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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十二章 妖精達の休日
  第一話 言動には注意しましょう

 
前書き
 投稿遅れて済みませんでした。 

 
 ティファニアとセイバーが魔法学院に入学し十日が経った。
 セイバー、ティファニアとそれぞれまだまだ勝手が掴めないまでも、それなりに落ち着いてきた頃である。未だ彼女たちの周りに誘蛾灯に誘われた虫のように集まる輩に対する良い解決方法が見いだせないままであったが、煩わしいだけで特に問題ではなかったため、そのままにしていた。色々と問題は抱えていたが、それも時間が解決するだろうとセイバーもティファニアも楽観的に考えていた。
 過ぎる時間が解決してくれる、と。
 様々な問題を前に頭を抱えるティファニアであったが、最近付きまとう男子生徒たちよりも困っている問題が発生していた。
 それはクラスメイトの少女。顔を合わせれば何やら言いがかりをつけて絡んでくる少女である。
 何が気に入らないかティファニアには理由が分からなかったが、何かある度に嫌味を言ってくるそんな少女であっても何時かは仲良くなれるだろうと考えていた。





 しかし、それはどうやら浅薄な考えであったようだ。
 




 その日、朝食を終えたティファニアは授業の合間にある休み時間に、教室の隅に一人窓枠に両肘を着き、手に顎を乗せぼうっと空を見上げていた。セイバーは何やら頬を染めた他のクラスの女子に呼び出されており傍にいない。
 一人何もするでなく青い空を見上げているだけ、口から出るのはため息ばかり。吐き出されたため息は重く。吐き出す度に身体が重くなっていくようだと思い、ティファニアは更に重い溜め息を吐いた。
 当事者たるティファニアにはその原因をハッキリと理解している。
 色々な事が起こりすぎたのだ。
 ウエストウッドの森に住んでいた時も、子供たちの世話で楽とは言えなかったが、この十日間で起こった出来事はそれとはまた別の疲労がティファニアの心身に積もらせていた。トリステインに来てから、魔法学院に入学するまで時間が怒涛の勢いで過ぎていった。何と言ってもトリステインに来てから最初の出来事からしてキツイものであった。入国手続きは直ぐに終わったが、直後にあったマリアンヌ太后陛下とマザリーニ枢機卿への目通りが地味にキツかった。幸か不幸かは分からないが、アンリエッタ女王陛下は、ロマリアへの親善訪問のため不在であったため、目通りはなかった。高貴な方との目通りは、精神がガリガリと精神が削られていくようなものであり、ティファニアの顔色は白から青へと移行することになったのだが、一緒に目通りしたセイバーは平気な顔をしていたため、お目通りの閒ティファニアはその豊かな胸の内で『裏切り者っ!』を連発していたのは秘密である。何が裏切り者なのかはティファニア自身にも分かってはいない。
 雲上人たちとの謁見はとても疲れた、しかし、とティファニアは続けて思う。
 一番きつかったのは孤児たちと別れた時だ、と。
 トリスタニアにある修道院に引き取られることとなった孤児たちは、ティファニアとの別れの際、声を上げて泣いた。ティファニアも同じく涙を流し、思わず村に帰ろうかと口に出そうになったが、セイバーに諭され落ち着きを取り戻し、泣き笑いの顔で修道院へと向かう子供達の姿を見て結局何も口にする事はできなかった。
 その後、ティファニアとセイバーは直ぐにアニエス隊長が率いた銃士隊に警護され魔法学院へと向かうことになった。
 事情を事前に聞かされていた学院長であるオスマン氏を紹介されると共に忠告(女好きなので二人っきりで合わないように)を受け、その後、寮の一室をセイバーと共に使用することと指示を受けた。普通は生徒一人につき一室であるが、事情が事情なだけ特別にセイバーと合室となった。それについて別に不満はないどころか感謝をしているぐらいであるのだが、この頃はそうは言ってられなくなって来たようである。
 それと言うのも……。
 ティファニアは魔法学院に来てからのこの十日のことを思い返し、本日最大の溜め息を吐いた。
 ティファニアの心労がここまで積もったのは理由がある。
 基本的にティファニアは静かに暮らすのが好きだ。森に住んでいたからといってアウトドア派と言うわけではなくインドア派である。ウエストウッド村で暮らしていた頃は、子供たちの世話以外では特に外で遊ぶということはしておらず、暇な時は基本的に家の中で裁縫などをしていた。
 と、言う訳で、学院でもティファニアは出来れば目立たつ静かに暮らして行きたかったのだが……その希望は入学一日目にして脆くも崩れ去ることとなる。
 村での生活では特に気にしていなかった己の容姿が希望を打ち砕き、最大の味方だった筈のセイバーが砕かれた希望を更に押しつぶしたのだ。
 つまり、分かりやすく言えば、男子からの人気と女子の憧れの君と仲がいいと言うことで、ティファニアは今、女生徒からめちゃくちゃ嫉妬されていた。

「……っ、はぁ~」

 これまでの事を思い返し、今日何度目かの溜め息を吐いた時、ティファニアの背後に複数の影が現れた。
 背後に感じた気配にティファニアが恐る恐ると振り返ると十人の男子生徒たちがニコニコと笑顔を浮かべていた。ティファニアの顔が強張り、反射的に身体を回し少年たちと向かい合う。同時に背後にじりっ、と下がるが直ぐに壁に当たり動けなくなる。

「っ、な、なに?」
「いえ、いえ。ただ、どうやらお暇のようでしたので、少しでもミス・ウエストウッドの無聊を慰められればと思いまして、どうでしょうか? 馬で遠乗りでもいかがでしょうか?」

 代表のように真ん中に立っていた一番背の高いそばかすのある少年が大仰に腕を曲げ一礼する。本人は格好良いつもりなのか、下げた顔に浮かぶのは得意げな笑み。彼の頭の中ではティファニアが頬を染めて俯く姿が浮かんでいたが、実際のところは、ティファニアは頬を引きつらせて逃げるように背を反らしていた。

