑いのような笑みを見せた。何だよ、それは。人の親切を無にする奴だな、俺はお前を苛めていないぞ、励ましているんだ。勘違いするなよ、ペイワード。

不愉快な調印式が終わり高等弁務官府に戻ると直ぐにハイネセンのトリューニヒトに連絡を入れた。スクリーンにトリューニヒトの顔が映る、ペイワードの顔よりも可愛げがある様に見えた。多分気のせいだろうな。
『調印式は終わったのかね』
「ええ、無事終了しました。そちらは如何ですか?」
『経済界から反乱は本当に半年で鎮圧出来るのかと質問攻めだよ。彼らは新たなビジネスチャンスを早くものにしたいらしい』
そう言うとトリューニヒトが苦笑を浮かべた。

実は俺の考案した作戦案は俺が考案したという事も含めて公にはされていない。帝国から公表するのは待って欲しいと懇願されたのだ。反乱だけでも面目丸潰れなのに攻略案まで作って貰ったとなっては帝国の威信はガタ落ちだ、反発が出る可能性も有る。という事で表向きは帝国政府から鎮圧には半年かかると同盟政府に連絡が有ったという事になっている。反乱鎮圧後、帝国側から真実を公表する事になっている。面倒な話だよ、全く。

「辛い立場ですね、話せないとは」
『全くだ。何と言っても相手がイゼルローン要塞だ。なかなか納得してくれない。経済界からは反乱鎮圧には同盟軍を動かしてはどうかという声も有る。君を現役復帰させてね』
意味有りげな笑みをトリューニヒトが浮かべた。
「面白い冗談ですね」
『連中は結構本気だよ』
楽しそうだな、トリューニヒト。音頭取りはお前だとしても俺は驚かんぞ。

『ところでフェザーンの様子は如何かね?』
「予想した事では有りますが帝国に対する反感が強いですね」
『では同盟には?』
「反感は有るでしょう。何と言っても帝国とは協調体制を取っています。しかし帝国程憎まれてはいない、そんなところです」
トリューニヒトが“なるほど、気休めにはなるな”と言って頷いた。

『今回の反乱に絡んでいるかな? 或いは絡んできそうかな?』
「今のところは何とも言えません。反乱が鎮圧されれば何か分かるとは思いますが……」
『或いは反乱が長引くかだね。そうなれば動き出す人間が居るはずだ』
「そういう意味では半年というのはちょっと微妙ですね」
トリューニヒトが笑い出した、俺も笑った。

『そうだな、長過ぎはしないが短いとも言えない。中途半端ではある』
もう少し反乱が長引けば欲を持つ人間が出るかもしれない。中継貿易をフェザーン回廊一本に絞れれば旨味は大きいのだ。その常態化を望む人間が動く可能性は有るだろう……。



宇宙歴 796年 9月 3日  ハイネセン 統合作戦本部  シドニー・シトレ



『仕事をしているのか、シトレ』
「当然だろう、失礼な男だな、君は」
『そう怒るな、戦争が無くなって暇を持て余しているんじゃないかと思ったんだ』
冗談かと思ったがスクリーンに映るレベロは生真面目な表情をしている。どうやら本気らしい。

「残念だが忙しい。戦争の有無は関係ない」
『フム、フェザーンは独立したしイゼルローン要塞では反乱が起きている。戦争は当分起きそうにない。何が忙しいんだ?』
いかんな、レベロは状況を理解していない。いや、軍人ではないレベロには想像出来ない事かもしれん。戦争が無い時こそ戦争に備えて準備がいるのだ。

「今、軍と国防委員会の一部で密かに検討会が開かれている」
レベロが顔を顰めた。
『密かに? 聞き捨てならんな、何だそれは。随分とキナ臭い話だが』
「……」
キナ臭いは無いだろう。我々はやましい事はしていない。
『シトレ、一体何を話しているんだ?』

「移動要塞の事だ」
『移動要塞?』
「イゼルローン要塞の反乱鎮圧が成功した場合、あれが今後の軍事行動にどういう影響を及ぼすか、それを検討している」
レベロは困惑している。やはり想像が出来ないか。

イゼルローン方面、フェザーン方面に軍事要塞を建設する。それが決定された時、軍の一部で密かに有る問題が提起された。要塞の有効性に付いてでは無い、帝国が妨害をした場合、要塞の建設は難しいのではないかという疑問だ。要塞建設には時間がかかる以上帝国軍の再建が予想以上に進めば妨害は有り得るのではないか。和平が恒久的なものになるという確信が無ければ出て来てもおかしくは無い意見だ。

ヴァレンシュタインからイゼルローン要塞攻略案が提示された時、軍と国防委員会は密かに軍技術部、民間企業の技術部に軍事要塞を移動要塞にする事が可能かどうかを検討させた。反乱との関係は触れなかった。要塞建設をハイネセン近辺で行わせれば帝国の妨害は防げる。それにイゼルローン回廊付近で建設するよりもハイネセン付近で建設した方が何かと便利ではないか、建設コストも削減出来るのではないか……。それが彼らに示した検討の理由だった。

「軍民の技術者達が出した結論は可能というものだった。幾つか問題はあるが解決は可能であると」
『おかしな結論ではないな、帝国も同じ結論を出したのだから』
事も無げな口調だ。気楽だな、レベロ。技術者達はその結論を出すまでが大変だったのだが。

「コスト面でも削減が可能だと言ってきた。イゼルローンまで輸送船や工作船を送り込むならハイネセン近辺で建設し運んだ方が安く上がるらしい、工期も短縮出来るようだ」
『良い事尽くめだ、それで? 移動要塞にするのか?』

「帝国軍の運用実績を見てからだ。反乱鎮圧に成功すれば、こちらも移動要塞に変更する事になるだろう」
『まあ妥当な線だな』
「もう分かるだろう。帝国との最前線に移動要塞が有る。それが戦争にどういう影響を与えるか、それを検討しているのだよ」
“なるほど”とレベロが頷いた

『で、どうなると思うんだ?』
「分からん、まだ検討途中だ。色々な意見が出ている」
『……』
うさん臭そうな表情だな、レベロ。だが実際に検討会では統一した見解は出ていない。いや出せずにいるのだ。

収容艦艇は一万六千隻。要塞主砲の威力はイゼルローン要塞主砲に匹敵するとみられている。三百隻を同時に修復可能な整備ドックや一時間で六千本のレーザー核融合ミサイルが生産可能な兵器廠、六万トンもの穀物貯蔵庫、十五万床のベッドを持つ病院。これだけの機能を持つ移動要塞をどう使うか……。

要塞を艦隊の後方に置いて後方支援基地として使うべきという意見や前面に出して積極的に敵艦隊を撃破するのに使うべきだという意見も有る。だがそうなれば帝国も要塞を前面に出すだろう、移動要塞対移動要塞の対決になるに違いない。果たしてコスト面で見合うだけの戦果を得る事が出来るのか? 抑止力として存在するだけで良いのではないか、そういう意見も有る。

分かっている事も有る。機動力を持たないイゼルローン要塞は軍事要塞としての価値は暴落するだろうという事だ。改修しない限り、イゼルローン要塞は軍事要塞としてよりも国際協力都市として使う方が価値が有ると帝国は判断するだろう。ヴァレンシュタインはそれを狙ったのかもしれない。となれば反乱が起きる事も想定していた可能性は有るな、道理で対応が早かったわけだ。

それにしても移動要塞か、とんでもない化け物を生み出してくれた。我々は、いや帝国軍もだが当分はこの化け物をどう扱うかという問題で頭を痛める事になるだろう……。



 
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