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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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50:フラワー

「そういえば、さっきユミルさんから貰っていた小包み……あれは何だったんですか?」

 この言葉は、ウィークラックの村でマーブルに見送られてもなお止まらなかった女性陣の言葉責めがようやく終わり……気まずい沈黙の帰還の道の途で、ようやくシリカが唐突に口にしたセリフである。

「あ、ああ……そういえば……」

 一瞬、言葉責めの続きが再会したのかと、そのセリフと同時に肩をビクつかせた俺だったが、内容を理解して安心の溜息をひとつしてからコートのポケットから麻袋を取り出す。
 手のひらに乗るだけの小さな袋の封を開くと、そこには……見覚えのある木の実が詰まっていた。枝豆くらいに似た、真っ黄色の小粒。

「お、これは……」
「なになに? ちょっとあたしにも見せなさいよ」
「わぁ、木の実だ! そういえばユミル君、よく食べてたもんねー」

 機嫌を取り戻したらしい二人が興味津々に歩み寄って来た。

「みんなも食べるか? うまいぞ?」

 ニヤリとそういうと、小さな歓声と共に麻袋に指を伸ばす女性陣。揃って一斉に口に放り込み……そして同時に口を*印にして『すっぱ!!』と叫ぶ。
 そのリアクションに内心満足しながら、俺もあのクセになる強烈な酸味を再び堪能しようと袋に指を伸ばすと……その感触に違和感が。

「ん?」

 俺は、小粒の詰まったその中から異物感を感じたものを摘まみ出した。

「それ……録音クリスタルですか?」

 酸味で涙目のシリカはきょとんとして言った。

「ああ……この袋の中に入ってた」
「ユミルからのメッセージってこと?」

 クリスタルは音声録音済みだった。
 なぜ今になってわざわざ録音を……と思ったが、この麻袋に紛れさせた時点で、近いうちに聞いてほしいことだとは簡単に察せられた。

「ね、キリト君。聞いてみようよ。……ユミル君のメッセージ」
「ああ、そうだな」

 俺は一旦麻袋をしまい、手のひらに乗せたクリスタルをクリックする。
 すると……ユミルの、落ち着いたあの鈴の声が聞こえてきた。




 やぁ、キリト。
 さっきぶり……でいいのかな? とにかく、キミがこのメッセージを聞いている頃には、もう村に戻らない離れた場所であることを切に祈ります。
 えっと、もうすぐキミとお別れの会話をするってのに、なんでわざわざ録音クリスタルでキミに伝言をするのかというとね……今のうちに、キミに言いたいことがあったから。
 その、えっとね? ……すぅー……

 ――ありがとう。

 …………うん。……よかった。言えた……。
 あのね、なんで今更、もう一度キミに感謝するのかと言うとね……。あと少ししたら会うキミに、もう一度面と向かって感謝を素直に言える自信がなかったからなんだ。未来のボクはきっと、恥ずかしがってまっすぐキミの顔を見て感謝の言葉を言えないと思うから。
 また「ありがとう」か、なんて思われるかもしれないんだけど……ホント、キミには感謝してるんだよ。ルビーやベリーの事。マーブルの事。事件の事。そして……ボクの事。キミは、キミが思ってる以上に、本当にボクの多くを救ってくれた。キミ達には何度言ったって、とてもとても足りないよ。
 けど……これでボクは再び歩き出せる。あとは、自分の力でなんとかできるところまで来れた。死神なんかじゃない、あったかい血の通った人として、また生きていける……。
 ねぇ、こんな……こんな奇跡ってあるのかなって、ボク、今でも思うんだ。ひょっとしたら、二匹のミストユニコーンに出会って心を許されるよりもずっと奇跡みたいな確率なんじゃないかな。ボクがキミに出会って、こんなに救ってくれるなんてこと。こんなことって……本当にあるんだね。
 昔、ボクのお父さんやお母さんは言ってた。人は信じあえる生き物なんだって。リズも教えてくれた。人は一人じゃ生きていけないって。……その言葉の意味が、今なら本当に分かる気がするんだ。……正直ね、ボクはこの世界でマーブルやキミ達以外の人の事を、まだ信用できたわけじゃない。……でも、ボク、信じられるように頑張ってみる。そう思わせてくれたのは、他でもない……キミなんだ。ボクを救ってくれたキミなんだよ、キリト。
 だから……そうだね。さしづめ……キミは、ボクの王子様なんだ。
 ……でもまぁ、白馬を持ってるのはボクの方だし、キミは高貴な王子様らししからぬ、真っ黒な服の王子様なんだけどね。あははっ。
 王子様がガラじゃないっていうなら……そうだね、キミはボクにとっての太陽、かな。……なにもボクが月で、キミが居ないと輝けないなんて、そんなクサいセリフは言わないけどね。
 でも、そう……キミが太陽だとしたら、ボクは……(つぼみ)。ようやく蕾を実らせることのできた、小さな花。
 ……ねぇキリト、こんなヨーロッパの昔話は知ってる?
 花はね……太陽に恋してるから、種から精いっぱい根を張って、茎を伸ばして葉を広げ、やがて蕾を実らせて、そして太陽に向かって花を咲かせるんだと思われてたんだって。花が大輪を咲かせるのは、いつもあたたかさをくれる、大好きな太陽へのプロポーズって思われてたんだ。……昔、お母さんがボクに聞かせてくれた故郷のお話なんだけど、なんだか素敵だよね。
 あっ……べっ、別にボクがキミに恋してるとか、そんなんじゃなくてさっ? ……でも、キミがボクにあたたかさを分けてくれたのは、ホントの話。
 キミがボクに人を信じさせてくれるあたたかさをくれた。だから、ボクもいつか……おっきな花を咲かせられるように、がんばってみるんだ。
 それから最後に……これは、わざわざ録音クリスタルを用意したもう一つの理由なんだけど……。