「けけ、結構です」

 壁と男子生徒に取り囲まれ逃げ場のないティファニアは、壁に背中を押し付けながら顔を隠すように帽子のつばを掴むと大きく下げて顔を隠した。

「そんなことは言わず、さあ、行きましょう。外へ出れば気分も考えも変わりますよ」

 他の男子生徒が不意にずいっと横から顔を出すと、ティファニアはびくっと身体を震わせると助けを求めるように周りを見渡す。しかし、周囲にいるのは全員男子生徒である。助けてくれないかと目を合わせると、にこりと笑みを浮かべるだけ。どうやら周りにいる男子生徒たちの考えは一致しているらしい。編入してきた当初は誰が誘うかで決闘騒ぎまで起こしかけていた彼らであったが、共通の敵が現れてからは協力し合うようになっていた。
 その敵と言うのが誰であろう―――セイバーである。
 最初はティファニアと同じように声を掛けていた男子生徒たちであったが、何が原因かは分からないがクラスの男子生徒全員が一日学校を休んでからはセイバーに声を掛けるようなことはなかった。そして当然の結果として、セイバーへ声を掛ける者が減った分、ティファニアへ声を掛ける男子生徒は増えてしまった。その事に責任を感じたのか、セイバーはしつこい男子生徒を排除してくれるようになった(飯時以外は)。
 そのお陰で(食事の時間以外では)男子生徒からのストーカー行為から逃れられるようになったのだが、その分セイバーがいない時間はクラスの男子全員で協力して声をかけてくるようになってしまった。セイバーが私用でティファニアの傍にいない時は、攻撃(声を掛ける者)防御(断りを断る者)援護(助言する者)見張り(セイバーを警戒する者)等、どこぞの戦争に行くかのかとつっこみたい程に時には司令官まで立ててまで協力してティファニアに粉を掛けているのである。
 と、言う訳で、セイバーとティファニアによりクラスの男子の連帯感が半端なく高くなったが、誰もそんな事は評価をするはずもなく。結果として、クラスの女子生徒たちの男子生徒に対する評価は既に落ちるところまで落ちることになり、女子と男子の間には深い溝が出来ることになった。そんな原因となったティファニアを女子生徒が助けるはずもなく、男子生徒に囲まれるティファニアを憎々し気に睨み付けるだけであった。
 
 周りに味方はおらず、色に狂った男の軍団に囲まれたティファニアは、自分が今絶体絶命の危機に陥っているのだと理解すると、直ぐにどうやって時間を稼ぐが頭を働かせ始める。
 ティファニアはこうも男子生徒が自分を連れ出そうとしている理由をキチンと理解していた。端的に言えばセイバーから逃げるためだ。
 セイバーが傍にいるティファニアに声を掛けようとするならば命懸けであることを男子生徒たちは知っていた。そのことを身をもって理解した少年たちにとって、セイバーは今では美少女転校生ではなく美しき死神であった。だからこそ、そんな死神(セイバー)が傍にいない内に、ティファニアを外へと連れ出し時間を稼ごうとしているのだが、遅延作戦を開始したティファニアに手こずりうまく連れ出すことが出来ないでいた。時間が無為に過ぎ、このままではセイバー(死神)がやってくると危機感を覚えた男子生徒の一人が手に大きな白い帽子をもってティファニアの前に出た。

「どうぞ乗馬の際はこの帽子を被ってください。あなたのために特別につばを広く作ってもらいました。帽子の方も、今トリスタニアで流行の羽白帽子なんです。ほら、どうですか、一度でも良いので被ってみてはくれませんか」
「ッ、け、結構です。す、すみません。失礼しますっ」

 男子生徒が片手に握った帽子をティファニアに向けて差し出すと、まるで差し出されたのが帽子ではなく刃物だったように、びくりと身体を震わせたティファニアは、被った帽子のつばを両手で握り締めると一気に駆け出し、自分を囲む男子生徒たちの間に出来た僅かな隙間から逃げ出していった。
 ティファニアが野生の牝鹿のように軽やかな動きで教室から逃げ出すと、取り残された男子生徒たちは互いに目を合わせると、一斉に先程ティファニアに帽子を差し出した男子生徒に顔を向けた。

「お前のせいで“金色の妖精”に逃げられてしまったじゃないかっ!」
「折角のチャンスだったのにどうするんだっ!」
「お、俺だって声を掛けたかったのを我慢してたってのにっ」

「―――“金色の騎士”が戻ってきたぞッ!!」
 
 ティファニアにプレゼントするはずだった帽子をかき抱いて床に膝を着く男子生徒を取り囲んで喧々囂々と非難を始めた男子たちであったが、ティファニアが飛び出していった逆の方の扉から飛び込んで来た男子生徒の発した言葉でピタリとその動きが止まった。
 男子生徒たちは直ぐさまバラバラに解散すると、思い思いの場所に散らばり雑談を始めた。
 先程のティファニアとの一件がなかったかのように。
 まるで訓練された兵士のような機敏だ動きである。それもその筈、ティファニアに声を掛けて無理矢理何処かへ連れて行こうとしていた等と言ったことが“金色の騎士”にバレれば一体どうなるか彼らは身をもって知っていたからだ。
 その“金色の騎士”とやらではあるが―――これもまたセイバーである。
 美しい金の髪に優麗な美貌、雪のように白い肌の華奢な身体。
 それだけ聞けばどこぞの深窓の令嬢ではあるのだが、セイバーの場合は、暴力行為の問題児で有名だった男子生徒を一発で沈めたやら、貧血で倒れた女子生徒をお姫様抱っこで保健室へと運んだ等々所謂『強気を挫き弱気を助け』と言ったエピソードに加え、常に芯が一本入った凛とした姿から女子の間で何時しか“金色の騎士”と呼ばれ始めたのである。
 だが、セイバーにヤられてその復讐にと十人近くの男子生徒が返り討ちに合い半死半生のまま保健室に運ばれたことや、ティファニアにちょっかいを掛けた事でお仕置きをされたことで色々な経験した男子生徒たちの間では“死神”と呼ばれていた。
 しかし、何故“死神”なのかと言うと、セイバーへの復讐で返り討ちにあった男子生徒たちとやらは、全身を浅く鋭い刃物で切られていたのだが、返り討ちにあった生徒によるとその時セイバーは何も持ってなく、魔法も使っていなかったにも関わらず手を動かしただけで気付いたら斬られていたと言う話とセイバーのその余りの強さから何時しか“死神”と呼ばれ始めたのである。
 そして勿論自分がそう呼ばれていることを、セイバーは知らないでいた。





