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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
  第一節 前兆 第三話

 ファ・ユィリイは、自販機の前にいた。
 集中してレポートを仕上げようとは思っていたが、人間の集中力はそれほど長く続かない。
 気分転換にと、外の空気を吸いに出てきたのだ。
 図書館は入り口のところがロビーのように広くなり、レストスペースにもなっている。
――ガコンッ。
 ユィリイがボタンを押すと、ソフトドリンクが派手な音をたてて存在を主張する。二十世紀から変わらない販売法。パッケージはリサイクルボディになっても、いつでも買えるという無人販売機は何処にでもあった。東洋の小さな島国で発達した無人自動販売機は、宇宙世紀のコロニーでは一般的な販売方法になっている。それは治安の向上がもたらしたというよりも、貨幣がなくなり、電子マネーが中心になったことが一番関与している。つまりは、『自販機を襲ってもお金を取り出すことが出来なくなった』ということだ。
「……ふぅっ……」
 疲れた。たったあれだけの文章を書くのにどうしてこんなに疲れるのだろう。
 閉塞感?
 寂寥感?
 ユィリイは自己分析をしてみる。だが、自己分析をするまでもない。さっきのティターンズの一件が頭から離れないからだ。
 そんなことよりも議題レポートを早く仕上げて、教授に提出しなければならないのに。
 もうすぐ夏休みなんだから旅行にでもいってきたらと言ってくれた両親には申し訳ないが、何処にも行く気はしなかった。チアの集会にも顔を出していないし、そこに行っても煩わしいだけ。よってくる男たちを上手くあしらえる自信もなかった。
 夏休みの前にはゼミのレポートを仕上げてしまいたかった。このレポートを仕上げてしまえば、この単科だけでも飛び級だって夢じゃない。そうすれば、就職に有利なのは明らかで、諦めかけていたリポーターの夢だってもう一度追いかけられるかも――そんな風にだって考えていた。
「……こちらです」
 視線の端にさっきと同じ軍服を捉えた。
 身が硬直する。さっきの軍人とは違う。違うけれど、何故、ティターンズが図書館に?
 査閲かもしれない。
 でも、なんで……?
 とっさにユィリイは自分が論文のウィンドウを閉じていないことを呪った。
 図書館はリベラル派の根城になりやすい大学とは違って公安やティターンズからはマークされてにくい場所だ。実際、公共施設であるが故に軍人が査閲に立ち入ることはほとんどない。今までだって、一度も見かけなかった。だからこそ安心して論文を書いていたのだが、うっかりすぎたったかもしれない。
 司書にだってティターンズのシンパが居るかも知れなかった。
(急いで戻らなきゃ……)
 走って注意をこちらに向けさせないよう、ゆっくりと静かに席に戻ろうとした。様子を窺うとガラス越しに映る軍服は、司書に案内されながら、司書室の方へ消えた。 
 向かった先が、自分のデスクではないことに、ほっと胸を撫で下ろす。慌ててデスクまで走りより、データをセーブ、IDカードを抜き取ってクライアントに残っているデータがないか調べる。ゴミ箱を空にして、履歴を消去。これで問題はない筈と、席を立った。
 大慌てで、荷物をまとめ、図書館を後にする。
 図書館を出ると真っすぐに家に帰った。
 早く終わればメイリンに連絡して一緒にクレープでも食べようなどと思っていたことは、全く頭から消えていた。どこかに寄ろうなどという気持ちは一切起きなくなっていた。そんなことも思い出さなくなるほど、慌てていたのだ。パニック――とまではいかないまでも、 落ち着きを失っていたのは事実だった。

 家に帰ると、母親が暢気な笑顔を覗かせて、少しだけユィリイの心を和ませてくれた。
「あら、おかえり。メイリンたちと出かけたんじゃなかったの?」
 変わらない日常がそこにはあった。
 つまり、あのティターンズは自分とは関わりのないところの話だったんだ。そう自分で結論付けた。
 そうでなければ、不安ではちきれそうだった。
「ううん、図書館に行ってた」
 怪訝そうな母親に手を振って二階の自室に上がる。無理に作った笑顔を見破られていたのかも知れないが、余計な心配を掛けたくなかった。
 ユィリイの部屋には、二つのコンピュータがある。
 カミーユが作ってくれたスタンドアローンクライアントとワイヤードクライアントだ。普段はワイヤードクライアントを使うユィリイも、今は繋げる気にならなかった。
 スタンドアローンのクライアントにIDカードを差し込み、先ほどのテキストファイルを開く。
「大丈夫……よね?」
 やはり自分で大丈夫だと結論付けてみても、不安は残る。あのティターンズの軍人とこの論文を結びつけるものは何もない。だが、普段現れないティターンズの軍人が図書館に来たこと自体が普通ではなかった。
 市立グリーンノア国際大学は公立大学だからか、あまりリベラル派ともいえず、ユィリイが師事する教授はアースノイドで、有名な歴史学者でもあり、そのゼミの研究生である自分が公安にマークされているとは思えなかった。
 じっと画面を見ていたユィリイは、心の中に溜まったものを吐き出すように、キーボートを叩き始めた。
 それは、不安を忘れるために、一心不乱に書き綴るというのとも違うが、不安がユィリイを突き動かしているのだけは間違いなかった。