 そんなキリトの為に、特別の想いを届けたくて……歌を、作ったんだ。
 ボクをあたためてくれた、暗闇の中に居たボクを照らしてくれたキミへの……『ありがとう』の歌。
 ――よかったら、聞いてください。




 その言葉を最後に、ユミルの澄んだ歌声がクリスタルから響き渡って来た。

「……綺麗な声」

 まずリズベットが言った感想を、俺は心の中で復唱した。

「でもこの歌……少し淋しい感じだな」

 いわゆる弾き語りというのか、ユミルの歌声に乗せて聞こえてくるのは主奏のピアノのみ。バラード調のその音色は淋しいニュアンスを感じるが……
 あいにく音楽はさっぱりの俺の言葉に、この中でも耳の肥えていそうなアスナが、ううんと首を横に振る。

「そんなことないよ。この歌声と歌詞は……この歌は、希望に満ちている」

 そう言ってアスナはそれきり、歌の没頭するように目を伏せて手を後ろに組みながら歩き始めた。
 シリカもアスナの真似をし始め、ピナもリズムにあわせて目をしぱしぱさせながら上機嫌に歌を聴いていた。

「……そうか。そうだよな……」

 きっと。そうに違いない。
 ユミルは照らされた道の先の光を見定めた。その光へとマーブルと一緒に歩み始めたのだ。
 そんなあいつの心からの歌声だ。きっと希望に満ちているに違いない。
 ……確かによくよく聴いていけば俺の耳にも、ユミルの温かさと強い意志が歌声に乗せられていると感じられ始めていた。

「……本当に、いい声だな……」

 ユミルの希望の歌が、この神秘的な森へと響き渡り、俺達の歩く道を照らしていく。
 それは、自分の道を見つけたユミルが、俺達に示してくれる導きの響きにも感じられた。

「……行こう。ユミル達の為にも、はやくこの世界を攻略しに……!」

 アスナ達の返事を聞きながら、俺は強く次の歩を踏み締める。



 俺達は歩む。この世界の解放へと続く道を。俺達の後ろをついてくる人達の中に、ユミルとマーブルもいる。

 ――その二人を含めたみんなに、恥ずかしい後ろ姿は見せられないもんな……。

 俺達は進む。このアインクラッドの頂上へと続く、果てしない攻略の道を――。




 
 

 
後書き
次回、エピローグです。


ユミルが歌っているのは、タイトルにある azusaさんの「フラワー」。
この子の本当のテーマソングです。
この曲が無ければ間違いなくこの物語は生まれませんでした。
ちなみに、この子の表のテーマソングといいますか、まだ心を開いてないころのテーマソングは水樹奈々さんの「pray」。

オリキャラすべてにテーマソングがそれぞれあるのですが、それはキャラ紹介でも項目を作って紹介していきたいですね。考えておきましょうか。


蛇足:
ヨーロッパの昔ばなしのくだりですが、あれは実話です。
私がまだ小学生の頃、もう一人の生徒と先生の三人で、フランスにホームステイ行くことになったのですが…生徒が病欠、先生は空港の予約チケットを間違えて中止になろうとしていたんです。
そこを何を思ったか私は、一人でフランスに飛びました。今思えばなぜあんなことを言い出したのかわかりません。(GOサインだした校長もどうかしてる)
簡単に言えば、後にアニメを見てびっくりしたのですが、「きんいろモザイク」というアニメのプロローグと状況がそっくりだったんです。イギリスじゃなくてフランスで、しかもアリスのような女の子はいませんでしたが。
あの昔ばなしは、ホームステイ先の家にいるおじいさんが私に教えてくれたものなんです。
ただ、本当にこういう意味かは分かりません。当時の私は英語などぜんっぜん出来ず涙目でした。それでもおじいさんはゆっくりとなんども聞かせてくれました。
当時私が残した拙いメモの文章をたぐりよせてなんとか訳すことができたのが今回の昔ばなしです。
本当は全然違う内容なのかもしれません。確認しようにも、もうおじいさんの連絡先は分からないし、フランスにもう一度行く機会など、もうそうそうないでしょう。
ですがこの昔ばなしが無かったら、きっとこの物語も全然違うものになっていたでしょう。
この場で改めて、あのご家族にお礼を申し上げますと同時に、読者様にも。ありがとうございます。
よろしければあと少しだけ、お付き合いくださいませ。
 
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