 教室に散らばった男子生徒たちが「ハッハッハッ、最近うちのジョンがだね―――」等と無理矢理会話を始めたのを横目でチラリと見た女子生徒の一人が、二つに分けた豪奢な長い金髪を大きく揺らしながらそんな男子生徒たちから顔を逸らすと鼻を鳴らした。
 じりじりと焦げ付くような熱が篭った青い瞳を細めた少女は、身体の前で両手を組むと微かに背中を逸らしながら周りを見渡す。少女は背が低かったが、小さな身体から発せられる遠目からでも分かる高飛車な雰囲気と可愛らしい容姿が厳しく引き締められたその様子は、周囲に十分以上の圧迫感を与えるものであった。爛々と輝く目をティファニアが出て行った扉に向けると、少女は忌々しげに口を開いた。

「全く、あんな見るからに野暮ったい女の何処がいいのかしら、あの程度で騒ぐなんてここの男たちの程度が知れるってものね」

 身体の前で組んだ腕を細かく揺すりながら金髪を二つにくくった少女がそう吐き捨てると、周りにいた他の少女たちが同意するように頷いた。

「ええ全くその通りですわ。どうせあのむ、胸も作り物に決まっていますわっ! それにあの田舎者、もう転入してから十日も立っているって言うのにまだベアトリス殿下にご挨拶をしていないんですよっ! 全く信じられませんわっ!」
「それに比べ“金色の騎士”様はその美しさだけでなく礼儀も完璧でしたわ」
「ええ、初日に直ぐベアトリス殿下に挨拶をされて……ああ、あの凛としたお姿、まるで神に仕える聖堂騎士のようにお美しくいらしたわ」
「わたし、もう息をするのも忘れて見蕩れてしまったわ」

 口々にティファニアに対する非難を口にしていた少女たちであったが、その内の一人がセイバーの事を口にすると一変して陶然とした顔になってセイバーの話題で盛り上がり始めた。
 ティファニアに対する非難を聞いて得意げになっていたベアトリス殿下と呼ばれた少女もその内に一人であり。話題が変わった事に不機嫌になるどころか積極的に自分からセイバーの事について語りだす始末であった。
 このベアトリスと呼ばれる少女であるが、実のところクルデンホルフ大公国の王女である。
 とは言えクルデンホル大公国とは、過去、功により時のトリステイン王から大公領を賜り後に独立した国であり。外交や軍事は全て他の地方貴族と同じく王政府に頼っていることから独立したと言っても名目上のものでしかなかった。
 しかし、独立国は独立国。
 一国の王女でしかも美少女であると言うことから、ベアトリスが入学した当初は下にも置かない扱いを男女問わず受けていた。
 このまま続くかと思われたベアトリス一党独裁の世であったが、それもセイバーとティファニアが転入してくるまでの事であった。
 まさに輝かんばかりの美しさを持ったセイバーとティファニアが転入してくると、朝まではベアトリスを神のごとく崇めていた筈の男子たちは一斉に二人の方へと流れ込んでいった。いっそ清々しいと言いたくなるほどの切り替えの速さである。そんな訳で放り出されたベアトリスは面白くある訳もなく、当初はティファニアだけでなくセイバーも大いに嫌っていた。転入初日、セイバーがベアトリスに挨拶した時も無視を決め込む程であった。まあ、実のところは、ただ単に見蕩れて呆然としていただけであったのだが。ついでに言えば、その横でティファニアも挨拶をしていたのだが、セイバーに目を奪われていた少女たちの記憶には残されていなかった。
 とまあ、男子の人気を取られセイバーを嫌っていたベアトリスであったが、先日階段から落ちた際セイバーに助け出されてからは一転してセイバー信者となった。元々転入当初から美しい少女でありながら、何処か鋭さを秘めたセイバーの姿に魅了された少女は多くいたが。しかし、クラスの最大権力者であるベアトリスが嫌っていたため今までその事を表に出せずフラストレーションが溜まったところに、その原因たるベアトリスが一転してセイバーの擁護を始めたのだ。元々からセイバーファンであった女子は大いに盛り上がり、今ではファンクラブのような出来る始末であった。
 
「でも、そんな素敵な“金色の騎士”様をあの女はまるで使用人のように扱って」

 そのような事実はない。
 実際は、男子を上手くかわせないティファニアを守るため常にセイバーが傍にいるだけである。ティファニアがセイバーに何かを命令する事は一度たりともなかった。しかし、そんな真実は、男子だけでなく憧れの存在を常に傍に侍らしているティファニアに対する嫉妬で簡単に歪んで見えてしまう。

「ええ、全く許せませんわ!」
「そうよ! いくら“金色の騎士”様と同郷だと言っても、限度と言うものがあるわ!」
 
 そうよそうよと少女たちが何度も頷く。
 男子の人気と憧れの“金色の騎士”の傍にいるということだけで、女子のティファニアに対する当たりは簡単に強くなってしまう。
 そこに真実など関係ない。
 少女とは感情で動いてしまうものであるからだ。
 ティファニアを非難する少女たちの様子を満足気な様子で見ていたベアトリスは、一つ大きく頷くとティファニアが出て行った扉に顔を向ける。