「武力を背景に統一をした地球連邦政府とはいえ、宇宙移民が最初からスムーズに進んだ訳ではありませんでした。武力によって押さえつけられた不満は、記念すべき宇宙世紀元年を血で汚す結果になったのです。地球連邦政府官庁専用の島一号型スペースコロニー〈ラプラス〉の惨劇。いわゆる〈ラプラス〉爆破事件です。

 これは分離主義テロ組織によるものと断定され、緊急組閣された新政府首脳および軍上層部によって〈リメンバー・ラプラス〉の名のものとに徹底的な殲滅報復が行われました。分離主義組織を支援する国家もその対象に含まれました。この〈統一戦争〉は宇宙世紀〇〇二一年まで続き、翌年〈地球上からの紛争消滅宣言〉が出されました。

 この間も宇宙移民は着々と前進し、宇宙世紀〇〇一〇年にはエネルギー問題から木星開発事業団が発足し、ヘリウム3などの重水素確保のために木星船団が組織され、宇宙世紀〇〇一六年には人対委員会はフロンティア開発移民移送局を設立、宇宙世紀〇〇一八年にはサイド2〈ハッテ〉にて一〇〇万人目のスペースノイドが誕生しました。

 宇宙世紀〇〇二七年には、人類初の月面恒久都市〈フォン・ブラウン〉市が完成、L5方面のコロニー建設基地として、コロニー建設は第二次ラッシュを迎えます。さらに、宇宙世紀〇〇三〇年にはフロンティア開発移民移送局を民営化、宇宙引越事業団を発足。これによりコロニー建設のスピードは更に加速します。また、この頃から、太陽発電衛星による電力送電や、コロニーからの電力送電技術が発明され、地球のエネルギー問題は大幅に改善されたことも加速を促した一助であったと考えられます。

 宇宙世紀〇〇三五年になると月の裏側であるL2にサイド3の建設が始まり、四十年代には総人口の四〇%が宇宙移民となる時代へと突入します。それと同時に地球聖地主義的な宗教観がスペースノイドに生まれます。これがエレズムで、以後スペースノイドの基本的観念として定着していきました。」

 一気に書き綴って、手を止めた。
 スペースノイド、アースノイド。
 同じ人間なのに何が違うのだろう?
 旧世紀に大きな意味を持っていた人種という壁もほとんどなくなり、いまや人種などというものは、父系か母系の先祖がどこの出身だったか、ぐらいの意味しか持っていない。ユィリイなどはE式の名前で、姓が先、名前が後というようなことだけであり、スペースノイドとアースノイドに人種の違いはない。
 ただ、住んでいる場所が宇宙なのか、地球なのかの違い――いや、登録されているIDの出身地がどこなのか?の違いである。
 そう、宇宙世紀〇〇八二年に行われたスペースノイド総背番号制により、スペースノイドはIDが宇宙に登録されているのだった。以前から身分証明書そのものは存在していたが、一年戦争による被害のためにデータが紛失しているなどの理由から、再度徹底した管理を行われることになったのだ。
 それはスペースノイドにしてみれば、「地球に飼われる」というように思えるものであり、反発は大きかった。
 エレズム――地球聖地主義の発生以降、ますますスペースノイドの地球連邦離れに大きく影響したことは間違いがない。
 ユィリイに言わせると、このエレズムというものは、アースノイドにもある感情なはずだった。なぜなら、ティターンズであっても、「母なる惑星、地球」という言い方をするからだ。
 それなのにどうして同じ人類同士でいがみ合わなければいけないのかという疑問だけが残る。しかし、答えは出なかった。
 ユィリイは自分の専門である移民史を繙けば(ひもと)くほど、移民が迫害の歴史を歩んでいるようにしか思えず、悩んでしまう。人類は、結局二十世紀から続く民族紛争の火種を抱えたまま宇宙に拡大してしまっのだろうか。だから人類は、その鬱積の捌け口を求めて戦争というカタルシスに暴走したのではないか。そうとしか思えないほど、一年戦争が残した傷痕は大きい。
 ファ家はフォン・ブラウンの華僑を頼って疎開していたから、まだマシな方だった。
 カミーユだってそう。
 でも、ユィリイの友達の中には、一年戦争で父親を失った娘や、恋人を失った娘もいた。
 一体いつまで、スペースノイドは地球連邦政府に虐げられ続けなければならないのだろうか。
 何故、地球連邦政府は地球から宇宙を支配しようとするのだろうか。
 ユィリイの疑問は尽きなかった。  
 

 
後書き
 第三話をお送りします。
 第二話よりも一・五倍ほどのボリュームです。プロットにはなかった要素を若干増やしているためにボリュームが出ました。おそらく、六話以降はこれほどボリュームの変更はないと思います。

 ユィリイの設定を華僑ということにしていますが、ファ・ユィリイというのは花羽麗と書くと思っています。園麗だと「ユエン・リイ」というのが、現在の中国語の発音だからですね。日本人に「ユィ」と聞こえるのは「Yu3」で、カタカナ表記すると「ユゥイ」という感じで発音すると通じます。一般的にはウ音なので「ィ」は出てこないはずなんですけれどもね~。

 さて、エレズムの発生まで書きました。ファのレポートを愉しみにお待ちください。 
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