「やはり彼女とは一度しっかりとお話をしなければいけないわね」

 ベアトリスの頬が歪み、獲物を前にした肉食獣さながらの眼光が瞳に宿った。





 教室から逃げ出したティファニアは、本塔から中庭に出ると、一度振り向き後を追う者がいないことを確認し大きなため息を吐いた。そのままあてもなくフラフラとしていると、何時の間にかヴェストリの広場までやってきていた。人気のない事を知ると、安堵したように小さく息を吐く。安心したのか足に力が上手く入らなくなったので、火の塔の近くにある噴水の縁に腰を下ろした。膝の上に肘を置くと、揃えた両手の上にその細い顎を乗せ空を見上げる。青い空に浮かぶ太陽がキラリと光り、眩し気に目を細めたティファニアは帽子の両端を握り深く被った。視界の半分が塞がれ光と闇が半々に分かれる。
 不意に泣きそうになった。
 あれだけ憧れていた外の世界。
 しかし、実際に外に出てみると想像していたものとは違っていた。
 鬱陶しい虫のように近付いてくる男子たち。
 何もしていないのに何時も憎々しげな顔を向けてくる女子たち。
 楽しく面白いと思っていた外の世界は、実際に来てみると心労や不安だけが重なり息苦しいだけ。
 何時も何も変わらず退屈な、でも穏やかだったウエストウッドの森での生活とは比べられない。
 ティファニアの脳裏に、不意にトリステインで別れた子供たちの姿が蘇る。
 子供たちはどうだろうか?
 自分と同じように外の世界でとけ込めているだろうか?
 自分とは違ってウエストウッドの森に来るまでは外の世界で暮らしていたからといって、大丈夫とは限らない。
 もしかしたら自分と同じように激変した環境に馴染めず心細い想いをしていないだろうか?
 子供たちの事を想っていると、何時しか視界が歪み始める。
 あっ、と思った時には既に遅く、目尻から溢れた涙が頬を伝い地面へと落ちた。
 手の甲で涙を拭っていると、何時の間に傍に来たのか、突然女の声が掛けられた。

「ミス・ウエストウッド」

 突然の声掛けに一瞬びくりと身体を震わせたティファニアは、恐る恐るとゆっくり顔を上げる。そこには自分に声を掛けただろう金髪を二つに括った少女の他に、五人の少女が金髪の少女の後ろに立っていた。
 自分を取り囲む一団がクラスの女子だと気付くと、ティファニアは慌てて噴水の縁から腰を上げた。

「こ、ここ、こんにちは」

 慌てすぎて舌を噛みそうになりながらも挨拶をするティファニア。
 頭を下げるティファニアを満足そうに眺めていた金髪の少女は、ティファニアが顔を上げると顎を軽く横に動かした。金髪の少女の意志を汲み取った背後に控えていた五人の中から褐色の肌を持った少女が進み出ると、恭しく金髪の少女に手を向けるとティファニアに問いただした。

「あなた、勿論このお方がどなたかご存知よね?」
「クラスメイトの方とは知っていますが、その、詳しくは……」

 申し訳なさそうに身体を縮めながら謝るティファニアに、褐色の少女は信じられないと声を上げた。

「全く信じられないわっ! こちらがどなたか知らないなんてっ! もうあなたが入学してから十日が経っていると言うのにっ! 大体あなた―――」
「もういいわ」

 軽く右手を上げ声高に非難を叫ぶ褐色の少女を止めたのは、ティファニアの目の前に立つ金髪の少女だった。

「なら、特別に教えて差し上げますわ。わたしはベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフよ」

 二つくくりにした金髪の片方を大きくかきあげながら胸を逸らしたベアトリスは、ティファニアの驚愕の声が上がるだろうことに歪んだ笑みを浮かべたが、何時までたっても期待した声は聞こえなかった。訝しげな顔でティファニアを見ると、ティファニアは困ったように眉根を寄せて小首を傾げていた。

「そ、その、よ、よろしく? クンデホルフさん?」

 疑問形で恐る恐ると手を差し出すティファニアの姿に、ベアトリスの背後にいた少女たちから怒声のような声が上がった。

「なに馴れなれしくしているのよっ!」
「全くこれだから田舎者はっ!」
「礼儀を知らなくてないの!」

 ギャンギャン吠える取り巻きの少女を後ろに、悠然と腕を組んだベアトリスは左の口の端を歪めた。

「本当に何もしらないようね」
「ご、ごめんなさい……」
「このお方はあなたのような田舎者とは違って、クルデンホルフ大公国の王女殿下ですのよ。そのような方をよくもまあ、そんな態度で」
「―――っ」

 ベアトリスとその取り巻き達は、顔を俯かせ、言葉に詰まるティファニアの様子にますます勢いづくと、更に詰め寄った
 クラスメイトの女子に取り囲まれたティファニアは、視線を地面に向けたまま混乱の真っ只中にいた。生まれた時から屋敷の中や森の中と、外界から隔絶された場所で過ごしていたティファニアにとって、貴族や階級制度と言ったものは全く無縁のものであった。知識としてそう言ったものがあると言う事は知ってはいたが、それが実際どのような影響を周りに与えるのか、どれだけの影響力を持つのか等といった所は理解していなかった。
 つまり、このティファニアの目の前にいるベアトリスと言う少女が、何処かの国のお姫様だと言う事は分かっても、その存在が周りにどれだけの影響を与えるのか、周囲に何を求めているのかが理解できていないのである。元々、今までの人生の半分以上を森の中、子供達と過ごしてきたティファニアにとって、敬意を感じる相手やはらう相手もいなかったことから、言葉としては知ってはいても、実際にどのように使うかなど分かる筈もなく。唯一義姉であるマチルダがそれに値する者であったが、その前に家族であると言うことから、敬意を払った対応など思い浮かぶ筈もなかったのである。
 それに加え、魔法学院に来た際、学院長であるオスマン氏より、『トリステイン魔法学院は、皆が平等に学ぶ事が出来る場所である』と説明を受けていたことから、何故そんな学院でそんな尊称で呼ぶ必要があるのかティファニアには理解出来ず、更に混乱を深めさせていた。
 しかし、今の自分がどのような状況に陥っているかは理解できていたため、ティファニアは取り敢えず何とかこの場を収めなければと考えると、綺麗に腰を折ると深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。わたし、本当に何も知らなくて、不快にさせるつもりなんてなかったの。何か気に障るような事があったのならお詫びするわ。その、えっと、で、殿下でよろしいのかしら?」

 おずおずと頭を下げると、これで許してくれるかな? と言うように上目遣いでベアトリスを見上げたティファニアは、そこで目を釣り上げて自分を見下ろす少女たちの視線とぶつかり「ひぅっ」と鋭く息を飲んだ。

「本当に礼儀知らずねっ!」
「殿下に対してそのような態度っ! どんな田舎から来たらこんな態度が取れるのかしらっ!」
「まったく、何も知らないと言うのに由緒正しいトリステイン王国に留学に来るなんて! 常識を疑うわっ!」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい―――」

 ギャンギャンと吠え立てるベアトリスの取り巻き達に何度も頭を下げるティファニア。最初はティファニアが頭を下げる姿を見て、男子生徒たちの人気を独占した事に対する溜飲を下げていた取り巻きたちだったが、頭を下げる度に激しく上下に揺れる“胸のような何か”を目にする度にふつふつと胸の奥に湧き上がるどす黒い何かに心を犯され更にエスカレートする始末。このままだと一日中責められるのではないかと危惧しまう程であったが、実際は一分も経たずに終わることになった。
 止めたのは取り巻きたちを背後に控えさせた当事者たるベアトリスであった。
 ベアトリスが右手を軽く上げると、まるでスイッチを押されたかのようにピタリと取り巻きたちの言葉が止まった。

「謝るのはいいのだけど、帽子を被ったままでってのはどうなのかしら? 普通は帽子を被ったまま謝罪なんてしないわよ。それともあなたが暮らしていた所ではそんなことが許されていたのかしら?」

 意地悪い顔でベアトリスがティファニアの帽子を睨めつける。
 ティファニアは反射的に帽子を手で抑えると小さく背後に下がった。
 直ぐに踵が噴水の縁に当たり動けなくなる。
 固まり小さく身体を震わし始めたティファニアの様子に、ベアトリスとその取り巻き達は猫が鼠をいたぶるような笑みを浮かべた。

「ベアトリス殿下がわざわざご忠告されたのよ。ほら、直ぐに帽子を取って謝りなさい」
「日焼けするから脱がないのわ知ってるけど、何もずっとと言ってるわけじゃないわ。ほんの数秒程度よ。それぐらいどうって事ないでしょ」

 手を伸ばせば届きそうな距離まで詰め寄った取り巻きの少女たちは、意地の悪い笑みを浮かべると笑い混じりの声で帽子を押さえつけ大きく震えだしたティファニアをたしなめる。
 帽子を脱げばエルフの耳が顕になってしまう。 
 もし、自分がエルフの血に継る者だとバレれば、一体どうなるのか。少なくとも歓迎される事が無い事はハッキリと分かっている。良くて学院を追い出され、悪ければここで殺されてしまうかもしれない。
 幼い頃、無抵抗の母を無残に殺した兵士たちの姿が脳裏を過ぎる。
 血の気が引き、歯が鳴りそうになるのを噛み締めて耐えながら、ティファニアは必死にここから逃げ出す算段を考え始めた。
 しかし、いいアイデアが全く浮かばない。
 今までは、目撃者に対し虚無の魔法である“忘却”で記憶を奪えばそれで良かったが、ここは真昼間の魔法学院である。
 いくら人影がない場所であるとは言え、何時誰かが来るかなど誰にも分からない。
 もし、魔法を掛けていた最中に誰かに見られてでもしたら、もう打つ手など何もなくなってしまう。
 魔法を使わずこの場を切り抜ける方法。
 帽子の端を強く握り締め、ティファニアは自分を囲む少女たちをちらりと見る。
 いくら相手が女の子だからと言って、恐々突破できるとは思えない。直ぐに捕まってしまうだろう。そして、捕まってしまえば確実に帽子を取られる。
 どうすることも出来ず、ティファニアは帽子を強く押さえたまま動けないでいた。
 すると、取り巻きの一人が業を煮やしたのか、ずいっと前へ一歩進み出ると、ティファニアの帽子に向かって手を伸ばした。
 帽子に伸ばされる手を避けようと身体を動かすが、追い詰められたティファニアに逃げる場所など何処にも有るはずもない。
 ティファニアが更に硬く帽子のつばを握り締め、少女の指先が帽子のつばに触れそうななった瞬間―――。

「―――そこで何をしている」

 声が響いた。





「―――シロウさんっ!!」

 耳に届いた声が誰の声であるか分かった瞬間、ティファニアは突然の声掛けに固まった少女たちの隙間を縫うように駆け抜けると、声の主である士郎にぶつかるような勢いで走りより。その広い背中の後ろに隠れた。
 士郎の背中に隠れたティファニアは、おずおずと顔を出すと士郎を見上げた。

「あ、あの、そのし、しろ―――」

 口を開いたのはいいが、何を言えばいいのか自分でも分からず、もごもごと口を動かすティファニアの頭にぽんっと軽く手を置いた士郎は、顔を前に向けるとベアトリスとその取り巻きたちを視界に収めた。

「事情は良く分からないが、何も用事がなければテファは連れて行くぞ。少し用事があってな」

 突然の第三者(士郎)の登場に、驚き固まっていたベアトリスたち一行だったが、士郎がティファニアを促し去ろうとするのに気付くと、大きく声を上げて制しした。

「ちょ、ちょっとお待ちなさいっ!」

 背中を向けた士郎に、紺色のマントを揺らしながら褐色の髪を持つ少女が詰め寄った。

「何だ?」

 さりげなくティファニアを庇いながら振り向いた士郎は、指を突き刺し詰め寄る少女を見下ろした。少女は自分が詰め寄った男が、思っていた以上に背が高く、一目で分かる鍛え抜かれた身体を持っていることに気付くと、続けようとしていた言葉を出せずに口を中途半端に開いた状態で固まってしまった。
 それは他の少女も同様であり、ティファニアに口撃していた勢いのまま士郎に抗議の声を上げようとした形で固まっている。
 暫くの閒少女たちが何か言うかと待っていた士郎だったが、何時までたっても口を開かない様子を見ると、小さく肩を竦ませティファニアを促し離れようとしたが、またも、

「だ、だから待ちなさいっ!」

 背後から声を掛けられ足を止めた。

「あ、ちょっとリゼット」
「っもう」

 士郎が小さく溜め息を吐き出しながら振り返ると、周りの少女が押し止めようとするのを無視し前に出る一人の少女の姿があった。リゼットと呼ばれたその少女は、自分を鼓舞するように肩に掛かった褐色の髪を軽くかきあげると、肩を怒らせながら士郎を睨みつけてくる。

「あなた、こちらの方をどなたと知って無視しているの?」

 限界まで背伸びをして、身体をぷるぷると震わせながら精一杯偉ぶるその姿は、何処か微笑ましく士郎は思わず頬が緩みそうになるのを片手で抑えると、首を回してリゼットの言う“こちらの方”―――ベアトリスを見た。
 ベアトリスは士郎の視線に気付くと、ささやかな胸を誇るように大きく胸を逸らす。

「ああ。確かクルデンホルフ大公国のお姫さまだったな」
「っ、し、知っているのなら先程の態度は一体どういうことかしら? それが一国の王女に対する態度なの?」

 まさか知っていると言ってくるとは思わなかったのか、リゼットは一瞬呆気に取られたが、直ぐに強気な姿勢に戻ると爪先立ちのまま、士郎に更に詰め寄る。
 士郎は近づくリゼットとベアトリスを交互に見返すと、顔半分を覆っていた手を動かし顎に当て小さく首を捻った。

「いけないのか?」
「い、いけないのかって……あ、当たり前じゃないのっ! 一国の王女よっ! そこらの貴族じゃないのよ! なら、それなりの対応ってものがあるでしょっ!!」

 軽い返答に声を失い、すとんと踵が地面に着いて棒立ちになったリゼットだが、直ぐに被りを振ると人差し指を士郎に突きつけ怒声を上げた。

「全く! 一体どれほどの田舎から来たのかしらっ! 身分の差も分からないなんて、田舎者どころか獣と同じよっ!」

 聞く者の顔が白くなる程のリゼットの怒涛のような叱責。その証拠にリゼットの周りにいるベアトリスたちが一歩二歩と後ずさっている。しかし、叱責を受ける当事者たる士郎は、顔色を変えるどころか、何処か楽しげに目を細めると肩を軽く竦めて見せた。

「ふむ。獣、か。それは嫌だな。だがまあ、しかし今は、無闇矢鱈に吠え立てるより人間よりは、相手を見定め静かにする獣の方がマシだと思ってしまうな」
「―――っ! そ、それはどう言う―――」
「あら、随分な物言いね」

 露骨な皮肉にリゼットが髪を逆立て、それこそ威嚇する獣のような姿で士郎に食って掛かろうとしたのを遮り前に出る一人の少女。金髪を二くくりにした少女―――ベアトリスは、前に出ると、士郎の姿を上から下までゆっくりと観察するように見回した。
 二、三秒程士郎を見回したベアトリスは、ある程度の見定めが終了したのか、両腕を組んで背を逸らすと、自信に満ちた姿で口の端を持ち上げた。

「一体どこの誰かと思ったら、あなた噂の水精霊騎士隊の……えっと、確かエミーヤ・シェロウさんだったかしら? いくら女王陛下の近衛隊である騎士隊の隊長でも、その態度はどうかと思うわよ」
「……エミーヤ・シェロウって」

 形容し難いものを口にしたと言うように奇妙に顔を歪めた士郎は、軽く苦笑するとベアトリスと目を合わせると小さく頭を下げた。

「自己紹介がまだだったな。水精霊騎士隊の隊長衛宮士郎だ。残念ながらエミーヤ・シェロウ等といった男が騎士隊にいるとは聞いたことがないな」

 士郎の名前を聞いた一年生の女子たちは、驚きに目を見開くとジロジロと士郎の身体を改めて見直した。
 水精霊騎士隊隊長エミヤシロウ。
 それはこの魔法学院にいる者で知らない者はいないとさえ言ってもいい程の有名人である。真偽の程はハッキリとしないが、七万の軍勢を一人で打ち破ったと噂される程の人物であり。今や様々な功績により女王により取り立てられ、近衛の隊長とまでなった男である。七万は嘘だとしても、少なくとも平民でありながらメイジを軽くあしらう程の実力の持ち主である事は学院の誰もが知っていた。それは入学してきたばかりの一年生でもだ。その理由は、休み時間や休日等で、士郎が騎士隊の隊員である学院の生徒五人をあしらう姿が見られるからであった。学院の生徒ではあるが、メイジである五人を同時に相手をしながら、軽くあしらう姿を見れば、只者ではないことが誰にも簡単に伺い知ることは出来る。
 落ち着いて改めて士郎を見直した一年生の女子たちは、自分たちが言い寄っていた男が騎士隊の隊長である士郎だと気付くと、不安気に顔を見合わせ小声で話し始めた。その中には先程まで士郎に噛み付かんばかりに迫っていたリゼットの姿もあった。
 士郎は大分落ち着きを取り戻した女子たちを見回すと、ただ一人平然とした様子を見せるベアトリスに視線を戻した。

「で、もう帰っていいか? このまま黙って立っているの何だか間抜けのようでな」
「なら座ったらどうかしら? 這い蹲って腹でも見せたら先程の無礼は許しても宜しくてよ」

 口元を手のひらで隠しながら目を細めて士郎に笑いかけるベアトリス。笑みの形に顔は歪んでいるが、全くと言っていいほど笑っているとは言えない。

「そう言った趣味は残念ながらなくてな。遠慮させてもらう」
「あら、それならこちらも考えがあるわよ」
「ほう、考え、か」

 士郎の口元がニヤリと笑みの形を作る。
 
「その考えとやらを聞かせてもらいたいな」
「……随分と余裕ね。なに? もしかしたらあなた、自分が女王陛下の近衛だからって何もされないとでも考えているの? なら考え違いも程々にしなた方が宜しくてよ。わたしの手に掛かればたかがだ騎士隊の隊長一人どうとでも処理出来るわ。確かに女王陛下の近衛であるあなたの隊長職を解くことは出来ないけれど、あなたから辞しさせることぐらいわけないのよ」

 顎をツンっと上げながらすまし顔で士郎の事を鼻で笑うベアトリス。それに対し士郎は、ますます口元の笑みを深くするとゆっくりとした動作で腕を組んだ。

「ほう、ほう、随分な自信だが、一体どうやってだ?」
「ふふ。確かあなたには七万の軍勢に勝ったなんて大層な噂があるようだけど、そんな馬鹿な話を一体何処の誰が信じると思っているの? まあ、確かにメイジと戦えるぐらいの力を持っているみたいですけど、せいぜいが自分の隊員、それも学院の生徒を相手にしての話でしょ。本当のメイジを相手に勝てると思っているの?」

 小馬鹿にしたように髪をかき上げながら笑うベアトリスは、本塔へと指を差し向ける。

「クルデンホルフ大公国親衛隊“空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)”」

 ネズミをいたぶる猫が浮かべるような嗜虐に満ちた笑みを浮かべたベアトリスは、本塔―――否、その向こうにある魔法学院の正門に顔を向ける士郎に顎に人差し指を当てると、可愛らしく小首を傾げてみせる。

「あなた、あれに勝てると思っているの?」

 士郎の目が細まる。
 その目は本塔ではなく、その向こうにある魔法学院の正門の向こうに広がる草原。
 そこに居を構える一団を見ていた。

 クルデンホルフ大公国親衛隊“空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)”。

 それは新入生が入学してくると同時に、魔法学院の正門前に広がる広大な草原に天幕を設けた一団の名前。“空中”と言う名を示すとおり、彼らは空を行く。メイジだからと言う理由ではなく、彼らが騎乗するモノ故にだ。
 それは竜。
 彼らクルデンホルフ大公国親衛隊“空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)”は、幻獣の王である竜を騎獣とする竜騎士であるのだ。
 竜騎士隊はハルケギニア広しとは言え、数える程しか少ない。それは何よりもその騎獣である竜ゆえにだ。
 竜を騎獣とするには莫大な時間と金が掛かる。
 使い魔として呼ばれ主人と繋がりがあるのならまだしも、彼らが乗る竜にそのようなものなどありはしない。竜騎士の竜は、卵から世話をして、何年も月日を掛けてやっと騎乗することが出来るものなのだが、中には運悪く例え卵から世話をした竜であってもその背に乗る事ができない事もあるのだ。
 そしてなによりも竜は乗るのが難しい。数いる幻獣の中で最強の呼び声が高いだけあって、竜に騎乗するには相当の訓練を必要とする。百人いて数人が乗れるようになればいい方なのだ。
 時間、費用、難度。
 どれも他の幻獣に比べれと何倍も大きい。それでも竜を騎獣にするのは、やはりその強さ故にだ。竜騎士が十人いれば千人の兵士以上の働きをため、竜騎士たちは最強の騎士の呼び声もある。
 そして、その最強の呼び声高い竜騎士が二十騎以上いるのが、問題のクルデンホルフ大公国親衛隊“空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)”だ。
 その空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)は、先のアルビオン戦役でアルビオン竜騎士団が壊滅した今ではハルケギニア最強の竜騎士団と言われている騎士団である。
 
 士郎はベアトリスに向き直り軽く肩を竦めると、不敵な笑みを浮かべた。

「さて、やってみないと分からないな」
「……本当に分かっているの? 竜騎士を相手に戦ってみないと分からないなんて、頭がおかしいのかしら?」
「どう思う?」
「…………」

 不敵な笑みを浮かべる士郎と、眉根を寄せて怪訝な顔を浮かべるベアトリスの視線が交わる。最初に顔を逸らしたのはベアトリスだった。

「わたし、頭がおかしい人の相手をするほど酔狂じゃありませんの」

 変なものを見たというように顔を歪めると、ベアトリスはふいっと士郎に背を向け歩き出した。
 その背中を慌てて取り巻きの少女たちが慌てて追いかけていく。取り巻きを引き連れながら本塔へと向かっていくベアトリスの足が唐突に止まると、肩越しに士郎へと振り返る。正確には、士郎の背中に隠れたティファニアに向けて 
 
「ああ、そうそうミス・ウエストウッド。今回は特別に見逃して差し上げますが、これからはわたしがいる場所でそんなみっともない帽子は脱いでおきなさい。クルデンホルフ大公家の姫たるわたしの前で帯帽だなんて酷い侮辱。いい、今回だけ、次は見逃さなくてよ」

 それだけ言うと、ベアトリスは今度こそ一度も振り返らずに本塔へと向かって歩いていく。
 ベアトリスの姿が見えなくなると、不意に士郎の背中に軽く何かが当てられた。
 
「どうした」
「……ごめんなさい。少しだけこうしてていい?」
「ああ」

 士郎の背中に額を当てたまま顔を俯かせ黙り込むティファニア。士郎は背中に微かな暖かさを感じながら何とはなしに空を見上げる。真っ青に晴れ渡った空に、白い雲が暢気にふわふわと浮かんでいるの見えた。
 一分か、それとも十分か、空に浮かぶ雲が視界の端から端へと流れる程の時間が経つと、背中に感じる暖かさが離れていった。

「もう、いいのか?」
「……うん。大丈夫」

 振り返ると、にかんだ笑みを浮かべたティファニアが何かを決心したような目で士郎を見つめていた。

「……何か、手伝える事はあるか?」
「……ううん。これ以上頼るのは流石に甘えすぎだから……うん、本当に大丈夫……何時までも隠して置ける保証なんてないし……良い切っ掛けになったと思う」

 胸の前で強く手を握り締めたティファニアは、一度強く頷くと、士郎からそっと離れた。ティファニアが士郎を見上げる。その顔には笑みが浮かんでいた。

「それじゃ行くわ。本当に助けてくれてありがとう。また、ね、シロウさん」
 
 士郎に背中を向けたティファニアは、そのまま小走りに駆け出していった。一度も振り返らず去っていったティファニアの後ろ姿をじっと見つめていた士郎は、先程のティファニアが浮かべていた笑みを思い出す。
 決意と覚悟に満ちた、しかし、儚げなその笑顔を。

「断られたか……まあ、セイバーがいるから大丈夫だとは思うが―――」

 言葉を切った士郎は、自分に駆け寄ってくる人影に顔を向けた。

「……手数が多いに越したことはない、か」

 息を切らして駆け寄り目の前で膝を着いて息を荒げる者たちを見下ろす士郎。

「随分と遅かったな。魔法を使っても良いと言った筈だが、それでもその有様か」
「ぜひゅ、げひゅっ、ひ、ふ、は、はは、そ、空を飛んでも追いつけな、いって、ど、どういう、あ、足の、はや、さを、しているんだい」
「ぎょぶ、ごぶぶ、ぶひゅ、ひひゅうう」
「む、むり、も、もう、ほんと無―――ごはっ」
「ぐ、ふ、げ、げほ、ご、ごぅ、ふ、つ、捕まえ、れるかって」

 息も絶え絶えどころか、正常な呼吸さえ出来ずにえずいている水精霊騎士隊の面々を見回した士郎は大きく溜め息を着いた。

「はぁ、時間内に俺に触れればいいだけの簡単なゲームでその有様か」
「ちょ、これ、ムリゲーだ、だから……」
「か、勝てるビジョ、ンが、が、浮か、かばない」
「げひゅーけひゅー……かっ、かか」
「っ、ちょ、やばいやばいマリコルヌがヤバ―――っくはぅ、ひゅーひゅーぼ、ぼぐも、や、やばい……かも」

 正常な呼吸どころか痙攣さえ始めたマリコルヌを尻目に、士郎は何食わぬ顔で話し続ける。

「まあ、途中で付いてこれなくなったのがなくなった点を見ればましにはなったか」
「ま、ましか……よ、喜んでいいのかな?」

 何とか息を整え始めた(一名を除く)ギーシュたちが、引きつった笑みを浮かべる中、遂に呼吸が止まったのだろうマリコルヌの心臓マッサージを手馴れて様子で行いながら、士郎を横目で見ていたレイナールが不意に「そう言えば」と声を上げた。

「何だ」
「あ、その、そう言えばさっき隊長の傍に誰かいたような気がして」
「ん、ああ、まあ、そうだ、な」

 レイナールの言葉に顎に手を当て暫し何かを思案した士郎は、何かを決めたように軽く一度頷くと口を開いた。

「そろそろお前たちにも実戦を経験させてみようと考えていてな」
「実戦?」
「え、誰と?」

 突然の言葉に驚きの声を上げるギーシュたち。
 驚き慌てるギーシュたちに応えることなく、士郎は口の端を曲げると、蘇生が成功しふらふらと身体を起こしたマリコルヌを含む水精霊騎士隊の面々を見回した。

「なあ、お前たち。か弱き少女を守るのは騎士の役目だと思うよな」
「ふっ、そんなのは当たり前だよ隊長。美しき貴婦人を守ることこそが騎士の役目、その誉れ。例え相手が誰であろうと立ち向かうのが騎士というものだよ」
「ほう、言うじゃないかギーシュ。それでは他の皆はどうだ。ギーシュの意見と同意するのか?」

 ふっ、と髪を掻き分けるギーシュ。普段であれば金髪がふわりとなびくのだが、汗に濡れた今はべちゃりと手に張り付いただけであった。それでもすまし顔を浮かべるギーシュから視線を離した士郎は、他の隊員たちに視線を向ける。
 視線を向けられたギムリたちは、互いに顔を見合わせるとおずおずと顔を上下に振った。

「ま、まあ、反対はしないよ」
「否定は出来ないね」
「ぶ、びゅふ、て、敵が女の子ならや、ヤられるのもいい、かもしれないね」
「「「お前は黙ってろ」」」

 汗に濡れた顔を歪めて笑うマリコルヌの顔面を地面に叩きつけて強制的に黙らせたギーシュたちは、自分たちを見下ろす士郎を見上げた。

「それがどうかしたのかい隊長?」
「いや、まあ、実際にどうなるかは分からないが一応同意を得ようと思ってな。ま、その時になったら教えるから今は気にしなくていい」

 ?と首を傾げる隊員たちの様子を尻目に満足気に頷いた士郎は、ギーシュたちに背を向けて歩き出した。

「さて、これで抜き打ちの鍛錬は終了だ。そこの噴水で身体でも洗ってから授業に戻れ。遅れたら放課後の鍛錬の量を倍にするぞ」 
「「「―――ちょっ」」」

 背中を向けたまま、ひらひらと手を振りながらそう言うと、背後でギーシュたちが慌てて噴水に向かって駆け出す。ドタバタ言う慌ただしい様子に笑みを浮かべた士郎だったが、不意に真面目な顔になると眉根に皺を寄せた。

「……取り越し苦労で終わればいいんだが、な」

 
 

 
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